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2009年9月29日火曜日

[diary]ジプチからイエメンへ

ジプチからイエメンへ

08/10/18(土) 晴れ 涼しい
[Djiboti Villa:Djibouti→Sana'a:Yemen]
※レート:1米ドル=200イエメンレアル、1ユーロ=270イエメンレアル

・蚊との闘い
・ジプチを出国
・慌ただしいフライト
・イエメン入国、すずしい!
・アラビア半島”最貧国”の首都
・オマーン大使館
・ポパイな人たち

ジプチ国際空港。夜中の0時過ぎ。イエメン行きの飛行機が朝早かったこととジブチの宿が高い(約2500円もする!)ので、昨日の午後に空港に来てからずっと空港で過ごしていた。当然、宵越しも空港で。

4席並んでいるベンチに横になる。エアコンも何もないが、常に汗が流れ出るほど暑くはないが、眠るのに心地よいほどの涼しさでもない。


眠りをさまたげるのは、どこからともなく現れる蚊。入り口のドアからは20mほど距離があるのだが、やはり人間のにおいを嗅ぎつけてか蚊がやってくる。最初はまわりにいたのが2匹ほどだったので、成敗してから寝ていたのだが、成敗しても2~3匹単位でまた新たな蚊が現れる。

長袖に長ズボン、靴下という格好で寝ていたから刺されるのは決まって手。手の甲や手首あたりを刺される。成敗するのも面倒になったので、蚊取り線香を炊くがあまり効き目なし。しょうがないので最後は蚊帳を投入する。それまでに10カ所近くやられる。

そうした蚊との格闘があったり、ベンチもゆっくり眠るには窮屈だったりということもあり、あまり眠れず。

朝5時頃、人の足音で目が覚める。周りを見ると乗客らしい人たちが3人ほどいてベンチでおしゃべりをしていた。

ぼくも起きだし、蚊帳を片づけ、荷物の整理をする。

6時になったところで隣の搭乗者用の入り口に行き、セキュリティチェックを受けてからチェックイン。搭乗券をもらい、出国手続きに移る。

出国カードをチェックインカウンターでもらったので、それを記入し、パスポートとともに提出。出国カードはフランス語とアラビア語の併記だったのだが、一部わからないところがあったので空欄のまま出したところ、窓口の男性が書き込んでくれる。質問等は特になし。搭乗券とパスポートにダンダンとスタンプが押されて帰ってくる。

階段をのぼり、2階の搭乗ロビーに行く。朝早いためだろう、売店も何も開いていない。コンセントがあったのでその近くの机でしばらく日記書き。

作業をしていると搭乗ゲートに入っていく人たちが見えたのでぼくもそちらに移動。荷物チェックを受けてから待合室に入る。

ふとチケットを改めて見ると座席番号がない。スタッフの人に聞いてみたらどこでも座っていいと言う。飛行機で座席指定がないなんて初めて。

7時半。ベンチに座ってまた書きものをしていたら搭乗が始まる。あっと言う間に列ができ、片づけをしたりしていたぼくは一番最後になる。窓際に座りたかったのにこれでは席取りゲームに負けてしまうな、と思いながら窓の外を見ると、バスがやってくる。どうやら飛行機まではバスで行くらしい。これだったら勝機あり。

バスに最後に乗りこみ、ドア際に立つ。バスはゆっくりと発車し、2分ほどで飛行機の階段前に到着。ぼくが立っていた側のドアが開き、見事にすぐそこが飛行機へとつながる階段の登り口だったので、ねらい通りに一番に飛行機に乗り込めた。

安いイエメン航空ということでちょっとぼろい飛行機を予想していたのだが、なんのなんの十分にきれい。フライトアテンダントの格好もイスラム以外の国と変わらない。女性も普通に髪を出している。

一番乗りということで窓際の席が取れるなと意気揚々と飛行機に乗り込んでみたものの、なんとすでにたくさんの乗客がいた。どうやらエチオピアかどこかが初発地でここは経由地だったよう。当然、窓際の席はほぼ埋まっている。なんとか空いているところをみつけて座席は確保できたものの主翼の根本。窓から外を見てみるが、あまり視界は良くない。それに大変問題なことに窓ガラスには猫がひっかいたような傷が無数にある。美しくない。

飛行機は予定時間よりも少し早く7時55分に離陸。客室正面にあるスクリーンには飛行機の速度や外気温、離陸してからの時間などが飛行地図と一緒に映し出される。離陸後はすぐに雲の上に出てしまったため眼下は白いだけ。紅海がきれいに見えるかと期待していたのだが、見えずじまいだった。

無事、離陸をすると機内はにわかに慌ただしくなる。客室乗務員が食事の準備を始めたよう。1時間のフライトなので飲み物くらいしか出ないだろうと思っていたので嬉しくなる。

朝食の入ったプラスチックの容器と飲み物が配られる。食事はチーズのみのサンドイッチ2個とクロワッサンのようなパン2個。

ぼくのもとに食事が届いたのは離陸してから24分後。着陸まであと30分ちょっとしかない。着陸態勢に入ることを考えればのんびり飯が食えるのは実質20分ほどか。

客室乗務員は乗客全員に配り終えた後、すぐにごみの回収を始める。行動が早い。

ぼくのところには離陸後36分後に回収にくる。そうしている間にも雲の中に突入して、シートベルトのランプが付く。スクリーンに映し出されている高度が下がり始めたからすでに着陸に向けて下降し始めたよう。

雲を抜けると眼下にアラビア半島が見える。紅海も見えた。眼下にはベージュの木のない山々が見える。とにかく緑がない。そのうちちょろちょろ人家が見える。急峻そうな山の上の方に集落が見えるので、そこの人たちはどうやって水を得ているのかと不思議に思う。それからグランドキャニオンに似たような大地がボロボロと欠けた渓谷も見える。

しばらくすると突然大量の人家が眼下に見える。隣に座っていた学生という若い男がサナアだと教えてくれる。

これから着陸という頃になって、腹が少し膨れたせいかうとうと眠くなり、気が付けば着陸していた。創造していたよりも空港は立派。

着陸したのがぼくの時計で8時45分。機体から出ると外はひんやりしていた。心地よい涼しさ。
送信者 yemen


またバスに乗って空港に移動。そして入国審査。ビザはすでに取っていたのですぐにイミグレへ。たいした質問もなくになんなく通過。

空港内の両替屋で両替をする。1米ドル=199イエメンリアル、1ユーロ=260イエメンリアル。米ドルの細かいのがなかったので20ユーロ札を両替。

荷物もすぐに出てきてさっさと空港を出ることができる。

空港を出るとタクシーの客引きがいたが、1度断るとあとは何もなし。しつこくない。

駐車場を挟んで向こう側の道路を市内に行くミニバスが走っているとガイドブックにあったので、そちらに行く。

ちょうどミニバスがやってきたので、ハサバ(地名)?と行き先を確認し、それに乗る。ここのミニバスはダッバーブと呼ばれている。やはりトヨタのワゴン。運転手も客もターバンを頭に巻いている。道路はよく整備されていてアスファルトの表面もそれほど悪くなっていない。

道路沿いにはいくつか店が並び、その後ろの方に家が見える。遺跡のようなベージュ色の石組の四角い家々。店の看板もアラビア文字ばかり。ジプチもアラビア語が公用語だったが、店の看板はフランス語だったのでそれほどアラブの国という雰囲気はなかった。

驚いたのが男の人の大半が腰(へそのあたり)に帯刀していること。ジャンビーヤというらしいが、アラビアの半月刀をベルトと腹の間に差している。刀が本物なのかはわからない。女性も黒いブルカを着ている人がほとんど。洋服はみないし、ジプチやモロッコのように色鮮やかなスカーフをまとっている人も見ない。

服装といい、町並みといいすっかり別世界に来た印象を受ける。

30分ほどで乗り換え地点のハサバに着く。運転手に適当に代金を払うとガイドブックにあった通りの運賃を徴収してお釣りをくれた。何かとごまかそうとしていたジプチとは大違いだ。

さて、ミニバスがたくさん停まっている地帯に着いたのだが、市街地に行く車がどれなのかがわからない。なので同じ車に乗っていた背広姿の男性に宿があるタハリール(広場の名前)に行きたいと英語で言うと、”タハリール”が通じたようでその車の乗り場まで案内してくれることになる。
送信者 yemen


