ウズベキビザをゲット、チケット探し
08/11/09(日)晴れ
[Abu Dhabi→Dubai:UAE]
※レート:1USD=3.67AED
・ウズベキビザをゲット
・チケット探しに一苦労
・ヨルダン行きのチケットを購入
・ドバイミュージアム
・ドバイの空港で荷物をピックアップ
・シャルージャ空港へ移動
・ヨルダン行きの飛行機に乗る
2010年11月1日月曜日
[diary]アブダビ見学、ドバイに戻る
アブダビ見学、ドバイに戻る
08/11/08(土)晴れ
[Abu Dhabi→Dubai:UAE]
※レート:1USD=3.67AED
・無料バス
・アブダビモール
・マリーナモール
・スキードバイ
・空港泊
アブダビの空港。椅子に座ったまま熟睡するのは難しかった。座席(?)が堅いためすぐにケツが痛くなり、目が覚める。夜中の3時頃わりと眠りやすそうなベンチに移動してからはちょっとは眠れるが、それでもドバイ空港で横になって寝ていたのと比べるとぜんぜんだめ。
7時頃、ぼんやりしながらも動き出す。空港の外に出て市内に行くバスを待つ。空港は拡張工事をしているようで、その建設労働者を乗せたバンが次々と到着する。また大きなバスも時折来るがこれも労働者用らしく、乗り込もうとしたら拒否される。
結局、市内行きのバスが来たのは待ち始めて1時間後の8時頃。やっとバスに乗る。運賃3ディルハム(約90円)。
昨日は暗くて見えなかったが、空港から市内に続く沿道は緑化されているものの、その外側は砂漠みたいになっている。緑化はかなり力を入れているようで、車窓から見ている限りではヨーロッパか日本の大きな町にいるような雰囲気で、ここが砂漠しかない地域だったとはとても思えない。市内に近づくにつれ、景色はコンクリートの建物群になる。
終点まで乗ると、終着点は海に近い駐車場だった。海辺まで歩いていき、ちょっと海を眺める。この海辺には遊歩道が整備されているが、ここを歩いているのは、ヨーロッパ系らしき白人の人々ばかり。
それからバスに乗ってアブダビモールへ。市内バスはドバイと同じように各停留所に路線図が貼られていてわりとわかりやすい。時間割はないが、それぞれ路線により、10分毎とか20分毎と書かれている。さすがにドバイのようにエアコンの効いたボックスタイプの待合室を各停留所に作ったりするようなことはしていない。
路線図を頼りに乗りたい番号のバスを決め、バスを待つ。5番のバスが来たので乗り込む。ドバイでは前乗りで運賃を払ってから乗り込むスタイルだったが、ここは後乗り(後ろのドアから乗る)。乗ったはいいが、誰も運賃を徴収しに来ないし、乗客も運賃を払っているような人がいない。もしや無料か?などと思いながら、周りにいたインド系の男性に聞いてみると、やはり無料だという。それも毎日!
市内バスが無料なんてなかなかやるなと思ったり、まぁ、石油がこれだけ高くなって儲かってるんだから当然だろうと思ったりしていたら、後にバスの停留所に貼られているポスターを見て、この無料策は今年(2008年)の12月1日までの期間限定であることがわかる。ぼくが持っているガイドブックには市内バスは乗りにくく(路線がわかりにくい)、運賃は2ディルハムするとあったから、おそらく新しいバス網をこうして整備し、今はその新バス網導入キャンペーン的な特別期間のようだった。
まあ、2ディルハム(約60円)が浮いてもたいして旅行予算に響かないから、うれしい反面、これだけかよ!とも思う。どうせならUAEに来た旅行客にはサーチャージ(燃料代)還元スペシャルで首長国間のバス代無料なんてことぐらいしてくれればいいのに。
アブダビモールには20分ほどで到着。9時前だったが開いていた。ここも3階建てで吹き抜けなどもあり、なかなか豪勢。土曜ということでか、まだ開いていない店も多い。基本的に服屋と宝石屋が多い。
中にあった本屋に行ってみるとタイトルが日本語で書かれている本を1冊発見。入り口近くの目立つ棚に並べられていたその本のタイトルは『ボロをまとった暮らしから一世代で裕福にーアブダビの奇跡物語』だった。裏表紙には定価2000円とあり、ディルハムでは75ディルハム(約2200円)だった。ちょうどUAEに関係する近現代の本を読みたいと思っていたところにこの本。値段が高いのでちょっと躊躇するが、購入。
ちらっと読んでみるとなかなか面白い。本当に40年ほど前まではベドウィン生活で、砂漠のオアシスと海辺での真珠取りでなんとか暮らしていたらしい。近代国家的な下地は何もなかったと言っていいような状態ろからここまでのまち(国)を作り上げたなんてなかなか信じがたい。石油のお陰でというのはもちろんだが、それで得たカネを国作りにちゃんと(?)使ったということが、アフリカや中南米の一部の国の現代史と比べると興味深い。
それからイギリス。この旅行を通じて痛感するのがこの国が世界に与えた悪影響の数々(と言っていいようなこと)。中東で言えば、パレスチナ問題(イスラエル問題)はその最たるものだが、イギリスが金儲け(覇権?)のためにどれだけの地域を不安定にしてきたのか一度整理してみたいものだ。
