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2008年10月20日月曜日

[diary]ダカール:セネガルからバマコ:マリへ(2日目)

08/07/26(土)
[Tambacounda:Senegal→Mali]

・真夜中の乗り換え
・雨のマリ国境
・久々の大型バス
・お祈りタイム
※レート
1ユーロ=655CFA

尻の痛みでときどき目覚めつつも、けっこう眠り込んでいた。

車が止まり、エンジンが切られる。みなが車から降りていく。どうも終点のTambacoundaに着いたらしい。ぼくもやや寝ぼけた状態でよろよろしながら車を降りる。

外は真っ暗。夜明けはまだずいぶん先っぽい。時計を見ると3時。はぁ~、とため息が出る。ダカールで4時間近く待たされた結果がこれ。これじゃあ、宿に泊まるにも入り口が閉まっていて泊まれない。

なんでこうなるのかがよくわからない。3時に着くってあんた・・・。せめてダカールを昼の12時に出れば夜中の12時前に着くのに。なぜ時間を指定して、その時間までに客を集めないのか? みんな時計を見ながら動く習慣がないからか? 車の主はいい気分だろう。運転は下っ端に任せているから、自分が眠気と闘いながら運転する必要はないし、車には乗れるだけの客を乗せて走るからそのぶん実入りもいい。出発予定時刻という時間に拘束されず、車に乗れるだけの客が集まるまで待つ/待たせるのだから、毎日の収入は最大限が約束されている。

もっとも毎日、自分の車が走れるかどうかというのはわからない。想像でしかないが、見ている限りではどの長距離バスもカルテルのように、すでに既得権益を持っている人々がグループを作り、それぞれ利益を得られるようにあれこれ調整しているよう。だから、もしかしたら、車を出せるのは2日に1回とか、3日に1回とかかもしれない。誰かここのバス業界の仕組みを調べた人はいないのか?

こんな時間に着きやがって、まったく、バカじゃねぇか、と思いながら、リュックを受け取る。

バスが着いた場所には外灯があって、客待ちしているタクシーが数台あった。木製のベンチにはヨーロピアンらしき若い男性が2人、明かりの下で日記を書いたりしている。おそらく彼らも夜中に着いたために、明け方までここで待つのだろう。

ぼくも朝までここで待つしかないかな、と思っていたら、若い男がマリ?と聞いてきた。ウィ(やっとSiのクセが抜けた)と答えると、マリに行くバス乗り場はここではなく、別の離れた場所にあるからタクシーに乗れと言う。

なんで同じ場所にまとめないかな、と思いつつ、どうするか思案する。当初の予定ではここに泊まって明日か明後日にマリに向かおうかと思っていたのだが、朝までここで待って、明日改めてバスを探すとなるとまた3時間待ち4時間待ちが待っている。そう思うと、当初の予定は面倒に思えてきて、ここは一気に移動した方がストレスが少なくていいかもしれないと思う。

この男が言うようにバス乗り場が別にあるのかということはわからなかったが、ぼくの他におばさんが乗っていたので、この人も一緒なら嘘ではないかもしれないと、あまり深く詮索せずにタクシーに乗ることにする。料金を聞くと500と言った後にバガージュが500CFAと言ってくる。トータルいくらだと言ったら1000CFAと言う。どうせ荷物代はぼったくり分だろうと思い、すでにタクシーに乗っていたおばさんに運賃を訪ねると500CFAと言った。車の荷台にはおばさんの荷物もあった。

ほんとにモロッコに入って以降、タクシーの運転手は外国人と見ればカネづるとしか思っていない。もちろん中南米でもどこでもタクシーの運転手はそういう奴が多いが、それでもここまでの割合でぼったくってくる国は少ないように思う。エクアドルやペルーでもタクシーに乗ったが、感覚としてはだいたい半々。つまり5割はぼったくってくるが、5割はローカルプライスだったように思う。まぁ、これも今から思えばという感覚なので当てにならないが、少なくともここでは今のところほぼ100%の確率でぼってくる。

モロッコ以降、たちが悪いのが長距離バスがぼってくることだ。これは中南米ではボリビアをのぞき、なかった。どこもほとんど料金が決まっていて、みな同じ値段。まぁ、それはどこも会社という組織で動かしているから、そのようになっているのだろうから、そもそも会社になっていないこちらとは比べられないのかもしれない。