乗り場は降りた未舗装の道をまっすぐ行ってぶつかった道路沿いにあり、そこにはまたたくさんの車が停まっていた。そこまで歩いて3分足らず。そのおじさんもはっきり知っていたわけではなかったようで、何人かの人に聞いてタハリール行きの車の乗り場を突き止めてくれる。そして、アラビア語でいろいろ説明してくれるのだが、まったくわからない。

とにかく言われたところで待っていたらミニバスがやってくる。運転手に聞くとタハリール行きだと言う。さぁ、乗り込もうとしたら空っぽで到着したにも関わらず、一瞬で満席になってしまい、乗れず。今度のミニバスは軽自動車のワゴン。これは初めて。なので座席が助手席をのぞけば6つしかない。そのためかタハリールに行くらしい人は、車が止まる前から待ちかまえていて、停まった瞬間に一斉に乗り込む。

車に乗れずにありゃりゃと思っていたら、次々と同じ方面行きの車がやってきて、周りにいた人もあれだあれだと指さして教えてくれる。なので、待つこともなく別の車に乗ることができた。

後部の向かい合いの6人座席のドア際に座ったのだが、ドアは閉まらないようになっている。それいてカーブもたいしてスピードを落とさないから、ドアの外へと飛び出しそうになる。クラクションが盛んに鳴り響き、隙間があればどんどん車が入ってくる。なかなか荒い。

外を眺めていたら向かいに座っている30代くらいの男が英語でどこから来たのかと聞いてくる。日本からと言うとたぶん予想が外れたのだろう、ふうんという顔をして「Thank you」と礼を言う。なかなか礼儀正しい。これには驚く。

だんだんと建物が建て詰まった地帯に入っていき、20分ほどで終点に到着。地図で見るよりも小さな広場(というかバス乗り場)だったので念のため運転手に確認するとタハリールだと言う。

車を降りて端の方に行くと食い物を売っている人たちがいた。男ばかり。女性はいない。ゆで卵を売っているおじいさんがいたので、そこでゆで卵を1個買う。15リアル(約8円)。おもしろいのが4種類ほどの香辛料が用意されていて、それを付けて食べることができるようになっている。

そばにいた少年がにこやかに話しかけてくるが、まったく言葉がわからない。

道を聞こうにもそれすらもアラビア語で覚えていなかったのでガイドブックを頼りに歩く。が、どうも違う。そうしてふらふらしていたら英語で話しかけてくる男性がいた。彼に行きたい場所を言うと英語で教えてくれる。

教えてもらった通りに行くと確かにその通りだった。バスが止まったのはタハリール広場そのものではなかった。

広場から歩いて3分ほどのところが泊まる予定の宿。日本語の情報ノートがある宿で、道ばたには日本語の看板が出ていた。

通りからちょっと奥まった建物の2階にあがる。そこが受付。ソファには日本人旅行者が2人いた。部屋の値段を聞くと1000イエメンリアル。800リアルのシングルは満室という。さっそくその部屋を案内してもらう。変わった作りの建物で階段の方向がいろいろある。これがイエメン式の建物のよう。

部屋は10畳ほどある広い部屋でベッドが2つにテレビ、タンスもある。通りに面した部屋で窓からはその通りの様子がうかがえる。なかなかよろしい。
送信者 yemen


部屋に荷物を置いてから受付のロビーで情報ノートを閲覧。めぼしい情報は大してなかったが、サナアからサユーン行きのバスには現在外国人は乗れない(チケットを売ってくれない)ということになっているという情報は大きかった。しかし肝心のパーミットをとる場所が書かれていない。あとオマーン大使館の位置も書かれていない。

情報ノートを見ながら2人の日本人とちょっとしゃべる。1人は中東に半年いるという人だった。

時間はまだ11時すぎ。オマーンのビザを今日中に申請できればと思い、近くのネット屋に行ってサナアのオマーン大使館の位置をグーグルマップなどで調べる。

そして歩いてオマーン大使館へ。

アラビア半島ではイエメンは最貧国だなんてどこかで読んでいたので、どんなに貧しい首都かと思っていたのだが、これが予想以上に大都市だった。ぼくの感覚から言うと、アフリカでここまで整備され、かつ店が多いまちはあまりない。アディスアベバやダルエスサラーム、ナイロビよりも大きいように感じる。

店の中で目立つのがフルーツジュース屋。軒先にみかんやショウガなどをぶら下げ、カウンターには数種類のジュースがミキサーに入った状態で置かれている。それからイエメン(アラブ)らしい店が香辛料屋やイスラム服屋やジャンビーヤ(アラビア刀)屋、それから看板に「Honey」と書いた蜂蜜を使ったお菓子屋など。コーヒーモカマタリの国ではあるが、コーヒーの専門店は見ない。

道ばたで物乞いしている人は少ないが、それでもちらほらと見る。その中には頭からブルカを着た女性も多い。子どもを抱えている人もいる。片道2車線ある大きな通りの交差点では赤信号の時に停まった車の間をまわりティッシュやペットボトルの水、子供用のおもちゃ、音楽CDなどを売っている人たちがいたのだが、おじさんや少年に混じってブルカを着た少女も1人いた。
送信者 yemen


きょろきょろしながら歩いていたが、なかなか目的地に着かない。ガイドブックの地図は道路名が大ざっぱにしか載っていないためわかりにくい。そんなこんなでふらついていたら目安にしていた通りにたどり着く。そこを歩いていたとき、ぼくが気づかずに1片の紙を落としたのを見ていた通りがかりの白人男性がそれを教えてくれる。英語だったのでこれ幸いと英語でオマーン大使館の位置を訪ねてみると、近くだと言って行き方を教えてくれた。

しかし、彼の説明は後に間違っていたことが判明する。それから3~4人の人に聞きながらなんとか大使館に到着。アラビア語だと大使館という言葉もぜんぜん違う音になるので、ガイドブックにあるオマーンの旗を見せるとみんなわかってくれた。

オマーン大使館は門の脇にビザ申請用の小部屋の入り口があってノーチェックでそこに入れる。

窓口のおじさんは英語を解す。ビザがほしいというと国境で取ったらどうかと言われるが、国境の人が英語がわかるかどうかが不安のためここで取りたいと言うと21米ドルとパスポート用の写真1枚、パスポートのコピーなど必要なものを教えてくれる。例のごとくぼくは1米ドル札を持っていないのでリアルで払えないか聞いたがダメとのこと。翌日出直すことにする。

13時を過ぎていたので近くの食堂で飯を食う。これがおもしろい飯屋で石焼きビビンバのような料理を出している。タイル張りの店内の端に調理場があり、そこではガスバーナーがゴーゴーと火を噴き、その火の中に石焼きビビンバで使われるような石釜(石鍋)が置かれていた。
送信者 yemen


英語ができる客に助けられてなんとか注文する。10分ほど待ってじゅうじゅうはじける音とともに釜が目の前に到着。中を覗くと卵を入れたお粥のように見えた。ここに主食のパン(インドのナンのようなもの)を付けて食べる。店の入り口でブルカを着た女性が売っていた円形のナンを買ったのだが、これが直径80cmくらいある。これを釜の中の具に浸けて食べる。
送信者 yemen


お粥のように見えたものは、実際にはジャガイモを細かくしたものや肉を細かく切ったものなどいろいろ入っている。味は親子丼の具の味に近い。辛くはない。

この釜の他にテーブルにはインド料理で使われるカレーを入れる容器に透明のスープが入れられたものが2杯分配られる。食べていたら隣のおじさんが、このスープを釜の中に入れるよう教えてくれる。どうやら焦げ付き防止用にこのスープを使うらしい。

ナンがでかいこともあってすっかり満腹になる。値段は700リアル(約350円)。意外に高い。飯はエチオピアの方が安いかもしれない。

それからぶらぶら歩いて宿の方面に向かう。商店がたくさんある通りを適当に歩いていたら道が違ったようで行きたいところにたどりつかない。しょうがないので店で道を聞いて教えてもらう。

