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2008年3月9日日曜日

ハバナへ移動のお知らせ

今はキングストンは3月9日の1時a.m.です。

3時に宿を出て朝7時の飛行機に乗ってハバナに向かいます。

ジャマイカの残りの更新はまたハバナからの予定です。
では。

2008年2月20日水曜日

サンクリストバル・デ・ラスカサスからカンクンへ(詳細)

2008.2.17(日)

昨晩の早寝のおかげか6時半には目覚める。外は半袖ではちと寒い。昨日までの宿と違って、犬の鳴き声もなく、外は静か。

昨日の無茶食いが聞いたのか、腹の調子が悪い。そういうわけで、バスは高いけど1等に決まり。

11時のチェックアウトまで日記の整理等。

11時前にチェックアウトする。ここも部屋に鍵がなかったので、グッバイするだけ。

思いザックを背負い、15分ほどおお汗を書いて、バスターミナルに到着。この時間になると、既に暑い。

12時半のバスに乗ろうと思っていたが、窓口(昨日と同じ女の人)で聞くと15時45分のバスが2席空いているだけだという。う~ん、と考えてしまうと、窓口の人はあっちを向いて、昨日と同じように、まったくこいつは、みたいな態度をする。

そこへ隣の窓口で対応していた男の人が、入ってきて英語で聞いてくる。それで、これしかないことを確認し、しょうがないので、それを頼むと760ペソ(約8000円)と言われる。予定していた金額(630ペソよりも高い。切符を見ると1等よりもさらに上のクラスだった。

グアダラハラーグアナファト間のように水500mlとお菓子とパンが付くならいいかと思っていたが、実際は水のみ。後部でいつでもお湯がとれるが、コーヒーの粉などは自分で用意していないとダメなよう。

15時45分まで4時間ほどあるので、中心部に戻る。中心部の広場の椅子に座っていたら、この間、断ったストラップなどを売っている女の子ふたりが近づいてくる。そして、ひたすら売り込まれる。2人なので、1本ずつでも試しに買うかと思っていたら、そこへやはり同じものを売っている別の女の子2人が様子見なのか寄ってくる。

さすがに4人からそれぞれ買うのはちょっとと思い、断ると、後から来た2人は早々に別のところへ消える。

いなくなったところで、最初の2人から1本ずつ買う。一本が20ペソ、もう一本が25ペソ。いらないと言っているうちは二本で30ペソと言っていたのが、最後はもっとということになった。あるいは最初にこれとこれで30と言っていたのを、指定したもの以外をぼくが選んだから、そうなったのか。とにかく言葉がわからないからようわからん。

選んでいる間も、2人でハポネス(日本人)は、なんとかと言っていたが、それがどんなことを言っているのかはわからなかった。

おカネを払ったら、くるっと向こうを向き、アディオスと一人の子が言って去っていった。

場所を変えて、その広場を別のところから見ていたら、やっぱりストラップを売っている別の女の子がこっちに寄ってきた。さっきの子らよりも小さいから7~8歳くらいだろうか。

さっき買ったのははちまきくらいの幅のある編み物だったが、今回は小さなストラップのみ。いくらか聞くと4本で10ペソと言う。そんなに安いのかと思い、4本、いいと思う柄のものを選び、10ペソコインを渡す。
にこりとすることもなく、彼女は方向を変え、また別のところへ行った。

ぼくはバスターミナルに戻り、1時間ちょっとの間待つ。

15時45分の発車時刻が来てもなんの案内もない。同じバスに乗るのであろう人たちが、係員に聞くと、もう少し待ってくれ、みたいなことを言われている。

遅れるなら遅れるって案内を出せばいいのにと思うのだが、それはメキシカンスタイルなのか?

そうして遅れること15分、無事乗車開始。
これまで乗ったバスとは乗っている人が違う。観光地に行くということで、年輩の白人の旅行者が5~6人ほどいる。

ぼくは便所の2つ手前の通路側の席。そこに行くと、でかいおじさんがすでに奥に座っていた。あいや!

