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2011年3月7日月曜日

[diary]zアルマティからウルムチへ 2日目

アルマティからウルムチへ 2日目

2009/02/15(日) 曇り
[Almati:Kazakstan→Urumqi:China]
レート:1米ドル=148.5テンゲ=90円、1ユーロ=191.5テンゲ=118円

・雪原
・停車駅にて
・なが~い国境

明るくなったことに気づき、目が覚める。日が昇っているので8時はすぎているよう。外の景色を見ようと窓をのぞくが、窓の表面の水滴が凍り付いていて向こう側がよく見えない。そもそも窓自体が汚れていたから余計に見にくい。

しばらくして部屋の人たちが起きる。

10時くらいになると窓の氷は溶けたようでいくらか外が見えるようになる。外は右も左も雪原。真っ白な平たい大地の向こうに地平線が見える。

ぼくは持参していたMP3プレイヤーで中国語のお勉強。テキストを見ながら覚えようとするが、すぐ他のことを考え初めて、なかなか頭に残らない。

そのうち退屈になる。

10時半、列車はある駅で止まる。5分ほどたっても発車しないし、コートを着て廊下を歩いていく乗客が見えたので、ちょっと外をのぞいてみると、車両の入り口には地元の人が物売りに来ていた。ピロシキやペリメニ(水餃子みたいなの)、ペットボトルの水、ジュース、菓子、たばこ、薫製魚などなど。おばちゃん達が多いが、15歳くらいの女の子も薫製魚を売りに来ていた。

ペリメニが1粒20テンゲだったので、5粒買い、あとよくわからない揚げ物があったので、それを買う。

駅の周辺には民家がたくさんあった。どこも雪で埋もれているが、それほど雪は深くない。20~30cmといったところだろう。最近は雪が降っていないのか家々の屋根には雪はない。

20分ほどそこに停車した後、また列車は走り出す。

ベッドでごろごろしているうちに昼寝になる。

ドアがごんごん鳴る音で目覚める。勝手にドアが開く。見ると制服を着た人が立っている。どうもカザフの国境に来たらしい。外を見るとすっかり雪がなくなっている。

パスポートを見せろというので、みなパスポートを見せる。ぼくのパスポートとイミグレカードを見ると制服の男は何かがないというようなことを言い出す。どうも滞在登録の件らしい。なので、必要ないとロシア語で伝えると、ビザをどこで取ったのかと聞いてくる。イミグレカードやビザを見ればそこに書いてあるのに、なぜわざわざ聞いてくるんだと思いつつ、ビシュケクだと答える。彼はちょっと待っててとロシア語で言ってどっかに行く。上司にでも相談しに行くらしい。

しばらくして戻ってくる。別の係官も一緒。彼がビシュケクでビザを取ったのかと確認してくるのでそうだと答えると。例の制度のことを知っていたらしく、それ以上ごたごたすることはなく、パスポートは返ってきた。でも、この時点は出国スタンプはなし。

16時前、カザフ側の国境地点、ドストゥック駅に到着。列車は完全に止まる。

車両切り替え時に聞こえてくるようなガチャガチャといった音が聞こえてくる。ガイドブックによればカザフと中国では軌道の幅が違うから国境でその調整をするらしいから、その作業をしているよう。

一方、車内にはさっきとは別の制服を着た警官たちが回ってきて乗客のパスポートを集めて行く。

それから税関担当の警官がまわってきて、何か申告することがないかと聞かれる。何もないのでそのように答える。

停車してから2時間半後の18時半頃、列車が動き出す。だが10分も立たずにまた停車。今度は荷物チェックの係官がまわってきて乗客の荷物をかるくチェックしてまわる。そうした後にパスポートが戻ってくる。確認すると出国スタンプが押されていた。

これもかなり時間を食い、ようやく列車が発車したのは20時半だった。

しかし、また10分もしたら停車。また制服の人たちがまわってくる。今度は漢字が入った制服。中国側に入ったらしい。

また係官が各部屋をまわり、客の荷物をチェックする。カザフと違ってこちらのチェックはけっこう念が入っている。みなカバンを開けるよう言われ中身のチェックを受けている。

ぼくもリュックの中身をほとんど全部出すことになる。係りの女性は本を熱心にチェックする。中央アジアに関する日本語の文庫本をぺらぺらめくって、これはどこについての本なのだと片言英語で聞いてくる。

さらに別の男の係官はカメラを持っているか聞いてくる。持っていると言うと見せろと言うので見せると、これまで撮った写真を見始める。ちょっと見るだけかと思ったら、これがなかなか終わらない。電池がもったいないなぁと思っていたら、彼はあまりに写真が多いのに疲れたらしく、USBを持っているかと聞いてくる。どういうことかと思ったらパソコン上で写真を見たいとのことらしい。同室の女性がロシア語に訳してくれてそうしたことがわかる。

しょうがないのでカメラからデータカードを取り出し、彼に渡すとどっかに行ってしまう。

その間に別の係官がまわってきて入国カードに記入するように言ってくる。その彼はなぜか珍しいことに愛想がいい。彼から入国カードをもらい、記入。パスポートも集めていたので、記入したカードとともにパスポートを渡す。

それから20分ほどした頃、カメラのデータカードが戻ってくる。これまた珍しいことに返す際に彼は「Thank you」と言った。

こうしたなんだかんだでとにかく時間がかかる。

結局、パスポートが戻ってきたのは23時過ぎ。担当の彼は入国スタンプの欄をわざわざ見せた上でパスポートを返す。

23時20分、ようやく列車が走り出す。カザフ側から数えれば国境を越えるのに8時間ほどかかった。

さて寝るかと思っていたら、同室の男二人が酒盛りを始める。ぼくは端で寝ていたが、そんなことは気にもかけずに飲んでいる。こういうとき下のベッドだと面倒。

ちょっとばかし寝ていたが、しばらくして目が覚める。おじさんはウォッカを、もう一人の男はビールを飲んでいる。つまみはパンと既製品のサラミと何かの揚げ物。おじさんが酒を勧めてきたが1度断ったらそれ以上勧めてこなかった。