午後になったからか路上でカート(見た目は若い木の枝。噛んでいると覚醒作用があるらしい)を噛んでいる男たちを多数見る。片方の頬に文字通り頬張っておりさながらポパイのよう。店の中でも店主らが噛んでいる。

ぶらぶらと歩いて戻り、もう一度ネット屋に行く。暗くなって以降もちらっとふらつく。スカーフなどを売っている店で買い物。タハリール広場周辺の道ばたにはスリッパや靴下、下着、コート、雑誌を売る人がたくさんいる。表の通りから一本入った通りには食堂がたくさんあり、大勢の人で賑わっている。

ちょろちょろと買い食いしていたせいか腹が減らず、そのまま部屋に戻る。部屋に戻ってからジーパンの洗濯をする。その後は日記書きなどをしているうちに就寝。

Fin

2009年9月26日土曜日

[diary]暇つぶしの1日

暇つぶしの1日

08/10/17(金) 快晴 40度
[Djibouti Villa:Djibouti]
※レート:1米ドル=175ジプチフラン

昨晩はそれまで泊まっていた部屋ではなく、2人部屋に一人で泊まることになった上、窓があったのでわりかし夜は涼しかった。

しばらく日記書きをする。

それから残金の確認。昨晩ベトナム料理で散財してしまったので、手元に残ったフランはわずか1500フランほど。空港に行くためのタクシー代(バスはない)が1000フランかかるので、使えるカネはほとんど残っていない。もう1泊ぶんの宿代を払うには両替しないといけない。が、飛行機は明日の朝8時発でチェックインは6時。だったら残金も少ないから、今日中に空港に行って夜はそこに泊まろうと思いつく。

フロントに行って空港は24時間開いているか訪ねるが、彼は知らず。

しょうがないのでネット屋に行って調べることにする。今日金曜日は休日のため、いつも使っている日本語が読めるネット屋は休み。だが、別のネット屋が開いていたのでそこで調べる。

空港の寝心地情報が載っているサイトで探すと、寝心地はよくないようだが、夜を明かすことはできたらしいことが書かれている。またその他のホームページから24時間開いていることがわかる。これで今晩の空港泊決定。

なお、このネット屋にはこれまでまちで見ることがなかった東南アジア系の男たち(30~40代と見える)が5人ほどいた。店主との会話からフィリピンから来ているらしいことがわかる。肌の色は日本人と同じ程度。彼らを見て、なぜジプチで盛んに”フィリピノ、フィリピノ”とぼくが呼ばれるのかがわかる。これまで一度もフィリピン人なんて見なかったから、ここの人はフィリピン人を知らないのではないかと思っていたが、違ったようだ。

宿に帰る前に1.5リットルのペットボトルの水を買い(80フラン)、60cmほどの長さの細いフランスパンを2本買う(各25フラン)。

チェックアウト時間の12時まで部屋で今後のルートなどを考えたりする。

夕方まで宿のロビーにいることも可能だったが、どっちにいても同じだろうと思い、チェックアウトすると空港に向かう。道ばたでタクシーを拾う。空港までいくらか聞くと、こっちの希望値を聞いてきたので800フランと言ったが、運転手は1000フランと言って譲らず。

市街地から空港まで6kmほど。途中にはなんじゃこりゃとつぶやきたくなるような豪邸がある一方で、ゴミだらけの空き地やトタン作りの家がある。

10分ほどで空港に到着。入り口を入ったときの印象は、どこかの工場の資材置き場か?というものだった。空港のターミナルビルは3階建てだが小さい。入り口が二つあり、1つは出発者用で1つは到着ロビー兼待合室。出発者用の入り口には、セキュリティが2人ほどいて、次に出る飛行機に乗る人しか入れないようになっている。なので出発者用の入り口ではなく、到着ロビーで時間をつぶすことにする。売店は3つほどあり、ベンチも15人ぶんほどはある。薄型の液晶テレビが壁に設置され、アラビア語の映画が流れている。

ベンチに陣取り本を読んだり、昼寝をしたりして時間をつぶす。ロビー内にはエアコンはついていないので、昼寝をするとじっとりと汗をかき、その暑さで目が覚めるというパターンを繰り返す。
送信者 djibouti


こういうときの時間のたち方は遅い。

到着ロビーには飛行機が到着するその時間だけ人があふれる。あふれると言ってももともとスペースが狭いから20~30人もいればずいぶん賑わっているように感じるだけ。到着する飛行機も数時間に1本なので、基本的にあたりに人はいない。

迎えに来ている人たちの中で目立つのが"US ARMY"と刺繍が入った迷彩服を着ている男女たち。人数にすれば3~4人だが、格好が格好なのでぼくから見れば浮いて見える。フランス軍がジプチに駐屯していることはどこかで読んだが、アメリカ軍がいるのはなぜ?

迎えの並は午後に1回、夕方前に1回あった後は途絶える。

眠気もなくなったので、ぼくは日本から持ってきた岩波文庫版の『コーラン 上』を読んでみる。イスラム教の聖典ということでどんな難しいことが書いてあるかと思いきや、半分近くまで読んだ限りでは色即是空や空即是色なんていうような話はなく、なんだかあまりありがたみのない話ばかり。”自分(アッラー)を信仰せよ、さもなくば地獄に落ちるだろう”的な、これはただの脅迫じゃないかと思えるような部分も多いし、信仰しない人たちへの辛辣な言葉も多い。

しかも前提としているのは男のみで女はコーランの読者として前提としていないように思える。もっとも神は男を女よりも上のものとして創ったなどと書いてあるから、それも当然なのかもしれない。

おもしろかったのがキリスト教やユダヤ教徒の関係。エルサレムがこれらの共通の神聖な場所だというのは知っていたが、イスラム教からするとこれら2つをまとめあげたのがイスラム教であるという立場を取っているらしい。コーランにもモーゼとかイエスとか、マリアも出てくるのが意外だった。

それからお祈りをする際の方向が、当初はエルサレムの方向だったのが、ユダヤ教との対立が強くなったことでメッカ(マッカ)の方角になったというのも印象的。なんだかおもしろい。非常に人間的。

それにしてもイスラムも含め現代の一神教を信じている人たちは、科学とはどう折り合いをつけているのだろうか。コーランによればアッラー(アッラーは英語で言えばThe God。神という単語に冠詞が付いたアラビア語)が「在れ」と言えばなんでも創ることができるらしいが、科学技術で作られているものは、それらを活用しているだけで何も創造していないというような理解の仕方なのだろうか? でも進化の考え方もあるし。イスラム国での科学(理科)教育がどうなっているのか気になる。

22時過ぎ、また1台の飛行機が到着。到着ロビーが賑わう。その後は、人は誰もいなくなり、ロビーにはぼくだけ。銃を持った警備員だけが時折見回りに来る。

一度警備員にパスポートと飛行機のチケットのチェックを受けたが、追い出されることはなかった。

Fin

[diary]またも舟が出ず

またも舟が出ず

08/10/16(木) 快晴 40度
[Djibouti Villa:Djibouti]
※レート:1米ドル=175ジプチフラン

今朝もやはり室内は30度越え。扇風機がなければとても眠れない。昨日のんだ薬のおかげか腹の調子は落ち着いた。

舟は夜の9時と言われたけれども、イマイチ信用できないので、8時半頃フロントに行って、どこに何時に行けばいいのかを確認してほしい旨を伝え、また電話をしてもらう。

昨日と同じ番号にかけてもらったのだが、また言っていることが変わったようで、準備ができたら宿にいたおじさんに電話するなどと言っていると言う。そんなこと言われてもおじさんとぼくは常に一緒にいるわけではないから困るわけで。フロントのあんちゃんもこれは怪しいと思ったようで、別の舟を探した方がいいと言う。

9時過ぎ、舟がすぐ出る場合のことも考え、一応、荷物を持って港に行く。すると、港の入り口にいたセキュリティのあんちゃんが、今日は舟はあるけど18時にまたここに来るように言う。怪しいと思いつつも港内に入れないからどうしようもない。

