スワジランドへ移動
08/08/30(土) 晴
[Johannesburg:South Africa→Mbabane:Swaziland]
5:30 ジョハネスバーグ着
7:20 ジョハネスバーグ発(ミニバス:パークステーション裏より)
11:20 国境着、スワジランド入国
12:00 ムババネ到着
バス会社の予定到着時間のとおり、バスは朝の5時半にジョハネスバーグのパークステーションに到着。朝に着くバスは多いようで、バスの停車場にはそこそこ人がいる。また、ターミナル内もバスを待つ人でベンチはほぼすべて埋まっている。
ここからスワジランドに行くバスを探す。てっきり大型バスもあるのだろうと思っていたのだが、ターミナル内にある5社ほどのバス会社すべてに聞いて回ったところ、スワジランド行きの大型バスはないとのこと。ミニバスで行くしかない。
ただ、そのミニバス乗り場が問題で、ヨハネスの宿の情報ノートにはここで物取りにあったとか、後ろから紐だかで首を絞められ、気絶している間に荷物を持って行かれたとか、あまり治安がよろしくないという。加えてガイドブックの地図を見ても、今いちこのターミナルからの行き方がわからない。人に聞きながら行くのも手だが、聞いた人が悪ければどうなるかわからない。
幸いなことにあるバス会社でスワジランド行きのバスについて聞いたときに、そこにいた黒人の男性がミニバス乗り場まで連れていってくれるという。ほっとしてその男性の後をついて歩き始めると、彼はこちらを振り向き、これからミニバス乗り場に連れていくが、いくら払うかと尋ねてくる。これかよ・・・。なので10ランド(約150円)と言うと、彼は50ランド(約800円)払えと言い出す。fifteenと最初は思ったのだが、確認すると彼の要求金額はfifty。レストランでの1食分より高い。
彼に50ランド払うくらいだったら、そのぶんをバス代に使った方がいいので、彼の案内は断り、行き先をスワジランドからモザンビークのマプトに変更。それでまたバス会社にバスを聞いて回るのだが、マプト行きのバスを出している3社のうち2社は満席、1社はビザを持っていないと乗せないと言われダメ。国境で取れるからとまだモザンビークのビザを取っていなかったが、ケープタウンでビザを取っておくんだったなとちと後悔。
鉄道でもマプトに行けるので、鉄道のインフォメーションで今日の電車を聞いたら、今日は便がなく、明日と言う。なんとも面倒なことになった。ジンバブエに行くバスなら乗れそうだが、スワジやモザンビークに行くつもりでランドを用意していたから、それを持ってジンバブエに行くのは得策ではないように思われた。ザンビアやタンザニアでランドが両替できるかわからないし。
そんなわけでしばらくどうするか考える。要はミニバス乗り場がはっきりわかれば、天に運を任せ自力で行ってみるのだが、道がわからないのにターミナルを出るのはちと危うい。
と、そのときターミナル構内をさくさく歩いているポーターの人が目に入る。ポーターの人だったら知っているだろうし、荷物を持ってもらえば仕事としてミニバス乗り場まで連れていってもらえるだろう。そう思い、一人の男性にミニバス乗り場を聞くと、荷物を荷車に乗せろという。値段を聞くと20ランド(約300円)。まぁ、いくらかぼっているかもしれないが、さっきの奴よりはましだし、これがこの人の収入になるならいいやと思い、荷車にリュックを乗せ、その人についていく。
思っていたよりもターミナル構内は広く、コンコースを右に左にと200mほど歩いてやっと外に出た。階段があり、頭上には駐車場が見える。ここがミニバス乗り場らしい。30段ほどの階段だったので、ここで案内は終わりかと思ったら、彼はぼくのリュックを背負い、荷車を畳んで階段を上り始める。
階段を上がってみると、ミニバス乗り場は、汚かった。ワゴンタイプのミニバスが何十台、あるいは100台以上停まっており、路面にはビニールゴミや紙ゴミが散乱している。思っていたよりも広く、また乗り場がいくつもあって、どこからどこ行きのバスが出るのかわかりにくい。これは一人で来たら絶対さまようなと思う。
