ラベル シリア の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル シリア の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年1月4日火曜日

[diary]アレッポからイスタンブールへ(1日目)

アレッポからイスタンブールへ(1日目)

2008/11/30(日) 晴れ
[Aleppo:Syria→Turky]
※レート:1米ドル=47シリアポンド、1ユーロ=59シリアポンド

・郵便局
・バスでイスタンブールへ
・トルコ入国に2時間半
・立派なオトガル
・メルセデスベンツと香水サービス

夜中、寒くて目が覚める。半袖Tシャツに薄手のブランケット一枚という装備で寝ていたのだが、足先が冷えて眠れない。前回泊まったときはこんなに寒くなかったのに、今晩が寒いだけなのか、それとも部屋がまずいのか。結局、その後熟睡できずに朝を迎える。

明るくなって見ると同室の人はどこかからか毛布を調達してきていて、それにくるまって寝ていた。

8時過ぎに荷物を積めた段ボール箱を持って郵便局に行く。シリアから出すと安いと聞いていたので行ってみたのだが小包約9kgで約80米ドルは、別に安くはない。平均的。船便にしようかと思ったら船便はないと言われる。さらに窓口の男性は、あとから来た客が何か尋ねるとそちらの対応ばかりしていて、こちらの手続きが進まない。たいして安くないし、この職員に付き合っていると1時間はかかりそうだったのでここから送ることはやめる。

荷物を持ち帰って、またリュックの詰め直し。やれやれ。

9時半頃、イスタンブール行きのバスチケットを買いに行くが、バス会社のオフィスはまだ開いておらず、無駄足となる。さらに荷物の輸送代として両替していたシリアポンドが余ることになったので、これを再度米ドルに両替しに行くが、やはり両替屋もまだ開いておらず無駄足に終わる。

11時前にまたイスタンブール行きのバスチケットを買いに行く。2500シリアポンド(約5300円)。

それから再度両替屋に行く。米ドルの買値は47.15シリアポンド。

やっと出発に当たっての準備が終わる。宿に戻ってしばらく書き物。

12時前に宿を出てバス会社のオフィスに移動する。そこで『コーラン』を読みながら発車を待つ。30分ほど待った頃、バスに案内される。案内されたバスはたいして良くもなく、かと言ってひどくもないが、ちょっとがっかりという程度のバス。

乗り込んだ客数は7人。たったそれだけの人数なのにバスは予定通り13時ちょっと過ぎに発車。夜あまり眠れなかったその反動なのだろう、バスに乗るとあっと言う間に寝てしまう。暖房が効いていたのも眠りをそそる一因だった。

発車して1時間ちょっとした14時10分、国境に到着。国境が近くなるとバスの添乗員がぼくの席まで来て、出国税が550シリアポンドかかるということを札を店ながら告げる。言葉はアラビア語。
From syria 2


国境に着くとバスの添乗員に促されて一緒にまずは出国税を払いに行く。そこで領収書をもらってからパスポートコントロールの窓口へ。入国と違って出国手続きはスムーズ。簡単にシリアを出国。

一度バスに乗り込んで、5分ほど走った後にトルコ国境に到着。アラビア文字からトルコ式アルファベット文字の世界に変わる。
送信者 Turky


トルコのパスポートコントロールは、これまでのように一つの建物の中に窓口があってそこでするのではなく、日本の高速道路の料金所のようにいくつかゲートがあってそれぞれバスが入ったところに係官がいるボックスがあってそこで行う形式だった。係官にパスポートを出すとヒューレットパッカードのパソコンにあれこれと情報を入力し、スタンプを押してくれる。質問や入国カードもない。

予定通りトルコはすんなりと入国と思いきや、バスに戻ってからが長かった。荷物のチェックはともかくとして、この国境ではバスの車体自体のチェックまであった。チェックは2つの方法でなされ、一つは係官が乗り込んできて彼らの目で車内のあちこちをチェックする方法で、もう一つは空港などでの乗客の金属反応をチェックするあれのバス版とも言うべきものだった。

ある建物内にバスを乗り入れ、乗客も運転手もみなバスから降りて誰も乗っていない状態にした上で、巨大な移動式の枠がバスの前から後ろまで移動し、なにかをチェックする。建物の壁には、医療施設などで放射線の危険性を示すときに使われるようなマークが張られてあったので、放射線のようなものを使ってチェックしているようだった。

トラックやバスを1台1台そうしてチェックするのだが、そのチェックする機械の数が少ないため、順番待ちに時間がかかる。

結局、そうしたチェックが終わって国境を離れたのは17時過ぎ。シリア側の国境に着いてから3時間近くが経ち、空には細い三日月と一番星が見えていた。

トルコに入国してから1時間足らずの18時50分。アンタキアのオトガル(トルコ語でバスターミナルのこと)に到着。バスの添乗員が降りるように言う。どうもここで乗り換えのよう。

バスを降りて案内されるままオトガルの中にある一つの窓口に行く。そこで改めてイスタンブール行きのバスのチケットをもらう。出発は約1時間後の19時。チケットを見ると40トルコリラとあった。やっぱり通しで買うと高かったみたい。10米ドル以上損したかも。

バスの時間が来るまでオトガル内で過ごす。このオトガルはメキシコのバスターミナルを思い出させるような近代的な建物で、最近作られたのかとてもきれい。床にはゴミ一つ落ちていない。ただ便所を利用するには0.5トルコリラ(約30円)も払わねばならない。
送信者 Turky


2階には食堂とネット屋あり。さらに絨毯が敷かれた1画があって、そこでは女性たちが座り込んでおしゃべりをしていた。見た印象ではモンゴル系がちょっと入ったような顔つきの人が多い。これまでのアラブ地域とはまた違う地域に入ったように感じる。

外に出てみるとあたりは灯りもたいしてないのでここは郊外のよう。

ベンチで書き物をしていたらバス会社の人に呼ばれる。バスの乗車が始まったとのことだったので、荷物を持ってバス乗り場に移動。

荷物にはタグが付され、出発前に乗客の確認がなされる。

バスの車体はメルセデスベンツ。それも中古ではなく新品のよう。内装は黄色を基調としたデザインでなかなかよろしい。加えて乗客がこれまた10人程度しかいないため、二人分の座席が使えてらくちん。すばらしい。