1時頃になってようやく酒盛りが終了。すぐにいびきをたてて眠り始めたので、ぼくはその隙に書き物をする。

そんで3時半頃に就寝。

今晩も部屋は暖房がきいており、暑い。

Fin

[diary]アルマティからウルムチへ 1日目

アルマティからウルムチへ 1日目

2009/02/14(土) 曇り 日中5℃程度
[Almati:Kazakstan]
レート:1米ドル=148.5テンゲ=90円、1ユーロ=191.5テンゲ=118円

・買い出し
・駅で待つ
・列車に乗車

まだ夜が明けない6時過ぎに起床。昨晩は誰も同じ部屋に泊まる人がいなかったので、気楽だった。しばらく書き物。

10時前、チェックアウトの時間を確認しに管理人室に行く。聞くと、チェックアウト時間は昼の12時だという。ウルムチ行きの列車は夜中の23時59分発なので、夕方5時くらいまで宿にいようかと思っていたのだが、夕方までいるなら500テンゲ(約350円)払わないといけないという。カネに余裕はないので、12時に出ることにする。

今日と列車内での食料や飲み物の買い出しをしにまちに行く。いつ出ても閑散としていて、歩いているとなんだかがっかりする。ネット屋に用事があったのでネット屋に寄ってからスーパーに行く。

スーパーで1.5リットルの水を買う。65テンゲ(約45円)。それから黒パンと白の角パンを買う。それぞれ60テンゲ(約40円)、29テンゲ(約20円)。

今日は昨日よりも暖かいようで、路面はそれほど凍っていなかった。

12時前に宿に戻り、出発の準備をして宿を出る。

近くのバス停まで歩いていく。リュックを背負って歩けばすぐに体が温まり、汗が出てくる。

看板を信じてアルマティ鉄道駅Ⅱ行きのバスが停まるはずのバス停でバスを待っていたのだが、いくらバスを見送っても目的地行きのバスが来ない。20分ほど待っていたところ、通りがかりのおじさんがわざわざ目の前に来て、握手を求めてくる。軽く握ると手がざらざらしている。いかにも酔っているふうだったので、手も汚れていたよう。おじさんはロシア語で国はどこだと聞いてくる。「キターイ(中国)?モンゴリア?、カザフスタン?」などと顔近づけながら聞いてくる。面倒なオヤジだと思って、ロシア語はわからないとロシア語で言ってもしつこく聞いてくる。けり倒したい衝動に駆られるが、それはおいといて適当に答えると、やっとどっか行く。なんなんだ、まったく。

いくら待っても目的のバスは来そうにないので、通りを変える。駅にまっすぐ延びている通りまで歩いていく。その通りまで行けば駅のすぐ前まで行くトロリーバスに乗れるはずだと思っていたのだが、これがまたなかなか来ない。通りを間違っているのかと思い、また別の通りに移動するがこちらではなさそう。なので、また戻ると反対方向行きだったものの乗りたいトロリーバスが通過していったので、これで安心する。

15分ほどバス停で待って、やっとトロリーバスに乗れる。トロリーバスの運転手はピンクのセーターを着た30代くらいの女性で、彼女の息子らしい3~5歳くらいの男の子も一緒に運転室に乗っていた。

車内は空いていたのですんなり乗れる。がたごと揺られて20分ほどでアルマティ鉄道駅Ⅱに到着。まっすぐに国際列車用の待合室に行く。

待合室に着いたのは13時半前だった。

朝から何も食べていなかったので、さっきスーパーで買った白パンをかじる。さすがに安いだけあってまずい。こんなまずいパンは珍しい。焼いてジャムでも付ければうまいのだろうが、そのまま食べるのには向いていない。

列車の出発まで11時間ほどあるので、『罪と罰』の続きを読む。途中、眠くなり居眠り。

夕方も読書。暗くなってわずかな電灯が点いてからも同じ。

待合室にはどう見てもこれから列車に乗るんじゃないだろうというようなおじさんたちもやってくる。酔っぱらっているのかなんなのか、一人で誰彼かまわず大声で話しかけているおじさんもいる。そうした人がいると警官が回ってきて待合室から追い出す。

19時頃だろうか、かつかつと大きな足音をたて、アメリカ映画に出てくるいかにもステレオタイプなヤクザ風に肩を揺らしながら歩いてくる男がいた。見た目は30代後半。身長150cm代。黒いジャンパーに黒いズボンという中央アジアでは男の制服とも言うべき格好をしている。そいつの後ろにはもうちょっと若い20代前半くらいの男がついている。

あまりに靴音が大きいのでそちらの方を見ると、こっちにやってくる。ああ、またバカな奴が来たよと思ったら、やっぱりバカだった。小さい方の男は、ぼくが座っている椅子の横まで来たらピタリと止まり、いきなり「クトー ヴィ?(あなたは誰?)」とロシア語で聞いてくる。まったく、なんじゃそりゃ! なんで今日はこうもバカな男たちにからまれるんだろうと憂鬱になる。

後ろの若いのがちっとはフォローするかと思い、彼の方を見るが、彼は何もフォローしない。自分のしている質問がわかってんのか、と思いながら、相手にするのもバカらしいから、ロシア語でロシア語はわからないと答えると、あっさりとどっか行く。まったく何がしたかったんだ!