ポーターのにいちゃんはさくさくと車の間をぬって歩く。そして目的地に到着。すでに人が並んでいて、改めて並んでいたおばちゃんに確認すると確かにスワジランドに行く車だという。
バスは乗客が集まったら発車するというスタイルのよう。幸いなことに行列ができるくらい人がいるから客待ちで時間をロスすることはなさそう。
1台は乗れずに見送り、次の車に乗る。やって来た車は大型のワゴン車だったのだが、荷物を屋根に乗せられるような改造をしていない。はて、どこに荷物を載せるのだろうかと思っていたら、なんとリアカーが現れて、それを車の後ろに接続する。荷物はそこに載せることとなる。リアカーを使うなんてやっぱりリッチだななんて思ってしまう。
7時半頃、車は発車。もちろんぼく以外はみな黒人ばかり。発車してすぐにヨハネス市内のガソリンスタンドで給油&トイレ休憩。
車内では英語ではない聞き馴れない言葉が飛び交う。おしゃべり好きのおじさんがいて、ずっと誰か彼かと話しているのだが、その声は車内の人全部に聞こえており、かつそれは笑える話ばかりらしく、ぼくの隣のおばちゃんはそれを聞きながらくすくすと笑っていた。男の人は声をあげて笑っているのに、女性陣は笑うのをこらえるようにして笑っているから、どうも女性にとってはおおっぴらに笑えるような話題ではないらしい。
車は20分足らずで郊外の幹線道路に出る。その途中、中国語の看板や中国人学校のような建物が見える。その後すぐに、この間泊まっていたイーストゲートのショッピングセンター街に出たので、どうもさっきの一帯がぼくが行こうとしていた中国人街だったよう。
片道3車線程度の幹線道路に出るとあとはすいすい走る。沿道から大きな建物が消え、閑散とした風景の中を走る。
信号もほとんどないため、止まることなく車は走り続ける。相変わらず車内はにぎやか。
ヨハネスを出てから約4時間後の11時半前、国境に到着。南アフリカ出国もスワジランド入国もスムーズ。イミグレでスタンプを押してもらって終わり。
車は高地を走っているようで、ときおり眺めのいいところに出る。まわりに見える山は一応緑で覆われているものの鬱蒼とした森というほどではない。
スワジランドに入るとムババネはもうすぐそこ。スワジランドに入ってからも道の整備は通った範囲では行き届いていて、車の走りはなかなか快調。
国境を越えてから1時間足らずで首都のムババネに到着。中心街の中にあるバスターミナルで降ろされる。バスターミナルには建物はなく、何台ものバスやワゴン車が行き先別に止まっているだけ。ターミナルの縁には歩道が敷かれていて、そこでバス待ちをしている人たちがいる。
ターミナルの周辺にはショッピングセンターがあって、また、歩道などには果物やパンを売る人たちの姿がある。こうして歩道で物売りをしている人たちをたくさん見るのは久しぶり。南アフリカではまず見なかったからガーナ以来だ。
リュックを背負ってガイドブックの地図を頼りに宿に向かう。まずはポリスステーションの方に向かう。ムババネは小さな盆地にあるようなところで、起伏が多い。まずは200mほど登り、また下る。警察署の看板が見えるのでそこを左に行き、あとはまっすぐ。
予定していたとおり教会がやっているらしい宿に行く。近くの教会からは歌声が聞こえてくる。受付のおじさんに泊まりたい胸を伝えると、ちょっと待っておけと別の部屋に案内される。リュックを降ろし、ソファに腰をおろして一息ついたら今朝はバス泊だったこともあり、眠くなってしまう。
ちょっと昼寝したりして1時間程度待っていたが、まったく呼びにこない。なので、もう一度受付に行く。こうしてやっと部屋にありつく。部屋は受付などとは別の棟。こちらも最近建てたのかと思うくらいきれい。
荷物を置いたらさっそくまちに出る。来た道を戻り、バスターミナル近くまで行き、その周辺をふらつく。
道ばたでりんごやバナナなど果物を売る人はいるが、飯を食べさせる屋台はない。ネット屋は2軒ほどあり。