そんなことを眠い頭で思いつつ、タクシーに乗る。10分もせずにもう1つのバス乗り場に到着。ここもターミナルというかただの駐車場という感じで、確かにダカールから乗ってきたものと同じようなミニバス(ぼろぼろの大型ワゴン)がたくさん駐車している。ただ人気はなし。

タクシーはその駐車場で停車。停車したところには男が2人おり、照明があるものの薄暗い中、おしゃべりしていた。

タクシーを降りるとその男たちが声をかけてきてこっちに来いという。男たちは椅子に座っていたものの、その隣には30人くらいは座れる広いゴザを敷いていた。そこに座るよう促され、どこに行くのかと聞いてくる。国境の方だと言うと、ここで待つように言う。

ゴザに横になる。蚊が心配だったのでリュックの中から蚊取り線香を取り出し火をつける。思ったほど蚊はいない。寝ころんでいると男が話しかけてきて、14000CFA(約3000円)で今すぐ車に乗せて国境まで連れていくがどうだと聞いてくる。高いので却下。

寝たら蚊に刺されそうなので、目は開けたまま仰向けになって待つ。空は曇っていて星は少ない。

1時間ほどたった4時頃、夜明けまであと3時間かぁ・・・、などと思っていたところへ1台のミニバスが駐車場に入ってくる。すると椅子に座った男が、声をかけてきてあれだと言ってくる。あわてて線香の火を消し、荷物を持って車の方に行く。

値段を聞くと5000CFA(約800円)。地図で見た距離からするとそんなもんだろう。

助手席に座らされる。助手席は後ろの座席と違ってゆったりしているから楽だ。

車はすぐに走り出す。真っ暗な外灯もない道をひたすら走る。道は舗装されているからまったく快適。うつらうつらしながら到着を待つ。

夜が明けてから1時間ほどたった7時半頃、マリ側の国境近くに到着。てっきり国境まで行ってくれると思っていたのに、バスは道ばたの空き地のような駐車場に止まる。そこで雨が降り出す。

慌てて近くにあった軒下に行き、そこでリュックカバーなどをかけ、雨対策をする。

駐車場にはミニバスの客を狙ったタクシーが来ていて、ぼくにも声をかけてくる。国境まで行くというので、それに乗る。運賃1000CFA(約200円)。

雨は土砂降りの一歩手前くらい。けっこう強い。バスを降りたところから15分ほどでセネガルの国境に着く。タクシーの運転手が指さし、仕草でスタンプをあそこでもらうよう言う。

タクシーを降りて警察の建物に行く。特に質問もなく、けっこうすんなり終わる。

またタクシーに乗って10分ほど行くと、左手に注射している大型バスが見えた。タクシーはそこで止まる。これがマリのバマコに行くバスらしい。

バスが止まっている奥にはぼろぼろの蔵のような建物があり、そこにたくさんの旅行用バックがあった。またその建物の中にはマットレスをしいて寝ている人も。

その建物の表でバスのチケットの販売をしているのだが、屋根のトタンはあちこちに穴が空いていて、足下にもどんどん水たまりができている。

バマコまで行きたいというとチケットを切ってくれる。値段は12500CFA(約3000円)。けっこう高い。

ここまで来たはいいもののまだ入国手続きをしていない。雨があがったところでちょっとあたりをふらふらしてみる。バマコへ続く一本道を挟むようにいくつかの商店が並んでおり、その裏側には住宅が建ち並んでいた。

商店で水を買ったついでに警察がどこにあるのか聞く。1kmくらい離れていると言われたが、とりあえず教えてもらった方向に行ってみる。が、それらしき建物は見えない。他に国境を渡って来た人たちもいるだろうから、バスが警察前に止まるかと思い、バスの所に戻り、チケット売りのおじさんに片言フランス語で警察に行くか聞くと行くという。

タクシーでここに着いてから2時間たった10時頃、バスのエンジンがかかる。リュックを持って荷台のところに行くが、ここからが長かった。

バス会社のスタッフが客の荷物に白いテープを貼って、それぞれのチケットの番号などをそのテープにマジックで書いていくのだが、それをこれから乗るというときになって始めたものだから、なかなか終わらない。この2時間の間に、というか、チケットを売った直後にその作業をしていれば、すぐに発車できたろうに、なんでこう要領が悪いのかとやや遠目に見ながら思う。

結局、乗客全員の荷物をさばくのに1時間かかり、発車したのは11時過ぎ。その間、ずっとエンジンはつけっぱなし。

走り出して15分ほどでバスは停車。荷物のチェックをする警察の前で止まる。そこからちょっとだけ移動し、今度が入国手続き。なぜかみな1000CFAを審査官に払っているので、賄賂の請求でもあるのかと思っていたら、そういうことはなく、質問も仕事と行き先を聞かれただけで無事入国できた。

