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2008年4月7日月曜日

サンサルバドル(エルサルバドル)からグラナダ(ニカラグア)へ

2008.4.2.( )

アラームをかけていた携帯が信用できず、夜中何度も目が覚める。

3時。突然の豪雨の音で目が覚める。リュックのカバーはあるものの、合羽がない。1時間後も降っていたらこれはずぶぬれになるなぁ、と悲観しながら、また眠りにつく。

次に目覚めたのが4時。やはり携帯は鳴らなかった。どうすればなるのかよくわからない。とにかく荷造りをする。幸いなことに、外から雨音は聞こえてこない。ドアを開けて確認。よかった。

4時半に部屋を出る。宿の中は真っ暗。懐中電灯を取り出し、フロントへ。呼びベルを4回鳴らす。昨日、朝4時半に出ると伝えていたのに、やっぱり今日の夜番の人に情報が伝わっていないよう。スタッフのフロントの右奥がフロントの人が寝ているところのようで、ドアが少し開いていたので、そこからライトで中を照らす。5回目のベルとその光でようやくすたっふのおにいさんが起きてくる。

愛想はよく、寝てたカッコウのまま(上半身裸のまま)、すぐに入り口を開けてくれる。まずは内側の鉄格子のドアを開け、それから外側の木製のドアの鍵を開けてくれる。

表は街灯のあかりでホテル内よりも明るい。目の前をトラックが一台通り過ぎる。バス乗り場までは100mくらいなので、すぐなのだが、運悪く麻薬の取引現場などにかち合わせなければいいがなどと、過剰に神経をとがらせながら歩く。

5分もかからず、無事にバスターミナルに着く。ターミナルの入り口では、昨日と同じ警備員が散弾銃のような銃を持って警備している。すでに何人かお客が待合室にはいた。車で送られてくる人もいる。

4時45分にターミナルの待合室に着いていたのだが、実際の乗車の手続きは5時からするという。それまでしばらくぼーっと待つ。枕を持って待合室に入ってくるおばさんもいる。

5時を過ぎて、受付窓口で手続き。昨日、買ったチケットとパスポートを見せると、バスの座席番号などを書いた乗車券とニカラグアの入国カードを渡される。受付横の荷物預け場でリュックを預ける。測りの上に乗せたら68kgもあった。どうりで重いわけだ。リュック自体が65~70リットルで、それがパンパンになっていて、かつ中身は紙の類が多いからそれもそうかと今頃気づく。

荷物の半券を受け取り、金属反応を調べる機械の中を通る。銃を持っている人が、ここでチケットのチェック。行き先を聞かれ、マナグアと言うと、チケットを確認し、乗り場SALE1に行くよう言われる。乗り場は1階下。階段を下りていく。

バスがまだ乗り場に入っていなかったので、待合室でニカラグアの入国カードを記入。親切なことに、スペイン語と英語の双方が併記されている。英語でわからない単語があるものの、勘で記入。

5時半前にバスが入る。黒塗りのいかにも豪華そうなメルセデスベンツのバス。バスは立派だが、肝心の客は予感していたとおり少なかった。ぼくを入れて総勢8人。こんなに客が少なければ、値段も高くなるわけだ。

バスはほぼ予定通り5時40分に発車。サンサルバドルの幹線道路を走る。ようやくまちは薄明るくなりはじめていた。予想外だったのが、すでに多くの人が動き出していたこと。車窓から外を眺めていると、路線バスとひっきりなしにすれ違う。どのバスにも乗客は7割は乗っていて、多いバスになると立っているお客もいる。また、バス停がある付近の屋台もすでに開店している屋台があり、ぶら下がっている白熱灯のオレンジ色の光の下、ププスやパンなどを売っている。昨日の夕方、日が暮れようとしている頃に、これらの屋台の前を歩いたが、そのときもやっていたから、もし、一人の人がずっと店に立っているとすれば12時間以上屋台で仕事をしていることになる。

10分も走った頃、左手にはトタンを張り合わせて作った家々が集まっている地帯が見える。5m幅くらいの未舗装の道路を挟んで、せいぜい12畳ぐらいしかない家(バラック)が、パッと見た感じで100世帯分以上並んでいる。昨日、見たショッピングセンターで買い物をして、遊園地で遊んでいる人達と交差点でジャグリングをして稼ぐにいちゃん、あるいは交差点で止まった車を回ってカネを乞う10歳くらいの男の子のことが思い浮かぶ。

バスの車内は予想通り冷える。20度を下回る冷風が頭の上から吹き付ける。今日は用意していた上着を取り出し着る。

いつの間にか寝ていて、気づいたらホンジュラスの国境だった。

グアテマラからエルサルバドルへの国境でもそうだったように、国境越えを実感させるようないかめしい門などはない。バスが停車するとまずはエルサルバドルの係官の女性が車内に乗り込んできて、パスポートをチェックする。特に質問もなく、終了。その後、今度はホンジュラスの白髪交じりの男性の係官が車内に乗り込んできて、同じようにパスポートをチェック。グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグアなどは各国合計で80日間までなら滞在できるという制度をとっており、どこかの国で入国のスタンプを押してもらっていれば、その他の国では入国のスタンプを押されることはない。

ホンジュラスの係官は、グアテマラで押された入国スタンプを確認した後、「3dollares(トレス ドラレス=3米ドル)」と言って入国税を請求してくる。入国税が必要だとは事前に知らなかったため、一瞬戸惑うが3米ドル払うとちゃんと領収書をくれた。そして、すべての乗客のチェックが終わり、バスから降りるときには、ぼくの脇を通るときに振り返り「Buen Viaje(ブエン ビアッヘ)」とにっこりと笑って言った。いいおじさんだ。そういえば、スペイン語の旅行会話集には必ず載っているこの言葉、今回の旅行では初めて言われた気がする。

しばらくこの国境地帯で休憩。運転手が交代する。イミグレの施設のまわりには商店や露店が出ており、ぼくは商店で500mlのペットボトルの水を購入(0.5米ドル)。ここでは国境の間(数百メートルある)だけを走る三輪自転車があって、国境を渡る人達を乗せてきーこきーこ走っている。客を乗せて走る三輪自転車を見るのは久しぶり(屋台系の三輪車はあった)。キューバで三輪自転車と言えば、運転手が前で乗客を後ろに乗せて走っていたが、ここでは前に乗客(大人2人まで乗れる)を乗せ、運転席は後ろ。なので、車輪も前が2輪で後ろが1輪。

20分近く、国境で休憩して、ホンジュラス側に入る。沿道から見える山は相変わらず赤茶けている。これは乾季だからこうなのか。すぐに眠ってしまい、気がついたら、こんどはホンジュラスとニカラグアの国境だった。

バスの運転手が何やら言っている声に目が覚める。スペイン語のみで話しているのではっきとはわからないが、イミグラシオンがなんとかと言っていて、他の客は自分のパスポートを取り出そうとしている。外を見てもまだ国境の施設は見えず、ただの平原が見えるだけ。ここで準備していこうという運転手の考えのようで、前から順に乗客のパスポートと入国カードを集めていく。前の客からはとっていないようだったのだが、ぼくには「8dollares(オチョ ドラレス=8米ドル)と言ってくる。これまた予想外だったのだが、しょうがないので20米ドル札を渡す。