マーケットと看板に書かれてある場所に行ってみると、野菜などを売っている人たちや工芸品などを売っている人たちがいる。またある建物の中は食堂街になっていて、通路の両脇にそれぞれ5~6軒ほどの小さな食堂が並んでいた。それぞれの食堂は5人も座れないくらい小さい。お昼時だが客は他にいない。どの店も女性がやっているようで、見回す限りこの建物内にいるのは女性ばかり。
店頭にフライドチキンなどを並べていたので、1軒ずつみて回ってみる。それぞれの店の前で、ここで食べていけと店の人に勧められるが、どこも置いているのはフライドチキンばかり。それを食べる気がせず、それ以外のものをということで、結局鶏モツをゆでたようなものをおいている店で昼食にする。白いご飯にレタスにモツといった感じ。量は十分。味はまぁまぁ。
それから商店などを見て回る。食料雑貨店や服屋などが多い。
バスターミナル隣のショッピングセンターに行ってみると、土曜ということで各店舗はお休み。その隣のミニショッピングモールのようなところに行ってみると、ここにはスーパーマーケットがあって、お客もぎょうさん来ていた。スーパーで買った総菜をベンチに座って食べている家族もいる。スーパーの品ぞろえは南アフリカと変わらない。
小さい町なので2時間もあれば中心街は一通り見終えてしまう。そういうわけで夕方には宿に戻って、宿で過ごす。2泊ぐらいするかと当初は思っていたが、宿代が高かったことに加え、街も歩ける範囲では見てしまったため明日には出ることにする。
同じ棟には宿泊客がほとんどいないため、とても静かだった。なお、部屋もトイレもシャワーもとてもきれいで申し分なし。あともう少し宿賃が安ければ、文句ないんだけど。
Fin
2008年12月16日火曜日
[diary]ケープからヨハネスに向けて移動
ケープからヨハネスに向けて移動
08/08/29(金) 晴
[Cape Town→Johannesburg:South Africa]
・ナッツを食って腹を壊す?
・一日バスさん
例のごとく朝起きてしばらく書き物。9時過ぎに近くの郵便局に行き郵便を出す。途中、開いていた店でパンを買う。11.95ランド(約150円)。通勤の時間帯と思われるのに通りは閑散としている。
すでにジョハネスバーグ行きのチケットは購入済み。11時発。皮肉なことに昨日とうってかわって本日は晴天なり。
10時に宿をチェックアウト。歩いてバスターミナルに向かう。徒歩で10分程度。
ターミナルにある駄菓子屋でピーナッツやカシューナッツなどを少し買って待ち時間の間に食べる。
バスは予定通りに11時に発車。バスが走り出すとさっさと寝てしまう。この癖がこの旅行中にすっかり身についてしまった。
たまに目が覚めて外を眺めるとだだっ広い青っけのない平原が広がるばかり。たまに羊の放牧場を見る。町の中を通ることはまずない。西アフリカだったら道路沿いにしばしば集落が見えて楽しかったのだが、ここでは舗装されている平坦な道同様、風景も代わり映えしないので退屈でしかない。
15時頃、ファーストフード店などが併設されているガソリンスタンドで20分ほど休憩。
再出発してから数分後、なんだか腹の調子がおかしくなる。あいにくバスにはトイレがついていない。なんでこのタイミングで、と神を呪いつつ、運転手にトイレに行きたいと告げると、辺りを見回し適当なところを探し始める。が、なかなかない。
そこからさらに2~3分走った頃、右手にこじんまりとしたおんぼろそうなホテルが現れる。そこでしばし停車。
バスに戻り、やれやれと思いながらまた寝る。本当に割れながらよく寝る。
失敗したなと思ったのは、キンバリーからケープタウンに行ったときと同じ会社のバスに乗ったこと。一度見た景色であることが退屈さを増幅させる。違うバスだったら違うルートを走るからもうちょっとおもしろかったかも知れない。
キンバリーには夜の11時頃だったかに到着。そこで客がやや入れ替わる。車内はけっこう混んでいるため(乗車率8割程度)、二人分の席を使って横になることができない。なのでケツの痛みに耐えながら、あるいは耐えきれず何度も目を覚ましながら早く目的地に着くのを待つ。
Fin
08/08/29(金) 晴
[Cape Town→Johannesburg:South Africa]
・ナッツを食って腹を壊す?