マリに入ってもセネガル同様緑が多い。土で塗られた家家がなかなかきれい。

それにしても大型バスは楽だ。ただ、ぼくの座席は背もたれが壊れていて、勝手に後ろに倒れる。後ろのおばちゃんはなかなかの体格で、かつ前の座席との間は狭いから、背もたれに背を預けていると後ろから突き上げるようなことをする。そんなことされても壊れているからしょうがない。それに長距離バスで背もたれを使わずにいるなんて至難の業だし、金払った意味がない。目が冴えているときはおばさんに気を使って背もたれは使わずにいたが、眠くなるとそんなことお構いなく寝る。

マリ側に入ると頻繁にバスは止まる。警察のチェックが3度ほどあり。そのチェックポイントには露店が出ているから、そこで食い物などは買える。炭火で羊か何かの肉を豪快に焼いている屋台もあり、うまそうだったが、まだ先は長いので我慢。

14時くらいにも道ばたにバスが止まる。乗客の7割くらいが降り、なかにはmyゴザor my絨毯を持って出ていった人が居たので何かと見ていたら、みな適当に道の脇の草むらに場所をとり、お祈りを始めた。今回の停車はそのためだけの停車だったよう。

17時頃、また警察チェックで停車。そこでこらえきれず、肉を食う。牛なのか、羊なのか、ヤギなのかわからなかったが、500CFA(約120円)ぶん頼むと300g程度の肉を30kgの米袋の茶色い紙のような紙に包んでくれる。塩気もちょうどよくうまい。2軒の店でそれぞれ500CFAずつ買ってしまった。

夜はぼつぼつ寝る。セネガルの車が狭苦しかったから、今日はけっこうゆっくり眠れる。

Fin

2008年9月22日月曜日

[diary]ダカール:セネガルからバマコ:マリへ(1日目)

ダカール:セネガルからバマコ:マリへ(1日目)

08/07/24(木)
[Dakar→Tambacuanda:Senegal]

・マリのビザを受領
・4時間のバス待ち
・窮屈な車

※レート
1ユーロ=655CFA

[diary]ダカールでATM探し

ダカールでATM探し

08/07/24(木)
[Dakar:Senegal]

・見つからないATM
・相次ぐ停電
※レート
1ユーロ=655CFA

[diary]マリのビザを申請、ゴレ島へ

マリのビザを申請、ゴレ島へ

08/07/23(水)
[Dakar:Senegal]

・マリ大使館
・ゴレ島
・ガールルティエール
※レート
1ユーロ=655CFA

7時頃に起床。昨晩も寝苦しかった。エアコンが部屋にあったから、高い宿賃を払っていることもあり、それを使ってなんとかしのげる。エアコンは新品だから変な臭いもしない。

朝起きてみるとなぜかバルコニー側の床に羽アリがぎょうさんいる。夜中、ぶんぶん音がしたのはこいつらだったよう。だいたいバルコニーに続くドアと床の間には1cmくらい隙間があるから、いくらでもアリが入れる。

今日はマリの大使館にビザの申請をしに行くため、7時半に宿を出る。宿の前の通りから1本向こうにある片道2車線ある大きな通りに出て、ミニバスをつかまえる。昨日と同じくガール(駅)に行きたいというのだが、客寄せの奴らは、ウィかノンかで答えてくれればいいのに、ごちゃごちゃと何か言って、それぞれのバスがぼくが行きたいところに行くかどうかがはっきりしない。

しょうがないので適当に乗り込む。朝の7時半だったが、乗ったバスはすでにほぼ満席だった。昨日と同じ真ん中の通路を隔てて左右に2人がけの座席があって、真ん中の通路にも補助席(というか板)がつくから50人くらいは乗れる。ぼくは補助席に着席。

10分も走ると渋滞。かつ頻繁に止まる。客引き兼集金担当が運転手に車体を叩いて発車や停車の合図をするのだが、ぼくが乗ったバスの客引きはにぶいというかよくわからん奴で、客がいないところで止まっては道を歩いている人らに声をかけ、バスに乗せようと
する。次々と他のバスに追い抜かれるから先で待っている客を取られることになり、結局損しているようにぼくには思えるのだが・・・。同じところに10分近く止まったりするなど、あんまり進まないから客の中には降りようとする人もあり。