椅子に座ると、やっぱりおじさん、はみ出している。肩をすぼめていないとおじさんに当たるので、非常に窮屈。デラックスだからどんなに乗り心地がいいかと思えば、結局、乗っている人間も体積がデラックスな人が多いから、運が悪いと逆に窮屈にな思いをすることになる。

しかも、みんなカーテンを閉めてしまっているので、外すら見えない。なんてこったい。これまでで最悪のバスの移動だ。

見たいものも見れないので、乗ってすぐに寝る。しばらくして、目が覚めると、そこは山の中だった。

山腹をバスが上っており、細い道路をくねくね走る。さっきまで閉まっていたカーテンが開いていて、外を見ると、山の斜面などにバナナを植え、家を建てて暮らしている人たちの集落が見える。山は樹種も多様。

日が昇っている間中、外を眺め、暗くなってきたらまた寝る。

バスが止まった感じを受け、目を開けると軍服を着た人が2人バスの中に乗り込んできていた。適当に乗客の荷物をチェックしている。こりゃなんか聞かれるだろうなと思っていたら案の定、ぼくの席のところで立ち止まり、低い小さな声で「Como se llama usted(コモ セ ジャマ ウステ=名前はなんですか?)」と聞いてくる。

名前を答えれば良かっただけなのかもしれないが、スペイン語であれこれ聞かれてもわからないので、パスポートを見せると、それをしばらく眺めた後、ぼくに戻し、足下にあったにカバンの中身を見せろというような仕草をする。

それでカバンのチャックを開け、中を見せるとゴソゴソと中をいじくりまわし、何もないとわかると元に戻し、グラシアス(ありがとう)と言って、バスから出ていった。

この後、23時半頃、今度は、前にもあった荷物検査所でバスが止まる。寝ていたぼくは何だと思い、座席で背伸びをしていたら、旅行者らしい若い男の人が、外に出ないといけないと英語で教えてくれる。

預けていた荷物が、すでに外に出されており、検査用の台に並べられている。検査員の一人の人が大きな声で「??ポルファボール(お願いします)」というと、他の人がカバンのチャックを開けだしたので、ぼくも倣ってチャックを開ける。

係員は、カバンの中に手を突っ込み、あれこれといじくりまわす。時間にすれば数十秒ほどいじくり回した後、ちゃんと係員が自分でチャックを閉める。

そのチェックで20分ほどかかり、またバスの荷物置き場に係員たちが荷物を戻し、バスは発車。

これでこの日は終わり。

2008年2月15日金曜日

メキシコシティからサンクリストバル・デ・ラスカサスへ

2008.2.13-14

7時起床。
昨晩、宿の水が出なくなるハプニングがあったため、今朝シャワーを浴びる。
日本を出てからはずっとシャワー。

午前中、宮殿のような郵便局で葉書を出し、宿に戻りパッキング。
13時にチェックアウトする。

ここも部屋の鍵がないので、チェックアウトするむねを伝えるだけ。
その際、薬を紛失したので、メキシコの薬の名前を教えてもらう。
宿主は、日本語ぺらぺらのメキシコ人女性なので、頼りになる。

13時15分に宿を出る。
昨日とは違うが、中心部へ南下してから行くルートでバスターミナルに向かう。

乗り過ごすことなく、13時40分にターミナル着。

試しにバスチケットの総合カウンターでチケットを買う。
値段は800ペソ。昨日、バス会社に直接聞いたときは788ペソだったので、えっ?
と思ってパソコンの画面をのぞき込むと、12ペソは手数料として換算されている
ようだった。

今回も1等のバス。バスターミナルからして豪華。空港と同じように、荷物を
預けるカウンターがあり、そこで乗る前に荷物を預ける。

待つ事1時間足らず。出発予定時刻の14時30分になって乗車が始まる。
あまりに乗車開始が遅いので、待っている場所が違うかと思い、近くにいた
バス会社の人に聞いたがあっていた。なんと行っても飛行機で言う搭乗ゲート
のようなものが20くらいあるので、不安になる。

一応、乗車開始時には館内に放送が流れ、行き先もアナウンスされるので、
それで確認できる。

客は少なく10人ほど。
前回、グアダラハラからグアナファトに行ったときのバスでは、飲み物とパン、お菓子
のサービスがあったので、それを当てにしていたが見事に外れる。それを期待して、
昼飯食ってなかったのに・・・。