バスは19時ちょっと過ぎに出発。道路もよく整備されているようで揺れが少なく、エンジンも小さい。辺りはもう暗くなっているため、車窓からは家々の灯りが見えるだけで他はほとんど何も見えない。

車内の電光掲示板を見ると外気温は12度。車内は眠れないほど寒いのではと密かに心配していたのだが、幸いなことにエアコンがきちんと機能していて杞憂に終わった。

出発してからしばらくして添乗員の若い男性が客席を回って香水を数滴ずつ配って回る。手で受け取り手に塗ったり、人によっては顔にパタパタつけたりしている。

それからまたしばらくして飲み物サービスがある。プラスチックのカップに入った水や熱いコーヒー、紅茶、ジュースなど数種類が希望によって配布される。

車内正面のテレビではビデオではなく、テレビ番組が流される。クイズ番組やお笑いコント番組が放送されていて、こんな番組を見るのはかなり久しぶりだなと感じる。
送信者 Turky


21時過ぎ、検問のためバスは停車。軍人の格好をした人が一人乗り込んできて、乗客のIDをチェック。その後、入れ替わりで犬を連れた警官が乗り込んでくる。麻薬犬のようで、通路を臭いを嗅ぎながら歩き回る。10分足らずで検問のチェックは終了。バスはまた走り出す。

Fin

[diary]ベイルートからアレッポへ

ベイルートからアレッポへ

2008/11/29(土) 晴れ
[Beirut:Lebanon→Aleppo:Syria]

6時起床。同室の中国系アメリカ人らしき女の子の靴音で目が覚める。

荷造りをして部屋を出て階段を下る。しかし、宿が入っているビルの1階の出口まで行ったら出入り口が施錠されていてドアが開かない。泊まった部屋があった階(日本式で言うと4階)の2つ下の階にあるホテルの受付のドアも鍵がかかっていて、ホテルのスタッフに入り口を開けろとも言えない。受付のドアの横には8時半に開くからそれまで呼び出さないように(Don't Disturbと書かれていた)とある。それにしてもホテルのクセして何がDon't Disturbだ!それはこっちのセリフじゃ。客の出発の邪魔すんな!と言いたくなるわけですよ。まったくレバノンに来て以降禄なことがない。

というわけで張り紙のDon't Disturbは完全に無視して呼び出しベルを鳴らし、ドアをゴンゴン叩く。するとカチャとドアが開く。顔を出したのはその階の部屋に泊まっている別の客。その人がフロントの人間を呼びだし、ようやくホテルから出ることができる。

歩いて近くのガラージュへ。シリアに行く車は乗り合いタクシーや大型ワゴン、バスなどがあり、乗り場に近づくとおじさんたちが「ダマスクス?」などと尋ねてくる。ホムスに行きたいと言うと奥の方からおじさんがやってきて、車に案内される。乗り合いタクシータイプの車。トランクに荷物を積み、念のため運賃を確認したら1000シリアポンド(約2000円)だと言う。昨日聞いた話ではアレッポまで700シリアポンドで行けるとのことだったので、この車は却下。別の車を探す。

ガイドブックによればホムスまで500シリアポンド程度で行けるらしく、またホムスからアレッポは100シリアポンド程度のようだったので、ホムスまで行ってアレッポ行きに乗り換えようと思っていた。が、ある人はアレッポ行きのバスは午後からしかないと言う。

なので、行き先を変更し、アレッポにする。適当に人に聞いてみると、奥の方の乗り場がそれらしい。奥の方まで歩いていくと確かにアレッポ行きがあった。大型バスがあり、これだと安いかと思ってチケット売場に行って値段を聞く。するとチケット売場のおじさんは、ビザを持っているかと尋ねてきたので、「ラー(持っていない)」と言うと、別の会社に行けという素振りをする。

レバノンからシリアの入国については、ヨルダンからシリアに行くときのように時間がかかったりするということは聞いていなかったから楽観視していたのだが、どうも違うっぽい。

別のバスのところに行く。そしてビザを持っていないんだけどと言うと、そこにいたバス会社の社員らしい2~3人の男は軽く相談し、運賃は800シリアポンド。ビザで時間がかかっても待つというようなことを言う。しかし、それにしても800は予算オーバーだったので、じゃあやめると言うと700シリアポンドに下がる。2ドル分なのでわりと大きい。あと早い時間帯にアレッポに着きたかったこともあり、これで決める。

ぼくがバスに乗り込むと乗客は5人ほどなのに、バスは発車。7時20分。

地中海を左手に見ながらバスは走る。きゅうりかトマトを栽培しているらしいビニールハウスが沿道に見え、またたわわに実ったみかん畑もたくさん見える。
From lebanon


検問が2カ所で敷かれており、1カ所は戦車付き。すべての車をチェックするわけではないので、通行はわりとスムーズ。
From lebanon


昨日のように渋滞もなかったため8時40分にはトリポリに到着。そこで客が入れ替わる。

20分ほど停車の後、また出発。停車している間、何人かの客は近くにいたバナナの露店で幹ごと(房ごと)バナナを買っていた。シリアでもレバノンのバナナは売られていたからここで買った方が安いということか?

乗客はだいぶ増え20人ほどになるが、それでも車内はがらがら。

走り出して30分ほど、なぜかある商店の前にバスは停まる。乗客の何人かはそこで両替をしているようだった。

再出発後、1時間足らずでシリア国境近くに到着。国境へと続く細い道には大型トラックの行列ができていて、動く気配なし。

運転手はこれは動かないと判断したようで、狭い道でUターンして来た道を戻る。

海沿いの分岐点まで戻り、今度は海に沿った道を行く。浜辺にはときおり、パレスチナ難民なのだろうか、テント暮らしをしている人たちの姿を見る。


15分ほどで、さっきよりも海側にある国境に到着。こっちもトラックの行列ができていたが、バスはその後ろに並ぼうとする気配すら見せずに反対車線に入り、並んでいるトラックを一気に追い越す。そうしてすんなりとレバノンのイミグレ前に到着。バスの添乗員のおじさんは乗客のIDを集め、ぼくとふたりでイミグレの建物内に行く。

ぼくの出国手続きはすんなり終わり、残りの人の手続きを待っていたら添乗員のおじさんが一緒に来るよう言う。他の客はとりあえず置きっぱなしにして先にシリア側のイミグレに行き、おじさんに促されるまま出国カードを書き、隣の銀行でトランジットビザ代8米ドルを払ってその領収書をもらい、またパスポートコントロールに行って、今度はスタンプをもらう。