・一日バスさん
例のごとく朝起きてしばらく書き物。9時過ぎに近くの郵便局に行き郵便を出す。途中、開いていた店でパンを買う。11.95ランド(約150円)。通勤の時間帯と思われるのに通りは閑散としている。
すでにジョハネスバーグ行きのチケットは購入済み。11時発。皮肉なことに昨日とうってかわって本日は晴天なり。
10時に宿をチェックアウト。歩いてバスターミナルに向かう。徒歩で10分程度。
ターミナルにある駄菓子屋でピーナッツやカシューナッツなどを少し買って待ち時間の間に食べる。
バスは予定通りに11時に発車。バスが走り出すとさっさと寝てしまう。この癖がこの旅行中にすっかり身についてしまった。
たまに目が覚めて外を眺めるとだだっ広い青っけのない平原が広がるばかり。たまに羊の放牧場を見る。町の中を通ることはまずない。西アフリカだったら道路沿いにしばしば集落が見えて楽しかったのだが、ここでは舗装されている平坦な道同様、風景も代わり映えしないので退屈でしかない。
15時頃、ファーストフード店などが併設されているガソリンスタンドで20分ほど休憩。
再出発してから数分後、なんだか腹の調子がおかしくなる。あいにくバスにはトイレがついていない。なんでこのタイミングで、と神を呪いつつ、運転手にトイレに行きたいと告げると、辺りを見回し適当なところを探し始める。が、なかなかない。
そこからさらに2~3分走った頃、右手にこじんまりとしたおんぼろそうなホテルが現れる。そこでしばし停車。
バスに戻り、やれやれと思いながらまた寝る。本当に割れながらよく寝る。
失敗したなと思ったのは、キンバリーからケープタウンに行ったときと同じ会社のバスに乗ったこと。一度見た景色であることが退屈さを増幅させる。違うバスだったら違うルートを走るからもうちょっとおもしろかったかも知れない。
キンバリーには夜の11時頃だったかに到着。そこで客がやや入れ替わる。車内はけっこう混んでいるため(乗車率8割程度)、二人分の席を使って横になることができない。なのでケツの痛みに耐えながら、あるいは耐えきれず何度も目を覚ましながら早く目的地に着くのを待つ。
Fin
[diary]喜望峰へ
喜望峰へ
08/08/28(木) 雨、曇り、ときどき晴れ間
[Cape Town:South Africa]
・衝撃のニュース
・スレイブロッジ
・ツアーで喜望峰へ
・ブドウ畑、ぺんぎん、喜望峰
今朝も7時頃起床。やや冷える。しばらく書き物。
晴れていれば朝から喜望峰に行くつもりだったが、あいにく雨がぱらついている。明日にはここを出るつもりだったが、一日延長するか、それとも喜望峰はなしにするか、それともツアーで行くか、などと考える。
結局、ツアーで行っても電車とレンタル自転車で行ってもたいして金額的には変わらないし、天候もまったくよめないのでツアーで行くことを決意。宿のフロントに行き、ツアーの手配を頼む。午後1時過ぎ出発のツアーで値段は330ランド(約4500円)。喜望峰だけでなく、ブドウ農園地帯をまわり、ペンギンがいる海岸などにも行くというので、まぁいいかと。
午前中は空くので、ちょっと外に行く。ネット屋でネット。1時間5ランド(約80円)。
このときにネット上のニュースでペシャワール会の人がアフガニスタンで殺害されたことを知る。殺された人が同世代だったこともあり、このニュースにはかなりショックを受ける。ペシャワール会のことは2001年頃から知っていた。きっかけはアメリカによるアフガニスタン攻撃。アフガニスタン現地で井戸掘りなどの活動をしているというこの会の活動を知り、代表の中村哲氏の話(講演会)を聞きに行ったこともあるし、彼の書いた本も1冊だけ読んでいた。それらの情報から地元に根付いた活動をきちんとしていて、かなり信頼できるNGOだと思っていた。だから現地が不安定な情勢になっても、彼らが地元の武装グループのターゲットになることはおそらくないだろうと思っていたのだが。中村哲氏のコメントが印象に残る。