乗客全員のパスポートを集めた上で、バスは発車。20分もしないうちに国境に着く。

国境では、運転手が乗客のパスポートなどをまとめてイミグレに持って行き、乗客は何をすることもなく待つだけ。

ここの国境にも露店などが出ており、そこを見に行くと、近くにいた両替商のおじさんが両替しないか声をかけてくる。いくらか聞くと1米ドル=18コルドバ。

運転手に預けていた入国税のお釣り12米ドルが戻ってきてから、5米ドルぶんだけ両替。90コルドバをゲットし、それで露店のおばちゃんが売っていたクッキーのようなものを買う。ビニール袋にいれらられているクッキーの袋を1つつかんでいくらか聞くと、おばさんはもう一つ袋を持ち上げ、2つで20コルドバというようなことを言う。2袋もいらなかったので、1つでいいと言って20コルドバ札を渡す。そしたら、なんか言って20コルドバ札を返してくれる。お釣りがないからかと思いながら、タダでもらえるなんて不思議なことがあるもんだとバスに戻る。

席に座ってさて味見しようかとしたところ、窓の下でさっきクッキーをくれたおばさんが手招きしている。どうやら自分の勘違いに気づいたよう。あのとき別の客から受け取った20コルドバ札を片方の手に握っていたから、全部で40コルドバをぼくから受け取ったと思っていたようだ。

バスののり口に行くと、おばさんが笑いながら何か言って20コルドバ札を振る。なので、お札を取り出し渡すとこれでオッケーというような仕草をする。ぼくとしては1袋しか買わなかったのだから10コルドバお釣りが来るかと思ったのだが、ないよう。まぁ、いいや。

そうしてニカラグア側へ入る。

入ってしばらくすると、きれいに作物が植えられた青々した(緑々した)畑が道路の両脇に広がる。こんなに緑がきれいな畑は久しぶりに見たなと思い、なんの作物だろうか凝視すると、どうもタバコに似ている。日本で見たことのあるタバコよりも葉が小さく、全体の格好もやや細かったので確信が持てずに写真をパシャパシャ撮っていたが、そのうちタバコという文字とタバコのケースを描いた看板が道端に立てられているのを見る。それで確信した。面積は10ヘクタールはかたい。

またしばらくすると、今度は突然、一面水田らしき土地が見える。水がはられた土地に細い緑色の草が整然と植えられている。これまで旅行中には水田を見ることがなかったので、これも確信が持てずに入ると、しばらくいくと黄金色になっている土地が見え、草の先のほうを見ると確かに頭を垂れた稲穂だった。さらに藁を積んだトラックをバスが追い抜き、加えてコンクリートの敷地内で籾が広げられ乾燥されている光景を見る。極め付けには道路の上をまたいで設置されている看板に日の丸を見る。日本が寄付したとスペイン語で書かれたトラックも前を走っており、どうもJICAかODAかが絡んでいる事業がここで行われている(行われていた)よう。

わずかだが、カカオの木も見る。それから牛の放牧地は相変わらず多い。

道行く人で民族服を着ている人は一切いない。

グアテマラではあれだけいたのに。それだけ先住民系の人がここにはいないということなのか、それとももっと別の理由があるのか。

しばし睡眠。

サンサルバドルを出て10時間が過ぎた頃、片道1車線だった車線が増え、沿道に立派な建物が増えだす。走る車も格段に増え、交差点には物売りの人達の姿が見える。これまで見てきた範囲でいうと、交差点の物売りは男性中心だったが、ここでは女性の姿も多い。女性は主に皮を剥いた果物(マンゴーなど)や自分で作ったらしいお菓子を売っている。中央分離帯の間に椅子と机を出し、そこでマンゴーの皮を剥いている人、赤信号で止まった車のフロントガラスを拭いて稼ぐ中学生くらいの男の子、窓に張り付きおカネを乞う小さな男の子などなど。

左手にはニカラグアの国際空港が見えてきて、それを過ぎてしばらくすると右手奥にマナグア湖がちらっと見える。

さらに行くと、やはり右手にカテドラルが見えてきて、もうすぐ終着点につくことがわかる。

サンサルバドルを出て約11時間後の16時半すぎ、バスはKing Quolity社のターミナルに到着。バスを降りて、荷物の半券をスタッフに渡し、リュックを受け取る。

小さなターミナル内には人はほとんどいず、表にもタクシーの運ちゃんがひしめいていることもない。マナグアは治安が悪いらしいし、いずれ移動するグラナダからも1時間で来れるから宿はグラナダにしようとさっき決めた。

入り口にいた銃を持った警備員の人にグラナダに行きたいんだけど、グラナダ行きのバスが出ているターミナルに行くバスにはどこから乗れるか聞いたが、よくわからないといいタクシーで行ったらとすすめられる。出口のところにはタクシーが待っていて、その運転手を呼ぶ。いくらか聞くと米ドルでは3ドルと言うので、それくらいの値段ならとタクシーに乗り込む。

運転手のおじさんは気さくな人だった。まずはぼくに「フィリピーナ?」と聞いて来る。フィリピン人かと聞かれたのは、キューバのサンタクララ以来2回目。日本人だと言うと、日本のどこに住んでいるかと聞いてくる。さいたまだと答えると、東京の近くか聞いてくるので、そうだと言うと、東京からどれくらいの距離かと聞かれる。

それに答えると、今度は東京には何人住んでいるかと聞かれる。

タクシーで10分ほどでUCA(ウカと言っていた。正式名称はUniversity of Central America)という大学のとおりを挟んで向かいにあるミニバス乗り場に到着。

3米ドル運転手に払う。タクシーが着くなり、ミニバスの客引きをしているあんちゃん(10代後半くらい)が荷台を開けてぼくのリュックを運ぼうとしている。

ちょっとその細い体では気合を入れないと、うちのリュックは持てないぞと思っていたら、やっぱり落っことした。ほら、言わんこっちゃない。って、何も言ってないけど。

落っことした彼は、一瞬、おーっ、と驚いた顔をして、再度気合を入れ直して持ち上げる。そして、グラナダに行く小型の乗合バス(マイクロバス)の後部の荷台に乗せる。

バスの車内に乗り込むと、ちょうど座席はほぼ埋まっており、出発が近いことが分かる。空いてる席を探して、一番後ろの進行方向右の席に座る。このターミナルの正面が大学ということもあり、乗っている人は若い人が多い。

バスは満席になったところで発車。このとき16時30分。順調だ。まだまだ明るい。このマイクロバスも運転手とカネを集めたり、客引きをする人の2人体制。中米やカリブ海(キューバを除く)ではどこも同じようなスタイルだ。客引きをする人の方は、バスの入り口のステップに立って、道端でバス待ちをしている様子の人に"グラナーダ、グラナーダ"とバスの行き先を大声で言いながら、乗らないか確認している。