パスポートコントロールの他に何をやっているのかわからない係官がいて、彼ぼくのパスポート情報を紙切れに書き写し、さらにシリアでの滞在地、ホテル名などを聞いてくる。なんでパスポートコントロールと別にこんなことをしているのかは不明。

バスの添乗員はぼくに付きっきりで同時に他の乗客のIDなどもあっちに持っていき、こっちに持っていきしていた。そうして1時間足らずで国境を突破。添乗員のおじさんはすべての手続きを終えてバスに戻るとき、何をしているのかわからない係官に50シリアポンド(約100円)を渡していた。ポイっと渡していたから賄賂なのだろう。

シリアに入るとなんだかほっとする。緑豊かな畑が両脇に見え、またときどきやはりパレスチナ難民らしき人たちのテントも見える。
From syria 2


車内では女性シンガーのミュージックビデオが上映され、乗客はぷかぷかとタバコを吸っている。イエメン以降、車の中でもタバコを吸うというのがわりと一般的なためタバコ嫌いにはつらい。特に中東は喫煙率が高いように感じる。

13時頃、バスはどこかのバスターミナルに到着。乗客がみな降りていくので、ぼくも降りてみる。添乗員のおじさんは何人かの乗客を別のバスに案内していたので、これは乗り換えかと思い、そのおじさんに声をかける。乗り換えが必要ならそうとなぜ事前に説明しないかな。

おじさんはターミナル内にあるあるバス会社の窓口に連れていき、そこでチケットを発券。最初に700シリアポンドをまとめて払っているので、追加料金のようなものはない。

そうしてから別のバスを案内される。大型のバスに乗り込み待つ。しばらく眠りこけていたのだが、目が覚めてもバスは発車していなかった。自分らは国境で時間がかかっても待つから余計に金を払え、みたいなことを言っていたのに、客を1時間以上待たせても何もないというのはなんなんだ!などと考えてみる。

14時過ぎ頃、ようやくバスは発車。今度は満席。予定では今頃にはもうアレッポに着いてやるべきことをあれこれとやっている予定だったのだが・・・。

どうやら停まっていた場所はホムスだったよう。これだったらやはりホムスまでのバスにして、早く出発するバスやセルビス(乗り合いタクシー)に乗った方が早く着いた。アレッポまでは90km程度。まだまだ遠い。

アレッポに着いたのは日が傾き始めた16時頃だった。アレッポからハマに行くときに使ったターミナルに着くのだろうと思っていたらぜんぜん違うところで、しかもけっこう郊外にあった。

やれやれと思いながらバスを降りると、ひんやりとした空気にぶるっとする。レバノンは半袖でもなんとかいけるくらい暖かかったのに、やはりちょっと内陸に入ると寒い。

タクシーの運転手数人が声をかけてくるが、適当に断り、緑色の市内バスが停まっているところに向かう。

32番のバスは確か中心街を走っていたので、運転手に「City Center?」と尋ねるとアラビア語でなにやら応える。指さしている方向が中心街だったので、まぁ大丈夫かと思い乗り込む。

他の客が乗ってきたときに運賃を払っていたので、ぼくも払おうかと運転手にいくらだと尋ねると、彼は手で制止してまぁまぁ座っておけというような仕草をする。後で払うことになるのかと思い、そのまま椅子に座り出発を待つ。

10分も待つことなく、バスは発車。沿道から次々と客が乗り込んでくる。バス停で停まるときもあれば、適当な道ばたで手を挙げている人がいるとそこでも止まる。あっと言う間に車内は満員。通路も出入り口も人でいっぱい。客が数人降りて出口付近が少し空いても奥に詰めないため、入り口付近は混雑しっぱなし。ドアの開閉に支障が出るほどなのに、誰も何も言わない。日本でなら運転手がアナウンスするのだろうが、それもない。入り口付近に立っていたおじさんは奥の方を見て、不満そうな表情で隣の人になにやら言っているようなのだが、奥に詰めるように声をあげたりはしなかった。

そうこうしているうちにバスは中心街に入る。結局、運賃は払わず仕舞い。運転手に「シュクラン(ありがとう)」と言うとにこっとしてうなづいていたから、運転手のおごりということのよう。こうしたことができるのも市内バスは会社化されているからだろう。

自動車のパーツ屋が並ぶ通りを歩き、前回泊まった宿に向かう。歩きながら、やっぱり街としてはトリポリよりもベイルートよりもアレッポの方がずっと魅力的だ、と思う。何より暗くなってからも商店街に活気があるのがいい。

宿にチェックインして、部屋に荷物を置く。それからまずは少なくなったシリアポンドを入手するために両替屋に行く。

トルコ行きのバスチケット代約50米ドルぶんと今晩の食事や買い物ぶんを両替。両替は2度する。というのも、1度目にした両替の時は、出国税550シリアポンド(約1200円)を計算に入れてなかったため追加で両替する。

すっかり暗くなっていたのでもう19時くらいになったかと思うくらいだったが、時計を見るとまだ17時半。女性向けや子ども向けの”洋服”屋が並ぶ通りはアバヤを来た女性客がいっぱい。どの洋服屋もこじんまりとした店構えのところが多く、そのぶん店舗数が多い。おそらくこの通り近辺だけで100店舗ほどはありそう。
From syria 2


女性3人組など女性だけで買い物をしている人たちが多い。子ども連れも多く、中には5~6人の子どもを連れて歩いている女性もいる。
From syria 2


歩いていると若い男や少年が「Hello!」とか「Welcome」、「ジャッキーチェン?」などと声をかけてくる。中にはわざわざぼくの顔を拝むためぼくを追い越し振り返り、しばらく見続ける輩もあり。女性たちもぼくを発見すると、お互い教えあってこちらを振り向く。が、女性が何か声をかけてくることはない。

週末の土曜ということでか、他の通りも人通りが多く、とてもにぎやか。その様子を写真に撮ってまわりたかったのだが、あいにくカメラの充電が切れ始める。なので、一度宿に戻る。

途中、飯屋で食事。ナスと挽き肉のトマト煮とインゲンのトマト煮。これに付け合わせのパン(平たい円形のパン)と生唐辛子、生の赤カブ、赤カブのピクルス、そして生のミントが数本つく。ナスの方は酸味が強かった。計100シリアポンド(約200円)。
From syria 2