客があるところでガバッと降りて車内が空いた頃、後ろから女の子(20代くらい)が声をかけてくる。隣の席を指さすので、補助席じゃなくて普通の座席をすすめてくれているのかと思い、そちらに移動。すると彼女は英語で何か困っているのかと聞いてくる。

なので、念のため地図を見せ、行きたい場所の近くまでこのバスが行くか知っているかと英語で聞く。が、うまく伝わらなかったのか、彼女からの返事はない。彼女はぼくにドイツ語はしゃべれるかと聞く。"Etwas(少し)"と答えた後で、彼女にドイツ語をしゃべるのかと聞くとしゃべれるとのこと。どこでドイツ語を習っているのかと聞くと大学で学んでいるとのこと。しゃべっているうちのその大学の前に着き、彼女は”チュース(ドイツ語のバイバイ)”と言って出ていった。

自転車があればこんな遅いバスに乗らずに済むのになどと思いつつ、ようやく終点に到着。昨日買った地図に各国の大使館の位置が書かれてあったので、それを見ながらマリ大使館を探す。

地図の精度が低いため、道を何度か間違える。そうしてどう見てもここしかないというところにたどり着いたのだが、それらしき建物がない。こうなると人に聞かないといけないのだが、適当に聞くとまたカネをせびって来るような奴に当たる可能性があるので、とりあえず警察を探す。警察とて簡単には信用できない国もあるが、さすがに道を聞く程度でカネをせびってはこないだろうと見込み、近くで交通整理をしていたやや年輩の警官に聞くと、丁寧に対応してくれた。

それでわかったのは、ここではないということ。警官はユニバーシティという言葉を盛んに言うのだが、ユニバーシティと言ってもダカールにはあちこちに大学があるから、地図のどこだと身振りでぼくは聞く。一通り地図を眺めていたが、いまいちわからないようで、街角を指さし、あそこに座っている人に聞いてみろというようなことを言う。すべてフランス語のためよくわからなかったが、勘でこの人かという人がいたので、声をかけ、地図を見せる。そしたら、その人はビブリオテカ ユニバーシティと書いてある場所を指さす。

大学の中に大使館があるはずがないと思うのだが、行ってみるしかない。その大学はロンプラの地図にあったマリ大使館の位置に近いようだから、もしかしたらその近くにあるかもしれない。

ミニバスで近くまで行こうかと思ったが、例のごとく時間がかかるため、タクシーに乗ることにする。マリ大使館に行きたいと言っても、わからない上に探し回って余計に金を請求されそうなので、とりあえず大学の近くにあるらしい大きい病院に行くことにする。

1台目のタクシーの運転手はこの病院がわからず(ぼくの発音が悪かったのか? ただ、地図を見せてもわからないようだった)、パス。素直にわからないと言う人は良い人だ。

2台目は病院の名前を言っただけで了解する。この人だったら大学の図書館もわかるかもしれないと聞いてみると知っているふうだったので、乗ってから行き先を変更。

大学がある一帯は寮など大学関係の建物があちこち建っていて、敷地もけっこう広い。運転手は途中、2~3人に道を聞き、ようやく図書館に到着。昨日のあのクソタクシーと違って、最初の言い値1500CFA(約500円:これだっておそらく通常の3倍は払っているだろう)で支払いはOK。

図書館は立派な建物で、学生たちが次々と入っていく。辺りを見回してみてもマリ大使館らしき建物はない。図書館の入り口では警備員が入館者のチェックをしていたので、その警備員にマリ大使館について聞いてみる。すると、その警備員は正面の道をずっと行って右に曲がってずっと行ったところにあるというようなことを言う。

信じるしかないので、言われた方向に向かって歩く。歩きながらもしかしたら今日中には見つからないかもな、などと思う。

図書館正面の道をまっすぐ行くと、海岸の通りに出た。海側に少し出ている空き地みたいなところは大学生たちのトレーニング場になっていて、ベンチプレスやスクワット、腹筋、背筋などをしている男子学生らが20人ほど。ベンチプレスなどの重りは金属性のプレートではなく、車のホイール付きタイヤだった。