その後は特にからまれることなく、本を読むことができる。

21時頃だったろうか、男の怒鳴る声がしたので、そちらを見ると、若い男が何やら怒鳴っていた。彼が怒鳴っている相手はさっきの小さい男。小さい男は特に言い返すようなこともしていない。そこへ怒鳴っている男が小さい男の腹に左の蹴りを入れる。それから顔面に左のストレート。小さい男はそれをもろに受けていたものの、男の攻撃は大した威力を持っていなかったようでなんともなさそうだった。

そこへ怒鳴っている男の友人らしい男が仲裁に入り、喧嘩はおしまい。さすがは中央アジア。そこに数日いれば必ず1回は大人の喧嘩を見ることができる。キルギスが一番多かったけれども、こうした喧嘩を見るのは中央アジアだけでも5~6回目かな。

出発前までになんとか『罪と罰』を読了。ロシア人はドイツ人やポーランド人が嫌いなんだということがわかる。

23時半になってもなんの案内もないので、ホームを見に行ってみるとそれらしき列車が止まっていて、すでに乗客も集まっていた。なので、荷物を持ってホームに出る。

ホームにいた制服を着ている人に聞いて自分の車両を確認。その車両に行くと車両の入り口でチケットとパスポートの確認がある。それをパスすると中に入れる。

ぼくの座席は1両目の7番。すべて寝台車両のよう。ぼくのコンパートメントは2段ベッドが向かい合っている4人部屋。ベッドの下のスペースにリュックをつめる。

同室にはカザフ系中国人のおじさん、それから30代半ばのカザフ人男性と20代半ばくらいのカザフ人女性。30代半ばの男性は日本の役者にいそうな顔をしている。女性の方は、お笑いの女二人組の背の高い方に似ている。

列車はほぼ予定通りに24時すぎに発車。部屋では3人がカザフ語でおしゃべり。中国人のおじさんは、ぼくの知っている中国人(漢民族)とはぜんぜん違う顔立ちをしている。おじさんがぼくにいくつ言葉を知っているかと言うから英語と日本語だけと答える。おじさんに聞くとおじさんは中国語、カザフ語、キルギス語、ウズベク語、ロシア語、アゼルバイジャン語と答える。カザフ語とキルギス語とウズベク語は似たようなもん(日本で言えば方言ほどの違いしかない)なので、実質は4言語使いのよう。なぜアゼルバイジャン語なのかはよくわからず。

ぼくは早く寝たかったのだが、3人はよくしゃべる。そのうちやっとこっちの状況を悟り、解散。それぞれのベッドに散ると、3人はそれぞれベッドで携帯電話を使っておしゃべりを始める。

車内は暖房が効いていて暑いくらい。他の部屋の人の中には半袖になっている人もいた。

Fin

[diary]アルマティでたらたら

アルマティでたらたら

2009/02/13(金) 曇り 日中0℃程度
[Almati:Kazakstan]
レート:1米ドル=148.5テンゲ=90円、1ユーロ=191.5テンゲ=118円

・『罪と罰』
・まちをぶらぶら
・バザールで巻きずしを買う

夜中、突然部屋のライトがつき、目が覚める。同室のバレーボーラーたちが通常の音量でおしゃべりを始める。なにかをボリボリ食っている。布団をかぶって光を遮断。それにしても夜中に何考えてんだ、こいつらは。

暖房の効きが良いために部屋が暑い。それもあり、しばらく眠れず。

日が昇ってから目が覚める。しばらく読書。バレーボーラーたちが出ていけば書き物でもしようかと思っていたが、なかなか出ていかないので、昼になってから出かける。

街路樹には今日も霜が張り付いている。

昨日、列車のチケットを買ったことでテンゲがやや足りなくなっていたので、まずは両替屋に行く。予想通りまたテンゲは下がっていた。昨日は平均1米ドル=147テンゲだったものが今日は148テンゲになっている。いくつか両替屋を回ってレートのいいところで両替。30米ドルぶんだけ両替しようと50米ドル札を出したら釣りがないと言われ、両替できず。なので20ユーロ札を出し、両替。ユーロは191.5テンゲだった。

同じ両替屋で中国元も多少入手しておこうかと思ったが、細かい元がないと言われできず。

なので、バザール近くの両替屋に行ってテンゲから元に両替。1元=24テンゲだった。

それからバザールで昼飯。適当なカフェに入る。珍しいことにここの店主らしき女性はロシア系だった。料理もロシア系っぽい。メニューを見て頼んだことのないものを頼む。ゴルブツィという名前のものを頼んだら、これはヒヴァでも食べたロールキャベツだった。米と挽き肉とタマネギなどが巻かれているロールキャベツが4つ。スープの味はなじみのある味。パンやチャイは別料金だったので頼まず。

ただあまり腹が膨れなかったし、テンゲに余裕があったので、もう1品頼む。ジャルコエという料理を頼んだら、これはじゃがいものがメインの料理だった。じゃがいもと鶏と人参を一緒に炊いたもので、大きなジャガイモ3個ぶんくらいのじゃがいもがドテッと皿を覆っている。鶏肉と人参は少々。スープの味はトマト系のよう。

どちらもお値段300テンゲ。これに5%のサービス料がつき、しめて630テンゲ(約400円)なり。高いなぁ。ちなみにこの店には電子レンジがあって、肉料理などはこれで温め直して出していた。電子レンジがある店なんて久しぶりに見たような気がする。

それから昨日買ったアップルパイがうまかったので、それを買いに行ったら品切れ状態だった。昨日は店の看板のサモサという名前を信じて中には肉が入っているものだと思って買ったところ、中身がリンゴだったので驚いたのだが、今日は買えず。