いったん宿に戻り、昼間で部屋でのんびりし、チェックアウトして後もホテルのロビーで本を読んだりして夕方を待つ。

そして17時過ぎにまた荷物を持って港へ。すると入り口には朝方の奴とは別の若い男がセキュリティとしていて、彼にイエメンに行く舟に乗ると伝えると舟はないと言う。そんなことはないと例の電話番号を見せると事務所に行ってそこから電話をかけてくれる。しかし、戻ってきて彼が言うには舟は土曜日に出ると言う。やれやれ。これだ。アフリカ。まったく当てにならない。

土曜日と言ってもどうせまた舟はないと言い出すのは目に見えているので、予定を変更。舟はやめて飛行機で行くことにする。

荷物を持ってミニバスに乗り、中心街に戻る。そして中心街にあるトラベルエージェントに行く。1軒目のエージェントでできるだけ早くイエメンに行きたいと伝えると、次の飛行機は月曜だと言う。なのでここはパス。もう1軒行ってみるとここでは土曜日にあるという。なのでここで即決。値段も往復251米ドルなので許容範囲内。片道なら100米ドル代だと思うのだが、レジデンスの証明書がなければ片道チケットを売ることはできないと言われ、断念。

その場でドルで払う。1米ドル札はなかったので、そのぶんはまけてもらって、結局250米ドルの現金でチケットを買った。

舟で行くことができれば、米ドル換算で50米ドル(7000フラン)ほどでモカまで行けたのだが、宿代が2000円以上するこのまちでは3日もいれば1万円が消しとんでしまうので、舟を待ってもどうせ同じくらいの出費がかかっただろう。それにしてもこんなことになるなら、最初から飛行機を使えば良かった。そうすれば100ドルは節約でき、今頃はイエメンであれこれ見れただろうに。最後の最後までアフリカは当てにならなかったな。

夜は気になっていたベトナム料理屋に行く。一つ一つの料理の値段はまちのレストランの2~3倍。フォー(1000フラン)、餃子(1100フラン)、海鮮スープ(1000フラン)を食べるが、ちょっと期待はずれ。特に海鮮スープは店の特製とあったが、具も少なく味も中途半端に感じる。フォーは麺がなぜかベトベトしていて、ベトナムで食べたものと比べると食べ心地がさわやかでない。リモンが用意されていないのもダメ。なお、テーブルにはキッコーマンの醤油があった。

今日も夜はにぎやか。宿への帰り道に通った通りにはきらびやかな飲み屋などもあって、人通りも多い。フランス人らもたくさんまちに出ている。

気づいたら手帳をどこかになくしていた。まったくよくないことばかり。

また、昨日まで泊まっていた宿に戻り、3500フラン(約2400円)を払って泊まる。


Fin

2009年9月25日金曜日

[diary]イエメンビザをゲット、だが舟が出ず

イエメンビザをゲット、だが舟が出ず

08/10/15(水) 快晴 40度
[Djibouti Villa:Djibouti]

腹の調子がすっかりおかしくなり、このまま舟に乗るのもためらわれるくらいだった。だが、昨日の電話では今日、舟が出るという。今日を逃したらまたいつ出るかわからない。

9時前まで部屋で寝ている。それからイエメン大使館に行く。途中、薬局で下痢止めの薬を買う。説明書がフランス語だけだったので、カウンターにいた女性に英語で使い方などを聞いて購入。880フラン(約600円)の出費は痛い。

それから薬を飲むためにスーパーでヨーグルトを買って、それを食べ、薬を飲む。

ミニバスを使ってイエメン大使館近くまで行く。運賃40フラン(約30円)。

イエメン大使館はまだ開いていなかったが、すでにビザの申請等に来ている人が屋内で待っていた。ぼくもその中に混ざり、領事が来るのを待つ。その間、アラビア語の会話帳を眺めるが、なかなか音を覚えられない。それに部屋はクーラーがきいていて涼しいから眠くなり、うとうとしてしまう。

そうしているうちに領事が到着。ビザが張られたパスポートは10時前に受け取ることができる。

それから宿に戻り、荷支度をしてチェックアウト。フロントのあんちゃんが舟はつかまえることができたのかなどと聞いてくるが、たぶんとしか言えない。試しに昨日港の事務所で教えてもらった電話番号に電話して聞いてくれないかと頼んだところ嫌な顔せずに引き受けてくれる。電話はあんちゃんではなく、ホテルのオーナーらしき年輩の男性がしてくれる。どうもその人の知り合いだったよう。

電話が終わってぼくに言うには、舟は今日は出ず、明日の夜9時に出ると言う。なので予定変更を強いられる。予想していたこととはいえ、宿代が高いジプチではこうしたことが起こると予算的につらい。腹の調子が悪かったので、その点では良かったとも言えるのだが、やはりお金ほ方がいたい。

返した鍵をもらい、もう1泊ぶんの宿代3500フランを払い、部屋に戻る。買ってきた水に、南アフリカで同じ宿だった人にもらったポカリスウェットの粉を入れ、ポカリスウェットを作る。これだと腹の調子が悪くても気持ちよく飲める。久々の味だからか、それとも自分が感じているよりも水分が不足していたのか1リットルちょっとを一気に飲んでしまう。

それから扇風機を全開にしてベッドで休息。昨日、ネット屋でダウンロードしたラジオ番組のポッドキャストを聞きながら寝込む。

夕方まで寝込み、16時過ぎにまた薬を飲むためにヨーグルトを買いにスーパーに行く。そのスーパーにはフランス産のポカリスウェットのような粉が売っていた。フランスの軍人らしき若い男の人が買っていたので、ぼくも水分補給のために買おうかどうか逡巡したのだが、でかいプラスチックボトル入り(5リットルぶん作れるよう)で値段が1500フラン(約800円)ほどもしたので、結局買わず。

帰りがけネット屋によってから宿に戻る。

ヨーグルトを食べた後に薬を飲む。腹はだいぶ落ち着いてきたが、まだ完治はしていない。

部屋に戻ってまたベッドに寝込む。

結局この日は口にしたのはヨーグルトと水のみ。

Fin

2009年9月23日水曜日

[diary]舟探し、ビザ待ち

舟探し、ビザ待ち

08/10/14(火) 快晴 40度
[Djibouti Villa:Djibouti]

7時頃、起床。今朝も部屋はぬくかった。

8時過ぎ、舟を探しに宿を出る。港に行く前に市場に寄る。みかん、すいか、パパイヤ、ぶどう、バナナ、南アフリカから輸入されたりんごなどの果物が売られ、肉がぶら下がっている。蠅がすごい。魚売場では小さなマグロらしき魚たちが売られている。どれも新鮮そう。白い色の子ザメもあり。
送信者 djibouti

送信者 djibouti


市場の一角が食堂街になっていたので、そのうちの一軒に入る。その店ではレバーの炒め物を出していた。値段は150フラン(約90円)。ピリ辛のレバーいためはなかなかうまかった。ピーマンとタマネギも入っており、トマト味。それにフランスパンがついてくるので、みなパンをちぎってパンを炒め物に浸け、具をつかみ食べている。もちろん手づかみ。
送信者 djibouti


食後、港に向かう。昨日教えてもらったイエメン行きの舟を出しているらしい事務所に行く。ドアを開け中に入ると4~5人の男がいた。イエメンに行きたいのだがと適当に言うと、そのうちの一人の人が電話番号を紙に書いて、ここに電話するように言う。

紙を受け取り、いったんまちなかに戻る。まちなかの電話屋からその番号に電話してみると、たしかにつながったがTomorrowとかOne o'clockとか言うばかりでイマイチよくわからない。どちらにしろ明日にならないとビザも手に入らないから、また明日電話することにする。

今日もまたなかなか日差しが強く、温度も高い。道ばたのオレンジジュース屋で絞り立てのジュースを飲む。ただ、氷が入っていたのが気がかりだったが。あとここのオレンジジュースの特徴は、砂糖を入れること。砂糖なんか入れない方がさっぱりとしてうまいと思うんだけど。

