2009年7月16日木曜日

[diary]エチオピアビザをゲット、ナイロビの中心街

エチオピアビザをゲット、ナイロビの中心街

08/09/29(月) 晴れ
[Nailobi:Kenya]
※レート:1米ドル=70~73ケニアシリング

・エチオピアビザをゲット
・日本大使館
・ナイロビの中心街
・マラリアチェックの予約

朝はけっこう涼しかった。半そでではちょっと肌寒いくらい。ここの宿は朝のチャイは無料でつくので、ロビーのソファーに腰をおろし、チャイができるのを待つ。スタッフの男性は、ロビーの角っこにある小さなガスコンロを使ってお湯を沸かし、そのお湯を使ってチャイを用意してくれる。ぼくは昨日買ってきたチャパティとカンパラからの道中で買った蜂蜜を出してきて、それで朝飯とする。蜂蜜は蜂が数匹そのまま入っていた。他の人にも味見をすすめるとみなうまいと言う。

情報ノートでエチオピアのビザ情報を確認。その間にも同宿の日本人旅行者が集まってきて一緒にチャイを飲みながらしばし談笑。一人はすでにエチオピアのビザを入手したというので、そのときの話を聞く。けっこう簡単に取れるらしい。もう一人の人はエチオピアに行ってきたところらしく、エチオピア話を聞かせてもらう。噂ではエチオピアは、もう少し正確に言えばエチオピアの観光地の人は、かなり口が悪いと聞いていた。「Fuck」といった言葉を平気で旅行者に言ってくるらしい。実際その人もエチオピアの観光地でそうしたことを言われたらしい。

エチオピア大使館が開く時間に合わせて宿を出る。歩いてもそう遠くないようだったので歩いて行く。Latema通りを南西に歩き、Moiアベニューを越えて、Kenyattaアベニューを西へと行く。朝の通勤時間ということでバスの行き来が多く、通りを早足で歩いている人も多い。セントラルパークを右に、ウフルパークを左に見ながらきれいに整備された歩道をまっすぐに歩いていく。しばらくすると上り坂になる。ここをちょっとのぼっていったところを右に曲がる。そろそろ大使館を示す看板があってもいい頃なんだけど、とちょっと不安になりながらもきょろきょろしながら歩く。宿で行き方のルートは聞いてきたのだが、若干違っていた。さらにもう1回右に曲がって左のカーブを歩いていったら左手にエチオピア大使館があった。入り口は鉄の頑丈な壁のような扉で仕切られていて、ブザーを押すと警備員の人が歩行者用入口となっているドアを開けてくれる。ビザを取りに来たというとまだちょっと時間があるから待てと言う。

10分ほど待った頃、中からオッケーが出る。まずは入ってすぐ左手にあった警備員の詰め所で訪問者名簿みたいなものに名前、パスポート番号、訪問目的などを記入する。それから促されて大使館の建物の中へ。

早く出てきた甲斐があって、ぼくが一番乗りだった。窓口の男性にビザを取りに来たと伝えると申請用紙をくれる。それをソファなどがコーナーで記入。テーブルにはエチオピアの公用語であるアムハラ語の新聞があって、なるほどエチオピアはこれまでのアフリカの国とはまったく違う文字、言葉を使う国なんだなと改めて感じる。証明写真やパスポートのコピー、パスポート原本などとともに申請書を提出。窓口の男性は記入をざっとチェックしてから、午後の2時ごろにできるからその頃になったらビザ代金を持って取りに来いと言う。

とりあえず申請は終わり。受け取りまで少し時間があるので、日本大使館にマラリアチェックのことを聞きに行く。日本大使館までも徒歩。ガイドブックの地図と住所などを参考に曲がりくねった坂道を歩く。この辺りは病院や事務所の入った近代的なビルなどが集まっていて、宿周辺とはまた違う雰囲気。車は盛んに通るが歩いている人や自転車の人はほとんどいない。

きょろきょろしながら歩いて周る。ビル街に出たところでビルの警備をしている人に日本大使館の位置を尋ねる。こうして何人かに尋ねながらなんとか日本大使館に到着。来て見てびっくり。かなり立派な建物だった。

送信者 kenya


入口にはガラス張りの受付窓口があり、そこでまずどういう用件で来たのかを伝える。スタッフは日本語は解さないので英語でのやりとり。入口は2つあり、ひとつは領事関係や相談事用の入口でこちらはそれ用の建物へと続いている。もうひとつは日本に関する情報を得るためのセンターに入るための入口で、たとえば日本人であれば日本語の新聞や雑誌を閲覧したいとか、現地の人であれば留学情報などを入手したいといった人はこちらの入口を使う。