総菜屋をふらついていると昨日は見落としていたものに気づく。いくつかの店ではなんと巻きずしを売っていた。全長30cmほどの海苔巻きを売っている店が数軒ある。具は5種類ほど入っている。値段を聞くと300~400テンゲ(約200円)。高いので最初はスルーしたが、思い直し、ちょっと試しに食べてみることにする。

ある店で半分だけ売ってくれないかと聞くがダメ。しょうがないので1本買う。

それから靴下屋街を歩いていたら5本指ソックスを発見。ハングルの書かれた包装ビニールに包まれているから韓国製なのだろう。値段を聞くと1足350テンゲ(約230円)。高いのでパス。

あと子どものおもちゃを売っている店の前を通りが買ったときナルトグッズの他にドラゴンボールの悟空やセルなどのフィギュアなども売られているのを見る。

バザールを出て、シティバンクに向かう。そこのATMで中国滞在用の米ドルをおろす。

そうしてから宿に戻る。

宿に戻って、鍵をもらいに管理人室に行ったが鍵がかかっていて入れない。ノックをしても誰も出てこない。出かけているらしい。

なので、待つ。待っている間が暇なので、さっき買ってきた巻きずしを食べてみる。具は人参の千切りと春雨のサラダ、卵焼き、それに鮭に似た魚の薫製。食べてみるとぎこちない歯ごたえ。米が固い。米は日本と同じ短粒米だが、十分に炊けていない。芯が残っている。これさえなければもっと美味かったろうに。味はドレッシングの味がついていた。きっと総菜として売っているものの中から具を選んでいるので、こうなるのだろう。

20分ほど待ったころ管理人のおばさんが戻ってくる。今晩の宿代1000テンゲ(約800円)を払い、鍵をもらい、部屋に行く。部屋に行くとバレーボーラーたちはいなくなっていた。やっと一人部屋として使えるらしい。うれしいですなぁ。

ちょいと夕寝をしてから中国語を聞きながら書き物。中国語は本当に発音が難しい。

適当なところで寝る。

Fin

[diary]アルマティにて、ウルムチ行きチケットを買ったり

アルマティにて、ウルムチ行きチケットを買ったり

2009/02/12(木) 濃霧 日中2度程度
[Almati:Kazakstan]
レート:1米ドル=147テンゲ=90円、1ユーロ=188テンゲ=118円

・日本大使館で情報を確認
・鉄道のチケットを買いに
・まちをぶらぶら
・中央バザール

日が射し込んできた頃に起床。しばらくベッドの上でごろごろしていると同室のおじさん2人はいつの間にやら出ていっていた。

9時過ぎに部屋を出る。部屋には昨日ボクシングの試合があったという16歳の少年だけが残る。

まずは滞在登録について情報を確認するために日本大使館に向かう。外は今朝も霧に覆われていて視界は良くない。木の枝には霜が張り付き、足下の舗装路には見た目ではわからないくらいの薄い氷の膜ができている。最初はただ路面が濡れているだけかと思って普通に歩いていたら滑る。ぼくだけでなく、同じように歩いている人の中にも滑っている人をときどき見かける。特に宿から日本大使館までは下り道だから余計に滑りやすい。

9時半前に日本大使館着。入り口で荷物を預け、窓口の女性に滞在登録について聞く。窓口の女性は地元採用の人らしく、日本語がややたどたどしい。彼女は空路出来たか陸路で来たかと尋ねるので、陸路だと言うと、それだったら滞在登録が必要だという。ぼくは国境の職員に聞いたところ不要だと言われたことを伝えると、中に行って相談すると言う。

しばらく待った後、日本人の男性が窓口に出てくる。そして「少し長い説明なるんですが」と前置きして、現在の状況について説明する。彼の説明では制度としては、空路での入国の場合と近隣国でビザを取って陸路で入国する場合では、前者では空港での入国時に、後者ではビザを発給する時点で既に滞在登録も終わった状態になっているので、制度上は改めてここで滞在登録をする必要はないと言う。

ただし、空路入国の場合にはイミグレカードに滞在登録済みを示すスタンプが2つ押されるが、陸路入国の場合はそれがないため、まちで警官に呼び止められたときに滞在登録をしていないのではと言われる可能性がかなり高いと言う。また一般の警官自体がこうした制度になっていることを基本的に知らないため、あれこれといちゃもんを付けられる可能性が非常に高いという。

そういうわけで大使館としては、入国日から5日以内に念のためオヴィール(滞在登録をする機関)に行って滞在登録をした方がいいと言う。

もし滞在登録が必要なければ、カザフスタン国内を見て回ろうかと思っていたのだが、この話を聞いてやめる。本来必要のない滞在登録をするために時間を使うのがもったいないし、またカネもかかるため、この時点でさっさと中国に移動することを決定。

大使館には情報ノートとアルマティ案内という冊子があったので、それに目を通してから大使館を出る。

まずはテンゲがないので両替屋に行く。バザール近くにある両替屋ならばレートがいいかと期待して行ってみるがどこも1米ドル=147テンゲと平凡だった。もう少しいいところはないかとしばらく探してみるが、歩いた範囲では見あたらず、結局1米ドル=147テンゲで両替する。

それから近くのバス停からバスに乗ってアルマティの鉄道駅Ⅱに行く。バス代は1回50テンゲ。トロリーバスは自動券売機がついていたが、バスは客引き兼集金が係りの人(たいてい女性)が乗っているので、その人に自分が行きたいところを告げると降りるとことを教えてくれるし、運賃もその人に払う。バスの車両の中には韓国からのお下がりがあり、入り口のドアなどにハングルが書かれている。

