2008年12月16日火曜日

[本]鷺沢萠『海の鳥・空の魚』

08/10/09 in Addis Ababa

鷺沢萠『海の鳥・空の魚』角川文庫、1992(1990)

228-229 「あとがきにかえて」より
「どんな人にも光を放つ一瞬がある。その一瞬のためだけに、そのあとの長い長い時間をただ過ごしていくこともできるような。一瞬一瞬の堆積こそが人の一生なのだと言われれば、それを否定することはできないけれど、うず高く積まれてゆく時間のひとコマひとコマ、その全てを最高のものに仕立てあげるのはとても難しいことだ。難しいことだから、「うまくいった一瞬」が大切なものになるのではないだろうか。

神様は海には魚を、空には鳥を、それぞれそこにあるべきものとして創られたそうだが、そのとき何かの手違いで、海に放り投げられた鳥、空に飛びたたされた魚がいたかも知れない。エラを持たぬ鳥も羽を持たぬ魚も、間違った場所で喘ぎながらも、結構生きながらえていっただろう。もっとも、そこにあるべくしてある連中に比べれば何倍もやりにくかっただろうけれど。」

3 件のコメント:

  1. お久しぶりです~。
    鷺沢萠さん私も一時期よく読んでいたことがあります。
    きれいな文章ですね。でも共感できるような気がします。
    ふうさんは、旅先での自分と日本での自分どちらが、あるべき自分だと思いますか?

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  2. 匿名じゃなくてAprilです。
    自分の名前入れてませんでした。

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  3. どうも、おひさしぶり。
    引用部分はたまたまアジスの宿にあった本で
    気になった個所でした。

    ご質問への答えは、
    どちらとも言えないということでしょうか。
    欲が深いので行ったり来りするのが
    一番いいな、と。

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