それからフルーツジュース屋でグァバジュースを飲む。ここも氷を使っているのか冷たくてうまい。400ml程度で200フラン(約150円)。

その他に水を買ったりして飲んでいたらすっかり腹が水腹になる。それでもなんだか水分がほしくなる。

その後、ぷらぷらと住宅街を歩く。市場街の南の住宅街はトタン張りの家やブロックづくりでもボロボロの家が多い。ヤギがたまに道ばたに落ちているあれこれを食っていたりする。縦横に敷かれている道は未舗装で、かつビニールゴミや紙ゴミなどが散らかっており、さながらごみ捨て場(最終処分場)を均したような様相を呈している。一部には大きな濃い緑色の水たまりができており、どぶくさい臭いを発している。なぜここに住む人たちは自分たちが暮らしている地域をもう少しきれいにしようとしないのか、と不思議に思う。
送信者 djibouti


住宅街をふらついた後、エデン湾に面している海岸まで行ってみる。引き潮の時間帯らしく、砂浜から向こう100mくらいが干潟のようになっている。浜にある建物の日陰には横になって寝ているおじさんが数人。

どこか涼しいところでのんびりしようかと思ったが、適当な場所が見つからないので、結局宿に帰り、夕方まで部屋で過ごす。

夕方、宿を出てネット屋に行く。日本語ができるネット屋を発見。しばらくネットを見る。ジプチからイエメンに行ったという人のブログなどを探すが、あまり使えるような情報が載っていない。

相変わらずの水腹だったものの帰り道、またフルーツジュース屋に寄り、3杯ほど違うジュースを飲んで帰る。

それら大量の水分摂取(しかも冷たいもの)が悪かったのか、夜になって腹の調子が悪くなり、あまり眠れず。ああ。

Fin

[diary]イエメンビザを取りに&舟探し

イエメンビザを取りに&舟探し

08/10/13(月) 快晴 40度
[Djibouti Villa:Djibouti]
レート:1米ドル=175ジブチフラン

・イエメン大使館へ
・使えないATM
・舟を探しに

ここのところの不規則な睡眠のためか、夜2時くらいに目が覚める。

再び起きたのは7時頃。部屋には、正確には隣の部屋とぼくの部屋との間には、天井近くの壁を一部ぶち抜いてエアコンが両部屋にまたがって設置されているため、夜も涼しく眠ることができた。さらに扇風機もあったから肌寒いくらいに感じることも。

部屋を一歩出れば、この時間でもすでにムッとした熱気を感じる。

今日、しなければいけないことなどを頭の中で整理し、それからしばらく日記書き。

8時半頃、部屋を出て、フロントに行く。フロントの英語ができる人に昨日頼んでいたとおり、イエメン大使館に電話してもらい、まだわかっていなかった大使館の場所を聞いてもらう。が、電話がつながらず。

しょうがないのでタクシーに頼ることにする。フロントの彼に相場を聞くとまちなかへはだいたい500フラン(約350円)で、ちょっと遠いとその倍になると言う。高い!

宿の前の通りBlvd du General de Gaulleでタクシーを捕まえる。イエメン大使館を知っているタクシーを捕まえるのに時間がかかるのではと思っていたのだが、1台目で知っているという車を捕まえることができた。値段を聞くと700フランと言う。相場と違うので断るといくらだと聞いてくるので、400フランと言うと500フランでどうだと言ってくるので、それでよしとする。会話は英語とフランス語のちゃんぷる~。

車は北の方に向かって走る。5分足らずでアデン湾が右手に見える道路に出て、さらに5分ほどでイエメン大使館に到着。各地の大使館が集まっているPlateau Serpentという地区にあった。『ロンプラ』アフリカ版の地図にはフランス大使館は載っていたものの、近くのイエメン大使館はなかった。

イエメンの旗がひらめいている建物の前で車を降りる。すると50代くらいの男性が寄ってきて、アラビア語かなにかでなんとかと言いながら握手を求めてくる。なんだかわからなかったが、握手。

彼に英語でビザがほしいと言うと、近くにいた若い男性を呼ぶ。彼は英語を流ちょうに話した。彼の話では大使館が開くのは10時で、ビザを取るにはパスポートのコピー1枚と写真が1枚必要だと言う。値段を聞いたが、わからないとのこと。開館までまだ1時間ほどある。不覚にもパスポートのコピーを持ってきてなかったので、町中にコピーしに行く。

途中、病院の前を通ったところ、ここでも病院の前にはお菓子やチャイやジュースを売っているおばちゃんたちがいた。アフリカではどこに行っても学校の前や病院の前はたいていこうした物売りの人で賑わっている。その中の一軒で朝飯代わりのクッキーを買う。まずい。どこで作られたものかは確認せず。

まちなかまでは歩いて20分ほど。半袖のTシャツの上に薄手の長袖シャツ、それにジーパンという格好をしていたのだが、やはり歩いていると汗がすぐに吹き出してくる。地元の人たちも歩いている人は多いのだが、顔は鼻汗ひとつかいておらず、涼しい顔をしている。また、ここでは男の人が足下まである腰巻き(インドネシアでいうサルン)を着ている。見た目はスカートなのだが、これが涼しそう。女の人は、頭からスカーフをかぶったりしている人が多く、いわゆるイスラム式の格好をしている人が多い。ただ、黒で目のみ出している人は少なく、モロッコと同じようにたいてい色鮮やかな布地をまとっている。
送信者 djibouti


それにしても、これだけ暑いのは久しぶりだ。西アフリカ以来かもしれない。

昨日も来た中心街に戻り、コピー屋を探す。ネット屋が兼ねているコピー屋があったのでそこでパスポートをコピーする。1枚白黒0.3フラン(約40円)。高い!

それから安い宿を調べるためツーリストインフォメーションに行く。が、今泊まっている宿よりも安いところはなく、どこも6000フラン(約3500円)以上する。ちょっと期待していたのだが、がっかり。

それからATMでカネをおろそうとするが、なぜかおろせず。しょうがないので、ビザ代と宿代用に米ドルをフランに両替。1米ドル=175フラン。

そこから歩いてまた大使館に戻る。通りには大型ワゴンを改造したミニバスが走っているのだが、どれがどこに行くのかわからず。結局、歩く。

10時ちょっと過ぎに大使館に到着。セキュリティチェックなどはなにもなく、すんなりと中に入れる。

さっき来たときに握手をした人は大使館の職員だったようで、その人はぼくを見ると寄ってきて、領事がいる部屋に入るよう丁寧に促す。そして、申請書を持ってきてくれ、ぼくの名前だけは彼が書き込む。

申請書はフランス語とアラビア語の併記。併記と言ってもアラビア語は右から書くので、左端からフランス語で、右端からはアラビア語で書かれている。

マリのビザを申請したときはフランス語で記載するよう言われたのだが、ここではそういうこともなく、英語でOKだった。西アフリカでの経験で、ビザの申請用紙で聞かれる質問はだいたいわかっていたので、フランス語を見ながら埋めていく。

領事の部屋は12畳ほどの広さで、領事が座っている机の他には、申請待ちをしている人たちが座るためのソファがあるだけ。領事は一人だが、きちんと順番も守られ、整然とビザの申請手続きは進む。

ぼくの前に6人ほどビザを申請に来ている人たちがいたが、パスポートからほとんどの人がジプチの人らしいことがわかる。

20分ほど待って自分の番になる。申請用紙とパスポートのコピー1枚と証明写真1枚とパスポートを領事に渡す。領事はパスポートの個人情報部分と申請用紙をしばらく黙って眺め、突然ぼくのフルネームを外国語なまりで呼ぶ。イエスと応えると、また黙って書類を眺める。

そしてホッチキスで書類を綴じ、ビザ代7000フラン(約4000円)を渡すよう言い、お金を渡すと英語で”明日はパブリックホリディなので、水曜日の10時に来るよう”言われる。

ジプチでイエメンビザが取れるかどうかは未知数であったため、受理されてほっとする。

時間は11時前。また歩いてまちに行く。そして宿探しの続き。

中心街にあるCasinoというスーパーの前の路上で果物を売っているおばちゃんたちがいたので、そこでバナナなどを買う。勝手に1kg300フランだからとバナナとみかん合わせて1kgを袋に詰めてくれる。ついでに宿のことを訪ねると、そこの女の子(10代後半くらい?)が、案内してくれるという。
送信者 djibouti


これは安いところが見つかるかもしれないと思ってついていってみると、たどり着いたのは立派なホテル。守衛のような人に1泊いくらか訪ねてみると100米ドル以上する。

なのでその守衛のような人に安い宿はないかと訪ねてみる。すると彼はジプチホテルが安いという。値段を聞いてみると5000~6000フランと言う。ぜんぜん安くない。彼女には礼を言って、別れて探すことにする。