アルマティ駅Ⅱから中国のウルムチ行きの列車が出ているので、そこでウルムチ行きの切符を買う。ガイドブックの情報からチケット代を8000~9000テンゲ(約6000円)くらいと見積もっていたのだが、窓口のおばさんが計算機に入力した数字は11530テンゲだった。予想外に高かったので、2等車なのかと確認したが、やはり2等車でこの値段らしい。列車は土曜と月曜しかないのはガイドブック通り。明後日の土曜日の23時59発のチケットを買う。座席がないことも想定していたのだが、その心配は杞憂だった。

駅前からトロリーバスに乗って中心部に向かう。適当なところで降りてネット屋を探す。ガイドブックを頼りに歩いていったら漢字が掲げられているネット屋があったので、そこでネットをする。日本語は読めるが打てない。中国人のおじさんはたばこを吸っている。1時間250テンゲ(約250円)。トルクメニスタン並みに高い。しかも大して速くない。

それから歩いて郵便局に行く。1軒目の郵便局で絵はがきがないか尋ねたが、1枚しかないと言われここはパス。それから中央郵便局の方に行く。ある窓口で絵はがきがないか聞いたところあると言うので、見せてほしいと言うと、何枚かと聞いてくる。何種類あるのかと尋ねるためのロシア語がわからずまごついていると、警備員のおじさんが来て、その人が察してくれ、別の窓口に連れていってくれる。言葉がわからない場合、勘の鈍い人が相手だとまったくと言っていいほどこちらの意図が通じない。今回は窓口の女性よりも警備員のおじさんの方が勘が良かった。

案内された窓口ではセット物の葉書しか売っていなかったので、ばら売りしている窓口を教えてもらう。絵はがきは7種類ほどしかなく、どれもつまらない建物を写したものばかり。2枚だけ葉書を買う。1枚25テンゲ(約15円)。葉書は安いのに切手となると150テンゲ(約100円)もした。キルギスやウズベキスタンはもっと安かったのに、なんでここはこんな高いんだ。

そこから歩いてツムというデパートがある所に行く。その辺りは歩行者天国になっている通りがあった。歩行者天国では絵を売っている人やコピーDVDを売っている人たちがいる。DVDの中には日本のアニメもあり、特に『NARUTO(ナルト)』が目に付く。ナルトはここで人気があるのか、他にもキャラクターグッズが売られていたり、ゲーム機かなんかの広告看板に使われているのを見たりした。

比較的新しいSilk Wayというショッピングモールもあり、中には貴金属店や洋服屋、ファーストフード店(ケンタッキー、キングバーガー)が入っていた。

店の中に入ればそこそこの人混みに出会うのだが、道を歩いている限りは閑散としていて、とても経済的な首都という雰囲気は感じない。また中心街も日本でイメージするような凝縮性がなく、オフィス街やマンション街を歩いているときと同じような印象しか受けない。これもソ連式のまちづくりのおかげだろう。

それから中央バザールに行く。ここは一応、それなりの建物が整備されているので、キルギスのように道がべちょべちょということもない。たくさんの店が密集しているが、規模自体はたいして大きくない。肉屋コーナーでは豚肉がたくさん売られている。ソーセージやハムなどもあり。また薫製の魚もあり。

野菜や果物の種類はそれほど多くない。干しぶどうやデーツ、アーモンドなどのナッツ類は種類が豊富。他の中央アジア諸国同様総菜屋も50軒ほどあり。目に付いたのが豆腐を売っていること。「トーフー」と言って店のおばちゃんにすすめられたが、買わず。

昼飯がまだだったので、適当な店で飯を食うことにする。バザール内にはいくつか食堂があったが、「新彊風」を掲げている店が見ただけでも3軒あった。そちらに気が引かれたが、どうせ近々行くところなので、ここではカザフ系らしい店に入る。メニューを見て注文するが、例のごとくメニューにあるほとんどの料理がない。なので適当にラグマンを頼む。

今回のラグマンは平皿に盛られて出てきた。これまで何度かラグマンは食べたが、どれもスープの中に麺が入っているスタイルだった。だが、ここは焼きそばというかパスタ風。かかっている具・ソースもトマト味なので、ちょっとトマトソースのパスタっぽい。これでお値段370テンゲ(約250円)。キルギスやウズベキスタンの約2倍の値段だ。

帰りがけ歩道にレーニンバッジや古本などを並べて売っている人たちがいる通りをぶらぶらする。

それから途中にあったスーパーを見学。まぁ、なんでもある。

また歩いていたら「Sushi Bar」という看板を掲げている店を見る。ここの他にも今日は何カ所かで寿司の写真を載せた看板を見た。そういえばさっき行ったスーパーでも寿司が売られていた。巻物16間ほどで1000円ほどの値段だった。

キルギス以降そうだが、ここアルマティでも人から話しかけられるということはなくなった。警察も想像していたよりも少ないため面倒がない。

夕方には宿に戻る。今日はボクシングの彼も部屋を移ったので、今日は一人で使えるかと思いきや、背の高い若い男達が入ってくる。そのうちの一人が話しかけてきて自分らはバレーボール選手だと言う。身長はみな185cmくらいか。一人のロシア系の男はぼくが日本人だと知ると近くに来て、右腕の袖をまくり見せてくる。彼の右腕を見ると「愛典隆」という入れ墨が入っていた。そして「愛」はラブと知っているが、他の2文字はどういう意味だと聞いてくる。この質問には困る。なので知らないと答える。ちなみに彼の腕に掘られていた「愛」という漢字は間違えていた。冠と”友”の間の”心”が欠けていた。見てすぐにわかったが指摘はせず。