バスはサンサルバドルにもあったメトロセントロ(ショッピングモール)、カジノなどが沿道にある片道2車線の幹線道路をを走る。20分もするとまちから抜け、客引きも一段落つく。すると、狭い車内を客引きの彼がカネを集めて回る。みんな20コルドバ(約140円)しか払っていないのに、なぜかぼくは40コルドバを要求される。乗車前に確認した時に、そう言われてそんなもんかと思い、オッケーしたがどうも普通料金は違うよう。みんなたいした荷物を持っていないから、たぶんぼくのは荷物代が入っているのだろう。まぁ、それでもたいした額じゃないのでいいんだけど。

バスは快調にとばす。まちを抜けると沿道には民家が見える。コンクリートづくりにトタン屋根の家や壁も屋根もトタンはりという家も多い。

1時間がたつ頃、左手に野球場が見える。客がどんどん集まってきている。宿から近かったら行ってみようかと思ったが、そこから中心部まではバスでさらに10分バほどかかったので、のちに断念する。

野球場をすぎてしばらくするとバスは幹線道路から外れ、右に曲がる。崩れかかっている教会のような建物が右に見え、少しするとクリーム色で統一されたヨーロッパ調の建物が並ぶ地域に入っていく。車も人も多くなり、乗客が次々と降りていく。

客引き兼集金のにいちゃんに、市場近くで降りたいと言うと、わかったと首を何度か小さくたてに降り、まだ先だとあごで先を示す。

車と人のごちゃごちゃでバスはだんだん進まなくなるが、ほどなくターミナルについた。ここもターミナルとは言っても、マイクロバスが5台ほど止められるだけの駐車場のようなもの。ただ、客用なのか運転手用なのか屋根付の待ち合いスペースはあった。

そこでバスをおり、宿を探して歩く。今回もガイドブックに載っている安宿。他でもそうだったが、ここも多少値上がりしていた。ユースホステルのような宿で1泊8ドル。ティーバックの紅茶、コーヒーはいつでも飲めて、10mほどのプールも中庭にある。さらに太い柱と柱の間にはハンモックがかけられていて、客がそこでごろごろ、というか、ゆさゆさしている。さらに無料でネットを支えるパソコンが8台ほどある。

部屋はドミトリーだが、この値段でこの施設は、この旅では一番。ドミトリーの部屋もこれまでは8人とか6人が多かったが、ここは大部屋に8台木製の2段ベッドがあるので、16人が同じ部屋に寝起きしている。最初その部屋に入った時には、中にいたのが女の人だけだったので、部屋を間違ったかと思ったが、あとから男の人も入ってきて男女混用であることがわかった。

チェックインすると、ベッドの横にある木製のセキュリティボックスのカギをもらう。大型のコインロッカーよりもさらにサイズが大きく、ぼくの70リットルのリュックも易易と入る。すばらしい。

見たところ客はぼく以外みんなアメリカ、ヨーロッパ系の人。ドイツ語を話している人が多い。あと英語と仏語が少々。

さっそく街に出る。ここは国内でも有数の観光地ということで、まちの雰囲気はいい。中心にはカテドラルと広場があり、その広場には菓子や飲み物などを売っている露店や、揚げ物を売っている露店がある。観光客用の馬車もある。

もう日は傾いてきていて、薄暗くなっている。とりあえず晩飯に焼きトウモロコシを買う。値段は5コルドバ(約30円)。安い。ここもエルサルバドル同様物価が低いよう。

広場をフラフラしていると、炭火で肉を焼いているアフリカ系(ムラート)のおばさんがいて、そのまわりでご飯などを装った皿でなにやら食べている人たちがいた。レストランは高そうなので、ここでまとまったものを食べることにする。

適当に注文すると適当に了解してくれて、ここで食べるか聞くので、そうだと答えると用意されていたプラスチックのいすを勧められる。網の上では幅は3cmほどしかないが、長さは20センチほどある牛肉と鶏ももが丸ごと焼かれている。鶏ももはまだ焼き始めたばかりで、できあがるにはしばらく時間がかかりそう。

なので、メインをその牛肉にして、あれもいれるかこれもいれるかというおばさんの質問(なんて言っているかはに正確には分からない)にすべてオッケーを出し、何が出てくるか待つ。おばさんは、プラスチックの皿のうえにバナナのでかい葉を乗せ、その上に揚げたバナナを手づかみでドサッとよそう。ちょっとそれは多すぎるっちゃねぇ、というくらいバナナを乗せる。それから蒸したユカ(キャッサバ)を少々と焼き上がった肉を一片乗せ、最後にキャベツのせん切りなどのサラダを汁ごとかける。うーん、なかなか豪快でうまそう。

しかもバナナの葉を使っているのは、初めて見た。すばらしい。これまでと違ったのは、フォークなどもなかったこと。たいていプラスチックのフォークなどがどこでも出されたが、ここはない。まわりで食べているおじさんも手づかみ。今日はずっと手を洗ってないなと思いながら、まぁ、いいかとそれに倣って食べる。塩加減もよくなかなか上等。

隣で食ってた肌の白いおじさんは、少し料理を残した。食い切れないのかと思ったら、後ろに立っていた別のおじさんにその皿を渡す。皿を受け取ったおじさんは、それを立ったままガツガツと食い始めた。この後、フラフラしていて気付いたが、ここも路上生活をしているらしいおじさんが多い。広場から宿までは200m程度だが、その間、すれ違っただけでも10人はいる。

料理の代金は40コルドバ(約300円)。コルドバが手元にほとんどなかったので、2米ドル(1米ドル=18コルドバ)と4コルドバで払う。

まだ7時すぎだっただが、腹もいっぱいになったので、宿に帰ってシャワーを浴びる。シャワーは水のみだが、ほどよくぬるくそれほど冷たくない。ここはグアテマラシティなどと比べると蒸し暑いので、ちょうどいい。

小さな男の子をつれたフランス人の家族はプールで遊んでいる。

夜はパソコンを使って写真のデータのアップと移動。データの移動に時間がかかり3時間ほどパソコンの前にいる。どこでこの作業をやろうかと思っていたが、ここのパソコンはそこそこ早いし、なによりタダなので最適。すばらしい。

夜は寝苦しかった。汗をじっとりかいているのに気付き目が覚める。2段ベッドの下を選んだのも間違いだった。部屋には天井に大型の扇風機がついているが、上のベッドにさえぎられて、ぼくのところまでは風がこない。ベッドの端っこにいってようやくかする程度。まぁ、それでもまったく眠れないというほど蒸し暑くないので、やりすごす。

サンサルバドルを徘徊

2008.4.1(火)