宿に戻ってカメラの電池を充電。その間、情報ノートをちらりと見ようとしたら日本人旅行客と遭遇。宿の有料パソコンでインターネットをしようとしたところ見たいサイトが見れないらしい。画面を見ると閲覧が許可されていないというようなメッセージが出ている。この人のサイトもぼくの場合と同じく、どうもシリア国内では規制にひっかかって見ることができないよう。

30分ほど充電した後、また宿を出る。繁華街をふらつく。それから買い物。石鹸を買う。この間、今晩泊まっている宿に置き忘れて行ったこともあり、改めて買う。安いものは30シリアポンド(約70円)/kgというのもあるし、高いのは600シリアポンド(約1300円)/kgするものもある。一応、どこかが格付けして星いくつという規格もあるようだが、星が付いていないものでも香りの良いものはある。

そんなこんなしているうちに20時を過ぎたので、宿に戻って荷造り。日本に荷物を送ろうと段ボールを商店から買ってきたので(10シリアポンド)、それに荷物を詰め、リュックの中も詰め直す。

そんであとは読み物、書き物をして寝る。

Fin

[diary]ハマからトリポリへ

ハマからトリポリへ

2008/11/27(木) 晴れ
[Hama:Syria→Tlipori:Lebanon]

・セルビスで待ちぼうけ
・スムーズにレバノン入国
・トリポリ入り直後に警察に尋問される
・またもやチャンチンチョン
・スーラスーラ
・ぼろぼろのビル
・トリポリロール
・偽警官あらわる
・早い店じまい

From syria 2


From syria 2


From syria 2


From syria 2


From syria 2


From lebanon


From lebanon


From lebanon



From lebanon


From lebanon


From lebanon


From lebanon


From lebanon


From lebanon


From lebanon


From lebanon


From lebanon


From lebanon



From lebanon


From lebanon


From lebanon



From lebanon

[diary]アレッポからハマへ

アレッポからハマへ

2008/11/26(水) 晴れ
[Aleppo→Hama:Syria]

・ATM使えず、両替屋探し
・トルコ行きのバス事前チェック
・バスステーションで警察につかまる
・ハマへ行くバスの車内でー20歳シリア人男子との会話
・巨大な水車
・昼の静けさと夜の明るさ

6時過ぎ起床。同室のドミトリーは4人部屋でうち3人が日本人でもう一人は韓国人。いずれも野郎ばかり。

ベランダに昨日洗濯した靴下を干していたのだが、乾いていない。やっぱり寒いからか?

しばらく廊下(踊場)にあるソファで書き物。そこへ別の部屋の日本人男子旅行者がやってくる。書き物を中断し、しばらくおしゃべり。彼も1年の予定で日本を出てきたらしいが、当初の予定では行かないつもりだったアフリカにこれから行くという。それでちょっとだけアフリカの情報提供。彼はアフリカはここらよりも物価が低いと思っていたよう。また保険に入っていないらしく、しかもここのところ内臓系の痛みに見舞われていたということで、これからのアフリカ行きにちょっと不安を抱いているらしい。見た目20代後半。

8時過ぎ、荷物を整理してすぐにチェックアウトできる状態にし、外に出る。昨日は定休日で開いていなかった民族博物館に行こうと思って外に出たのだが、財布に金がないことを思い出す。なので、まずは銀行及び両替屋探し。ここらは安宿街なのに両替屋の類が少ないのが不便。

ATMも昨日は使えなかった。日が変わればシステムが変わっているかと思い、近くのATMを使ってみるがやはりダメ。

商店が並ぶ時計塔周辺の歩道を歩いていたら「チェンジ」と声をかけてくるおじさんがいたので、1ユーロいくらかと尋ねる。すると1ユーロ=58シリアポンド。国境の銀行と変わらない。銀行よりもレートが良くないなんて使えない闇両替だ。意味がない。商店の少年もやはり声をかけて来て両替しないかというが、レートはおじさんと同じ。ぜんぜんダメ。なので、ちょっと離れた銀行に行ってみる。

店頭の電光掲示板を見ると1ユーロ=60.72。すばらしい。さっきのおじさんよりもはるかにいい。というわけで50ユーロぶん両替したのだが、領収書が出てきてびっくり。手数料を100シリアポンド(約200円)も取っている。結局、手にすることになるシリアポンドはさっきの両替屋のおじさんのレートと同じになる始末。両替ごときでこんなに手数料を取るなんてがめつい銀行だ。というわけで、両替を中止。やっぱり両替しないと伝えると窓口のおじさんはやや憮然とした顔でさっき渡した50ユーロ札を放ってくる。

それから別の銀行及び闇両替屋を探してふらつくが見つからず。しょうがないので昨日、宿の情報ノートで見たドルもおろせるATMに行くことにする。ちょっと離れているらしいので避けていたのだが、近くに両替屋がほとんどないので仕方がない。

鉄道駅へと続く幹線道路を北方面に向けて歩く。すると右手にきれいに整備された幅1mほどある歩行者天国を発見。そこに面して2つの銀行があったので、そこで両替できるかと思い行ってみるが、両替はできないと言われる。ただ近くに両替屋があるからと教えてくれる。

その銀行からは歩いて3分もしないところに両替屋があった。近代的なビルの2階(日本式の数え方で)にその両替屋はあった。窓口で両替を頼むと1ユーロ=60シリアポンド程度で両替してくれる。

そのオフィスから外を眺めたとき、向かいに例のドルも下ろせるというBANK AUDIがあることを発見。手持ちのドルやユーロが少なくなっていたので、ここでドルをおろす。最大で300米ドルしか下ろせなかったが、トルコで同じようにドルやユーロがATMで入手できるというので当面はこれで間に合う。

と、やっと一仕事終わった頃にはすでに時刻は10時半。宿のチェックアウト時間が11時なので、民族博物館は諦め、途中、郵便局に寄ってから宿に戻る。

11時過ぎ、荷物を持ってチェックアウト。ハマ行きのバスが出ているバスステーションに行く前に近くのトルコ行きのバス会社が集まっている場所に行く。これからレバノンに行ってまた戻ってくるときにはシリアには48時間のトランジットビザで入ろうと思っているため、トルコ行きのバスがどのくらいの頻度であり、何時頃出発しているのか、運賃はいくらくらいなのかが知りたかった。