予定時刻よりも5分送れて発車。

ぼくはすぐに寝てしまう。

車は徐々に高度を上げ、というか、高度の高い地帯を走っていく。
17時半にはあたりは霧で、50m先が見えないくらいの濃霧。
気圧の変化に敏感なぼくの耳がおかしくなりだす。

途中、乗客を乗せるためのターミナルに停車。
そこで水を1.5リットルペットボトルで買う。値段は18ペソ。街の露店で買うよりも6ペソ高い。

20時にはレストランに停車。
30分間、食事休憩。乗客はほとんど降り、食事をしていた。
ぼくは毎日食いすぎていることもあり、この晩は断食。

バスは、乗車当初は例のごとく冷房がききすぎて寒かった。
別の乗客のおばちゃんも毛布をかぶっていた。

それが夜になると冷房が止まったようで、徐々に暖かくなる。
それでも途中で停車したところで外に出ると外気の方が暖かかった。
このへんはどうにかならんもんやろかね。

車内ではメキシコ映画、ハリウッド系映画、スペイン映画(?)が立て続けに流れる。
ハリウッド系の映画は、どこかの国で反政府勢力が大統領の首をとろうと
画策するのをアメリカ軍とCIAが食い止めるという内容で、なんだか中米で見ていると
リアリティが違う。

1970年代から80年代にかけては中米の多くの国で内戦状態になっていた。
その背後には、アメリカがおり、アメリカに都合のいい政権を後押ししていた。

そんな国々の中で、こういう映画を見ると日本で見るのとはなんだか気分が違う。

そんなこんなしているうちに寝る。

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日付が変わって2月14日

バスのスピードが落ちてきた事を感じ、目が覚める。
客が次々と降りていく。

時刻は夜中の3時。

ぼくの右となりに座っていたおばちゃんがスペイン語で、ここが
サンクリストバルかと聞いてくるが、当然のことながら分からない。

念のため降りて、荷物を乗客に渡していた人に聞く。
すると、まだのよう。

それにしてもこんな夜中にバスターミナルでバスを待っている人(バス会社の人だけど)は、
大変だなぁ。

ただ、「チアパス」と言っていたので、かなり近くまで来ている事がわかる。

それからバスに戻り3時15分、バスは再度発車。

それから1時間後、またバスのスピードが落ちた事を感じ、目を覚ます。
残っていた乗客の人が次々、降りるので、運転手に確認すると、
こことがサンクリストバルと答える。

こうして朝の4時15分にサンクリストバル・デ・ラスカサスに到着。
メキシコシティを出て約14時間だった。
ほんとはもっと遅れて7時くらいに着く見込みだったのに、早すぎた。
16時半のバスがあったから、そっちにすれば良かったなんて着いてから後悔するのでした。

外は真っ暗。グアダラハラのように大きな待合室があるのだろうと思って
いたらベンチが8席ぶんしかない。

うち4席は英語を話す若い旅行者が占めている。

夜が明けるまで待つ事にする。かなり冷える。温度計を見ると16度くらい。

しばらくして別のバスが到着。
日本人らしきバックパッカー一人とヨーロッパ系のバックパッカー二人組が待合室に入ってくる。
が、すぐにどこかへ消えて行った。

ぼくは夜が明けた6時半に、宿に向け歩き出す。
まちの中心部をとおり、歩く事30分、宿に到着。

今回も日本人宿。例のキューバ情報を仕入れるためだ。

おしまい。

2008年2月10日日曜日

グアナファトからメキシコシティへ

2008.2.9(土) 19:05 メキシコシティより

今、メキシコシティです。ネットカフェというか本屋兼文具屋
の中にあるパソコンを使って入力しています。入り口に"日本語で入力できます"と日本語で書かれており、また1時間10ペソ(120円くらい)と安かったので、ここにしました。近くに日本人宿があり、今日から4泊します。 日本人しか泊まらせない宿で非常にきれいで、日本語の本もたくさんあります。外国まで来て、日本人ばかりの環境に入るなんて、あまり気が進まなかったのですが、1泊9ドルという安さとバスターミナルからの行きやすさ、それから荷物を預かってくれるサービスをしているということで、ここにしたところです。

