2008年6月28日土曜日

『日本人ペルー移住80周年記念誌ーアンデスへの架け橋』

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消耗率79%の桜丸

日系移民の受難の事件3つ
1、ペルー初期移民
2、フィリピンで稼ぎ移民:マニラ・バキオ間の250kmのベケット道路建設。消耗率34%程度
3、満蒙開拓移民:消耗率37.2%

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日系ペルー移民の受難の背景
1、事前調査がなされていなかった。
2、移民たちの賃金、待遇など労働条件が来秘前の宣伝とはまるで違うと問題にした。
3、生活環境が激変して、とうていそれについていけなかった。
4、医療設備が極度に不備、ないのに等しかった。
5、伝染病、風土病の蔓延があげっれ、耕地はもろもろの病菌による万年汚染地帯であった。

山河のイメージが違った:緑がない

移民斡旋会社:盛岡商会

クーリーの歴史を調べる。→中国系移民

高橋是清の銀山開発

第一航海の出身地
山口県、新潟県       

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日本語とケチュア語は類似している。
ペルー政庁の裏にあるビエドラ橋はミゲル・デ・シルバという日本インディオが参加して架けられたもの
→九州の諸大名はスペインやオランダの商人に奴隷を売っていた。

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