最初に入ったオフィスには英語をしゃべる店員男性がいた。愛想のいいお兄ちゃんで、イスタンブール行きのバスの値段を聞いただけなのに、チャイ(お茶)を飲んでいかないかと言う。なのでご馳走になる。あまり甘くないチャイと棒状のクラッカーを1本ご馳走になる。椅子に座っていたらオフィスにいたイギリス人らしい女性が、どれくらい旅をしているのか、どこに行ってきたのかと聞いてくる。

彼女は見た目50代くらい。南米、アジア、中東などは旅行しているがアフリカは危ないと思ってまだ行っていないという。そのためアフリカは危なくないか、南アフリカの東海岸や西海岸には行ったかというような質問をされる。

完食後、さっさとそのオフィスを後にする。同じ並びにある別のバス会社でもイスタンブール行きのバスの値段を聞いて回る。

聞いて回った範囲ではイスタンブール行きのバスの運賃は50~60米ドル(2500~3000シリアポンド)。13~15時発で翌朝にイスタンブールに到着するらしい。便数はある会社は毎日あり、ある会社は週に2便程度。いずれにしても毎日ある。

レバノンを早朝に出て、その日のうちにバスに乗れるのがベストなのだが、午後早い時間に出るみたいなので、ちょっと難しいかと感じる。

それからハマ行きのバスステーションに向かう。歩き方の地図ではここから歩いていけるところにあるというふうに書いているように思えたのだが、バス乗り場自体が変わったのか、そもそもこの情報(というよりも書き方)が不正確なのか、そこにはバスステーションはなかった。

停まっていたワゴン型のセルビス(乗り合いバン)の運転手にガラージュ(フランス語でバスステーション)に行きたいというと乗れと言う。

大荷物を持ったまま乗り込む。車は住宅街を抜け、どんどん郊外へと進む。途中、通学あるいは帰宅中らしい制服を着た少年二人が乗り込んでくる。2人ともどう見ても12~13歳程度にしか見えないのだが、1人は右手に煙の立っているタバコを持ったまま乗り込んできて、車内でも吸っていた。大人たちはそれを見てもなにも言わないので、ここではタバコは低年齢でも許されているのかと不思議に思う。そういえば昨日同室だった日本人旅行者がまちを歩いていたら、タバコをくれとやはり同じくらいの年の男の子に言われたと言った。

20分ほど乗っていても着かないので、なんだか不信に思い始める。こんなに遠いとは思ってなかったため、違うバスステーションに連れて行かれているように思えて来たのだ。しかし、車はちゃんとバスステーション近くの路上で停車。運賃10シリアポンド(約25円)を払って降りる。

バスステーションは現在建設中のようだった。バスケットコートが4面ほどはかるく作れるくらいの広場を囲むようにバス会社のオフィスが40~50あり、どれもピカピカ。ただ使う方としては使いにくい。どの会社がどこにバスを走らせているのかを示す看板も何もないし、右奥や左奥のオフィスまでは50mほどある。

From syria 2


入り口近くにはそれぞれの会社の客引きらしいおじさんたちがたむろしていて、「ダマスカス?」などと聞いてくる。なので、「ハマ」と答えるとそのオフィスを教えてくれる。

オフィスでパスポートを渡し、運賃100シリアポンド(約200円)を払い、チケットをゲット。ここの窓口の人は座席番号や行き先などを英語(のアルファベット)でチケットに記入してくれた。

バス乗り場に移動し、キオスクで水を買う。1.5リットルで50シリアポンド(約100円)。高い。たいてい50~60円が相場なのだが。

バスは30分後の12時半発。ここのバス乗り場もわかりにくく、ずらっと並んでいる10台程度のバスがそれぞれどこに行くかがわからない。もしかしたらアラビア語で書かれれているのかもしれないけども。

乗り場をふらふらしていたら背の高いにいちゃんがこっちに来いと言う。バス会社の人でハマ行きのバスを教えてくれるのかと思い、ついていってみると案内されたのは乗り場の端にあった交番。完全に私服なので彼が警官だとはわからなかった。

面倒なことにこのにいちゃんもその上司らしいおじさんも英語を解さない。それでなんだかと聞いてくるのだが、何を言っているのかわからず。それで荷物を指さし「オープン」などと言い出す。しょうがないのでウェストポーチとリュックのチャックを開け見せる。携帯を見せると不思議そうな顔をしていじくり出す。頼むから壊さないでくれと、こちらは祈るばかり。

刻々と出発時刻が近づいてくるので、早くしてもらいたかったのだが、上司のおじさんがどっかに言ってしまう。若い方は「Sit down」とぼくに言い、椅子に座るよう促す。

この交番には乗客名簿を持った各バス会社の人が次々とやってくる。若い警官はそれにサインのようなものをして返す。どうもこうした手続きが必要らしい。

おじさん警官は英語ができるバス会社のスタッフを連れて戻ってきた。彼もそんなに流ちょうに英語ができるわけではないため、たまに彼の言葉がわからない。シリアで働いているのかどうか、一人で旅行しているのか、シリアには知り合いがいるのかなどと尋ねてきて、さっき若いのがしたようにまた荷物を見せろと言い出す。やれやれ。アレッポもシリアでは大都市なんだからダマスカスみたいに検査機械を導入しろよな。
というか、怪しい人間がこんなに目立つ格好して来るわけないだろ!

ようやくバスの出発前に解放されるが、英語ができる彼はぼくに「クィック、クィック」などと言う。そんなこと警察に言えってんだ、ボケ!