その後、またバスに乗って西の端にあるマリーナモールに行ってみる。市内中心部から20~30分ほど。左手には宮殿様式のホテルが見え、さらにある交差点には首長らしき人の巨大な肖像画があった。マリーナモールに連なる通りの右手にはビーチとヨットハーバーが見え、個人所有らしいヨットが何隻も並んでいる。マリーナモールはそのすぐ近くにあり、現在拡張工事をしている模様。さらにそのまわりを埋め立てる工事が進行中らしく、砂を積んでいるトラックの荷台から大量の砂が砂埃を上げながら地表に投入されている様子を見る。埋め立て工事のお陰で海岸線が遠い。
マリーナモールもなかなか立派。ここもやっぱりカルフールが入っている。UAEではショッピングモールには必ずと言っていいほどこのフランスの巨大スーパー:カルフールが入っている。見た印象ではショッピングモールに関して言えばほぼ独占している様子。日本じゃ失敗したけど、ここでは儲けていますなぁ。
ここのモールも他と変わらずヨーロッパのブランド服屋などと宝石店などばかり。それからけっこう大きなゲームセンターもあり、子ども連れの人たちがそこで遊んでいたりする。昼近くということで、客は増える一方。次々と車やタクシーで乗り付けてくる。
モール内を一通り見た後、またバスに乗って市内に戻り、バスターミナルに行く。アブダビも中心部の一部は渋滞が激しく、たいした距離ではなさそうなのになかなか目的地に着かない。そもそもたいして広い地域じゃないんだから自転車道を作ればもっと自転車に乗って移動する人が増えそうだと思うのだが・・・。ほんとに自動車ばかりでバイクや自転車をほとんど見ない。
結局モールからバスターミナルまで行くのに待ち時間も含め1時間半ほどかかる。チャリだったらその半分で十分にたどり着ける距離。やれやれ。
バスターミナルでドバイ行きのバスに乗る。こちらはタイミング良く乗り込んだら10分も待たずに発車した。
しばらく窓から外を見ていたが、アブダビ郊外もけっこう建設ラッシュのようで高層マンションのような建物が見えた範囲では10~20棟ほど建設されている。そうした地域を抜けるとあたりは砂漠になり、4車線の道と砂とちょっとした草木が見えるだけとなる。
寝る。
気が付いたらドバイに入っていた。ドバイのアル・グバイババステーションに着いたのは、アブダビを出てから2時間ほどすぎた16時前だった。ドバイは週末でも平日とあまり変わらない渋滞ぶり。改めて見てみるとやはりここの開発ラッシュは他地域を寄せつけないくらいにすごい。
アル•グバイババステーションでバスを乗り換え、サトゥワバスステーションに行く。サトゥワバスステーションで制服を着た人に行きたいところを告げ、そこに行くバスの乗り場を訪ねる。彼はぼくに出身はどこかと訪ねてきて、インドネシアかと聞いてくる。ドバイではインドネシア人かと言われることがよくあるが、今のところインドネシア語をここで聞いたことはない。
そのにいちゃんは、ぼくの手首をつかんで案内すると言って、乗り場を教えてくれる。ぼくがこれから向かう先へ行くバスは1路線しかなく、しかも本数が1時間に2本しかない。30分程度待てばバスに乗れるかと思って待っていたら、結局1時間も待った。ドバイはいつもこれだ。バスを待つのに時間を食われる。
なお、待っている間に、たまたま隣に座っていたイスラムの格好をしたおじさんにカップ水をもらう。会話をしたわけでもないのに、ぽんぽんと腕を叩いてきて、ホイと突然くれたので驚く。
バス乗ったら今度は渋滞で目的地までまた1時間ちょっとかかる。
そうしてやっとたどり着いたのがモール・オブ・エミレイツ。ここのところショッピングモールばかり行っているが、ここの目玉はなんと言ってもスキー場。中に入ると人がいっぱい。アジア系からアラブ系からヨーロッパ系、少ないけどアフリカ系の人々など多種多様。
例によって中に入っている店はヨーロッパ系の店が多い。服屋と宝石屋が多い。
東の入り口から入り、100メートル以上歩いてようやくスキー場にたどり着く。入り口に「SKI DUBAI」とあり、インド系の家族がその入り口で記念写真を撮っていた。ぼくと同じようにこれを見に来たよう。眺めていると、ぼくのわきをマイ板、マイウェアを持って追い抜いて中へと入っていく若い男が一人。
カネを払わないとスキー場内には入れないが、ガラス張りになっているためモールの通路から中の様子は見ることができる。カメラを持ってその様子を見ている人が20人ほど。ぼくもガラス越しに見てみたが、予想していたよりもずっと規模は小さかった。客はそこそこいる(100人もいない印象だった)が、そもそもが小さいのでこれ以上客が増えると滑るスペースが減って面白くなさそうと思える程度の入り込み具合。
スノースライダーもあり、ちびっこたちが滑っていく様子も見える。地元のアラブ人らしき女性はやっぱりアバヤを着たまま中に入っている。スキー場に目だけ出した黒装束の人の姿というのはなかなか見慣れないので不思議な光景に映る。シリア辺りに行けば雪が降るらしいが、さすがにここで生まれ育った人には雪は珍しいものだろう。開設から3年がたち、飽きられてもう客はほとんどいなくなったりしているのでは、などと想像していたが、まだまだ人気はありそう。