・ププス、ショコラーテ
・広大な路上市場
・消えたマヤ系の人々
・メトロセントロ
・グッドな博物館
・交差点でジャグリング

エルサルバドルには、ここサンサルバドルに1泊するだけで明日ニカラグアに移動するので、朝から晩まで見て回ろうと気合いを入れる。

旅に出てからというもの日が昇ると起きるような習慣になってきていることもあり、5時台に目が覚める。グアテマラシティより暑いが、まだ快適。蚊もいなかった。

しばらくは部屋でごそごそ。

まずは7時過ぎに明日のチケットを取りに行く。サンサルバドルでも会社によってバスターミナルがある場所が違う。昨日のことがあったので、よりよさそうなTICA社のバスにしようかとおもうが、そのバスターミナルはこの宿から少し離れている上、ニカラグア行きのバスの出発時間は5時半だから、もしそちらに乗るなら宿を替えないといけない。

あまり期待できないが、まずは昨日使ったKING QUOLITY社のターミナルに行く。ところで、この会社の名前、まさしく昨日の移動なんて、”KING QUOLITY”だったわ。

バスターミナルまでは歩いて3分ほど。窓口でニカラグアの首都マナグアに行くバスについて聞く。

窓口の女性に聞くと、バスは2種類あって1等と2等があるらしい。安いのはもちろん2等の方で、運賃は24米ドルと言う。1等の方は42米ドルと倍近くする。しかも、一等はここを朝の11時半に出て夜の10時に着くというスケジュール。これではまったく選択肢に入らず。

TICA社のバスも24米ドル程度だったので、それくらいだったらいいか、とその場でチケットを購入。バスは朝の5時半発。5時にここに来てと言われる。

宿に戻り、チケットを荷物と一緒に部屋に置いてから、外に出る。

宿を出て左に行き、さらに左に曲がると昨日の夜も通った19a Avenidaという大学街のメインストリートになっている。歩道に屋台が並び、コピー屋や事務用品屋、軽食屋などの店舗も並んでいる。

すでに屋台では大学生らしき若い人たちが食事をしている。ジュース屋さんの屋台もあり、そこでは5台ほどあるミキサーがフル回転している。

まずは交差点で果物を売っていた民族服を着ているおばさんからマンゴーを買う。でかいマンゴーを細かく切り身にしてビニール袋に一杯に入っている。例の粉をかけるかと聞かれたが、断りそのままのものをもらう。40センターボ(0.4米ドル)。

コインも米ドルのものがそのまま流通しているのだが、これが非常にわかりにくい。ロスに行ったときも閉口したのだが、いくらかのコインかはそのコインに小さな字で書かれている文字を読まないとわからない。地元の人は大きさの違いなどですぐわかるのだろうが、旅行者にしてみると使いにくいことこの上ない。しかも、単位がセントだったりダイムだったりして、使いにくいことこの上ない。これまで行った外国の中では、米国のコインが一番判別しにくく、使いにくいように思う。せめて数字を大きく記すとか金額の大きい順にコインの大きさもそろえるとかすればいいのに。

米国でなら1米ドル以下は端数みたいなものだから、適当でも良かったが、ここでは1米ドル以下の価格が多いため、いちいち払うときにコインを確認していると時間がかかってしょうがない。まぁ、宿で練習して覚えればいいんですけどね。そんなにマメではないので。でも、一目でわからない(特に金額を数字で記していない)コインなんて、通貨としての役割を考えると機能的ではないと思う。

マンゴーを食べながら、屋台が並んでいるところに行き、店を物色。この通りにある屋台はホットドッグ屋(具はソーセージ以外にも肉を焼いたものなどがある)とププス屋が多い。タコス屋はない。

ププスというのは、ここで初めて見たもので、エルサルバドル特有のものらしい。見た目は福岡は太宰府の名物梅ヶ枝餅(漢字が合っているかわからん)と一緒。やぶれ饅頭を円形に平べったくしたような形をしている。つまり、あんこのようなものが入っているのが特徴で、タコスで使うトルティージャとはぜんぜん違う。色もトルティージャは黄色みがあったが、こちらは白い。ププスを一目見たときは平べったい団子を焼いているのかと思ったほど。

トルティージャと同じなのは、鉄板の上で焼いている点。鉄板の横では店の人が練った生地と中に入れる具材を3種類をそれぞれ別の容器(ボール)に入れ、それぞれから適当な量を取り出し、成形し、平べったく伸ばして鉄板の上で焼いてる。

ぼくは交差点にあった店に入る。ここは若い女性2人でやっている店。これまで見てきた屋台はたいていが、おばちゃんか男性(若い人も含む)だったので、若い女性が屋台をやっているのは新鮮だった。

その店は鉄板などを置いている調理場コーナーの他に、10人ほどが座って食べられるよう、歩道の上にプラスチックの椅子とテーブルを並べている。テーブルの上には、ケチャップと直方体のプラスチックの容器(駄菓子屋によくあるような蓋の部分は円形で、体は四角いやつ)が置かれている。

プラスチックの容器の中には、刻んだキャベツや人参などが汁の中に漬け込まれた状態で入っていて、客はこれを適当に自分の皿に取って食べている。

ププスは1枚単位で食べられるようで、注文するときに”Cuanto(クワント:いくつ、いくら)?"と枚数を聞かれる。すでに食べている人たちを見るとだいたいどの人も3枚くらいだったので、3枚頼む。

それから飲み物は?と聞かれたので、何があるか聞くと”Cafe y chocolate,・・・”と言う。みんな黒い飲み物を飲んでいたのでコーヒーかと思っていたが、ショコラーテもあるということがわかり、それを注文する。

グアテマラシティで会った人の話では、グアテマラなどはカカオの産地ではあるものの、日本で一般的な固形のいわゆるチョコレートは国内ではほとんど作っていないらしい。ほとんどが飲料としてのチョコレート製品になっていると言う。ちなみにスーパーなどでは、この飲料用のチョコレートが売っている。ついでに言うと、これらは熱い牛乳やお湯に溶かして飲むらしい。要は日本で言うココアみたいなものだが、スーパーで売っているものを見たら、粉状ではなく硬い固形状で売っていた。

古代マヤの時代から飲まれていたショコラーテとはいったいどんな味がするのか。発泡スチロールのカップに入って、それは出てきた。確かにチョコレートの味がするが、それほど甘くない。日本でもしゃれすました喫茶店に、ホットチョコレートという飲み物(ただのココアだと思うのだが)があるが、あれとはまた微妙に違う味がする。

ププスは、見た目の先入観から団子と同じような味がするのだろうと思ったが、ププスの餡は甘くなかった。逆にチーズも一緒に入っているので、塩気がある。

前に座って食べている女性等の食べ方を見ていると、半径10cmもないこのププスを破って、その破った生地で皿にとった野菜(キャベツの千切りなど)をつかみ、ケチャップを付けて食べている。

せっかく1枚になっているのだし、破ると中の餡が落ちそうになるから、何もわざわざ破ることはないと思うのだが、そういうふうな食べ方が定着しているよう。

タコス同様、手づかみで食べているが、タコス屋では生地の上に肉などが乗った状態で出てきたし、たいていフォーク付きなので、日本風に言うと、それほど手が汚れる(正確にはすでに手の方が汚れているので)ことはなかった。だが、こちらは相手が汁気たっぷりの野菜だし、その野菜も手づかみで食べているので、手が汁っぽくなる。