さて、今日(2/9)のこと。
今日は、バスで2泊したグアナファトからメキシコシティに移動。

朝は寝坊し、8時40分ころに起き出し、慌てて昨日の夕方4時過ぎに行った時には閉まっていた郵便局に行く。宿の人の話では"たぶん"8時半には開くと言っていたが、本当にすでに開いていた。切手は、昨日市街地から離れた郵便局で買っていたが、どうもそこで買った切手では金額不十分だったようで、新たに買い直すことになる。昨日の窓口の
おじさんは親切だったんだけど、金額を間違えるなんて。切手は買い足せばいいと思っていたのですが、どうも差額の切手がないようで、全額買い替え。交渉できるほど言葉もできないし、時間もないので、相手の言うがママに買い直す。

それから宿に戻ってチェックアウト。
ここの宿は部屋のカギもなかったので、荷物を持ってアディオスと言ったらチェックアウト完了。

メルカド(市場)前にあるバス乗場まで歩く。石畳のまちを10分ほど。ちょうどバスターミナル行きのバスが来たので、それに乗る(4ペソ=60円くらい)。9:40

20分ほどで中央バスターミナルに到着。8社ほど並ぶバス会社の中から、適当にメキシコ行きの案内が書かれているバス会社を選ぶ。ちょうど20分後の10:20発のバスがあったので、それに乗る(282ペソ=約3000円)。

時間通りに乗車。客は6人ほどしかいない。グアダラハラから乗ったバスよりも1ランク落ちるバス会社のようで、さすがに水やお菓子などのサービスはない。しかも車内がちょっと小便臭い。座席は広々としてい良い。客もいないから2席分に陣取る。

10:25に発車。

車窓からはトウモロコシが刈られたあとの広大な畑やキャベツ畑、牧草らしきものが植わっている畑が見える。また、道路沿いには農産物を売る人が見え、特にいちごが直径20cm、高さ40cmくらいのかごで売られている。

しばらくして バスのテレビがつき、会社のコマーシャルが流れたあと、エディマーフィ主演の映画が始まる。スペイン語の字幕で、声はそのまま。ぼくはいつのまにやら眠り込む。

4時間たった15時くらいになると、車線が多くなり、車も増える。メキシコシティに入ったよう。

そして、乗車から4時間半後の15時半頃、メキシコシティの北バスターミナルに到着。さすがに首都。ターミナルもでかい。バスが50台くらい並んでいる。

今日も宿をとっていなかったので、ターミナルの建物の中にある電話屋兼ネット屋でユースホステルを探すが、日本人宿もよりも安いところがなかったので、日本人宿に行くことにする。ただ、ここもけっこう混んでいて事前に予約をしておいた方がいいとガイドブックにあったので、念のため電話してみるが、公衆電話はぼくのコインを3ペソ分のみ込んだまま、うんともすんとも言わない。

そこで、人間がかけてくれる電話屋さんで、ガイドブックの番号を見せ、つないでもらうが、どうもつながらないよう。

それでしょうがないから直接行くことに。

バスターミナルには地下鉄の駅が直結しているので、地下鉄で行くことにする。窓口で行き先を告げ、チケットを買う(5ペソ)。グアダラハラの地下鉄は自動販売機で、お金を入れると専用のコインが出てきて、それを入り口の機械に入れると回転式のバーのロックがはずれる仕掛けだったが、ここは日本と同じ紙のカード式だった。

ただ、違うのは入る時に紙のチケットを入れるとそのまま飲み込んでしまい、日本の自動改札のように出てくることはない。

改札を入ると地下道があり、タコスなどの店が並ぶ。

目的地に向かうホームに立つと人、人、人。入ってきた電車もいっぱいで、1本見送る。次の電車も混んでいたが、ぼくが乗れるくらいのスペースはあったので、乗り込む。しかし、次の駅などで新たに乗ってきて、けっこう窮屈。東京のような鮨詰めではないが、足場は気にしないと人の足を踏んでしまいそうな位だ。

宿がある中心地近くの駅で降りる。

宿を探してきょろきょろしていると、食堂のおにいさんがスペイン語で声をかけてきて、なにやら言う。その中に"ハポネス"という言葉があったので、"Si"というと、スペイン語で何やらいいながら、仕草でその先を右に曲がれと言う。

そうして宿に到着。暗くなる前に着いたので良かったわ。

ブザーを押すと、20代位の日本人の管理人が出てきて、中に入れてくれる。前金で4泊ぶん払い、6人部屋に通される。やっぱり日本人だらけの空間というのは、違和感があるなぁ。