ちなみに値段はスキーだと基本2時間制で大人が180ディルハム(約5000円)、子どもが150ディルハム(約3500円)。まぁね、平均年収1500万円(『AERA』情報)というドバイ人だったらたいした額じゃなかろうが、月収5000ディルハム(約13万円)ももらえればいい方という出稼ぎの人たちにすれば高いだろうな。日本人にとっても十分高いけど。さて、ここはあと何年もつことやら。
ここのモールはまた他のと比べて一段でかく、まわった感じではサッカー場が軽く3つは入るくらいはありそう。それで3階建てほど。飯でも食いにフードコートに行ってみるが、レバノン料理もタイ料理も日本料理(焼きそば、寿司もどきなど)もハンバーガーも高い。ハンバーガーでも400円程度する。まともに食べようとすると1000円近くは出さねばならない。レストランともなれば、ぼくの予算内(マックス10ディルハム=約300円)で食べられるのはサラダくらい。どこもやはり1000円以上はする。なお、あるイタリア料理屋ではキャビアも用意されていた。30gほどで350ディルハム(約1万円)だったかな。
そういうわけでここにも入っていたカルフールで1mほどの長さがあるフランスパン(1本約40円)を買ってモールを後にする。中央のメインゲートのようなところから出たら、そこはホテルの入り口のように車で乗り付けられるようになっていて、高級車が列を作っていた。スポーツカータイプの車など、見るからに高そうな車ばかり。フェラーリとかアルファロメオだっけ?そんなような初めて見る車ばかり。観光客らしいヨーロピアン系の若者3人組が車の写真を撮っていたので、ぼくはその様子を写真に撮る。
それからバスの停留所に行き、例のごとくバス待ち。メインゲート近くにある停留所の裏は噴水になっていた。ベンチがあったのでそこに座ってパンをかじる。すると突然、どこからか引かれていたホースから足下の緑地帯に向けて水が吹き出す。誰かが近くで何かしている様子もないから、どうも自動でこの時間になったら水が出るようになっているようだった。自動放水なんてなかなかやるなぁ。
さて、パンを食べ終わってもバスは来ない。結局50分ほど待ってようやくバスに乗る。すでに21時。また1時間近くかけてSatwaのバスステーションに戻る。
Satwa地区はフィリピン系や中国系の人が多い。バスステーションの辺りは商店街になっていて、この時間でも店は開いている。ネット屋があったので、そこでネット。1時間3ディルハム(約90円)。写真のデータをアップしようとしたのだが、途中でエクスプローラーが止まってしまうこと3回ほどあり、予定していたデータすべてをアップすることではできないまま、閉店時間を迎える。
夜中12時頃、空港行きのバスに乗り、空港に向かう。社内では熟睡。気が付くと空港のバス停留所だった。この間と同じように出発フロア2階で書き物をしたりして夜を明かす。
Fin
08/11/08(土)晴れ
[Abu Dhabi→Dubai:UAE]
※レート:1USD=3.67AED
・無料バス
・アブダビモール
・マリーナモール
・スキードバイ
・空港泊
アブダビの空港。椅子に座ったまま熟睡するのは難しかった。座席(?)が堅いためすぐにケツが痛くなり、目が覚める。夜中の3時頃わりと眠りやすそうなベンチに移動してからはちょっとは眠れるが、それでもドバイ空港で横になって寝ていたのと比べるとぜんぜんだめ。
7時頃、ぼんやりしながらも動き出す。空港の外に出て市内に行くバスを待つ。空港は拡張工事をしているようで、その建設労働者を乗せたバンが次々と到着する。また大きなバスも時折来るがこれも労働者用らしく、乗り込もうとしたら拒否される。
結局、市内行きのバスが来たのは待ち始めて1時間後の8時頃。やっとバスに乗る。運賃3ディルハム(約90円)。
昨日は暗くて見えなかったが、空港から市内に続く沿道は緑化されているものの、その外側は砂漠みたいになっている。緑化はかなり力を入れているようで、車窓から見ている限りではヨーロッパか日本の大きな町にいるような雰囲気で、ここが砂漠しかない地域だったとはとても思えない。市内に近づくにつれ、景色はコンクリートの建物群になる。
終点まで乗ると、終着点は海に近い駐車場だった。海辺まで歩いていき、ちょっと海を眺める。この海辺には遊歩道が整備されているが、ここを歩いているのは、ヨーロッパ系らしき白人の人々ばかり。
それからバスに乗ってアブダビモールへ。市内バスはドバイと同じように各停留所に路線図が貼られていてわりとわかりやすい。時間割はないが、それぞれ路線により、10分毎とか20分毎と書かれている。さすがにドバイのようにエアコンの効いたボックスタイプの待合室を各停留所に作ったりするようなことはしていない。
路線図を頼りに乗りたい番号のバスを決め、バスを待つ。5番のバスが来たので乗り込む。ドバイでは前乗りで運賃を払ってから乗り込むスタイルだったが、ここは後乗り(後ろのドアから乗る)。乗ったはいいが、誰も運賃を徴収しに来ないし、乗客も運賃を払っているような人がいない。もしや無料か?などと思いながら、周りにいたインド系の男性に聞いてみると、やはり無料だという。それも毎日!