その手を拭くために紙ナプキンが用意されており、客は食べ終わるとそれで手を拭き、席をたつ。

ふと信長と秀吉の時代に日本に来ていたルイス・フロイスが書いていたことを思い出す。彼は日本(当時は日本ではないが)の人たちが箸を使って食事をしているのを見て、こういうふうなことを書いていた。ヨーロッパ人は手で食事をする(当時はスプーンなどは使われていなかった)ため、食事の前に手を洗うが、ここの人は違う。箸を使って食事をするため手を洗う必要もないし、手が汚れることもない。

世界で何割の人が箸を使って食事をしているかは知らないが(中国人全員が使っているとすれば東アジア・東南アジアを入れて3割くらいか)、スプーンやフォークよりも簡単に作れる(作らなくても2本の枝を拾ってくればいい)箸を使わない人たちが多いのはなぜなのか。

逆に箸を使うようになったきっかけはどういうものだったのか。衛生的なことが原因だったのか、それとも熱いものを食べようとしたときに必要になったからか。

フロイスの記述にあるように、一部のヨーロッパ人は箸の存在を1500年代には知っていたにもかかわらず、お茶などのように、それがオリエンタルなものとして貴族の間に流行し、定着しなかったのはやはり使うのが難しかったからか。

もっとも箸になれた人間からすれば、手やフォークやナイフで食べる方が難しかったりするのだが。

ただ、現代となってはそれはそれで一つの文化なのだろうが、手を拭くためだけに使われる紙がもったいないですなぁ。まぁ、これは日本の方がひどいでしょうが。

ププスを3枚食べたくらいでは、なかなか腹が膨れるとはならないが、とりあえずまちを見に行くことにする。Calle Ruben Dario(ルーベンダリオ通り)を歩いて、カテドラルなどがある中心部を目指す。

ルーベンダリオ通りは片道1車線の比較的広い幹線道路だが、ここにも屋台が並んでいた。ボリバール公園を過ぎたあたりからは進行方向右手の車道にずらっと屋台が並んでおり、実質、片方の車線は車は通れなくなっている。

銀行や商店、ファストフード店の店舗もこの通りには集中しているが、まだ朝の9時前ということで、たいていの店が開店の準備をしている状態だった。やっているのは、ププス屋程度。

その通りにある観光案内所に行き、地図をもらう。国内とサンサルバドル市内の地図がそれぞれ片面に印刷された立派な地図で、国内各地の見所も書かれている。もちろん、無料。ただ、もらうときには他の国と同様、自分の名前と出身国を名簿に書かないといけない。対応してくれた職員のおじさんは丁寧だった。

屋台街は、午後にまた来ることにして、素通りして国立宮殿に行く。ここに博物館も併設していると思って、2米ドルと3米ドルのカメラ撮影許可料の計5米ドルを払って中を見たのだが、別の国の情報とごっちゃになっていたようで、ここはただ建物を見るだけだった。中は回収している部分が何カ所かあり、また事務所のようにして使っている部屋もあるが、基本は廊下を歩くだけなので、つまらない。5米ドルも払うことはなかった。

15分ほどで宮殿を出て、あたりを散策。このあたりは南に走る通りがほぼ完全に屋台街になっていて、車も通れないような状態になっている。直線距離にすると1kmや2kmは軽くありそうな様相。ただ、ここも準備中だったので後回し。意外とサンサルバドルの朝は遅い。

宮殿から見ると東の方に、グアルテル市場(Mercado Guartel)があるようなので、そこに向かう。そこまでの路上も果物売りの人などがいっぱい。期待して来たこの市場はまったくの土産物専用の市場だった。エルサルバドルは綿製品が有名とのことで、タオルを置いている店がけっこうある。が、デザインはいまいち。あとはハンモックなど民芸品など。グアテマラにあったような先住民族系の色鮮やかな生地や服などはない。

客がほとんどいないためか、次々と店の人に呼びかけられる。それが面倒なこともあり、さっさとこの市場は退散する。

歩いていると古本屋を何軒か見る。違法コピーであろうCD・DVD屋も多い。肝心の屋台や市場はまだ準備中ということで、中心部からはやや離れているショッピングセンターと博物館に先に行くことにする。

ショッピングセンターはメトロ・セントロと呼ばれている。ショッピングせんターのまわりには、広い駐車場に小さな遊園地まである。ここはすでにやっていて、お客も多い。ここもなかなか大規模で、日本で言うと、数十万の人口があるようなところでやっと見られるような規模。3階建てで真ん中は吹き抜け。メキシコのカンクンのショッピングセンターよりも店舗数は多い。

店もブランドの化粧品店から洋服店、電化製品店、携帯電話屋、小さな本屋、アイスクリーム屋、ナイキやプーマなどのブランドのスポーツ用品店などが入っている。iPodはここでも売っていた。

ある1階の電気屋では展示されている30台ほどのテレビすべてがドラゴンボールを放映していて、ナッパと悟飯が対決している。フリーザがどんな声になっているのか聞きたかったが、音声は消されていたのでわからず。2階にある別の電気屋ではNARUTOを放映していた。

本屋には漫画本は見あたらなかったものの、『OTAKU』というタイトルのアニメ・漫画を扱った薄い雑誌は売られていた。表紙の裏を見るとメキシコで出版されている雑誌のよう。載っているアニメは聖星矢など、日本では80年代に流行ったものが多い。

日本のショッピングセンターと比較すると、電気店が多い印象を受ける。

そこをぐるっと見て回って、バスに乗って博物館に行く。バス代は25センターボ(0.25米ドル)均一。中古のようだが、それほどひどくない。行き先は代表的なところだけ、フロントガラスの下に書かれてある。だから、それ以外のところに行きたいときはまわりの人に聞くか、運転手に聞くしかない。

ここのバスは前乗り、後部ドア降車式。前の入り口から乗って、運転手に手渡しで運賃を渡し、お釣りがあればその場でもらう。そして、座席が並んでいるスペースの手前(運転席横)には回転バーがあるので、それを押しながら通って車内に入る。この回転バーがあるため、前から降りることはできない。

目的の国立人類学博物館(Museo National de Antropologia)は高級住宅街があるソナ・ロサ(Zona Rosa)という地区にある。メトロ・セントロからはバスで15分ほど。宿などがある中心部からは5km以上離れている。

ここには屋台はない。人通りも少なく閑散としている。目的の博物館はなかなか近代的な建物だった。メキシコの多くの博物館のように、発掘物が多いのかと思いきや、それらは全体からすれば1~2割しかなく、エルサルバドルの農業や各地の宗教などについての展示が多かった。

農業の部分では、農機具や藍染の道具などが展示されている。テーマはコーヒー、カカオ、綿、藍、サトウキビ、トウモロコシなどに分かれている。なかなか興味深いのだが、なんせここも解説文はスペイン語だけなので、詳しくはわからない。