ややぼーっとしたような状態でネット屋を出る。宿に戻る途中、Slave Lodgeと表に書かれた白亜の厳かな建物の前を通りがかる。ここはまだ見ていなかったと思い、立ち寄る。入場料15ランド(約200円)。
中学生くらいの子たちが見学に来ていた。展示は奴隷貿易の歴史やその実体について。ベニン(ベナン)やガーナ、セネガルなどでも奴隷貿易にかかわる施設や博物館を見てきたが、そちらでは見られなかったこととしてここではアジアからの奴隷の運搬などについてもここでは紹介している。今のインドネシアやフィリピン、日本あたりからアフリカに奴隷として連れてこられた人々がいたらしい。
ツアー開始の時間が迫っていたのでじっくり見ることができず、1時間足らずで引き上げる。
13時20分、宿の前にツアー会社の迎えのワゴンが到着。車内にはすでに2人の先客あり。年輩の男性2人でデンマーク人と言う。その後、別のホテルでまた客を拾う。今度の人はオーストラリアから。若いバックパッカー系の人はいない。高いもんなぁ。
運転手兼ガイドのおじさんは、白人系の南アフリカ人。ヘッドマイクを頭に装着し、運転しながらあれこれと話す。せっかく高い金を払ったのに、ぼくはすぐに眠くなり、寝てしまう。気がつくと車は強い雨の中、高原地帯を走っていた。そのうちぶどう畑が見え、ワイナリーの前を通る。
それから大西洋側の海岸沿いに出て、駐車場で停車。ここらがペンギンが住んでいる地帯らしい。ごつごつした岩ばかりの岸辺にペンギンがうろちょろしていて、見えた範囲では20頭ほどいた。人間馴れしているのか、ペンギンとはそういうものなのか、人が近づいていってもほとんど逃げることがない。背丈は1m足らず程度と小さい。強い風が吹き付ける中、5分ほどペンギンを眺める。あとはあたりをふらふら。
20分ほどそこにいて、また車に乗り込む。喜望峰へ。
くねくねした登り坂を車はあがっていく。一帯は火山の噴火跡のような様相を呈していて、樹木や草もたいして生えていない。
しばらく坂をのぼってやっと喜望峰がある国立公園だかの入り口に到着。車でそのまま入っていき、そこからさらに10分ほどまた坂道を上る。右手には大西洋がちらちらと見える。
16時。喜望峰の灯台下のところにある駐車場に車は停車。ガイドのおじさんは他に人に20分後、ここに集合するように言ってから、改めてぼくだけ呼びつけ同じことを言う。ぼくの英語がダメだということを悟ったようで、最初からこのおじさんはこの調子だ。
灯台まではケーブルカーまたは徒歩で行ける。直線距離で200mもないくらいか。ケーブルカーは高いので却下。歩道を歩く。ただ歩道はくねくね曲がっているから意外と時間がかかる。早足で坂道を上り、灯台から海を眺める。ただでさえ狭いところなのに、他にも観光客が10人ほど来ており、写真をパシャパシャ撮っているから邪魔でしょうがない。もっと端っこに寄りなさいよ。フェンスなどには落書き多数。
時間に追われていてはマゼランなどに思いを馳せている余裕もなく、5分程度でその場を去る。戻りの下り坂は駆け足で降りる。それにしてもメインの喜望峰がたった20分なんてダメじゃんと思うのだが、また雨もぱらつき始めたので滞在時間が長かったとしてもこの天気では結局は同じことになったかもしれない。
帰りはインド洋側を通って帰る。途中、通り過ぎたなんとかという町は町並みがきれいだった。
17時にもなると暗くなり始める。
ケープタウンは帰宅の車のためか、渋滞。17時半頃、ケープタウンの中心部に戻ってくる。
スーパーの近くで下車し、ケープタウンでの最後の晩餐用にとダチョウ肉のソーセージを買って帰る。500gで600円程度。