市内バスが無料なんてなかなかやるなと思ったり、まぁ、石油がこれだけ高くなって儲かってるんだから当然だろうと思ったりしていたら、後にバスの停留所に貼られているポスターを見て、この無料策は今年(2008年)の12月1日までの期間限定であることがわかる。ぼくが持っているガイドブックには市内バスは乗りにくく(路線がわかりにくい)、運賃は2ディルハムするとあったから、おそらく新しいバス網をこうして整備し、今はその新バス網導入キャンペーン的な特別期間のようだった。
まあ、2ディルハム(約60円)が浮いてもたいして旅行予算に響かないから、うれしい反面、これだけかよ!とも思う。どうせならUAEに来た旅行客にはサーチャージ(燃料代)還元スペシャルで首長国間のバス代無料なんてことぐらいしてくれればいいのに。
アブダビモールには20分ほどで到着。9時前だったが開いていた。ここも3階建てで吹き抜けなどもあり、なかなか豪勢。土曜ということでか、まだ開いていない店も多い。基本的に服屋と宝石屋が多い。
中にあった本屋に行ってみるとタイトルが日本語で書かれている本を1冊発見。入り口近くの目立つ棚に並べられていたその本のタイトルは『ボロをまとった暮らしから一世代で裕福にーアブダビの奇跡物語』だった。裏表紙には定価2000円とあり、ディルハムでは75ディルハム(約2200円)だった。ちょうどUAEに関係する近現代の本を読みたいと思っていたところにこの本。値段が高いのでちょっと躊躇するが、購入。
ちらっと読んでみるとなかなか面白い。本当に40年ほど前まではベドウィン生活で、砂漠のオアシスと海辺での真珠取りでなんとか暮らしていたらしい。近代国家的な下地は何もなかったと言っていいような状態ろからここまでのまち(国)を作り上げたなんてなかなか信じがたい。石油のお陰でというのはもちろんだが、それで得たカネを国作りにちゃんと(?)使ったということが、アフリカや中南米の一部の国の現代史と比べると興味深い。
それからイギリス。この旅行を通じて痛感するのがこの国が世界に与えた悪影響の数々(と言っていいようなこと)。中東で言えば、パレスチナ問題(イスラエル問題)はその最たるものだが、イギリスが金儲け(覇権?)のためにどれだけの地域を不安定にしてきたのか一度整理してみたいものだ。
その後、またバスに乗って西の端にあるマリーナモールに行ってみる。市内中心部から20~30分ほど。左手には宮殿様式のホテルが見え、さらにある交差点には首長らしき人の巨大な肖像画があった。マリーナモールに連なる通りの右手にはビーチとヨットハーバーが見え、個人所有らしいヨットが何隻も並んでいる。マリーナモールはそのすぐ近くにあり、現在拡張工事をしている模様。さらにそのまわりを埋め立てる工事が進行中らしく、砂を積んでいるトラックの荷台から大量の砂が砂埃を上げながら地表に投入されている様子を見る。埋め立て工事のお陰で海岸線が遠い。
マリーナモールもなかなか立派。ここもやっぱりカルフールが入っている。UAEではショッピングモールには必ずと言っていいほどこのフランスの巨大スーパー:カルフールが入っている。見た印象ではショッピングモールに関して言えばほぼ独占している様子。日本じゃ失敗したけど、ここでは儲けていますなぁ。
ここのモールも他と変わらずヨーロッパのブランド服屋などと宝石店などばかり。それからけっこう大きなゲームセンターもあり、子ども連れの人たちがそこで遊んでいたりする。昼近くということで、客は増える一方。次々と車やタクシーで乗り付けてくる。
モール内を一通り見た後、またバスに乗って市内に戻り、バスターミナルに行く。アブダビも中心部の一部は渋滞が激しく、たいした距離ではなさそうなのになかなか目的地に着かない。そもそもたいして広い地域じゃないんだから自転車道を作ればもっと自転車に乗って移動する人が増えそうだと思うのだが・・・。ほんとに自動車ばかりでバイクや自転車をほとんど見ない。
結局モールからバスターミナルまで行くのに待ち時間も含め1時間半ほどかかる。チャリだったらその半分で十分にたどり着ける距離。やれやれ。
バスターミナルでドバイ行きのバスに乗る。こちらはタイミング良く乗り込んだら10分も待たずに発車した。
しばらく窓から外を見ていたが、アブダビ郊外もけっこう建設ラッシュのようで高層マンションのような建物が見えた範囲では10~20棟ほど建設されている。そうした地域を抜けるとあたりは砂漠になり、4車線の道と砂とちょっとした草木が見えるだけとなる。
寝る。
気が付いたらドバイに入っていた。ドバイのアル・グバイババステーションに着いたのは、アブダビを出てから2時間ほどすぎた16時前だった。ドバイは週末でも平日とあまり変わらない渋滞ぶり。改めて見てみるとやはりここの開発ラッシュは他地域を寄せつけないくらいにすごい。
アル•グバイババステーションでバスを乗り換え、サトゥワバスステーションに行く。サトゥワバスステーションで制服を着た人に行きたいところを告げ、そこに行くバスの乗り場を訪ねる。彼はぼくに出身はどこかと訪ねてきて、インドネシアかと聞いてくる。ドバイではインドネシア人かと言われることがよくあるが、今のところインドネシア語をここで聞いたことはない。
そのにいちゃんは、ぼくの手首をつかんで案内すると言って、乗り場を教えてくれる。ぼくがこれから向かう先へ行くバスは1路線しかなく、しかも本数が1時間に2本しかない。30分程度待てばバスに乗れるかと思って待っていたら、結局1時間も待った。ドバイはいつもこれだ。バスを待つのに時間を食われる。
なお、待っている間に、たまたま隣に座っていたイスラムの格好をしたおじさんにカップ水をもらう。会話をしたわけでもないのに、ぽんぽんと腕を叩いてきて、ホイと突然くれたので驚く。
バス乗ったら今度は渋滞で目的地までまた1時間ちょっとかかる。