まずは用件を伝え、警備室に入り、荷物のチェックを受ける。そして、携帯電話やデジカメの類は中に持ち込めないため、係官に預けることになる。預けると番号札をくれる。また訪問者であることを示す名札のようなものをもらってから中に入る。

中に入るとまた受付窓口があり、こちらは日本語での対応となる。マラリアチェックについて相談したいと言うと、大使館にいる医務官が出てきて医務室に連れて行かれる。そこは本当に病院の診察室みたいなところでガラス棚には日本で見慣れた薬などが並んでいる。医務官は見たところ50代後半くらいの男性。マラリアチェックについて相談すると、これまでの旅行の経路などを聞かれ、さらにそういう旅行をして何か本を書いたりするつもりなのか、などと聞かれる。さらにナイロビでどこに滞在しているのかと聞かれたので、泊まっている宿の名前を伝えたが知らなかった。多くの日本人旅行者が泊まっている宿の名前を知らないとはとちょっと驚く。宿の位置も聞かれたので正直に伝えると、「なんだスラム街じゃないか!」と言う。この反応にはもっと驚く。加えて医務官は、自分たちはあんなところには1年に1度も行かないとも言う。ぼくから見れば宿のまわりには商店やホテルやバス乗り場があって、スラム街という言葉で想像するような家々は辺りにはまったくないきっちりとした街なんだから、その言い方はまったく現実と合っていないと思うのだが、きっとここに住んでいる日本人の人はそのような感覚なのかもしれないと思う。

マラリアチェックについては、基本的に自覚症状がなければ検査しても意味がないと言われる。ぼくは検査すればマラリア原虫がいるかどうかわかるのだろうと思っていたが、そうではないらしい。しかし、これからもしばらく旅行が続くし、この先で発症してもらっては困るので念のためチェックしたいと言うと、ナイロビの信頼できる病院の医師を教えてくれる。さらに、いいところを紹介してやろうと、日本人医師らが地元の低所得者向けにやっている診療所を紹介してくれる。加えて時間があるならその診療所まで連れて行こうかとありがたい申し出をいただいたのだが、あいにくエチオピア大使館にビザを取りに行かねばならないため残念ながら断る。

診療所を主宰している日本人医師の連絡先を教えてもらい、医務官と別れる。エチオピア大使館に行く時間まで少し間があったので、大使館に併設されている資料センター(正式な名称は忘れた)にも行ってみる。治安対策なのだろうが、面倒なことに医務室がある建物と文化センターの建物は通路みたいなもので区切られているからほいほいと移動できない。いったん外に出て向こう側に入るための入口から入りなおさなければいけない。そういうわけでいったん預けていたカメラなどを受け取り、外に出て、またもうひとつの入口から入りなおす。

センターは比較的小規模だったが、本棚やインターネットコーナーなどがある。日本の新聞や『AERA』などの雑誌のほか、日本語の本が並ぶ。漫画本もあり。こうして日本の新聞や雑誌などを見ていると、なんだか本当に違う世界なんだなと思う。現地の新聞を読んだりしていないからそういうものと比較して、というわけではないが、新聞などで取り上げられている問題が特殊日本的(あるいは先進国的)なもののように感じる。全世界の人口比率で言えば、そのことで困っている人は極小なのかもしれず、もっと多くの人は別の共通の問題で困っているのだろうと思うのだが、かといって日本的な問題がたいした問題ではないとは言えず、そのことによって究極的に言えば自殺にまで追い込まれたりするのだからこれまた大変な問題であることには変わりない。もしある問題の解決を左右するものが情報の多寡如何だとすれば、少なくとも日本の人たちは他のいわゆる発展途上国と呼ばれる国々に暮らす人々よりもより多くの情報を入手できる環境にあるわけだから、そのぶんさまざまな対応策を考えることができ、いろんな問題もちょっとは解決できそうなものだが、そうできていないように思えるのは、もっと他の要因があるということなのだろう、と当たり前のことをぐるぐる考えたりする。

適当に時間を見計らって、また歩いてエチオピア大使館に向かう。入口の警備員の人は覚えていたようで、顔を見ただけで中にすんなり入れてくれた。

すでにビザは出来上がっており、ビザ代1660ケニアシリング(約2600円)を払う。米ドルでも可だったが、ケニアシリングで払ったほうがレートの関係で若干安くなったのでケニアシリングで払った。