すぐ近くのバス停からは中心部に行くバスが出ていなかったので、15分ほどあるいて別のバス停に行く。そこからバスに乗り、カネがなくなったので宿に取りに帰り、郵便局によってから屋台街へ。

時間は3時過ぎになっていたが、まだまだ活気がある。歩きながら物を売っている人は、ひとついくらなどと声をあげながら売っている。歩きながら物を売っている人だけに限っても、売っているものはさまざまで、靴下や下着、シャツや携帯のカバー、財布、ベルト、水、アイス、かき氷、お菓子、包丁などなど。マッチ売りの少女ならぬ、マッチ売りのおじいさんもいる。すれ違ったおばさんは、カバーも何もしていない包丁を両手のそれぞれの指の間に6本ほど挟んだまま売り歩いていた。体がひっつくほどには混雑していないものの、ちと危ない。

服やベルトなどの類であれば、肘や肩などにかけて持ち歩いており、水などになると頭に乗せて歩いている人もいる。

ぼくの感覚からするとどう見ても供給過剰のように見える。つまり、客よりも売り手の方が多く、しかも同じようなものを売っている人が多々いる。毎日、どのくらいの稼ぎがあるのか気になる。歩いている人に比べれば屋台を持っている人は楽に見える。でも、これまた同じようなものを売っている人が、近場にたくさんいるから、どのようにして他との違いを出しているのかが気になる。その第一は値段なのだろうが、値札がないのが多いので、グルッと見て回っただけでは比較できない。

ここの屋台・露店街で目に付いたのが、農産物で言えば、イチゴとブドウ。グアテマラでもそれらは見たが、量がこっちの方が多い。あとこれは他の国にもあったが、ハーブの専門店もある。それから炭を売っている店も。

屋台でいうと、グアテマラやメキシコと比較して違うのは、鶏の唐揚げ屋やフライドポテト屋が消えたこと。ぼくが見た範囲では、ププスやホットドッグはけっこうあちこちで売っているが、鶏の唐揚げの類はほとんど見ない。

ルーベンダリオ通りに交差している3本ほどの通りが、これらの屋台街になっており、直線距離にするとけっこうな距離になる。たぶんひとつひとつの通りくまなく歩くとすると、すたすた歩くだけでも30分はかかるだろう。店をのんびり見ながらであれば軽く1時間はこえるだろう。

屋台街の一画には新しく新築されたらしい中央市場がある。2001年にエルサルバドルでは大地震があり、そのときにサンサルバドルもかなりの被害を受けたというので、そのときに立て直されたのかもしれない。

建物の内部は服屋や日常雑貨品、野菜、果物、肉、魚屋、食堂がある。食堂はお昼が終わったからか、客はいなく、店の人自体が食事をしていて、もう片づけるだけというような雰囲気になっている。

この市場で夕食を食べようかと思ったが、どこも店じまいをしてしまったような食堂ばかり。それで、これはダメかなと思いながら歩いていたら、SOPA(スープ)の看板が何枚か出ている通路があって、そのうちの1軒ではちょうど食事をしている人がいた。

きょろきょろしていたら、その食事をしている人が声をかけてきて、食べていかないかと言われる。その人たちはスープ料理を食べていて、それが気になったので、それを注文する。

牛の内臓のスープで、まぁまあの味。これで2米ドルしなかった。

それからカネをおろすために、またメトロセントロにいく。メトロセントロ方面に行くバスに乗って行く。10分もすると右手に大きなスーパーみたいなのが見える。入り口には"menber's only"と書かれており、どうも会員制の店のようだった。それだけなら、まあ、ありそうなことだな、で済むのだが、驚いたのが、その店の駐車場には、刑務所や軍のキャンプなどにありそうな周囲を見張るための5mくらいの簡易塔が建てられていて、そこにはマシンガンを持った警備員がいるのだった。ここまでやっている店を見るのは初めて。この人の出番があるほどに、治安が悪いのか。それともただの過剰反応なのか。

それから5分もたたないうちに通った地域はトタンを張り合わせた家ばかりが立ち並ぶ地帯で、歩道には手足、服がすっかり黒ずんで汚れている男の子が何かしていた。

バスに乗っている時間が見込みよりも長いので、おかしいなと思っていたらすでにメトロセントロは通り過ぎていた。それであわててバスを降り、通り過ぎたという方向に歩いていく。

さっきバスの中から見た男の子は、ほぼ同じ地点にまだいて、交差点に停まる車に寄っていき、カネを乞うている。だが、なかなか応じてくれる人はいないよう。

それからさっきの会員制のスーパーも通り、メトロセントロに行く。メトロセントロのATMでカネをおろしたところ、ちゃんと米ドル札で出てきた。しかも10ドル札ばかりで出てきたので、使いやすい。

午前中来た時は別の入り口だったので気づかなかったが、今回使った入り口には、そこに来る客を目当てしているらしき物乞いのおじさんとおばさんが数人。一人のおじさんは片方の目が見えないよう。

バスに乗って、宿に帰ることにする。メトロセントロからバスが走っている幹線道路沿いまで100mほど。歩いて行っていると、前方の交差点を裸足で行ったり来たりしている若い男性が見えた。

何をしているのかと思ったら、赤信号で止まっている車の前(横断歩道部分)に立って、ソフトボール大のみかんを3つ持ち、ジャグリングを始めた。30秒ほどジャグリングをしたら、止まっている車をまわり、運転席に向かって右手を差しだし、日本語で言う投げ銭を集めている。だいたい10台くらいまわったところで、その車線は青信号になり、そうなるとそのにいさんは、赤信号になった交差している方の車線に行き、そこで同じようにジャグリングをする。車線間の移動は駆け足。首もとのよれたTシャツに半ズボン、そして裸足。それを延々と繰り返していた。

見るとそのおにいさんがやっている反対車線の方で、別の若い男の人が2人でやはりじゃぐりんぐをしている。こちらは一人の背中(首の付け根あたり)にもう一人が乗り、その上に乗った人がジャグリングをするというなかなかアクロバティックな技を披露している。ただ、こちらは一人でやっている兄さんよりも下になっている人の披露が大きいのか、車線を移動することなく、青信号の間は中央分離帯で座って休んでいる。

どちらもおそらく20代後半もいってないくらい。しばらくすると、10歳くらいの男の子(女の子のようにも見えたが)もその交差点に加わる。その子は運転席をまわって手を差し出すのみ。

交差点で物を売って回っている人は、今回の旅ではもう何十人、何百人も見たがこうした芸をして稼ごうとしている人は初めて見た。3つだけとは言え、失敗せずにジャグリングができるようになるには、それなりの練習も必要だろう。それともたまたま簡単にできてしまったから、これをしているのか。また、もし、練習しているとすれば、どんな思いで練習しているのか。

見ている間、彼らにお金を渡している運転手はほとんどいなかったから、これが普通だとすれば、一日の稼ぎも、その日暮らしはできたとしても、大したことはないだろう。彼らは何を考えて、日々暮らしているのか。