そうしてやっとたどり着いたのがモール・オブ・エミレイツ。ここのところショッピングモールばかり行っているが、ここの目玉はなんと言ってもスキー場。中に入ると人がいっぱい。アジア系からアラブ系からヨーロッパ系、少ないけどアフリカ系の人々など多種多様。
例によって中に入っている店はヨーロッパ系の店が多い。服屋と宝石屋が多い。
東の入り口から入り、100メートル以上歩いてようやくスキー場にたどり着く。入り口に「SKI DUBAI」とあり、インド系の家族がその入り口で記念写真を撮っていた。ぼくと同じようにこれを見に来たよう。眺めていると、ぼくのわきをマイ板、マイウェアを持って追い抜いて中へと入っていく若い男が一人。
カネを払わないとスキー場内には入れないが、ガラス張りになっているためモールの通路から中の様子は見ることができる。カメラを持ってその様子を見ている人が20人ほど。ぼくもガラス越しに見てみたが、予想していたよりもずっと規模は小さかった。客はそこそこいる(100人もいない印象だった)が、そもそもが小さいのでこれ以上客が増えると滑るスペースが減って面白くなさそうと思える程度の入り込み具合。
スノースライダーもあり、ちびっこたちが滑っていく様子も見える。地元のアラブ人らしき女性はやっぱりアバヤを着たまま中に入っている。スキー場に目だけ出した黒装束の人の姿というのはなかなか見慣れないので不思議な光景に映る。シリア辺りに行けば雪が降るらしいが、さすがにここで生まれ育った人には雪は珍しいものだろう。開設から3年がたち、飽きられてもう客はほとんどいなくなったりしているのでは、などと想像していたが、まだまだ人気はありそう。
ちなみに値段はスキーだと基本2時間制で大人が180ディルハム(約5000円)、子どもが150ディルハム(約3500円)。まぁね、平均年収1500万円(『AERA』情報)というドバイ人だったらたいした額じゃなかろうが、月収5000ディルハム(約13万円)ももらえればいい方という出稼ぎの人たちにすれば高いだろうな。日本人にとっても十分高いけど。さて、ここはあと何年もつことやら。
ここのモールはまた他のと比べて一段でかく、まわった感じではサッカー場が軽く3つは入るくらいはありそう。それで3階建てほど。飯でも食いにフードコートに行ってみるが、レバノン料理もタイ料理も日本料理(焼きそば、寿司もどきなど)もハンバーガーも高い。ハンバーガーでも400円程度する。まともに食べようとすると1000円近くは出さねばならない。レストランともなれば、ぼくの予算内(マックス10ディルハム=約300円)で食べられるのはサラダくらい。どこもやはり1000円以上はする。なお、あるイタリア料理屋ではキャビアも用意されていた。30gほどで350ディルハム(約1万円)だったかな。
そういうわけでここにも入っていたカルフールで1mほどの長さがあるフランスパン(1本約40円)を買ってモールを後にする。中央のメインゲートのようなところから出たら、そこはホテルの入り口のように車で乗り付けられるようになっていて、高級車が列を作っていた。スポーツカータイプの車など、見るからに高そうな車ばかり。フェラーリとかアルファロメオだっけ?そんなような初めて見る車ばかり。観光客らしいヨーロピアン系の若者3人組が車の写真を撮っていたので、ぼくはその様子を写真に撮る。
それからバスの停留所に行き、例のごとくバス待ち。メインゲート近くにある停留所の裏は噴水になっていた。ベンチがあったのでそこに座ってパンをかじる。すると突然、どこからか引かれていたホースから足下の緑地帯に向けて水が吹き出す。誰かが近くで何かしている様子もないから、どうも自動でこの時間になったら水が出るようになっているようだった。自動放水なんてなかなかやるなぁ。
さて、パンを食べ終わってもバスは来ない。結局50分ほど待ってようやくバスに乗る。すでに21時。また1時間近くかけてSatwaのバスステーションに戻る。
Satwa地区はフィリピン系や中国系の人が多い。バスステーションの辺りは商店街になっていて、この時間でも店は開いている。ネット屋があったので、そこでネット。1時間3ディルハム(約90円)。写真のデータをアップしようとしたのだが、途中でエクスプローラーが止まってしまうこと3回ほどあり、予定していたデータすべてをアップすることではできないまま、閉店時間を迎える。
夜中12時頃、空港行きのバスに乗り、空港に向かう。社内では熟睡。気が付くと空港のバス停留所だった。この間と同じように出発フロア2階で書き物をしたりして夜を明かす。
Fin
[diary]アルアイン博物館、アブダビへ
アルアイン博物館、アブダビへ
08/11/07(金)晴れ
[Dubai→Al Ain→Abu Dhabi:UAE]
※レート:1USD=3.67AED
空港で夜を明かす。この間と同じようにベンチに横になって寝る。
6時前に近くのモスクからお祈りを促す放送が流れてきて目覚める。そのまま起きて、バスに乗り、バス乗り場に移動する。が、最初に乗ったバスは反対方向に向かって走り出す。しばらく様子を見てからやはり目指す方向に行きそうにないので、住宅地らしいところで乗り換え。別のバスに乗り換える。その後はバスの中で二度寝。エアコンが効いているから眠りやすい。
アル・グバイバというバスステーションに着いたのが8時頃。アルアイン行きのバスを探し、待つ。アルアインまでは20ディルハム(約600円)。ちと高いがUAE第2の都市で、面白そうな博物館があるようなので、行ってみることに。
マイクロバスに乗り、移動。中ではまた居眠り。ときおり目が覚めたときに外を見ると、砂漠的な景色。道路は片道3車線できれいに舗装され揺れもない。
10時半前、2時間ほどでアルアインに到着。さすがにお休みの金曜ということでか車の通りも人通りも少ない。開いている店も少ない。