これで一応、ナイロビでしなくてはいけない手続きの類は終了。歩いて中心部に戻る。

まちの中心部を見て回る前に郵便局で切手を購入。日本行きのはがき用切手の値段は1枚95ケニアシリング(約150円)。けっこう高い。この郵便局はヨーロッパの古い建物風でなかなか風格があり、中も広くて立派。ただし若干暗い。

それから中心街を歩いて回る。本屋や道端の雑誌屋があり、ある一角は電化製品屋街になっている。パソコンや携帯電話、デジタルオーディオプレーヤーなど、日本のものからすればちょっと古いタイプのものが多いが、全部あわせればそこそこの品揃えになる。

本屋は見つけた限りで2店舗あった。どちらも個人営業の小中規模の店。基本的に英語の本が多く、スワヒリ語の本もけっこうある。絵葉書を売っていたので、あれこれと物色して絵葉書を購入。あと"Asian Godfather"というタイトルの英語の本があったので買う。輸入物だからしょうがないけど、やっぱり本はそれなりに高く、1200ケニアシリング(約1900円)もした。はてさていつ読むのやら。

送信者 kenya


送信者 kenya


中心部にはシティマーケットがあるとガイドブックの地図にあったので、そこに行ってみる。こちらは屋内型のマーケットで昨日行ったマーケットと比べると店数はもちろん、それぞれの店に陳列されている物の量も少ない。つまりは迫力がない。客も少ない。基本的にはマーケットに併設された安食堂が目当てだったのだが、予想通りの店が併設されていた。お昼時はちょっとずれたけれども、けっこう賑わっている。食堂街はマーケットに隣り合ってはいるが、別個にそれぞれ店舗を構えていて、そこだけは道が悪く、また水溜りや調理くずのようなものがところどころに落ちていてやや汚い。

食堂街といっても食堂は6店舗ほどしかなく、どこにしようか迷う。メニューも似たようなものだった。店の入口横で肉やチャパティを焼いたりしている人が、呼び込みの声をかけてくる。2~3度それぞれの店の前を往復してどうしようかと考えてから、ある店に入り、ビリアニを注文。平皿に長粒米の炒めご飯と湯がいただけらしい野菜サラダ、それに羊の肉をトマトと一緒に炒めたものが乗っかって70ケニアシリング(約110円)。なかなか安い。量はたいして多くない。

送信者 kenya


そこそこ腹が膨れたが、すぐ近くの店で人がまたずいぶん入っている店があったので、気になり行ってみる。そこはフルーツ専門の店のようで、フルーツの盛り合わせなどを出している。席が空いたところへぼくも座り、他の人のを見ながら適当に注文。すぐにスイカ、パパイヤ、バナナ、バナナ、ビーツ(砂糖大根)?、アボガドが豪快に盛られたお皿が出てくる。これがお値段50ケニアシリング(約80円)。食後のデザートには最適。そんなだから客の回転も早く、次から次へと注文が入っている。

送信者 kenya


それからしばらく街中を歩き回る。モスクがあったり、4階建てほどのショッピングセンターがあったり、10階以上はあるオフィスビルがあったり、とにかくナイロビは都会だ。ビルの壁にはコカコーラのでかい看板があったりする。それからチェーン方式のスーパーマーケットが数軒ある。学校帰りらしい制服を着た中学生くらいの男の子たちがゲームソフトを売っている店の前で立ち止まり、ガラス越しに陳列されているゲームソフトを見てあれこれとしゃべりあっている。

送信者 kenya


送信者 kenya


あちこち見てて思うが、スーパーマーケットがあるかどうかは、その国の経済のあるひとつの性格を物語っているように思う。それは簡単に言えば、例えば外資が入っているとかということになるのだが、もっと大きく言えばその地の社会のあり方の状況を表しているようにも感じる。具体的にはスーパーではぼったくられる心配もないが、値引き交渉もできない。要するに機械的になっている。システマチックになっていて融通が利かない。そうした領域がその社会にある部分を占めているのだということがスーパーの有無によってわかる。そうした点で言えば、日本はスーパー的なものが社会のありとあらゆる部分に浸透していて、そのお陰で省かれている手間も多々あるものの、他の国ではなんでもない当たり前の適当さがだんだんとなくなっており、そのことが人々のアタマから適当である自由を失わせているように思う。

閑話休題。

まちをぶらつきながら、両替屋や銀行を見つけたらレートをチェック。それからネット屋があったのでネットをする。ここもOSがLinuxだった。スピードはそこそこ。それからショッピングセンターに立ち寄る。エスカレーターで一番上まであがる。ファストフード店やスポーツ用品店、電化製品店、洋服屋などがあったが、夕方前という時間帯のせいか客はほとんどいない。でも、建物は立派。