エルサルバドルにも麻薬の取引にからんでいる若い人たちのグループがあるらしいが、一時のキングストンのゲットーの若者たちがはまってしまったように、麻薬で稼ぐしか生きる道がないということが、その背景となっている可能性もあるのではないか。

そんなことを思いながら、宿に帰る。

2008年4月6日日曜日

エルサルバドルへ

2008.03.31

夜明けとともに起きる。扇風機も何もなかったが十分に涼しい。

エルサルバドルに行くバスの予約をしていなかったので、8時前に宿を出て、今日のバスのチケットを買いに行く。ターミナルの受付はすでに開いていて、窓口でチケットを頼む。パスポートの提示を求められ、パスポートを渡し、199ケツァール(約3000円)を払い、チケットを購入。受付のおじさんに、1時にここに来てと言われる。

チケット代を払ったことで、ケツァールがほとんどなくなったので、両替しに行く。ただ銀行は9時にならないと開かない。ハガキを出す用事があったので、郵便局近くに銀行があるだろうと思い、ふらふら歩きながら探す。銀行はなかったものの両替商のおじさんが、いて”ドーラレス、ドーラレス”と声をかけてくる。

銀行が開くのを待つのも面倒なので、おじさんにレートを聞くと、1米ドル=7.5ケツァールと銀行と変わらない。ならばと思い、20米ドルぶんだけ両替することにする。150ケツァールがぼくの手元に来るはずなのに、おじさんから渡されたカネは140ケツァール。おいおい、計算が間違っているぞ。もしかして手数料ってことかい? と思いながら、それだったら銀行で替えた方がいいと両替はなしにしたいと身振りで知らせる。するとわかったと言って、145ケツァールぶんを渡される。

まぁ、おじさんの生活もあるだろうし、5ケツァール(約100円)くらいだったらいいかと、それで手をうつ。

郵便局でハガキを出し、帰りはメインストリートを通る。日中は路上にある屋台は夜の間は撤収されているようで、通りでは屋台の骨組みをどっかから持ってきて組み立てている。

夜には撤収しているということは、それだけ盗難のおそれがあるということだろう。としたら、屋台の骨組みや商品を保管する場所はどこにあるのか。あとメキシコでもそうだが、路上の使用権(つまりはショバ代)などはどうなっているのか、気になる。

メインストリート沿いに昨日教えてもらったグアテマラで一番有名なフライドチキンのファーストフード店Pollo Campero(ポージョ:ヨ カンペロ)があったので試しにそこで朝飯を食うことにする。

入り口には銃を持った警備員がいて、入り口まで行くとドアを開けてくれる。中は日本にあるファーストフード店と同じようにきれいで、店員たちは店の制服を着ている。

席に座ると店員が、メニューを持ってくる。メニューを見るとどれも高い。一番安くて25ケツァール程度(約400円)。店内の張り紙の中には15ケツァールのもあったが、これはまぁまぁ安い。

ぼくは鶏の唐揚げを食べなくてはと思い、安かったセット物を頼む。鶏の唐揚げのハンバーガーとフライドポテト、ジュースがついて32.25ケツァール(約600円)。

すぐにジュースが出てくる。オレンジジュースを頼んだが、これが炭酸ものだった。飲むのに苦労する。

10分ほど待って、ハンバーガーなどがまとめて出てくる。まずはフライドポテトを食うと、これがまずい。じゃがいもの味がうすい。道ばたの屋台で買ったものの方が圧倒的にうまい。

鶏の方はケンタッキーなどと変わらない感じ。明らかにブロイラーという歯ごたえで、ぼくの好みではない。結論としてはあまり食べても得るものはない。

だが、地元の金持ちの人等なのか100人ほど入る店内は半分近く埋まっている。サラリーマンふうの人もいるし、子ども連れの人もいる。やはりこうしたところで食べられるのはある種のステータスなのか。

ちなみに昨日、聞いた話ではこの会社を経営している人たちはすごい大金持ちで、この店によってケンタッキーをグアテマラ国内から排除した(進出させなかった?)らしい。よって、グアテマラ国内にはケンタッキーはないという。

それからまた宿に戻って荷造り。宿のチェックアウトの時間が13時だったので、のんびりできたのが良かった。

12時頃、宿を出てバスターミナルに向かう。人通りの多いところなので、わりと安心して歩ける。

無事、ターミナルに着き、受付窓口前の椅子に座って待つ。

13時。来いと言われていた時間になったが、何もアナウンスがない。不思議に思い、チケットを買うときに対応してくれた窓口のおじさんにまだか聞くと、おじさんは”ポキート(もうちょっと)”と言う。

なので、本でも読みながら待つ。

そして、出発予定の13時半になる。なんのアナウンスもない。また、受付のおじさんに聞くと、やはり”ポキート”と言う。

乗り合いバスなどならともかく長距離バスの発車時間が遅れることはこれまでなかったので、だんだん怪しく思い出す。そもそも他の会社よりも高いお金とってるんだから、時間ぐらい守れよと思うし、もし遅くなるならなるで知らせろよ、と思うのだが、そういうことについてはまったくなんの配慮もないよう。

14時が過ぎる。ぼくはバスが入ってくる駐車場をのぞきに行く。2階建ての豪華なバスと普通の長距離用のバスなど3台ほど停まっている。

再び窓口に行くと、また”ポキート”と言われ、コーヒーでも飲んでてと待合室の端っこにあったコーヒーポットを指さす。

だいたい1時半発で明るいうちにサンサルバドルに着くバスだったからここを選んだのに、これでは到着時間は19時過ぎが決定だ。サンサルバドルもグアテマラシティに負けず劣らず治安が悪いというのに、暗くなってからの到着じゃ困るんですけど。それに、明るいうちに移動するのは、車窓から見えるものを見たいということがあるのに、これではサンサルバドル近くの様子が見ることができないじゃないか、もぉ~。などと頭の中で一人ごつ。

こんなことになるんだったらタクシーを使ってでもよりメジャーなTICA社のバスを使うべきだった。でも、そちらも13時半発なので今更変更はできない。

いらいらしながら待合室内をうろうろ。ケツァールが多少残っていたので、ターミナル沿いの歩道でお菓子などを売っている屋台で水などを買う。

そして、14時半前。ようやくターミナルの職員のおじさんが、ぼくのところに来て、こっちにと案内してくれる。リュックに識別用のタグを着け、バスの発着場の方に案内される。停まっていたのは1台だけ。一番豪華なバスはどっかに消えてしまっていて、普通のバスしか残っていない。まさか高いカネを払ってるんだから、このバスじゃないだろうと思っていたら、このバスだった。しかもこのバスは14時前にすでに発着所に入っていたのに、なんなんだ。

さらに驚くべきことに乗客はぼくだけ。クーラーががんがんかかっている車内にぼくは一人座り、外を眺める。体格のいい運転手がすぐに乗ってきて、バスは発車。

家具屋街などを抜け、片道3車線の幹線道路を走る。

まさか客が1人だけなんて。もしかして発車を遅らせてぼくがキャンセルするようにたくらんでいたのか。でも、国際バスだからエルサルバドルからこちらに戻るための車両が向こうでは必要だろう。よくわからん。