その空き地にPoliceと書いた車が止まっていたので、もしかしたらこの人等は大使館近くで警備をしている人かもしれないと思い、車まで行き、マリ大使館の位置を聞く。

すると知っていって、あっちの方と指さす。フランス語でいろいろ言うのだが、わからず。

指さされた方に向かって歩く。しかし、ダカールは暑い。ちょっと歩いていると汗がしたたり落ちてくる。

ちょっと歩くと歩いている方角の方にマリのものらしい国旗を発見。建物の前まで行くと確かにフランス語でマリ大使館とある。安堵する。

重々しいドアを開け、中にいる人にビザの申請をしに来たというと奥への道を教えてくれる。警備は厳しくない。

奥に行くとそれらしき部屋があった。5~6人の人がおり、証明写真を撮っているらしいカメラマンもいた。

男の人等に続いて待っていると女性の職員に声をかけられたので、ビザが欲しいというと申請書の紙をくれる。が、フランス語オンリー。英語のはないか聞くが、ないとのこと。ただ、カメラマンが記入を手伝ってくれるという。

その職員がカメラマンを呼んで何事かを伝える。カメラマンはぼくに机がある方に来るよういい、カメラマンが写真を乾かしている傍らで申請書の記入を始める。

単語を見てもわかるのは名前と国籍の欄くらいで、ほんとにわからない。なのでいちいちカメラマンに聞く。カメラマンは英語はほんの少ししかできないようで、英語は彼が言う言葉の2割程度。しかもフランス語で記入せよとあるらしく、英語で記入していたらフランス語に書き直してくれる。フランス語は文字と発音がスペイン語や日本語のようには一致していないため、カメラマンの言葉を文字にしようと思ってもできない。

それだったら辞書を見た方が早いと辞書をひいてみるが、その様子を見て、カメラマンが何がわからないと聞いてくる。そして代筆してくれる。結局4割程度は彼に書いてもらった。

その紙を持ってまた女性の職員のところに行き、日本から持ってきた証明写真2枚とパスポートを添付して提出。するとビザ代15000CFA(約3000円)を要求され、支払う。そして2日後の25日の午前中に取りにくるよう言われる。宿代が高いから明日にはダカールを出たかったのだが、しょうがない。

今日やらねばならないことは終わったので、ほっとして大使館を出る。出たところに果物屋があったので、そこで朝飯代わりのバナナとみかんを買おうとするが、釣りがないとのことで購入は断念。

歩いてミニバスが走っている通りまで行く。大学が近くにあるからだろう、ネット屋やコピー屋が10軒ほど並んでいる通りがあったりする。さらに歩いていくと、道ばたの歩道で織物をしている通りにつながる。左右の歩道それぞれに織物機が並べられ、トンテンカンテンと生地を織っている。ペルーで見たときは織物をしているのは女の人がほとんどだったが、ここではすべて男。なかなかおもしろい。

ミニバスが通っている通りにスーパーがあったので、そこで水と牛乳を買う。1.5リットルのペットボトルの水は250CFA(約100円)。これまで個人商店で買っていたときは600CFAだったから半額だ。

ミニバスに乗って、ダカールの中心部まで移動。ミニバスは一律150CFAとタクシーとはけた違いにやすいから助かる。

中心部でバスを降りて歩いてゴレ島に行く船の発着港に行く。往復チケットは5000CFA(約800円)。学校の授業でなのか、船を待つ人の中には6~10歳くらいの子どもが80人ほどいた。

時刻表には12時の便があるとあったので、20分ほどで乗れるかと思っていたらそうはいかなかった。時刻表はほとんど意味がないよう。結局1時間近く待って12時半前に乗船し、いざゴレ島へ。

ゴレ島までは船で15分ほど。貨物船でいっぱいの港を出ればすぐに島が見える。小さな島に煉瓦色の建物が何棟も見える。

ゴレ島側の船の発着場は、海水浴場のすぐ隣。海で遊んでいる子どもたちの歓声を聞きながらの到着。

この島はフランスが奴隷の供給基地として使っていた島ということで、当時の煉瓦づくりの建物や石垣が残っている。そうした建物に住んでいる人もたくさんいるようで、島内を歩いてみるとあちこちで洗濯や炊事をしている風景を見る。建物と建物の間の通りは狭く3人横に並べば、他は通れないほど。

赤やオレンジの花が咲き、体長が20cmほどあり黄色い線が入っているような変わった色のトカゲ(の1種?)が石垣を走り、ヤギが道ばたで草を食む。ダカールとはまったく違う雰囲気でなかなかいい。

島の最頂点(と言っても100mもない)に続く道には、ここに住んでいるらしい画家たちの絵がたてかけられている。ドミニカのサントドミンゴで売られていた絵と色使いが似ている。