バスステーションでバスから降りる。手持ちのガイドブックを見ながら博物館へ。今日、ここに午前中から来たのはガイドブックに博物館は午前中も開いているとあったからだが、これが行ってみると金曜は午後3時からのみ。やれやれ。
近くの家畜市場にはトラックの荷台にヤギや羊が乗せられ、売られていた。買われたらしいヤギは男の人が肩に担ぎ、客の車まで持っていく。買いに来ている人はそれほど多くない。市場の規模も小さい。売りに出されているのは100頭ほどのよう。
それから野菜と魚のスーク(市場)に行く。こちらは人で賑わっていた。特に魚売場は買い物客が多い。地元の人の他に中国系、インド系、フィリピン系の人が買いに来ている。売っている人にはインド系が多い。いろんな種類の魚が売られていて、中には蟹やイカ、子ザメもあり。
それからぶらぶら歩いてみるが、商店街はほとんど休み。近代的に整備されており、道路も歩道も広場も立派。多少風があるから日陰にいればわりと涼しいのだが、日向は暑くてぐっと疲れる。
大統領宮殿まで行って引き返す。郵便局近くにカフェがあったのでそこでしばし休憩。書き物をしたりして3時間近くそこで過ごす。Yansoon(anice)という温かい飲み物(5ディルハム:約150円)を頼んだのだが、なんかうこんっぽい味だった。
15時前に店を後にし、博物館に向かう。
08/11/07(金)晴れ
[Dubai→Al Ain→Abu Dhabi:UAE]
※レート:1USD=3.67AED
空港で夜を明かす。この間と同じようにベンチに横になって寝る。
6時前に近くのモスクからお祈りを促す放送が流れてきて目覚める。そのまま起きて、バスに乗り、バス乗り場に移動する。が、最初に乗ったバスは反対方向に向かって走り出す。しばらく様子を見てからやはり目指す方向に行きそうにないので、住宅地らしいところで乗り換え。別のバスに乗り換える。その後はバスの中で二度寝。エアコンが効いているから眠りやすい。
アル・グバイバというバスステーションに着いたのが8時頃。アルアイン行きのバスを探し、待つ。アルアインまでは20ディルハム(約600円)。ちと高いがUAE第2の都市で、面白そうな博物館があるようなので、行ってみることに。
マイクロバスに乗り、移動。中ではまた居眠り。ときおり目が覚めたときに外を見ると、砂漠的な景色。道路は片道3車線できれいに舗装され揺れもない。
10時半前、2時間ほどでアルアインに到着。さすがにお休みの金曜ということでか車の通りも人通りも少ない。開いている店も少ない。
バスステーションでバスから降りる。手持ちのガイドブックを見ながら博物館へ。今日、ここに午前中から来たのはガイドブックに博物館は午前中も開いているとあったからだが、これが行ってみると金曜は午後3時からのみ。やれやれ。
近くの家畜市場にはトラックの荷台にヤギや羊が乗せられ、売られていた。買われたらしいヤギは男の人が肩に担ぎ、客の車まで持っていく。買いに来ている人はそれほど多くない。市場の規模も小さい。売りに出されているのは100頭ほどのよう。
それから野菜と魚のスーク(市場)に行く。こちらは人で賑わっていた。特に魚売場は買い物客が多い。地元の人の他に中国系、インド系、フィリピン系の人が買いに来ている。売っている人にはインド系が多い。いろんな種類の魚が売られていて、中には蟹やイカ、子ザメもあり。
それからぶらぶら歩いてみるが、商店街はほとんど休み。近代的に整備されており、道路も歩道も広場も立派。多少風があるから日陰にいればわりと涼しいのだが、日向は暑くてぐっと疲れる。
大統領宮殿まで行って引き返す。郵便局近くにカフェがあったのでそこでしばし休憩。書き物をしたりして3時間近くそこで過ごす。Yansoon(anice)という温かい飲み物(5ディルハム:約150円)を頼んだのだが、なんかうこんっぽい味だった。
15時前に店を後にし、博物館に向かう。
[diary]シャルージャ博物館、宿換え
シャルージャ博物館、宿換え
08/11/06(木)晴れ
[Sharjah→Dubai:UAE]
※レート:1USD=3.67AED
・シャルージャ博物館
・シャルージャヘリテージ博物館
・肉を売っているパキスタン人
・ブレインフライー脳みそを食べる
・荷物を移動
・中途半端な半日
08/11/06(木)晴れ
[Sharjah→Dubai:UAE]
※レート:1USD=3.67AED
・シャルージャ博物館
・シャルージャヘリテージ博物館
・肉を売っているパキスタン人
・ブレインフライー脳みそを食べる
・荷物を移動
・中途半端な半日
[diary]シリアビザ、ラス・アル・ハイマ
シリアビザ、ラス・アル・ハイマ
08/11/05(水)晴れ
[Sharjah→Dubai→Ras al Khamah→Sharjah:UAE]
・4時起き、やっぱり渋滞
・ダメなシリア領事館
・ヨルダン領事館へ
・ラス・アル・ハイマへ
・アメリカ大統領選新聞記事
シャルージャ中心部から歩いて宿に戻る途中、スーパーで「GULF NEWS」という英字新聞を買う。これが”正月かよ?!”というくらいのぶ厚さ。2つ折りにされて棚に置かれていたのだが、その厚さは3~4cmある。
宿に戻って新聞を広げてみると、全部で10部あった。トップはもちろん各種ニュース、2部目は「BUSINESS」、3部目は「SPORT」、4部目は「TABLOID!」、5部目は「APPOINTMENT」、6部目は「PROPERTIES1」、7部目は「FREEHOLD1」、8部目は「CLASSIFIEDS」、9部目は「PROPERTIES2」、10部目は「FREEHOLD2」。
手元の辞書によればFREEHOLDは、自由保有(不動産)権、CLASSIFIEDSは項目別の案内広告、PROPERTIESは不動産・動産のことらしい。