なお、彼女と歩いているとき、おっさんら数人が”チャイナ”などと言ってきた。そのとき彼女は、あの人等は頭がおかしいというような仕草をして”Me don't like"と言う。

ジプチホテルを捜し当てたもののやはり宿代は高く、1泊6300フラン(約3500円)。

安い宿がないか市場近くの通りもふらついてみたが、それらしきものは見つからず。チェックアウト時間の12時も近づいていたので、安宿探しはあきらめて宿に戻る。

いったん部屋に戻ってから、今度は舟を探しに港に行くことにする。

港の方に向けて歩く。昼飯でも食べようかと市場周辺のまだ通っていない通りに入ったときホテルと書かれている看板を発見。フロントに行き、値段を確認すると一番安い部屋が3500フラン(約2200円)。今の宿よりも1000円近く安い。

チェックアウト時間の12時は過ぎていたものの、値段を聞いてすぐに宿をここに変えようと、来た道を急いで戻る。宿のフロントでこれからチェックアウトできるかを訪ねると大丈夫だと言うので、荷物をまとめてチェックアウト。

リュックを背負い、汗をかきかき、新しい宿に移動。3500フランの部屋は5畳ほどの部屋で、ベッドが1つあるだけ。天井には扇風機付き。あとコンセント付き。窓はない。暑い。共同のトイレとシャワーは狭いものの、とても清潔に保たれているのがいい。

部屋に荷物を置いて舟探しに出る。

港に行く前に飯を食おうと宿の周辺の路地を散策。このあたりの路地は中心部と違って未舗装の土道。服を縫っている店や化粧品店、散髪屋、レストランなどがある。目を引いたのがシャワー屋。50フラン(約30円)ほどで水浴びができるよう。ただシャワー屋は排水施設がきちんと整備されていないようで、店の前などは水たまりができていてあまり清潔ではない。

ある路地にはテーブルと椅子が道ばたにずらっと並べられていて、そこでみな食事をしている。調理された料理の鍋も路地に出されていて、盛りつけから皿の洗浄まですべてが路上でなされている。数軒あるそうした路上レストランの1軒に入る。

メニューがないので、適当に300フラン内でよろしくと注文する。すると出てきたのは、まず湯がいた骨付きの肉。牛らしい。でかい。骨込みで500gくらいありそう。それからその肉を湯がいて作ったらしいスープ。これはほんとにゆで汁という感じで、味も塩味だけでそれほどうまいというものではない。それからメインが出てくる。メインはご飯とパスタ(麺)の上にミートソースに似たソースがかけられたもの。

ミートソースはピリ辛でじゃがいものかけらなどが入っている。隣の人の食べ方をみると、ご飯も麺も一緒に混ぜこぜにして食べるよう。フォークなどは使わず手づかみ。水を入れた小さなボールが運ばれてきたので、それで手を洗い、手づかみで食べる。麺はだいぶ柔いのだが、ご飯は胡椒などと一緒に炊いたスパイスライスで、ソースとなかなか合う。量も2人で食べてもそこそこ十分なくらい多い。
送信者 djibouti


水も出てきたが、念のため飲まず。

なお食事後は、手洗い用の水で手を洗えるようになっている。

食事後、カネを払おうとしたら350フランだと言う。昨日と同じパターン。300だと最初に言ったのに勝手に料金を変えやがる。アフリカの得意技である後出(あとだ)し。プラス30円程度だから払ったけれども。

腹がいっぱいになったところで、港に向かう。

途中、大統領官邸の建物の写真を撮ろうとしたら守衛に見つけられ、咎められる。「Come」と迷彩服に銃を持った若い守衛がどなりたてるので、待っていったら他に3人連れてやってきて、うち偉そうな軍人おじさんはえらい剣幕で怒っている。そしてカメラを取り上げられる。

ちょっとインド系のおじさん警察官は落ち着いていて、英語で何をしているのかなどと聞いてくる。旅行者であること、写真はまだ撮っていないことなどを説明すると、カメラのデータを見せてくれと言うので、カメラを取り上げた守衛からカメラを取り戻し、データを見せる。実際に官邸の写真はまだ撮っていなかったので、特に問題はなし。あれこれの写真を見て、彼はこれはエチオピアの写真か?などと聞いてくる。そして、怒り狂っていたおじさん軍人に、彼は旅行者だなどといって説明してくれる。

結局、カメラも無事戻ってきて一件落着。

それからまた歩いて港に向かう。今日も見事な快晴で、空は青い。陽に当たっているとジリジリと焼けていくような感覚をおぼえる。

Port de Djiboutiと大きな看板が見え、そこの守衛に英語で舟でイエメンに行きたいのだがと伝えると英語が通じ、もう一つ入り口があるからそこでまた聞くように言われる。

教えてもらった道を歩いていき、もう1つの入り口に行く。守衛の警察に同じようにイエメンに行きたいと伝えると、わかったと言い、あそこにいるセキュリティの人に聞けと言われる。教えてもらったセキュリティの人に聞いてみると、英語が通じ、話も通じたが、今は事務所が閉まっているから夕方4時くらいに出直してくるように言われる。

ネットで調べた限りでは、その辺の人に聞けば舟が泊まっている港まで連れていってもらい、そこで値段交渉などをするというイメージだったのだが、港の中に入ろうとしても別のセキュリティに追い出され入ることができず。客船ではないはずだから事務所に行くというのもよくわからなかったが、また出直すことにする。

港近くの路上からワゴン車を改造したミニバスに乗る。隣の白髪交じりのおじさんが、握手を求めてきて、陽気な雰囲気でなにやらアラビア語で言う。そして、ぼくの頭を指さし、髪を切った方がいいというような仕草をする。これで昨日に続き2度目。

このミニバスの客引き兼運賃集め係の若い男がまたダメな奴で、中心街で降り、500フラン(約300円)払ったところOKというような仕草をして釣りを出さない。そんな高いわけがないので、釣りを出せと言うが、ごまかそうとするばかりでちゃんと釣りを出さない。しかも同じことを地元の人にもやっているから、同じ場所で降りた他の客からも非難轟々。髪を切った方がいいと言っていたおじさんが運賃は0.5フランだと教えてくれ、ぼくが受け取った釣りをみて、それじゃおかしいと言って、客引きにちゃんと釣りを出すよう言ってくれる。結局、ちゃんと釣りをもらうのに5分くらいかかる。まったくどうしようもない。

1時を過ぎたことでいろんな店は閉まり始めた。外にいるのも暑いので宿に戻って一時休息。それからネット屋でネットをする。1時間約200円。

4時前にまた港に行く。今回乗ったミニバスの料金係はまっとうな人ですんなりとお釣りをくれる。

さっき話をしたセキュリティの人がいたところに行ったところ、その人がいない。別の人にイエメン行きの舟について聞いてみたが、アフターと言うだけで話が通じない。しょうがないので、また警官などに聞いて回り、なんとかイエメン行きの船会社の事務所を見つけることができる。が、午後は開いていないとのことでまた出直すことに。

中心街に戻る。今回乗ったミニバスの料金係はまたも嘘つきだった。

中心街に戻って、フルーツジュース屋で一服する。その店には白人が10人以上たまっていて、ほかと異質な雰囲気。ジュースは小さいサイズが200フラン(約130円)と高い。エチオピアならその半額だったのだが。アボカドジュースが飲みたかったのだが、なかったためメロンジュースを飲む。うまい。

それから市場周辺の路地をほっつき歩き、晩飯探し。布地屋や化粧品屋が並ぶ通りには露店が並び、そこでも化粧品などが売られている。
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その露店街の一角に揚げ物屋5軒ほど連続して並んでいるところがあった。金属製などのお盆に3種類ほどの揚げ物を乗せて売っていて、その場で食べることができるよう、小さな椅子も用意されている。ここで揚げ物を食べているのはなぜか女性ばかり。持ち帰りと違うのは、ここで食べるときには店側が用意したチリソースを使えること。