今回のバスはダマスカスからデリゾールに行くときに乗ったバスとは比べものにならないくらい新品できれいだった。あまりのきれいさに驚く。

12時半過ぎにバスは発車。車内は満席。走り出すとれのごとくプラスチックのコップと飴玉が配られる。正面のテレビでは映画が始まる。

朝飯も昼飯もまだだったので、車内で手持ちのナツメヤシやパンをパクパク食おうかと思っていたが、誰もそうしたことをしている人がいなかったので控える。シリアはちょっとおかしい。

通路側の座席だったので窓の外をじっと見続けることもしにくい。さっきのこともあり、ちょっといらいらしていたら隣に座っていたメガネをかけた色白の若い男が英語で話しかけてくる。

聞くと彼は年齢20歳、大学生。ハマの出身。英語を勉強しており、英語からアラビア語への翻訳やまたその逆をしたりしているらしい。文学青年らしく、ショートストーリーや小説(Novel)をアラビア語や英語で書いたりして投稿もしているよう。そして将来はライターになりたいと言う。

彼は日本と日本人が好きだという。なぜなのかと尋ねると、日本人はあらゆるものを作っているから頭がいい(クレバーだと言った)と言う。そしていつか日本に行ってみたいとも言う。

その他にもあれこれ聞かれる。好きな映画は何か、作家は誰か、音楽は何かなど。これらについてはまったく会話にならず。ぼくは映画はたいして見ないし、監督の名前を覚えたりもしない。作家にしても彼が想定していたのはヘミングウェイやシェークスピアなどいわば欧米文学の古典のような人のようだったが、あいにくぼくはそうした類は読んだことがないので、これも話にならない。歌ともなれば、ぼくは日本語の歌しか基本的に聞かないのでまったく接点なし。

彼はぼくが日本人の作家の本を読み、日本人の歌手の歌ばかりを聴くと聞くと、「You like Japan very much.」と言う。いやいやそういう問題じゃないんだけどと思いつつ、聞き流す。

ここでも日本人のイメージはものづくりに長けている人たちというイメージ。そして、それは物の品質の良さを媒介に好印象につながっている模様。

おもしろいことに彼は自分の英語をどう思うかと尋ねてくる。そう聞かれると褒めない日本人はまずいないわけで、とてもお上手ですよと応える。実際に文法なども正確でぼくより上手。それから日本人にとって英語は簡単なのか難しいのかと尋ねてくる。ぼくは、ほとんどの日本人にとって難しいものだと応えると、彼は自分にとっては簡単だと言う。3年でここまで話せるようになったらしい。アラビア語と英語の距離と日本語と英語の距離がどの程度なのかわからないので、判断できないが、シリアではビジネスなどで一般的に英語を使う環境にあるらしいから敷居が低いのかもしれない。

彼はまた日本でプアな(貧しい?)労働者とはどういう分野の仕事をしている人たちかと聞いてくる。シリアでは市場や路上で稼いでいる人たちは、貧しい労働者だと言う。彼の質問にきれいに応えられるほど、英語が話せないし、日本の状況はおそらくここよりも複雑。日本の場合、収入の多寡はは職種もさることながら、基本的には雇用形態に左右される。そうしたことを説明できるほど英語の単語を知らないので、適当に建設労働者などは安いと言ってしまう。介護職なんかもプア労働者だけど、こっちじゃ介護なんて言ってもわからないだろうな。

その他、日本で4部屋、2つのバスルーム(便所なのか風呂なのかは確認せず)が家を買うとしたらいくらするのか、携帯電話の機体及び通話料はいくらなのか、携帯電話はプリペイドカードを使うのか、日本では砂漠でも携帯電話を使えるのか、日本にはムスリムは何人ぐらいいるのか、モスクは何カ所あるのか、シリアについて知っていることは何か、シリア人をどう思うか、自分のことをどう思うか、などと言ったことを聞かれる。

こうした話の中で印象に残ったのはやはり日本人に対して持っているイメージ。イエメンである英語教師に聞いたときも日本製品と日本人のイメージがつながっていた。日本製品はすぐれている。だから日本人は賢いというイメージ。どの国でもそうだが、やはりその国の人と日本との接点はまずは車であり、そしてカメラであり、音響機器(コンポ)であり、テレビであったりする。

ただそうした人々にとっておそらくもっとも身近な電化製品であろう携帯電話については、ノキア、ソニーエリクソン、モトローラ、サムソンなどの製品ばかりで基本的に日本製品はない。この辺が日本における携帯事情とつながっているようで興味深い。

窓の外は畑が続く。ダマスカスからデリゾールに行くときに見えた景色とはまた違う。ときおりテント生活をしている人たちが見えるのは同じ。

そんなふうにしておしゃべりしているうちにハマに到着。彼はぼくにどこに行きたいのかと尋ねてくる。地図を店ながら町の中心部を指さすと、じゃあタクシーの運転手にその行き先をアラビア語で伝えるからと言ってくれる。が、タクシーではなくセルビスで行くと伝える。

バスを降りてリュックを背負い、そこで彼とお別れ。

ここのバスステーションもきれいに整備されていて驚く。

地図を頼りに歩いてセルビス乗り場に行く。

From syria 2


From syria 2




石鹸を忘れる!

2011年1月3日月曜日

[diary]デリゾールからアレッポへ

デリゾールからアレッポへ

2008/11/25(火) 晴れ
[Dayr Az Zawr→Aleppo:Syria]

・アザーン
・早朝発の列車でアレッポへ
・きれいな車内、割れた窓、ジュースと飴
・アレッポのスーク、旧市街
・鋏(はさみ)屋、石鹸屋、オリーブ屋、映画館

真夜中の2時半頃、目が覚める。電気をつけたまま寝ていた。壁を隔てたフロントからは大きなテレビの音が聞こえる。

再び寝ようとするが浅い眠りの中でさすらう。4時半頃、近くにモスクがあったようでそこからのアザーン(礼拝の時刻を知らせる放送。ある時間になるとスピーカーから流れてくる。)でまた目が覚める。起きようかもう少し寝るか目を閉じたまま考えているうちに携帯のアラームが鳴る。結局、ほとんど眠れず。

荷造りをして、受付前のソファで横になって寝ている若い従業員を起こし、ホテルを出る。意外と寒くない。日は昇り始めたところでうっすらと明るくなっていた。

ホテル前のメインストリートを歩く。人影はほとんどない。歩いていたらワゴン型の乗り合いミニバスに乗って出発を待っている人たちが、珍しそうに車内からこちらをのぞく。

5分ほどでシティセンター近くの鉄道チケット売場に到着。表の通りには小型のバスが停まっていてすでに客が数人乗っている。バスの入り口のところにいた男性に聞くと、このバスが鉄道駅に行くバスらしい。

ぼくが乗り込んだ後からもばたばたと数人乗り込んでで来る。6時過ぎにバスはそこを離れ、鉄道駅へ。

途中、ユーフラテス川を渡り、10分程度で鉄道駅に到着。駅舎自体は小さいがきれいに整備されている。ホームにはすでに車両が入線していて、みなドアが開くのを待っている。
From syria