その後はベッドの上で本読み。ビシュケクの宿で入手した『罪と罰』を読みながら寝る。

Fin

[diary]ビシュケクからアルマティへ

ビシュケクからアルマティへ

2009/02/11(水) アルマティは霧雨 2度程度
[Bishkek:Kyrgyzstan→Almati:Kazakstan]
レート:1米ドル=147テンゲ=90円、1ユーロ=180テンゲ=118円

・マルシュルートカで1時間待ち
・国境越え
・移動中にて
・マルマティ着
・日本大使館出張駐在館事務所閉館日

ビシュケクの宿,南旅館。

昨晩もやや夜更かししたため、やや寝坊。時計が動いていないから何時かわからない。

とにかく宿を出る支度をして、玄関前に荷物を移動させる。そして鍵を返そうと宿主の部屋をノックするが誰も出てこない。なので、別室で寝ている旅行者を起こして鍵を頼む。

歩いて近くのバス乗り場まで行き、そこで132番のマルシュルートカに乗る。通勤者などで満席になっていたら面倒だなと思っていたが、幸い空いていた。運賃8ソム(約20円)。

道の渋滞はいつも通り。距離のわりに時間がかかる。

30分ほどかかって終点の西バスターミナルに到着。すぐ近くのアルマティ行きのマルシュルートカ乗り場に移動する。20代前半くらいのロシア系男性が客引きをしていて、彼に運賃を確認してから荷物を後部に乗せてもらう。車はメルセデスベンツのスプリンターという大型ワゴン。助手席に2人、後部座席に15人ほど乗れる。また後部座席の正面上部にはソニーのテレビが備え付けられている。

彼に出発時刻を聞くと7~8人集まったら出ると言うので、両替と買い物に行く。バスターミナルの敷地内にある両替所で昨日オシュバザールの両替所で拒否された10米ドル札を使ってテンゲを入手する。ソムを間に挟むため1米ドル=135テンゲになる。

カザフスタンは物価が高いらしいので、ここで食料を少し買うことにする。残っているソムでパンを買う。1枚10ソム(約25円)。

それから車に乗り込み、書き物をしたりしながら発車を待つ。ぼくの次に乗り込んできたおばちゃん二人は待っている間、何度か運転手の彼を呼び、いつ出るのかと聞く。そのたびに彼はあと何人集まったらと答える。

車に乗車したのが9時40分頃。そして、ようやくそこそこの乗客が集まり、発車したのは10時35分頃だった。

運転手は東バスターミナルにも寄って、そこで数人の客を集めてくる。結局車内は8割程度埋まる。

テレビではバスターミナルで待っている間からすでに映画が流されていて、乗客の何人かはずっと画面を見続けている。ロシア映画(ロシア語)なのでぼくにはさっぱりセリフがわからないのだが、映像を見ているだけでもコメディ映画だということはわかる。

20分ほど走るとなだらかな平原が左右に広がる。雪がところどころに残っている。

11時半前、カザフスタンとの国境に到着。車からみな荷物をおろし、客は客でイミグレの方へ行き、車は車で車チェックの方へ行く。

カザフやキルギスの人はパスポートではなく、身分証だけで国境を行き来できるためさらさらと行ってしまう。ぼくは一人外国人用のボックスに行く。面倒くさいことがなければいいが、と思っていたが、杞憂に終わる。数秒でスタンプをもらい、さっさとキルギス出国。

そこから歩いて50mほど行くとカザフのイミグレがある。こっちはいくらか行列ができていた。パスポートコントロールの窓口の女性にパスポートを渡す。ロシア語はしゃべれるかとロシア語で言われ、少しだけと答える。カザフスタン入国の目的やこの後どこに行くかを聞かれる。最後に気になっていた滞在登録は必要かと彼女に聞くと必要ないとのことだった。

その後、荷物チェック。チェックの方法は機械に通すだけ。税関申告もしないといけないかと思っていたが、3000米ドル以上の現金などを持っていなければ必要ないらしい。言葉がわからなかったので、申告書を一通り書いたのだが、担当の人はぼくが書いた所持金額を見て申告は不要と言う。ただ、そこへ人相の悪い別の係官が来て、ここでカネを数えて見せろと言うようなことを言う。そんなことする必要はないと言うと、担当の係官も必要ないと彼に言う。彼もカネを抜き取ろうとでも考えていたのだろうが、まともな担当者のおかげでさっさと抜けることができる。

これで入国完了。イミグレを出たところには両替屋やガソリンスタンドがあり、タクシーの客引きなどもいた。

車のチェックの方が時間がかかり、ぼくらはしばらく待たされる。

12時過ぎようやく車がやってきて、再度乗り込む。

車窓からはうねうねと波打っている丘陵が見える。木はない。ときどきその丘陵を羊の群を連れて歩いている人たちを見る。

車内では1作目の映画が終わり、新たな映画が始まる。今度もちょっとしたコメディ映画。言葉がわからなくてもそこそこ楽しめる。

道路はきれいに整備されているため、車は上下に揺れたりすることはない。

2作目の映画が終わるともう映画は流されなかったので、暇になる。車窓からは白くなった木々や遠くに雪山を見る。その景色からビシュケクよりもずいぶん気温が低いことがわかる。車内は暖房が効いて十分暖かいためときどき寝る。休憩はなし。

だんだんとアパート的な建物が増える。ビルのてっぺんにアルマティとキリル文字で書かれている文字板を見る。車はそこをいったん素通りして、Uターンしてそのビルの下の駐車場に入る。そこが終点のサイランバスターミナルだった。

