2008/11/12(水)晴れ
[Amman:Jordan] 晴れ
※レート:1USD=0.7JD、1EUR=0.9JD
・死海ツアー
6時過ぎに起床。書き物。
11時過ぎに宿を出る。今日もATMを試してみるが使えず。しょうがないのでまたドルを両替。
鳩肉を食いに同宿の人に教えてもらったレストランに行こうとするが、見つけられず。結局、宿近くの小さな食堂でひよこ豆ペーストを食べる。ここのは一昨日食べたところのと違って(あるいはレシピが若干違うのかも)、ビネガーがきいていない。ペーストをパンに付けて食べるだけなので、やはりあまり飯を食った気にならず。近くにあったパン屋で卵やひき肉がのったパンを買って帰る。
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宿に戻ってしばらくネットでキプロス情報探し。船で行く情報少なし。
13時半前に待ち合わせのホテルへ移動。他の3人と落ち合い1台のタクシーに乗り込み、死海に向かって移動。
車中ではそれぞれの人の今回の旅についてちょろちょろっと話を聞く。ひとりは学生さん(女)でシリアからエジプトまでトータル2ヶ月の旅行、一人は20代半ば女性で、以前タイで友達になったイスラエル人を尋ねて、イスラエルに3ヶ月滞在し、これからエジプトまでだったかに行くよう。もうひとりはいわゆるリーマンパッカーで30代後半男性。仕事の休みが5日取れたので、それでヨルダンを旅行中とのこと。
イスラエルに3ヶ月いたという人に、そのイスラエル人はいわゆるパレスチナ問題(イスラエル問題)をどう思っているのか聞いてみたが、なかなか聞くのは難しかったよう。彼女がパレスチナ人のオリーブの収穫を手伝いに行ってきたと言ったときには、なんでパレスチナ人なんかのためにタダで働いたりするんだ?、というようなことを言われたらしい。
車はアンマンからひたすら下り坂を走る。沿道からは木の1本もない岩山(土山?)やオリーブ畑、ときおりビニールハウスなども見える。
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アンマンを出てから約1時間ほど走った頃、海抜ゼロメーターを示す看板の前をとおりすぎ、正面奥に死海が見えてくる。思っていたよりもずっとでかい。うんてんしゅのおじさんは、死海の向こうに見える陸地がイスラエルだと教えてくれる。
やがて右手にリゾートホテルが見え、その前をもちろん素通りして大型の観光バスが5~6台泊まっている駐車場まで行き、タクシーは止まる。そこは日帰りビーチ用の駐車場。外国人観光客用らしく受付もちゃんとした建物で、塩水ではなく真水の立派なプールも併設している。プールやビーチを眺めてみると、そこで遊んでいるのはヨーロッパ系の年輩者たちがほとんど。100人はいる。
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受付で入場料を聞くとなんと12ディナール(約2000円)。事前に聞いていた話では7ディナール(約1200円)だったのだが・・・。さすがに2000円も払って死海に入る気はなく、ぼくはそのビーチに入るのはやめる。3人といったん分かれる。
駐車場をぶらぶら歩いていたら、ビーチに続いているらしい舗装道路があったのですたすたと歩いていって見ると、さっき入るのをやめたビーチの中に出る。金網のフェンスを挟んで左隣にもビーチがあり、そこで遊んでいる人たちもいる。ムスリムの格好をしている人が多いから、こちらは地元の人がよく使うビーチのよう。家族連れや学校の遠足か何かなのか、10代半ばくらいの女の子たちの集団で賑わっている。もちろん水着になって遊んでいるのは男のみで女は普段着のまま水の中に入っていたりする。観光客用のようにプールはないが、出の悪そうなシャワーはある。
さすがに観光客用の方にタダで入るには目立つだろうと思い、金網を越えてそちらのおんぼろなビーチに入る。人目につかないところで入るかなと思いながら、水際を歩いていたら、HEY!と男が声をかけてきて、どこから入ってきたのか、チケットを持っているのかとたどたどしい英語で聞いてくる。なので、観光客用のビーチ側からとは言わず、その逆どなりのなんの整備もされていない浜から入ったことにすると、チケットを来た道を戻り、チケットを買ってから来いというようなことを言う。
フェンスの向こうの何も整備されていない浜の方に行く。こっちには水に入って遊んでいる人はいない。水際には大小の白い塩の固まりがゴロゴロしている。せっかくここまで来たのでちと入ってみる。足下は砂ではなく固形の塩。一枚の平たい岩の上を歩くような感じ。海というよりも川に入る感覚に近い。
