2011年3月7日月曜日

[diary]アルマティからウルムチへ 1日目

アルマティからウルムチへ 1日目

2009/02/14(土) 曇り 日中5℃程度
[Almati:Kazakstan]
レート:1米ドル=148.5テンゲ=90円、1ユーロ=191.5テンゲ=118円

・買い出し
・駅で待つ
・列車に乗車

まだ夜が明けない6時過ぎに起床。昨晩は誰も同じ部屋に泊まる人がいなかったので、気楽だった。しばらく書き物。

10時前、チェックアウトの時間を確認しに管理人室に行く。聞くと、チェックアウト時間は昼の12時だという。ウルムチ行きの列車は夜中の23時59分発なので、夕方5時くらいまで宿にいようかと思っていたのだが、夕方までいるなら500テンゲ(約350円)払わないといけないという。カネに余裕はないので、12時に出ることにする。

今日と列車内での食料や飲み物の買い出しをしにまちに行く。いつ出ても閑散としていて、歩いているとなんだかがっかりする。ネット屋に用事があったのでネット屋に寄ってからスーパーに行く。

スーパーで1.5リットルの水を買う。65テンゲ(約45円)。それから黒パンと白の角パンを買う。それぞれ60テンゲ(約40円)、29テンゲ(約20円)。

今日は昨日よりも暖かいようで、路面はそれほど凍っていなかった。

12時前に宿に戻り、出発の準備をして宿を出る。

近くのバス停まで歩いていく。リュックを背負って歩けばすぐに体が温まり、汗が出てくる。

看板を信じてアルマティ鉄道駅Ⅱ行きのバスが停まるはずのバス停でバスを待っていたのだが、いくらバスを見送っても目的地行きのバスが来ない。20分ほど待っていたところ、通りがかりのおじさんがわざわざ目の前に来て、握手を求めてくる。軽く握ると手がざらざらしている。いかにも酔っているふうだったので、手も汚れていたよう。おじさんはロシア語で国はどこだと聞いてくる。「キターイ(中国)?モンゴリア?、カザフスタン?」などと顔近づけながら聞いてくる。面倒なオヤジだと思って、ロシア語はわからないとロシア語で言ってもしつこく聞いてくる。けり倒したい衝動に駆られるが、それはおいといて適当に答えると、やっとどっか行く。なんなんだ、まったく。

いくら待っても目的のバスは来そうにないので、通りを変える。駅にまっすぐ延びている通りまで歩いていく。その通りまで行けば駅のすぐ前まで行くトロリーバスに乗れるはずだと思っていたのだが、これがまたなかなか来ない。通りを間違っているのかと思い、また別の通りに移動するがこちらではなさそう。なので、また戻ると反対方向行きだったものの乗りたいトロリーバスが通過していったので、これで安心する。

15分ほどバス停で待って、やっとトロリーバスに乗れる。トロリーバスの運転手はピンクのセーターを着た30代くらいの女性で、彼女の息子らしい3~5歳くらいの男の子も一緒に運転室に乗っていた。

車内は空いていたのですんなり乗れる。がたごと揺られて20分ほどでアルマティ鉄道駅Ⅱに到着。まっすぐに国際列車用の待合室に行く。

待合室に着いたのは13時半前だった。

朝から何も食べていなかったので、さっきスーパーで買った白パンをかじる。さすがに安いだけあってまずい。こんなまずいパンは珍しい。焼いてジャムでも付ければうまいのだろうが、そのまま食べるのには向いていない。

列車の出発まで11時間ほどあるので、『罪と罰』の続きを読む。途中、眠くなり居眠り。

夕方も読書。暗くなってわずかな電灯が点いてからも同じ。

待合室にはどう見てもこれから列車に乗るんじゃないだろうというようなおじさんたちもやってくる。酔っぱらっているのかなんなのか、一人で誰彼かまわず大声で話しかけているおじさんもいる。そうした人がいると警官が回ってきて待合室から追い出す。