荷物を置いて、町に出る。

やっぱり首都だけあり、また世界でも最大の人口を抱える都市の中心部ということもあり、物量はすごい。

つづく。

2008年2月6日水曜日

アメリカへ行く機内にて(2008.1.30 その1)



グアダラハラ三日目です。メキシコでの事をかくまえにこの間の事を何度かに分けてアップします。

「ミート オア チキン?」
ぼくの耳にはそう聞こえたが、まさかそんなことをフライトアテンダントが聞くわけがない。肉がいいか鶏肉がいいか、なんてね。

とりあえずぼくは、隣に座っていたアメリカ人とおぼしきおばちゃんに習って、「チキン」と答えておいたが、果たして次の人への同じ問いかけを注意深く聞いてみると、今度は「ビーフ
オア チキン?」と聞こえた。

ことほど左様にぼくは英語が聞き取れない。文章にして書いてくれれば、おおよそは分かるのだが、口頭ではからっきしだめだ。特にアメリカ英語はさっぱり。

そんなことは前から自覚していたのだから、旅の前にちょっとは聞く訓練をしていればいいものを、同じ英語でもイギリス英語の方がいくらか聞き取れて気分がいいものだから、ネット上でBBCラジオを聞いて悦に浸っていた。

そして、予想通りアメリカ英語はわからなかったのである。

2008年1月30日の夕方、飛び立ったロサンゼルス直行便は、ほぼ満席。飛行機の前方部分は例のごとくファーストクラスの座席で二つの通路の脇と間に2座席ずつ個室のような仕立ての座席になっていた。座っているのは圧倒的にアメリカ人とおぼしき人たちだが、なかに20代と見える日本人っぽい人もいた。ふっ、それがどうした・・・とぼくはつぶやく。

エコノミーの座席に入ると、おいおいすし詰めじゃねぇかと言いたくなるほど、人の顔だらけ。両脇に2席と通路の間に4席だから座席の数だけ数えれば、たいしてファーストクラスと変わらないような気もするのだが、実際に見ればやはり縦に横に圧縮されている。

離陸して1時間もしたところで先の意味不明の言葉事件が起きるのだが、出された料理はうまくはなく、とりたててまずくもなく、完食。ただ、鮨が二つ(エビの握りといなり寿司)に、マカロニ(ギザギザのでかいやつ)の鶏グラタンに、パンまでつける献立はいかがなものかと思う。

エコノミーとは言っても、さすがは国際線で、前の座席の背に各々画面が着いており、タッチパネル方式で、映画やテレビドラマ、音楽、はてはテトリスなどのゲームもできるようになっている。右手の肘掛けにはリモコンが埋め込まれているので、それを取り出せば、それがゲームのコントローラーとなる仕掛けになっている。

ただし、そこはアメリカの会社の飛行機ですから、使い方の案内までは日本語もあるが、番組となるとほとんど英語オンリー。日本語でやっている番組は「ためしてがってん」。ってどういうセンスじゃ!

加えてこの機会はいまいち出来が悪かった。番組は勝手に進んでいるから、自分が選んだときにはすでに始まっていたりする。番組を選ぶときには途中からでも見るか、それとも何分後の再開を待つかという二つの選択肢のボタンが出てくるのだが、再開を待つボタンはどうもまったく機能していなかった。ボタンを押しても、ちょっと待って、という画面が出たまま動かなくなってしまう。

右となりのおばちゃんは、この罠にひっかかり、自分の画面で番組が始まらないのを、もしやお金が必要なのかと思ったらしく、ぼくにそれらしきことを聞いてくる。聞かれても、はっきりとはなんて言っているかわからないから、勝手におばちゃんの画面を操作して、適当に番組を選択して、途中からでも番組を見るというボタンをはれて画面が切り替わった。その瞬間おばちゃんは「ワオ!」と言ったようだった。

左隣に座っていたのは20代とおぼしき韓国人の女性二人組。ハングルで何やら言っているのは、テレビの使い方の案内に韓国語がないことにケチをつけているようだった。しばらくテトリスをしていたようだったが、すぐに寝てしまっていた。

ぼくもここ数日の睡眠不足に満腹感が重なり、いつの間にか眠りに落ちていた。