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適当な深さのところで足を地から離し浮いてみると、確かに浮く。それも簡単に。空を向いて背筋を伸ばして仰向けになれば、海面に寝ているような感じになる。う~ん、なかなかすごいなんて思って浮いていると波に押され、すぐに岸近くまで流される。立ち上がろうと底に手を突いた瞬間、手に刺すような痛みが走り、起きあがろうと体勢を変えたとき、すねを海底で擦ってしまう。傷口に塩を塗るという言葉のとおり、すぐに擦った臑(すね)はひりひりと痛み出す。右手の手のひらを見ると、やはりかるく切っており血が出ている。
結局、待ち合わせの時間もあり、すぐにあがる。入っていたのは1分ほどだったか。塩の湖と言えばウユニが思い出されるのだが、ここもいつかはあのように水は干上がり塩だけになってしまうのだろうか。
シャワーはないので、タオルで体を拭っただけで服を着る。かなり体が塩っぽい。べたべたしている。水分をふき取っても擦った臑は相変わらずひりひりしている。
15時半、観光客用のビーチの駐車場で他の3人と落ち合う。なかなかよかったよう。1時間弱しかいなかったから時間が足りなかったのではと聞くと、肌がひりひりして長く入っていられなかったので、これくらいの時間でもまぁまぁ十分とのこと。
というわけであっと言う間に死海ツアーは終わり。宿に向けて戻る。徐々に日が落ち始め、16時半頃夕日、17時すぎると日が暮れる。
一人の人はこれからペトラに向かうというので、ペトラ行きのバスターミナルで下車。他は宿まで。帰宅ラッシュ時間なのか、アンマン市内に入ると渋滞でなかなか車が動かなくなる。
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宿に戻ると日本人客が増えていた。今晩は10人近くの日本人がこの宿に泊まるよう。
シャワーを浴びる。Tシャツのまま死海に入ったのでTシャツを洗おうとするのだが、石鹸がまったく泡立たない。どうも最初に塩抜きをしないといけないよう。しかし、ここの水道は水がザバーっとは出ないから、水洗いするにも時間がかかる。そのため適当なところで終了。シャツを絞ってみるが、まだまだ塩水が出てくる。
新しく同じ部屋になった人に誘われて夕食に行く。その人もリーマンパッカーで、ヨルダンだけ1週間の旅らしい。
歩き方にも載っているカイロレストランというレストランに行く。20種類ほどの料理がショーケースに入っており、そこから選ぶ。1品1人ぶんがどれもだいたい2ディナール(約350円)程度。高い。
小さな巻物のようにぶどうの葉でご飯を包んだものと、鶏と雑穀(麦っぽかったけど違うような気もする)のパエリア的なものと、揚げた魚を食べる。魚は体長30cmほどあり、全体的に丸っこい。食べられる白身部分が多く、これはなかなかよろし。鶏肉は1羽がまっぷたつにされた状態でその穀物の上に乗っている。味は塩だけなので、まぁ、なじみのある味。もう一つのぶどうの葉でご飯を包んだものは、すっぱかった。梅干しに使った紫蘇でご飯を食べているのとほぼ同じ。
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この店は繁盛しており、特に中年男性がよくやってくる。
例のごとく19時頃にはほとんどの店が閉まる。シャッター街を歩いて帰っているとポツポツ雨が落ちてくる。
夜は部屋で同室の人とおしゃべり。国旗と国歌、大きくは国家の話も出る。どこかであった日本人旅行者も言っていたが、外国を旅行していると”日本人って国旗とかをあまり大事にしていないように思う”と感じるらしい。例えばヨルダンで言えばあちこちに国旗が立てられていて(こんなに立てられているのは珍しいとぼくは思う)、それが”ここの人たちが自分の国に誇りを持っている”と感じさせる一因になっている模様。
以前、ネットで世界一周旅行をした人のブログだか何かを見たときに、外国旅行をした人は旅行前よりもどちらかと言えば愛国的になっているように思うというようなことを書いていた。細かく記憶していないが、そのときの外国旅行とはいわゆるバックパッカー的な旅行のことを指していたように思う。
今回の旅行中には意識してそうしたことを日本人旅行者に聞いたり、
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