ところで、ぼくはアップルマンゴーが食べたかった。さっき食堂に行く前にぶらついたシティマーケットにアップルマンゴーが売っていたが、季節はずれということもありちと高かったのでパスした。が、こうして歩きながら考えていると、この機会を逃すと一生食わないかもしれないと深刻に思うようになり、ならば今食べようではないかと頭を切り替える。

そういうわけでシティマーケットに戻り、店じまいの準備をしていた果物屋でアップルマンゴーを買う。店のにいちゃんは何kgいるかと聞いてくる。いやぁ1個でいいんだけど、意外と物が小さいし、にいちゃんはkg単位で売りたいようなので、1kgと頼む。1kgで小さいの3玉ほど。お値段200ケニアシリング(約300円)。3食分の予算だからかなり奮発した。

それから商店で5リットル入りの水(約165ケニアシリング≒260円)を買って帰る。宿に戻る途中、今日、日本大使館で紹介してくれた診療所の人に電話してみる。マラリアチェックの件を伝えると、すでに聞いているといってすんなりと話がすすむ。診療所は大使館と同じ方面にあるらしいが、住宅街みたいなところにあるためわかりにくいらしい。そこで近くまで来てくれれば迎えに来てくれるというので、待ち合わせの時間、場所を決めて電話を切る。

ちなみに電話は店先にある公衆電話を使用。日本のような電話ボックスタイプではなく、お菓子などを売っている商店の店先に公衆電話が置かれているので、店主に言って使う。電話を切ったら店主に代金を聞き支払いという手順になる。

宿に帰ると昨日マーケットに一緒に行ったA君がいたのでちょっと早い時間帯だったが、2人で晩飯を食いに行く。彼おすすめの店はすでに閉まっていたので、適当に他の店を選び入る。ぼくが頼んだのは肉のプレート70ケニアシリング(約110円)、それからライス50ケニアシリング(約80円)。肉のプレートは本当に細切れにした肉を炒めたものとキャベツ炒めだけで他に何もない。ご飯は白ご飯でけっこう大盛り。まぁまぁアフリカの他のまちで食べたことのあるような味だった。

送信者 kenya


しかし、なんだかあまりにも簡単な料理過ぎて食べた気にならなかったので、もう一軒行く。ピラウがあったのでそれを頼む。名前から想像がつくようにピラフのような料理。付け合せに黒豆の湯がいたやつやちょっと塩気が足りないスープが出る。

送信者 kenya


さて、宿に帰ったら同じ部屋に泊まっているという日本人おじさんがいた。おじさんはナイロビにはもう半年近くいるそうで、しかも毎晩のように飲み歩いているらしい。おじさんはぬるいけど50円くらいで飲める飲み屋があるから行かないかと誘ってくださる。なので、2人でその話にのる。

歩いて1分くらいのビルの中にその飲み屋はあるらしく。カンカンと金属音をたてながら階段を上っていくと小便くさいにおいがする。それもそのはず階段をあがったところに便所があった。2階は4人がけくらいのテーブルがあちこちに並べられていて、お客もそこそこいる。ぼくは基本的にビールは飲まないのだが、ぬるくて安いというのにつられ頼む。

おじさんが言うには、ここに飲みに来ている人の中には盗人家業をしている人やそうした人の情報を警察に売って稼いでいる人、日本で言う極道みたいな人、それから性稼業の人までいろんな人がいるらしい。なんでそんなことを知っているのかと尋ねると、以前ここで飲んでいたときに声をかけてきた現地の人が、あいつは●○だなどといって教えてくれたかららしい。

店内には音楽が大音量の1つ手前くらいの音量で流れていて、話すには顔を近づけないと声が聞こえない。そんな中、おじさんと一緒に来たA君としばらくおしゃべり。1時間ちょっとくらいいて、引き上げる。

あとは宿で過ごす。

FIN

1 件のコメント:

さんのコメント...

ふうさん、アンネのバラ友です。
・エチオピアビザをゲット
・日本大使館
・ナイロビの中心街
・マラリアチェックの予約
料理の写真入りで、面白かったです。
それにしても、ふうさんの食欲と食べ物に関する好奇心は旺盛ですね。

蜂入りの蜂蜜はおいしそうですね。

大使館にいる医務官の「なんだスラム街じゃないか!」との発言には、驚きますね。

"Asian Godfather"というタイトルの英語の本、それなりに高く、1200ケニアシリング(約1900円)。よく購入しましたね。