車から降りるとタクシーの客引きがやってくる。リュックを受け取り、運転手にトロリーバス乗り場を聞く。指さして教えてくれたので、そちらに行く。

さっきまで暖かい車内にいたためか外がやけに冷たく感じる。実際に気温もゼロ度前後なのかもしれない。手は外に出していたらすぐに冷えて動かなくなる。

ちょうどその乗り場に着こうというときに乗る予定の19番のトロリーバスに追い越され乗ることできず。すぐに来るかと待っていたが、これがなかなか来ない。

20分ほど待ってやっとやってきたトロリーバスに乗る。乗って驚いたのは、自動精算機が使われていたこと。しかも精算機は違う形のものが2台並んでいて、片方にオカネを入れると片方からお釣りが出てくる。なぜ二つに分かれているのか気になる。ちなみにお札は使えない。ちゃんとお釣りが出るのはすばらしい。乗客はみなこの機械で運賃50テンゲ(約30円)を払い込み、チケットを手に入れる。

無事に乗り込んだはいいものの、乗って10分もするとどうも中心部とは反対の方向に行くものに乗ったことに気づく。ただ、幸いなことに終点まで20分足らずだった。

先に出るトロリーバスに乗りかえ、出発を待つ。10分ほど待つと発車。

さっきも通った道を通って中心部に向かう。旧ソ連のまちらしく街路樹が多い。それから霧が深い。

ガイドブックではぼくが泊まる予定をしている宿の近くの交差点まで20分ほどとあったのだが、なかなかそれらしきところに着かない。いつまでたっても木立の多い幅広の道路。全体的に暗い。中心部に来たとわかるような明るさがなかなかやってこない。

と、突然、交差点にどでかい電光掲示板を見る。バレーボールコートの半面はあろうかというくらいでかい。電光掲示板には動画の広告が次々と流れる。その他にもここほどでかくはなかったが、いくつか広告用の電光掲示板を見る。

周りの建物に書かれている通り名を読みながら、地図で現在地を把握しようとするが、通り名が地図上に載っていなかったりしてよくわからない。

その様子を見ていたらしい初老の男性がロシア語で話しかけてくる。どこに行きたいのかと聞いてくるので目印の大学名を伝えるが、彼は知らないよう。そこへその男性の前に座っていたマラソンの有森裕子似の女性が英語でどこに行きたいのかと聞いてくる。それで目安の通り名を伝えると、そこに着いたら教えてくれると言う。

ホテルらしき建物などがいくつか見え、いくつかの交差点を越えた頃、女性が次だからと教えてくれる。停留所は目的の通り(今走っている通りとは交差している)を通り過ぎたところにあるらしく、彼女は一度戻らないといけないということまで教えてくれる。だが、ちょうど信号待ちのために目安の通りとの交差点でバスが止まったので、そこで運転手にお願いしてドアを開けてもらい、降りる。

外は霧。地図を見ながら宿を目指す。右手にエッフェル塔を模したらしい作りものが見える。高さは20mほどあり、材質も普通の鉄塔と同じだからただの見せ物なのか、それとも実際に電波塔かなんかで使っているのかよくわからない。ただ、それはホテルの入り口に建てられているので、おそらく作りものなのだろう。ホテルの入り口の軒とエッフェル塔の模造品はくっつくような距離にあるから、ごちゃごちゃしていてあまり見た目にはきれいではない。

歩いていても霧の水滴を感じるほど、霧は濃かった。地図からするとそろそろ着いていいような場所にきたのだが、それらしきところが見あたらない。なので、近くにいた若い男に聞く。ロシア語で話しかけたのに相手には通じておらず、英語はわからないと言われ、英語ができる友達を携帯電話で呼び出してくれる。その友達はすぐ近くにいたようで、すぐに現れた。彼に聞くとこの先を左に曲がったところにあるという。

だが、ぼくが行きたかった宿は隣の建物だった。入り口の看板を見て確認。2階の受付に行く。学生寮をホテルとしても解放しているところらしいことは聞いていた。2階にあがると確かに学生くらいの年齢の女の子たちが廊下にいて、ぼくの姿を見ると友達同士で何かを言い合う。どうせ髪が長いだの、髭がどうのだと言っているのだろう。

受付の女性は慣れたものでさっさと手続きをしてくれる。何泊するか聞かれ、とりあえず2泊と伝える。部屋は416号室。ドミトリーで1泊1000テンゲ(約700円)。部屋に誰かいるらしく鍵はもらわず。

階段を上り最上階へ。416号室のドアを開けると背の高い若い男が一人いた。「ズドラーストヴィチェ」とロシア語で挨拶すると、挨拶が返ってきた後で「ニホンジンデスカ?」と日本語で聞かれる。ビシュケクで会った日本人がこの宿で韓国人と一緒だったと言っていたのを思い出し、彼がそうかと合点する。

彼は日本語はほんの少しだけ知っているらしい。会話は英語。彼はお茶を淹れてくれる。ありがたくいただく。

聞くと彼はイギリスの大学に通う大学生で、専攻はロシア研究(特にロシア語)らしい。大学の制度上、在学中にロシアに1年滞在しなくてはいけないらしく、今は休みでカザフスタンを旅行していると言う。この後、ウズベキスタンなどにも行く予定らしい。

お茶を飲み干してからぼくは外に出る。滞在登録(レギストラーツィア)の件で日本大使館に確認したいことがあったので、まずは日本大使館に向かう。

日本大使館への道は緩やかな下り道。霧が濃くてあまり見通しは良くない。暗い。沿道には映画館、スーパーやしゃれたカフェなどを見る。それだけでもキルギスとの違いを感じる。HSBCというイギリス系の銀行があったりするのも違う。外資が入っているレベルが明らかに違う。それからATMもあちこちに見る。