この日、2008年11月5日(水)のトップニュースはアメリカ大統領選について。一面には投票所に並ぶ人たちのカラー写真が掲載され、写真の上に白字で「LONG WAIT FOR CHANGE」と大きく見出しが掲げられている。アメリカ大統領選には計7面が割かれていて、中にはホワイトハウスの建物内部の紹介記事もあり。
アメリカ大統領選に関わる記事の中には読者へのインタビューもあった。印象的だったのがパレスチナ人の意見も掲載されていたこと。写真で顔出しになっているのだが、パレスチナ人男性2人の意見が紹介されていた。両者ともアメリカの大統領がどちらになってもパレスチナ情勢にはほとんど影響はない(好転しない)という見方をしていた。あと面白かったのが、それと並んで紹介されていたアメリカ人のコメント。28歳で英語のインストラクターをしているという彼はオバマに投票すると言い、その理由を「アメリカは平和のメッセンジャーになる必要があるから(because America needs to be a messenger of peace)」と言ったらしい。第2次世界大戦後で言えば、アメリカほど平和という言葉が似合わない国はないし、中南米諸国をはじめとして平和のメッセンジャーとは反対のことばかりしてきた国だと思うのだが、この陽気さ(?)がアメリカ人らしいなと思う。記事は、基本的にはオバマを歓迎する記事が多かった。
「APPOINTMENT」は全部で14面あり、その1面には「MIGRATE」という言葉大きく掲載された広告がいくつかあり、オーストラリアやカナダ、イギリスへの移住の他、留学や出稼ぎ(?)に関するセミナーを開催するといったことが書かれている。その他は求人広告がほとんど。例えばリスクマネジメントコンサルタントのTALENT MANAGEMENT CONSULTANCYという会社では、石油とガスのリスクコンサルタント(シニア)や消防の専門家(FIRE SAFETY SPECIALISTとあった)、安全事務員(SAFETY OFFCIERS)などを募集しており、給料はだいたい月25000~27000ディルハム(約70万円)+ボーナス。
政府の戦略&計画立案のトップ(HEAD OF STRATEGY&PLANNING)は、月95000ディルハム(約250万円)+ボーナス。名前からはなんの会社かよくわからない会社のレセプション係は月8500ディルハム(約23万円)。道路や橋のプランニングエンジニアは月6902ディルハム(約18万円)。アブダビのシティトランスポート(市内バス)の運転手が月5000AED(約14万円)。などなど。
基本的にホワイトカラーの仕事の求人ばかりで、掲載されているものについてだけで言えば給料の底は5000ディルハム(約14万円)。あとは1~5万ディルハム(約28~140万円)の間が多い。たいていは経験年数が3~5年以上やアラビア語、英語を要求しているから基本的にわりと有名企業(大きな企業)のその道のプロ的な人への広告のよう。
「CLASSIFIEDS」は全部で71面あり、そのうちの半分が中古車情報。基本的に中古の車についての3行広告などが37面の端から70面にまで続いている。広告の書かれ方は次のような感じ。
「BMW 318i 2002 fully automatic,leatherseats,FSH,76K kms,for AED35,000/- TEl:・・・」
日本車を見るとトヨタのCamryが35000ディルハム(約95万円)から。日産のサニーの1992年ものが5500ディルハム(約15万円)。ホンダのアコード1992年ものが7000ディルハム(約20万円)。などなど。
「Unskilled Labour」というコーナーもあり、ここには掃除係(?Clearnerとある)や補助係(? Helperとある)などの求人がでている。給料については掲載されていない。
会社や個人で雇うドライバーの求人もあり、配送業のドライバーは月2500ディルハム(約7万円)。Heavy duty Truckの運転手は5000ディルハム(約15万円)。などなど。
「Dmestic」という欄は家事手伝いの求人で灼く250軒の求人が出ていた。フィリピン人やインド人、インドネシア人、などと人(または言葉)を指定している求人も多い。給料は掲載していないものが多く、載っていたものでいうと、例えばだいたい1500ディルハム(約4万円)前後。
といった具合で、これは見ていて面白い。見ていて不快になるのは「PROPERTIES」と「FREEHOLD」。まぁ、縁の内世界ですから。例えば噂のヒトデのような人工島のパームジュメイラの5000平方フィートの一軒家は1350万ディルハム(約4億円)。など。
ただ「PROPERTIES」の中には「ACCOMMODATION SHARING」という欄もあって、そこには例えば毎月3000ディルハム(約8万円)から借りられるような部屋が紹介されている。ただ、インド人向けなどの制限あり。
ちなみに「PROPERTIES」は1と2を合わせて144面もあった。「FREEHOLD」の方もそういった家情報、不動産・動産情報ばかりが1と2と合わせて131面もあった。う~ん、有り余ってますなぁ。なお、ニュース1部の本誌は広告欄入れて36面なり。
08/11/05(水)晴れ
[Sharjah→Dubai→Ras al Khamah→Sharjah:UAE]
・4時起き、やっぱり渋滞
・ダメなシリア領事館
・ヨルダン領事館へ
・ラス・アル・ハイマへ
・アメリカ大統領選新聞記事
シャルージャ中心部から歩いて宿に戻る途中、スーパーで「GULF NEWS」という英字新聞を買う。これが”正月かよ?!”というくらいのぶ厚さ。2つ折りにされて棚に置かれていたのだが、その厚さは3~4cmある。