ホテルを出たときはたいして寒くないように感じたのだが、こうして何もせずに待っているとやや冷える。吐く息も白い。温度計を取り出して計ってみるとだいたい14度。

20分ほどホームで待ちぼうけ。6時半過ぎにドアが開き、乗車開始。外観は一昔前のデザインのように感じたが、中はとてもきれい。車両の真ん中あたりの天井には液晶のテレビがぶらさがっている。また隣の車両は食堂車だった。
From syria


From syria


汽車は6時50分頃、動き出す。ユーフラテス川と平行して走っているのだが、川からやや離れたところに線路が敷かれているためたまにしか川を見ることはできない。

発車して10分ほどした頃、添乗員が紙パックのジュースと飴玉、ゴミ袋、イヤホンを配って回る。約4時間の移動で2等席145シリアポンド(約300円)、さらにジュースのサービスとなるとかなりお得だ。座席間も広いから窮屈でもない。

線路沿いには広い畑が見え、それが切れるとコンクリートブロックで作った直方体型の家々やテント張りの家も見える。畑でなにやら仕事をしている人、羊を放牧している人、薪を頭に担いで歩いている人などを見る。たいてい電線は通っている。
From syria


車内ではイエメンかどこかのバスの中で見た映画でも主役だった人が出ているエジプト映画。前回見たものと同じどたばたのコメディ。英語の字幕が流れていたが、その切り替えのスピードにまったくついていけないため、内容がよくわからず途中で放棄。

そのうち寝る。

車内ががやがやうるさくて目が覚める。今し方停まった駅からけっこうが客が乗ってきたようで、どうも座席の番号をめぐってもめているよう。デリゾールから乗ったときは車内はがらがらだったので適当に窓際に座り、隣の席も占領していたのだが、そうしてもめているため係員がまわってきて乗客のチケットを確認しており、それに伴ってぼくも座席の変更を強いられる。

変わった先の座席は窓際だったものの進行方向とは逆向きかつ窓ガラスには大きなひびが入っていて、窓越しに写真を撮るには不都合なところだった。やれやれ。

隣は3歳くらいの息子をかかえたおじさま。その子どもは金髪に近く、肌の色もヨーロッパ系と同じくらいだから、ここであわなければおそらく東欧か南欧かの人かと間違っただろう。アラブ圏の人のイメージは日焼けした肌を持っているイメージだったが、実際来てみると驚くほど肌が白い人がけっこういる。特に女性はスカーフをかぶっていたりするからだろうか、日本人よりも白く見える。

こうした人をローマ帝国時代まで遡ってヨーロッパ系アラブ人と勝手に呼ぶとするなら、一方で車内には日焼けしたアジア系(ぼくの中ではアフガニスタン系のイメージ)の人もいる。こちらはベドウィンなど遊牧民系かなと想像してしまうが、実際のところは聞いてもいないし、聞けもしないのでわからない。とにかく顔つきがだいぶ違う系統の人が混ざっている。服装もいわゆるアバヤなどイスラム系の服装をしている人といわゆる洋服とベドウィン系と思われる服装をしている人がいる。ちなみに男はほとんど洋服。イエメンのようにいかにもイスラムの国という様相ではまったくない。

デリゾールを出てから4時間近くたった頃、列車は建物が建て込んでいる地域に入る。車窓から石材加工所が見える。建築材になるのだろう、どでかい石を平板に切り取っている様子がちらりと見えた。

そのうち6階建て程度の同じような外観のアパート群が現れる。やや遠くに1本だけ高層ビルが見える。

11時30分頃、列車はアレッポ駅に到着。遅れもなくほぼ時間通り。シリアにこんな列車が走っているとはここに来る前までは想像していなかったので、なんだか得した気分。

アレッポ駅の駅舎は小さいながらも古い出で立ちでなかなかきれい。

From syria


手元のアレッポの地図には鉄道駅が載っていなかったので、適当に人の流れと車の流れ、方向を示す看板を見ながら安宿街を目指す。

さすがに都会だからかデリゾールのように10m歩けば誰か彼かからハローと言われるようなことはない。でも、子どもたちはぼくを発見するとお互い教えあい、こちらを凝視する。

From syria


公園沿いを南にしばらく歩くと地図の範囲内に入る。この地図がいまいち使いづらく何度か歩きながら見直す。

郵便局の前を通りがかったので、ここで出しそびれていたはがきを出す。

そこから歩いて10分足らずで安宿街に着いた。この安宿街は珍しいことに車の部品屋街と重なっており、ある通りは宿の他にある店はタイヤ屋と名前もどこに使うのかもわからない自動車部品屋ばかり。床面積8畳程度の小さな店がずらずらと並んでいる。

ガイドブックに載っていた安宿に直行。ドミトリーで250シリアポンド(約500円)。受付のにいちゃんは愛想がない。もっと安そうなところはありそうだが、面倒なのでここで決める。時計を見ると12時。

ちょっと一息ついてから荷物を部屋に置き、街に出る。

時計塔に面した通りに小さな食堂があったので、そこで昼飯。8種類ほどの料理がカウンターに鍋に入れらたまま並んでいたので、その中から2種類選ぶ。茄子を炒めたものと牛か羊かの内臓を炒めたもの。どちらも味付けはトマトベース。というか、ここにある料理はどれもトマトベースの味ばかり。これらおかずを頼むときゅうりらしいピクルスとスライスされた生の赤カブ、それに茎に葉が付いた状態のミントと、その上に蓋のようにして平べったく薄いパンが乗った小皿が出てくる。これで100シリアポンド(約200円)。

From syria


食後、同じ通り沿いの商店街を見て回るとプリンのようなものを売っている店があったので、食後のデザートに食らう。1皿15シリアポンド(約30円)。日本にはない食感のる食べ物で、カンテンをとろっとさせたような感じ。味は牛乳カンテンに近いが、なぜか焦げっぽい味がわずかにする。これが不思議。このデザートはシリアでは基本的な甘味のようで、ダマスカスでもデリゾールでも売っていたし、ここでも辺りをうろつけば5~6店舗は同じものを売っている店がある。

腹が膨れたところで旧市街に向かう。

旧市街にたどり着く前に野菜や肉、魚などを売る生鮮食料品専門のスーク(市場、商店街)があったので、そこに立ち寄る。野菜はじゃがいも、人参、きゃべつ、コネギ、赤カブ、タマネギ、香菜、レタス、きゅうり、ズッキーニなどなど。南アフリカと比べると種類は少ないが、それでもいろいろある。目を引いたのがある店で売っていた人参で、色が黒に近い濃く暗い赤色をしていた。