19時頃だろうか、かつかつと大きな足音をたて、アメリカ映画に出てくるいかにもステレオタイプなヤクザ風に肩を揺らしながら歩いてくる男がいた。見た目は30代後半。身長150cm代。黒いジャンパーに黒いズボンという中央アジアでは男の制服とも言うべき格好をしている。そいつの後ろにはもうちょっと若い20代前半くらいの男がついている。

あまりに靴音が大きいのでそちらの方を見ると、こっちにやってくる。ああ、またバカな奴が来たよと思ったら、やっぱりバカだった。小さい方の男は、ぼくが座っている椅子の横まで来たらピタリと止まり、いきなり「クトー ヴィ?(あなたは誰?)」とロシア語で聞いてくる。まったく、なんじゃそりゃ! なんで今日はこうもバカな男たちにからまれるんだろうと憂鬱になる。

後ろの若いのがちっとはフォローするかと思い、彼の方を見るが、彼は何もフォローしない。自分のしている質問がわかってんのか、と思いながら、相手にするのもバカらしいから、ロシア語でロシア語はわからないと答えると、あっさりとどっか行く。まったく何がしたかったんだ!

その後は特にからまれることなく、本を読むことができる。

21時頃だったろうか、男の怒鳴る声がしたので、そちらを見ると、若い男が何やら怒鳴っていた。彼が怒鳴っている相手はさっきの小さい男。小さい男は特に言い返すようなこともしていない。そこへ怒鳴っている男が小さい男の腹に左の蹴りを入れる。それから顔面に左のストレート。小さい男はそれをもろに受けていたものの、男の攻撃は大した威力を持っていなかったようでなんともなさそうだった。

そこへ怒鳴っている男の友人らしい男が仲裁に入り、喧嘩はおしまい。さすがは中央アジア。そこに数日いれば必ず1回は大人の喧嘩を見ることができる。キルギスが一番多かったけれども、こうした喧嘩を見るのは中央アジアだけでも5~6回目かな。

出発前までになんとか『罪と罰』を読了。ロシア人はドイツ人やポーランド人が嫌いなんだということがわかる。

23時半になってもなんの案内もないので、ホームを見に行ってみるとそれらしき列車が止まっていて、すでに乗客も集まっていた。なので、荷物を持ってホームに出る。

ホームにいた制服を着ている人に聞いて自分の車両を確認。その車両に行くと車両の入り口でチケットとパスポートの確認がある。それをパスすると中に入れる。

ぼくの座席は1両目の7番。すべて寝台車両のよう。ぼくのコンパートメントは2段ベッドが向かい合っている4人部屋。ベッドの下のスペースにリュックをつめる。

同室にはカザフ系中国人のおじさん、それから30代半ばのカザフ人男性と20代半ばくらいのカザフ人女性。30代半ばの男性は日本の役者にいそうな顔をしている。女性の方は、お笑いの女二人組の背の高い方に似ている。

列車はほぼ予定通りに24時すぎに発車。部屋では3人がカザフ語でおしゃべり。中国人のおじさんは、ぼくの知っている中国人(漢民族)とはぜんぜん違う顔立ちをしている。おじさんがぼくにいくつ言葉を知っているかと言うから英語と日本語だけと答える。おじさんに聞くとおじさんは中国語、カザフ語、キルギス語、ウズベク語、ロシア語、アゼルバイジャン語と答える。カザフ語とキルギス語とウズベク語は似たようなもん(日本で言えば方言ほどの違いしかない)なので、実質は4言語使いのよう。なぜアゼルバイジャン語なのかはよくわからず。

ぼくは早く寝たかったのだが、3人はよくしゃべる。そのうちやっとこっちの状況を悟り、解散。それぞれのベッドに散ると、3人はそれぞれベッドで携帯電話を使っておしゃべりを始める。

車内は暖房が効いていて暑いくらい。他の部屋の人の中には半袖になっている人もいた。

Fin

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