ぼくも女性たちに倣い一軒の揚げ物屋の前に座り込む。英語もフランス語も通じないので、適当に100フランぶんというような仕草をすると伝わったようで、店の男の子はオッケーと言うような仕草をする。その店には揚げ物の他に湯がいた小型のじゃがいももあった。じゃがいもを頼むと少年が皮を剥いてくれる。そして、それをチリソースに付けて食べる。揚げ物も適当につまんで食べる。揚げ物はエチオピアで売られていたものとほぼ同じ。

食べていると7歳くらい子どもたちが周りに集まってきて、右手を出し、何かくれという仕草をする。総勢7人ほど。この店に来る前に買った揚げ物を適当にあげる。が、それだけでは満足せずにまだ手を出してくる女の子もいる。店の少年が何やら言っておっぱらう。ストリートチルドレンなのかどうかはわからない。見る限りでは服装もこざっぱりしていたからそうとは思えなかった。
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それからまたふらつく。ジプチでは新鮮な魚が食べられるとどこかで読んだので魚を食いに行く。レストランの中には魚の絵を書いて、魚が食えると示しているところがあったので、そこに入る。魚を食べたいというと魚だけで300フラン(約200円)もするという。予想外に高かったが、試しに頼む。300フランは魚に、200フランはその他にというふうに注文したのだが、出てきたのは焼き魚とインド式に近いナンのみ。焼き魚はともかくナンだけというのはがっかり。焼き魚は唐辛子ソースか何かを塗りながら焼かれたようで、ピリ辛味。中型のタイくらいの大きさ。まぁまぁ。ナンはうまいのだが、これだけというのが寂しい。
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がっかりしながら店を後にし、宿に戻る。

まだまだ夜は始まったばかり。部屋に戻っても表の通りから音楽が聞こえてくる。宿の向かいに音楽屋があって、そこでは大音量で音楽がかけられている。テンポのいいアラブチック、インドチックの音楽が夜中近くまで聞こえていた。

Fin

2009年9月22日火曜日

[diary]ジプチに入国

ジプチに入国

08/10/12(日) 晴れ
[Diredawa:Ethiopia→Djibouti Villa:Djibouti]
レート:1米ドル=176ジブチフラン=100円

・2時起き、4時発
・国境、わけのわからない検問
・久々の海
・汚い住宅街、アリババ
・ヨーロッパ的&アラブチックな中心街
・高い物価

エチオピアはディレダワの朝。というか、まだ夜中の2時に目が覚める。2時半に携帯電話でアラームを設定していたのにそれよりも早く起きる。ここのホテルはここ数ヶ月ではかなりいい部類に入るのだが、まぁ、それだけのカネ(1泊100ブル≒1100円)を払っているから当然かもしれない。この宿賃もここ数ヶ月では最高額だし。そんないいところに泊まったのに朝2時起きなのが悲しいところ。もちろん今日ここを離れなければいけない理由などないのだが、かと言ってもう1泊ここにいる気分にもならないから、結局はしょうがないのである。

さて、ちょっと早く目が覚めてしまったのだが、ここでもう30分あるからと二度寝をしてしまったら終わりだと思い、思い切って体を起こし、完全に起きる。眠い。

荷物の支度をして2時半には宿を出る。外は真っ暗。部屋を出れば外へとつながる中庭だから鍵はほったらかしで部屋を出る。

昨日、バスを予約した宿の前の通りにあるバスの事務所まで歩く。通りに出れば明かりがついているのはそこだけだったので、すぐにわかった。ずいぶん人が集まっている。すでにこうした客を相手に商売をやっている人もいる。

バスの事務所に行き、チケットを買う。ジブチの首都であるジブチシティまでバス代は130ブル(約1500円)。チケットを手にしたらすぐにバスに乗り込む。座席は決まっていないようだから適当に窓際の席を占拠。外にはいくらか明かりがあったのだが、車内は真っ暗。すでに客は半分以上乗り込んでいて、話し声などなんやかんやと声が飛ぶ。

3時前にバスに乗り込んだのに、出発はしたのは結局4時。この待ち時間の意味がわからない。

ヘッドライトの明かりだけを頼りにバスは走る。当然、車窓からは暗闇しか見えない。というわけで、寝る。

6時にもなれば外はすっかり明るくなる。ようやくどういうところを走っているのかがわかる。辺りには緑はなく、半分砂漠のようなところをバスは走っている。ちょうどケニアからエチオピアに行くときに通ったあの国境地帯に風景が似ている。沿道には時折らくだが現れる。また、やはりナイロビからエチオピアに行くときに通った沿道で見た木の枝で骨組みを作って布などを張って作った半球型の家なども見る。

8時すぎ、前方右手に大きな屋根が見えてくる。周りは相変わらずベージュ色の砂の世界。そんな中にぽつんとある大きな屋根とくれば国境に違いない。

バスはこれまで走ってきた舗装された幹線道路からはずれ、右に曲がり、その大きな屋根のほうに行く。やっぱり国境の施設だった。でも、その屋根の下で何をするわけでもなく、バスはその屋根近くにあるコンクリート製の四角い事務所の前まで行って停車。ここがイミグレらしい。
送信者 djibouti


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通常なら一人ひとりがイミグレの窓口に行って、そこで手続きするのだが、ここでは乗客みんなのパスポートをイミグレ側がいったん全部集めて、早く終わった人から返却するというやり方だった。すぐに手続きは終わるかと思いきや、これがなかなか終わらない。15分ほどしてもパスポートが戻ってくる気配がないし、他の乗客もめいめいトイレに行ったり、バスの乗客を目当てにチャイを売りに来た人たちからチャイなり朝飯になるようなものを買って、その辺に腰をかけて待っている。

ぼくもトイレにと思って行ってみたが、これが描写する気にならないくらいひどいところだったので、その辺で済ます。暇だったし、まだ何も口にしていなかったので、チャイ売りの女性からチャイを1杯買う。チャイ(ミルクティー)は1杯1ブル(約10円)。女性は魔法瓶らしい水筒にチャイを入れて持ち歩いていて、それをコップ代わりの空き缶に入れて売る。空き缶はフルーツか何かの空き缶らしく円柱形で縦に長く、缶切りで開けた蓋もついたまま。チャイが熱いため、当然入れてもらった缶も熱く、持って飲むのも一苦労。もちろんこの缶は要返却。ちなみにこの時点で、ここに着いてから1時間が経過していた。まだパスポートは戻ってきていない。
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それから30分ほどしてようやくパスポートの返却が始まった。ぼくはここらの人間ではないからか早くに戻ってくる。パスポートを受け取ったらバスへ。

バスはぼくらが待っている間に屋根のある方へと移動してしまっていた。なので、その屋根のあるところへ歩いていく。バスは3台ほど止まっていた。バスの屋根に載せていた荷物を見ればどれが自分が乗ってきたバスかわかるだろうと、それぞれのバスの屋根を見回してみたが、なぜかあるはずの荷物がない。そこで屋根の下のコンクリート打ちの床を見てみると一角に荷物がどさっと無造作に置かれているところがあった。なので、そこまで歩いて行き荷物を確認。ぼくのリュックも降ろされていた。荷物の山の隣には1台のバスが止まっていたので、リュックを持って乗り込もうとすると、近くにいた運転手らしい男が乗るのを制する。ジブチシティに行きたいのだがと英語で言うも、どうも通じていないようでただ首を振るだけ。ちと困る。

しょうがないので、他に止まっているバスを回ってジブチシティに行くかどうか適当に聞くが、どれもいまいちの反応。どうしたものかと思いながらも、まだパスポート待ちをしている人たちの中にジブチシティに行く人がいるだろうと思い、その人たちの動きを待つことにする。
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同じバスに乗ってきた人たちのパスポートチェックが終わったところで、また一緒にバスに乗り込む。8時半ごろにここに着いてから既に2時間近くが過ぎようとしていた。

バスはまた舗装された一本道を走る。辺りには相変わらず緑がない。まったくない。標高が下がってきたようで、徐々に暑さを感じるようになる。エチオピアは標高が高いところが多いから、アジスアベバにいるときも涼しかった。ケニアも大して暑くなかったから、暑いと感じるのは久しぶりだ。
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順調にバスはとばす。もちろん信号も何もない。

12時になってもバスは止まることなく走り続ける。このままノンストップでジブチシティまで行ってくれると早く着くなと思っていたら、突然渋滞が現れ、バスは速度を落とす。そして、道路わきの簡易食堂の前で停車。昼食休憩かと思いきや検問だった。再び乗客全員がバスから降りる。警察の格好をした男たちがバスに乗り込み、複数の乗客が持っていたカート(葉っぱの嗜好品。噛むと覚醒作用か何かがあるエキスが出てくる模様)の束を取り上げ、バスの外に持っていく。取られた乗客は警察に言い寄っているが、警察は強い態度で聞く耳を持たない。言葉がわからないので、なんでこんなことが起きているのかわからない。

乗客の中には食堂で食事を始める者もいれば、ずっと警察に食いついている人もいる。ぼくはやや離れて彼らのやり取りを眺める。

30分以上、そのゴタゴタで待たされる。結局は、警察側が乗客から取り上げたカートを返してことは終わった。結局、なんだったのか?