宿に戻って新聞を広げてみると、全部で10部あった。トップはもちろん各種ニュース、2部目は「BUSINESS」、3部目は「SPORT」、4部目は「TABLOID!」、5部目は「APPOINTMENT」、6部目は「PROPERTIES1」、7部目は「FREEHOLD1」、8部目は「CLASSIFIEDS」、9部目は「PROPERTIES2」、10部目は「FREEHOLD2」。
手元の辞書によればFREEHOLDは、自由保有(不動産)権、CLASSIFIEDSは項目別の案内広告、PROPERTIESは不動産・動産のことらしい。
この日、2008年11月5日(水)のトップニュースはアメリカ大統領選について。一面には投票所に並ぶ人たちのカラー写真が掲載され、写真の上に白字で「LONG WAIT FOR CHANGE」と大きく見出しが掲げられている。アメリカ大統領選には計7面が割かれていて、中にはホワイトハウスの建物内部の紹介記事もあり。
アメリカ大統領選に関わる記事の中には読者へのインタビューもあった。印象的だったのがパレスチナ人の意見も掲載されていたこと。写真で顔出しになっているのだが、パレスチナ人男性2人の意見が紹介されていた。両者ともアメリカの大統領がどちらになってもパレスチナ情勢にはほとんど影響はない(好転しない)という見方をしていた。あと面白かったのが、それと並んで紹介されていたアメリカ人のコメント。28歳で英語のインストラクターをしているという彼はオバマに投票すると言い、その理由を「アメリカは平和のメッセンジャーになる必要があるから(because America needs to be a messenger of peace)」と言ったらしい。第2次世界大戦後で言えば、アメリカほど平和という言葉が似合わない国はないし、中南米諸国をはじめとして平和のメッセンジャーとは反対のことばかりしてきた国だと思うのだが、この陽気さ(?)がアメリカ人らしいなと思う。記事は、基本的にはオバマを歓迎する記事が多かった。
「APPOINTMENT」は全部で14面あり、その1面には「MIGRATE」という言葉大きく掲載された広告がいくつかあり、オーストラリアやカナダ、イギリスへの移住の他、留学や出稼ぎ(?)に関するセミナーを開催するといったことが書かれている。その他は求人広告がほとんど。例えばリスクマネジメントコンサルタントのTALENT MANAGEMENT CONSULTANCYという会社では、石油とガスのリスクコンサルタント(シニア)や消防の専門家(FIRE SAFETY SPECIALISTとあった)、安全事務員(SAFETY OFFCIERS)などを募集しており、給料はだいたい月25000~27000ディルハム(約70万円)+ボーナス。
政府の戦略&計画立案のトップ(HEAD OF STRATEGY&PLANNING)は、月95000ディルハム(約250万円)+ボーナス。名前からはなんの会社かよくわからない会社のレセプション係は月8500ディルハム(約23万円)。道路や橋のプランニングエンジニアは月6902ディルハム(約18万円)。アブダビのシティトランスポート(市内バス)の運転手が月5000AED(約14万円)。などなど。
基本的にホワイトカラーの仕事の求人ばかりで、掲載されているものについてだけで言えば給料の底は5000ディルハム(約14万円)。あとは1~5万ディルハム(約28~140万円)の間が多い。たいていは経験年数が3~5年以上やアラビア語、英語を要求しているから基本的にわりと有名企業(大きな企業)のその道のプロ的な人への広告のよう。
「CLASSIFIEDS」は全部で71面あり、そのうちの半分が中古車情報。基本的に中古の車についての3行広告などが37面の端から70面にまで続いている。広告の書かれ方は次のような感じ。
「BMW 318i 2002 fully automatic,leatherseats,FSH,76K kms,for AED35,000/- TEl:・・・」
日本車を見るとトヨタのCamryが35000ディルハム(約95万円)から。日産のサニーの1992年ものが5500ディルハム(約15万円)。ホンダのアコード1992年ものが7000ディルハム(約20万円)。などなど。
「Unskilled Labour」というコーナーもあり、ここには掃除係(?Clearnerとある)や補助係(? Helperとある)などの求人がでている。給料については掲載されていない。
会社や個人で雇うドライバーの求人もあり、配送業のドライバーは月2500ディルハム(約7万円)。Heavy duty Truckの運転手は5000ディルハム(約15万円)。などなど。
「Dmestic」という欄は家事手伝いの求人で灼く250軒の求人が出ていた。フィリピン人やインド人、インドネシア人、などと人(または言葉)を指定している求人も多い。給料は掲載していないものが多く、載っていたものでいうと、例えばだいたい1500ディルハム(約4万円)前後。
といった具合で、これは見ていて面白い。見ていて不快になるのは「PROPERTIES」と「FREEHOLD」。まぁ、縁の内世界ですから。例えば噂のヒトデのような人工島のパームジュメイラの5000平方フィートの一軒家は1350万ディルハム(約4億円)。など。
ただ「PROPERTIES」の中には「ACCOMMODATION SHARING」という欄もあって、そこには例えば毎月3000ディルハム(約8万円)から借りられるような部屋が紹介されている。ただ、インド人向けなどの制限あり。
ちなみに「PROPERTIES」は1と2を合わせて144面もあった。「FREEHOLD」の方もそういった家情報、不動産・動産情報ばかりが1と2と合わせて131面もあった。う~ん、有り余ってますなぁ。なお、ニュース1部の本誌は広告欄入れて36面なり。
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