また、道のあちこちにちょっとしたお店があって、ここに住む芸術家が作ったらしい造形物や服などを売っている。そういうところの前を通るときに、たまに”アリガト、サヨナラ、コンニチハ”などと日本語で話しかけられる。買う気はまったくないので、そういうときには、挨拶だけして通り過ぎる。

島は1時間もあればほとんど見て回れる程度の大きさ。
島をひととおり回ってから海水浴場近くの歴史博物館と奴隷の家(?)を見学。いずれも入場料500CFA(約100円)。

歴史博物館は、ゴレ島の歴史だけでなく、セネガルの歴史の博物館で、本物なのかどうかはわからない(見た目は本物)が、アウストラロピテクスやホモハビリス、ホモサピエンスサピエンスの頭蓋骨まで展示されていた。セネガルで出土した土器や石器からフランスに対する抵抗の歴史などが現物と絵、説明板などを使って紹介されている。説明文はフランス語だけ。そのため内容はわからず、展示品をみただけ。

奴隷の家は、奴隷を積み出すときに奴隷を収容していた建物で、当時使われていた建物がそのまま残っている。見学者は多い。

あるのは区切られた小さな部屋ばかりで、展示品として足に着けられていた手錠のようなものがある他は何か特別なものがあるというわけではない。どの小部屋も日本で言えば土間のようなところばかり。

建物の2階にある説明板はやはりフランス語だけだったので、読めず。

早々に出ようかとしたら、ここの職員か何かの人が来館者を全員集め、入り口付近で解説を始めた。もちろんフランス語オンリー。まったく内容はわからなかったが、最後の部分でバラク・オバマという名前を言っていたので、アメリカの大統領選についてもちょっと触れたようだった。

船着き場近くに戻る。すると、ちょうどダカール行きの船が出たところだった。次の船が来るのを待つが、なかなか来そうにないので、昼飯をレストランで食べる。適当に値段を見て頼んだものは白米に鶏の胸辺りを骨付きのまま焼いたのに、タマネギを炒めて作ったソースのようなものをかけたものが出てきた。塩加減よし。ご飯の炊け具合もいい。値段は3000CFA(約500円)。

飯を食った後、店の前で売られていた黄色い果物を買う。名前はわからないが、セネガルではあちこちで売られていて、食べている人も多かった。見た目は夏みかんがしおれたような感じをしていて、大きさはリンゴ程度。自分も試してみようと1つ頼むと店(と言っても果物を置いている板があるだけ)のおばちゃんは、でかいのを選んで500CFAだという。

それでオッケーと仕草で伝えると、おばちゃんはヘタの付いている頭の方を上にして、だいたい3cmくらいの部分を横にナイフで切り抜く。するとその果物の内側(中身)が


※つづく※

[diary]サンルイからダカールへ

サンルイからダカールへ

08/07/22(火)
[St-Louis→Dakar:Senegal]

・バカなタクシー運転手
・カネくれ野郎ーホテルスタッフ
・ダカールの中心部

※未完※

[diary]サンルイで一休み、舟の大群

サンルイで一休み、舟の大群

08/07/21(月)
[St-Louis:Senegal]

・大雨洪水?
・浜の船の大群
・ウミガメで遊ぶ子どもたち
・働くロバ

※未完※

[diary]モーリタニアからセネガルへ、最悪の国境

モーリタニアからセネガルへ、最悪の国境

08/07/20(日)
[Nouakchott:Mauritania→St-Louis:Senegal]

・ヌアクショットの市場
・気が変わってセネガルへ移動
・くさっているおやじ
・まともなタクシー運転手
・変わる景観
・くさっている国境
・ストリートチルドレンの群れ

※未完※

2008年7月21日月曜日

[速報]サンルイス(セネガル)いり

明日移動のつもりでしたが、気が変わり今日の昼過ぎにヌアクショットを出て、セネガルに入りました。今は、セネガルの北、大西洋に面したサンルイスにいます。

国境では暇なガキども(といっても10代後半から20代と思われる)が数人はえのようにたかってきて国境を通るのにああだこうだと嘘を並べたてさらには人を馬鹿にした言葉を発するなど、川に沈めてやろうかと思うようなことがあり、すっかり疲れましたね。やれやれ。

ところで、ここはちょっとした観光地のようで、モーリタニアではほとんど見なかった観光客がここにはけっこういます。フランス語を話しているのでフランス人かベルギー人かというところでしょうか。

今日、宿を取ったところにはベッドそれぞれに蚊帳がついており、いよいよマラリア地帯に入ったかと感じた次第。

2日ほどここで休み、明後日にはダカールに向かいます。

ではでは。


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