通りを歩く人は少ない。日本大使館(正確には出張駐在館事務所)まで30分近く歩いたが、すれ違ったのは50人もいない程度。歩道も広いし、道路も広いが人口密度は低い。

1階はきれいにリニュウアルされているが、2階から上はボロボロという建物もある。

日本大使館が入っているビルに行き、1階にいた警備員のおじさんに聞くと、今日は休みだと言う。残念。同じビルにシティバンクがあったので、そこでドルをおろす。

テンゲに両替することも考えたが、今はどんどん落ちているらしいので、1日様子を見ることにして、今日は両替せず。

帰りがけ歩道にあるキオスクをのぞく。新聞が20種類ほどあるところもウズベクやキルギスと違う。トルクメやウズベクでは新聞はないに等しかったし、キルギスも少なかった。だが、ここのキオスクには多種類の新聞が並び、雑誌も豊富。なお、ビシュケクではキオスクで普通にヌード専門の雑誌がぶら下げられて売られていたが、ここではそうしたものは売られていない。

数ある新聞の中から英語のものを探す。1紙だけ「Central Asia Monitor」と英語でタイトルが書かれた新聞があったので、それを買う。お値段45テンゲ(約30円)。新聞は安い。

宿に戻ると同室のおじさんたちが部屋にいた。50歳は過ぎていそうなおじさんと40代前半くらいに見えるおじさんの二人。ロシア語で挨拶。

自分のベッドに座り、さっき買った新聞を広げてみると、なんと英語なのはタイトルのみで、記事は完全にロシア語だった。おじさんたちがロシア語が読めるのかと聞いてきたので、読めないと答える。それで片言ロシア語と仕草で英語かと思って買ってきたら違ったと言うと、言葉は不十分だったものの意図は伝わったらしく笑っていた。

そこへ韓国人の彼が戻ってくる。彼は同室の16歳の少年のボクシングの試合を見に行ってきたらしい。今、10代のボクシング大会が行われているらしく、その大会に出る選手がこの宿に多く泊まっているらしい。彼は今晩のバスでトルキスタンというまちに行くらしいが、バスは遅い時間のためしばらく部屋で待機のよう。

彼を加え4人で話ながら夕食。ぼくがビシュケクで買ったパンを取り出すとおじさんの一人がそれを取ってビリビリに裂いてみんなで食べようと提案する。おじさんたちは魚の缶詰やビスケットを供出。一緒に食べる。が、ビスケットはどうやったらここまで湿気るのかと聞きたくなるくらい湿気ていた。ビスケットの端を持って振るとしなるし、口に入れてみるとすでに誰かの口の中にしばらく入っていたんじゃないかと思えるくらい湿気ている。

韓国人が通訳となり、おじさんたちと話す。聞いてくるのは他と同じ。年齢はいくつだ、結婚しているのか、なぜ結婚していない、どこから来たのか、どこに行くのだ・・・といったような質問。本当にここらの人は、というよりも世界の人(いわゆる先進国をのぞく)は、結婚話が好きだ。中でもここらの人は必ず聞いてくる。もっとも話しかけてくるのはぼくより年輩の人が多いから、みなたいてい結婚している人で子どももいる人が多い。こちらとしてはなんで結婚したのかと聞きたいとところだが、あえて突っ込まず。

20時頃、韓国人が去る。同室のおじさんの一人が彼を見送りに出たので、そこで会話は終了。ぼくはベッドで『罪と罰』を読む。残ったおじさん(大学教授)はヒューレットパッカードのノートパソコンでなにやら作業を始める。

『罪と罰』を読み始めたものの寝ころんでいたら眠くなり50ページも読まないうちに寝てしまう。

Fin

2009年2月12日木曜日

[速報]アルマティ(カザフスタン)いり

昨日2月11日の午前にキルギスのビシュケクを出て、カザフスタンのここアルマティに来ました。資源大国の経済の中心地ということでなかなか栄えてますが、やっぱりまちはソ連的で退屈です。

気温はキルギスと比べ10度ほど低く日中で2度ほど。路面は凍っています。雪はほとんどないですが。

カザフスタンも警察が無知らしく面倒なため、国内数カ所を回ろうと思っていた予定を変更し、明後日には国際列車で中国に行くことにしました。夜中23時すぎ発でウルムチには月曜の朝くらいにつくようです。運賃は11540テンゲ(約8000円)。高いです。バスもあるようですが、冬場はあまりあてにならないようなので、列車にした次第。

なお、上記の警察が無知だということについて詳述すると、カザフスタンは5日以上滞在する外国人に対し、滞在登録をすることを強制しており、もししていないと2万円近くの罰金が課せられるようです。しかし、近年は空港からの入国についてはその場でその手続きをすることになり、空港からの入国については面倒がなくなりました。ただ陸路については別のようです。

陸路については近隣の国でビザを取ればビザ入手の際に滞在登録も済んだ状態になっているらしいのですが、ビザなどにそうした手続きをしたという印(空港からの入国の場合は2つスタンプが押される)が記載されないため、ビザを見ただけでは手続きをしたかどうかわからないらしいのです。また、アルマティの警察もそうした制度をほとんどが知らないため、こちらが説明したとしても難癖をつけてくるのは確実だろうというのが、今日日本大使館に確認をしに行った際の説明でした。なので、念のため滞在登録をしてはというのが日本大使館の言い分でしたが、滞在登録するにも時間がかかるし、何よりカネがかかる(700円くらい)のがネックなのです。

というわけで、無知な警察を相手にするほど馬鹿らしい時間はないし、本来払わなくていいカネを払うのもで馬鹿らしいので、さっさとカザフを出るというわけです。

いよいよ中国。飯が楽しみですね。

2009.2.12
Almati,Kazakhstan