再びバスは走り出す。なだらかな下り坂に入り、遠くに建物が見えるようになる。もしや紅海が遠くに見えるのではと目を凝らすが、まだそこまでは近づいていないよう。

暑さはさらにきつくなり、だんだんと真夏のような空気になる。あたりは相変わらず半分砂漠のような風景。

検問を抜けてからしばらくすると遠くに海が、その手前にはジブチシティが見えてくる。1時間後、バスはジブチシティに入る。コンクリート製の背の低い四角い建物群の間をバスは抜けていく。車の量がいきなり増える。乗客のうち何人かは途中で適当なところで降りていった。

例のごとくガイドブックを取り出し、窓から見える景色や道路名と地図とを照合させ、現在地を割り出す。ジブチシティは海に面しているから方角が定めやすい。が、いまいち現在地がわからない。まっすぐ進むと予想していた通りからバスが右へと曲がり思わぬ方向へ行きそうだったので、慌てて席を立ちここで降りる旨をバスの運転手に伝える。荷物を受け取って下車。


さてさて、宿はどっちの方か? ガイドブックの地図を見ながら歩く。暑い。こんなに暑いのは久しぶりだ。これまでずっと20℃台だったのに急に30℃台にあがった模様。

近道をしようと住宅街を抜ける。同じような型のコンクリート製の四角い家が碁盤の目のように並んでいて、その間の道は幅3mほどある。なぜかその道が異様に汚い。ごみで埋め立てて作ったのかと思ってしまうくらい、路面にごみが落ちている。落ちているというよりもそもそも未舗装の道だからそれらが車や人に踏まれて舗装材のようになっている。雨が降ったのか、それとも排水施設の問題なのか、ときおり水溜りがあるのだが、これがまた緑色だったり、油のようなものが浮いていたりして汚い。なんなんだ、これは?

住宅街の道があまりに汚いので車が走っている広い通りにいったん出て、その道沿いを歩く。歩いていたらすれ違うバスの中から若い男が顔を出し、こちらを見て「アリババ!」と大きな声で言う。これが噂に聞いていたアリババ攻撃らしい。

リュックを背負って歩いているとすぐに汗が噴出してくる。30分ほど歩いて目的の宿を無事に発見。ガイドブックでは最安値の宿だったが、宿泊代を聞いてみると5000ジブチフラン(約3000円)。エチオピアと比較すると5~6倍も高い。フロントのにいさんのうちの一人は英語が出来たので、その人に言って部屋を見せてもらう。部屋はエアコン付の8畳ほどの広い部屋。トイレとシャワーは共同。トイレとシャワーが共同でこの値段なんて信じられないのだが、フロントに聞いてもこれが一番安いらしい。値下げ交渉もしたが、これで十分安いと向こうは言い張る。他に宿の当てがあるわけでもないので、一晩だけここに泊まることにして、部屋に案内してもらう。

部屋に荷物を下ろし、しばし休憩。30分ほど歩いただけだが、かなり汗をかいた。天気がとてもいいので、シャワールームで簡単に洗濯をしてからまちに繰り出す。

中心街までは歩いて10分ほど。まずは両替をしなければいけない。今日は日曜日だから開いてないかなと不安に思いながら中心部へ行くと、両替屋に限らずほとんどの店が閉まっていた。それでも1ヵ所は開いていたので、そこで両替する。

中心街はヨーロッパ調の建物で統一されていて、掃除も行き届いており、その一帯だけは見た目にも美しい。ただ、どういうことなのか、道端にらくだがいた。
送信者 djibouti


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中心街の南側にバスターミナルがあり、その周り一帯がアラブ調の市場街になっていた。野菜・果物市場ではさまざまな野菜や果物が無造作に陳列され、路上には食べ物の屋台や布や服、葉タバコなどの露店が並び、とても賑やか。ジブチはイスラムの国ということもあり、夕方にはモスクからアザーン(お祈りの時間を知らせる呼びかけ)が聞こえて来る。女性はほとんどが頭から腰くらいまでブルカのようなものと足首まであるロングスカートを着ている。ただブルカと言っても中東のように真っ黒なそれではなく、モロッコと同じくアフリカンカラーの見た目にも鮮やかな柄のものを着ている人が多いから、なんとなくまちの雰囲気が明るい。ちなみに男性はスラックスのようなズボンに半袖のTシャツなど、まぁ適当な格好をしている。男性だけ見るとイスラム的ではない。
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暗くなるまで3~4時間ほど歩き回る。夕方暗くなったところで道端の食堂で夕食。地元の食をと思っていたのだが、ちょうど歩いていた通りには魚を焼いて出すだけとかスパゲッティとかあまり物珍しくない料理を出すところしかなかった。せっかっく海のある国に来たからと、魚でも食べようかと思い、魚料理店に入ったところどの魚がいいかと冷凍庫を見せられ、その中の小ぶりのを指差したらそれだけで500円近くするというので辞めた。結局、人がそこそこ入っている食堂でスパゲッティと肉炒めみたいなもののセットを食べる。お値段は300フラン(約190円)。値段のわりに量は多いのがうれしい。スパゲティはピリ辛のミートソース。麺はちょっとやわめ。

なんだかありきたりのものにしかありつけなかったので、食後、近くに並んでいた屋台を見て回る。その中で珍しいものを売っているおばちゃんがいたので、そこで売っているものを注文。それは牛乳の中に穀物の何かを入れたもので、どちらかというとデザートのようなものだった。でも、デザートというには甘さが足りない。食べた感触だと中に入っていた穀物は麦の粒っぽい。ジブチはアラビア語かフランス語だから聞こうと思っても、こちらの言語能力が低すぎて文字通りお話にならない。だから実際はどうなのかわからない。

19時過ぎごろ、宿にいったん戻る。宿の人に近くにネット屋があるか聞いたらあるというので、近くのネット屋に行く。ネット代は1時間300フラン(約190円)。エチオピアやケニアの2倍の値段だがそこそこ速い。ネットでジブチの安宿情報やイエメン大使館の場所などを探す。

その後、ホテルに戻り、適当に就寝。

Fin

2008年10月14日火曜日

[速報]明日、イエメンへ

現在、ジプチでイエメンビザの発給待ちです。
昨日申請し、今日はイエメンの公休で、明日の午前中に発給される予定。

そして、それを受け取ったら船で紅海を渡り、イエメンのモカにむかいます。
ただ、よていどおり船にのれるかは不明。

次回はイエメンから?

2008.10.14 17;30
Djibouti

2008年10月12日日曜日

【速報】ジプチいり

先程、紅海に面した国ジプチにつきました。

エチオピアではネットがダイアルアップだったためか、自分のブログサイトを開
くことができず、久々のこうしんになります。

エチオピアは高度が高いためすずしかったのですが、ここまでくだったところ、
手元の温度計は40度をさしている状態です。もっとも乾燥しているので大して暑
くはかんじませんが。

このあとイエメンに行く予定ですが、エチオピアでビザが予定期間内にとれず、
ビザがない状態のため明日ここのイエメン大使館にいって再度ビザ入手をこころ
みるつもりですが、おそらくここではとれないため、明後日くらいに飛行機でイ
エメンに移動する予定です。

では。

2008.10.12 17:29
Djibouti city,Djibouti