肉屋の軒先にはベロ(舌)?から内臓までがつながったままぶら下げられていて、店先には羊の頭、足、内臓もきれいに陳列されている。羊肉と牛肉を売る店は別々になっているようで、牛肉を売る店の軒先には巨大な肉の塊がぶら下がっていたりする。魚屋は少ない。他にチーズ屋もあり、見た目は木綿豆腐そっくりのチーズや糸こんにゃくのように麺を束ねたような形のチーズなど、数種類のチーズを売っている。

From syria



商店街をカメラを手に歩いていたら、パンケーキのようなものを売っている店のおじさんが声をかけてきて、写真を撮れと言ってくる。そうした写真好きのおじさんがいるかと思いきや別の店でチーズの写真を撮らせてくれないかと頼むとけんもほろろに断られる。

この商店街の入り口や出口(と言ってもどっちがどっちと決まっている訳ではない)付近には農家なのか、路上にブドウの葉と真っ黒い液体が入った500mlのペットボトルだけを並べて売っている人やバケツにソーセージ用らしい腸管を膨らませたものを入れて売っている人もいる。

おもしろいことに、生鮮食料品の商店街の隣の狭い(幅2mほど)通りは金物食器を作る店が10軒ほど並んでおり、見た目は70歳くらいの白髪、白髭のおじさんたちが、カンカンと小気味のいい音を立てながら作業している。それぞれの店は2畳程度しかないから、ほとんど道ばたで作業しているような雰囲気。

そこから旧市街の入り口がある門までは100mほど。その通りの一部には履き物屋が10軒近く並んでおり、履き物用のミシンでがたがたと靴を縫っている。ある店には自分の靴を修理してもらおうと持参して、その出来上がりを待っている客の姿もあり。

旧市街の入り口となっている門の前には靴下や服などをシートに並べ売っているおじさんが10人ほど。ぼくを見ると声をかけてきてどこから来たのかと尋ねてくる。入り口の門(日本語でイメージする門とはちょっと違う)はどでかく、中に入るとそれまでの雰囲気とはまた違う雰囲気になる。幅3m程度の道を挟んで隙間なく店が並んでおり、買い物客がそぞろ歩き、その間を荷車を押すおじさんや少年たちがすり抜けていく。

From syria


これまであちこちの旧市街を見てきたが、ここの旧市街の商店街の特徴と思われるのが鋏(はさみ)屋が数軒あること。鋏だけを売る店が数軒並んでいるのは他では見なかった。ふとヒッタイトからの鉄器の歴史の由縁かとも思うが、実際には服屋や散髪屋のニーズが高いからかとも思う。

旧市街の中心部はアーチ状のアーケード街になっていて、やはり細い道を挟んで小さな店がこれでもかというくらい並んでいる。ある通りはイスラム服ばかりの通りだったり、あるいは香辛料やナッツ類を売る店ばかりだったり、布屋ばかりだったり。石鹸屋ももちろんたくさんあるが、あまり客は入っていない。

専門通りばかりと思いきや小物屋の隣が肉屋だったり、横道に入る角に羊らしい肉がぶらさがっていたりと想定外の展開もある。

From syria


その他、あちこちふらついて印象に残ったのが、子ども向けのおもちゃ屋や子ども用の服だけを売る店がけっこう多いこと。あるおもちゃやには日本でも流行った遊戯王のカードが売られていたりするし、ラジコンなども売られている。ちなみにある店で売っていた子どもの遊び用のバスケットリングのデザインはスラムダンクの流川だった。

From syria


From syria


From syria

[diary]ダマスカスからデリゾールへ

ダマスカスからデリゾールへ

2008/11/24(月) 晴れ
[Damascus→Dayr Az Zawr:Syria]

・バスでデリゾールへ
・土漠、テント
・フレンドリーなデリゾール
・ユーフラテス川

6時過ぎ起床。晴れ。起きてすぐに荷造りを始め、6時40分頃には宿を出る。今朝は昨日ほどは寒くない。

陸橋を渡り、最寄りのバスやセルビスの停留所に行く。デリゾール行きのバスはこの間パルミラに行くときに使ったバスターミナルから出ているので、まずはそこに行かねばならない。

停留所には次々にワゴン型の乗り合いミニバス(セルビス)が入ってくる。行き先などはアラビア語のみで書かれているのでわからない。だからいちいち尋ねないといけない。

運良く停留所に着いて最初に聞いたセルビスがプルマンバスステーション行きだった。後部の席しか空いていなかったのでリュックごと乗り込むのに躊躇するが、入り口のドア近くに座っていたおじさんが後ろに移動してくれたので入り口のスペースにリュックを置くことができ、その隣に座ることができた。運賃は10シリアポンド。

プルマンバスステーションには10分ほどで到着。一昨日、ここまで来るのに散々さまよったのがアホみたいだ。

バスステーション入り口近くの歩道でパンを荷車に乗せて売ってい30代位の男性がいたので、そこでイチジクジャムらしいものが入っている長いパンを一つ買う。パン生地は日本のアンパンなどと同じ。1個10シリアポンド。

パンをかじりながらバスステーションの入り口に行く。例のごとく荷物検査があるが簡単に通過する。

中に入るとすぐにバス会社の客引きが来る。7時半に出るというバスを選び、オフィスに行くとこの間と同じ会社だった。

バスは予定通り7時半に発車。今回も乗客は15人ほど。40人は乗れるバスなのに毎回この程度の人数で走っていて採算とれているのだろうか、などと心配になる。

バスはパルミラに向かうときに通った道を走る。車窓から見えるのは土漠ばかり。ときどきベドウィンなのか、テントを張って暮らしている人たちを見る。また、土漠にわずかに生える草を頼って羊やらくだを連れてきている人たちもわずかだが見る。

http://picasaweb.google.com/lh/photo/wSeY1nFiJzFAhNRdB79fcA?feat=directlink


代わり映えしない景色ということもあり、しばらく寝る。

10時半頃、パルミラのレストランの駐車場で20分ほど休憩。

そして、12時40分頃まちに入る。

From syria


From syria


From syria


From syria


From syria


From syria


From syria


From syria


From syria


From syria


From syria


From syria


From syria


From syria


From syria