1時間ほど走った頃、バスはスピードを落とし、道路の脇に止まる。そして、車の切れ目をはかって反対車線に乗り換える。それから反対車線に入ってすぐに道路脇にあったガソリンスタンドに入る。おいおい、ずいぶん出発が遅れたんだからガソリンくらい先に入れとけよなとあきれる。

が、ここに止まったのは給油が目的ではなかった。運転手はバスを止め、ぼくの方を見て”ポキート”と言ってバスを降りる。彼の左の手にはなぜかコップが・・・。

マイカップを持参しているなんていい心がけじゃないかと思うも、出て行ってから運転手はさっぱり帰ってこない。一杯何かを飲むっていったって10分もあれば飲んでしまえるだろう。

もしやこのバスを止めている間に窃盗団が乗り込んできて身ぐるみをはがしていくなんてシナリオができているのか。バスの入り口は開きっぱなしだし、運転席にはキーも付けっぱなしだ。

空は急に蔭ってきて、ポツポツとバスのフロントガラスに雨粒が落ちてくる。そしてザーッと雨が強くなる。これは何か起こるかもしれない。

そんなことを思っていたところへ隣に2階建ての見た目豪華なバスが入ってくる。車体に書かれてある文字を読むと同じ会社のバス。ドアが開いて添乗員の女性が出てくる。そして、客も何人か出てくる。

そうか、そういうことか。つまりはここでこの豪華なバスに乗り換えということか。それならまぁ許してやろうと思っていたら、そのバスから出てきた乗客はこちらに移ってきて、どっかに行ってた運転手も出てきて添乗員の女性と何やらしゃべっている。その添乗員の女性は自分のものらしい荷物をこちらのバスに移し、出発の準備をしている。乗り換えろというようなことも言われない。

おかしいなと思い、乗り込んできた女性の添乗員にこのバスがサンサルバドルに行くバスなのかと、念のために聞くと、何を聞いているのこの人は、というような顔をして、”Si"とそっけなく答える。

ぼくの見込みはまったく外れ、やはりこのバスで行くようだ。雨はすでに上がり、乗客も8人に増え、運転手が運転席に戻り、バスはまた走り出す。すでに時間は16時を過ぎていた。

それにしてもこの会社は嘘ばっかりだ。ターミナルの窓口のおじさんは1時半に出発して6時には着くと言っていたのに、今、また添乗員の女性に聞くと7時だと言う。この後、別の乗客が聞いたら8時と言う。それならそれで、最初からそのような時刻表にしとけよな。

再出発から1時間半後、バスはエルサルバドルとの国境に到着。乗客はみなおり、イミグレの窓口に並ぶ。みんなはすんなりパスしているのに、ぼくはなかなかすっきりいかない。イミグレのおじさんは何度もぼくのパスポートをめくり、何か言っている。添乗員の女の人も、あまりに遅いと思ったのか、横に来てイミグレの職員と何か話している。そして、ぼくにいつグアテマラに入ったかとスペイン語で聞いてくる。

すでに日付の感覚がなくなっているので、ウン、モメント(ちょっと待って)と言って手帳を取り出し、この日だと入国した日を指さす。

数字がすっと出てこなかったが、添乗員の人がイミグレの職員にその日付を伝えてくれる。それでまたぼくのパスポートをめくる。グアテマラに入ったとき、入国スタンプがちゃんと押されたか確認していなかったため、本当にスタンプがないのではないかとやや不安になる。

対応していた職員は、後ろにいた若い職員の人にぼくのパスポートを渡し、ちょっと見てみろというようなことを言う。

若い職員はすぐにスタンプが押されているページを見つけ、ここにあると指摘する。そのページはこの職員も見ていたのに、もしややや年輩だから老眼で見えなかったのか、なんて勝手に想像する。

スタンプの確認ができると、すぐにパスポートは戻ってくる。時間にすれば10分ほどだが、他の客が早いだけに長く感じられる。

荷物の検査などはなく、さっさと国境をわたる。日はだんだんと傾いてきている。

そして18時半頃、完全に外は真っ暗になる。あ~あ、これから着くまでの景色が見られないなんて、なんてもったいないんだと一人でまだいらいらしている。

バスが走る道はずっときれいに舗装されていてゆれることもなかったのだが、暗くなって気づいたのは車道に街灯がないこと。車の光がなければ真っ暗だ。

19時を過ぎるころには、街灯ではなく看板の光が見え出す。エプソンの看板(これは初めて見た)や化粧品の看板、ファストフード店の看板などが見える。さらにショッピングセンターらしき建物も見える。

そして、グアテマラシティを出てから約6時間後の20時前にバスはターミナルに到着。ガイドブックで位置を確認する。

やはりこういうバスだからかタクシーの客引きなどはほとんどいない。もしかしたらと思い、ターミナルの警備員のにいさんに泊まる予定の宿までの行き方を聞くが、わからないと言い、タクシーに乗ったらと言う。地図上では歩いてすぐ行ける距離なので、タクシーの運ちゃんのしつこくない誘いは断って地図を信じて歩く。

意外と人がたくさん歩いていて、雰囲気がいい。少し安心して宿を探して歩くとすんなりと予定の宿を発見。1泊12米ドルとまぁまぁの値段。部屋は昨日の部屋に比べると雲泥の差ですばらしい。

きれいなトイレ、シャワールームがあり、テレビと扇風機付き。さらに洗濯を干すのにありがたいハンガーかけとハンガーまである。部屋で荷物を降ろしているとバスタオルと石鹸も届く。いやいや天国だ。

今、お金を払ってくれと言うので、とりあえず1泊ぶん払う。20米ドル札を渡すとお釣りがないからと言って待つように言われる。

思ったより人通りが多かったので、大丈夫そうと判断し、外に出る。路上には屋台が出ているが、これまでのようなタコス屋はない。多いのはホットドッグ屋で、4軒ほど並んでいる店はどこも人がいっぱい。

ずっと歩いていくと右手に大学が見え、そこから人が次々と出てきている。その向かいにはネット屋さんがあったので、30分ほどする。それで値段は50セント程度。

エルサルバドルは自国の通貨はなく、米ドルが流通しているとあり、どのくらいの物価かと思っていたら、けっこう安かった。ホテルの横にまだやっている食堂があったので、そこでご飯を食べる。バナナを湯がいたものに、一枚のステーキ、それにご飯で料金は2ドルしなかった。これまで行った国は、キューバをのぞけば食堂で飯を食うとたいてい300~400円はしていたので、ここは圧倒的に安い。

ただ、やはり治安は悪いようで、この食堂の入り口には鉄格子のドアが付いており、店員が鍵を開けないと勝手に入れない。ホテルの近くにあった別のレストランも同じ方式。ここまでやっているのははじめて見た(もっとも危ないところでは外を出歩いていないのでわからないが)。

宿に戻り、風呂場で洗濯をして、寝る。

08/04/05 サンホセ、コスタリカよりアップ