晩飯は宿でソーセージスープを作る。やっぱり500gもあるとけっこうきつい。ソーセージだけならともかくスープも飲むから水腹になってすぐに腹が膨れる。なので、食堂にいた他の日本人旅行者たちにちょっと手伝ってもらう。
食後は重たい腹を抱えて荷造りなど、部屋で過ごす。
Fin
08/08/28(木) 雨、曇り、ときどき晴れ間
[Cape Town:South Africa]
・衝撃のニュース
・スレイブロッジ
・ツアーで喜望峰へ
・ブドウ畑、ぺんぎん、喜望峰
今朝も7時頃起床。やや冷える。しばらく書き物。
晴れていれば朝から喜望峰に行くつもりだったが、あいにく雨がぱらついている。明日にはここを出るつもりだったが、一日延長するか、それとも喜望峰はなしにするか、それともツアーで行くか、などと考える。
結局、ツアーで行っても電車とレンタル自転車で行ってもたいして金額的には変わらないし、天候もまったくよめないのでツアーで行くことを決意。宿のフロントに行き、ツアーの手配を頼む。午後1時過ぎ出発のツアーで値段は330ランド(約4500円)。喜望峰だけでなく、ブドウ農園地帯をまわり、ペンギンがいる海岸などにも行くというので、まぁいいかと。
午前中は空くので、ちょっと外に行く。ネット屋でネット。1時間5ランド(約80円)。
このときにネット上のニュースでペシャワール会の人がアフガニスタンで殺害されたことを知る。殺された人が同世代だったこともあり、このニュースにはかなりショックを受ける。ペシャワール会のことは2001年頃から知っていた。きっかけはアメリカによるアフガニスタン攻撃。アフガニスタン現地で井戸掘りなどの活動をしているというこの会の活動を知り、代表の中村哲氏の話(講演会)を聞きに行ったこともあるし、彼の書いた本も1冊だけ読んでいた。それらの情報から地元に根付いた活動をきちんとしていて、かなり信頼できるNGOだと思っていた。だから現地が不安定な情勢になっても、彼らが地元の武装グループのターゲットになることはおそらくないだろうと思っていたのだが。中村哲氏のコメントが印象に残る。
ややぼーっとしたような状態でネット屋を出る。宿に戻る途中、Slave Lodgeと表に書かれた白亜の厳かな建物の前を通りがかる。ここはまだ見ていなかったと思い、立ち寄る。入場料15ランド(約200円)。
中学生くらいの子たちが見学に来ていた。展示は奴隷貿易の歴史やその実体について。ベニン(ベナン)やガーナ、セネガルなどでも奴隷貿易にかかわる施設や博物館を見てきたが、そちらでは見られなかったこととしてここではアジアからの奴隷の運搬などについてもここでは紹介している。今のインドネシアやフィリピン、日本あたりからアフリカに奴隷として連れてこられた人々がいたらしい。
ツアー開始の時間が迫っていたのでじっくり見ることができず、1時間足らずで引き上げる。
13時20分、宿の前にツアー会社の迎えのワゴンが到着。車内にはすでに2人の先客あり。年輩の男性2人でデンマーク人と言う。その後、別のホテルでまた客を拾う。今度の人はオーストラリアから。若いバックパッカー系の人はいない。高いもんなぁ。
運転手兼ガイドのおじさんは、白人系の南アフリカ人。ヘッドマイクを頭に装着し、運転しながらあれこれと話す。せっかく高い金を払ったのに、ぼくはすぐに眠くなり、寝てしまう。気がつくと車は強い雨の中、高原地帯を走っていた。そのうちぶどう畑が見え、ワイナリーの前を通る。
それから大西洋側の海岸沿いに出て、駐車場で停車。ここらがペンギンが住んでいる地帯らしい。ごつごつした岩ばかりの岸辺にペンギンがうろちょろしていて、見えた範囲では20頭ほどいた。人間馴れしているのか、ペンギンとはそういうものなのか、人が近づいていってもほとんど逃げることがない。背丈は1m足らず程度と小さい。強い風が吹き付ける中、5分ほどペンギンを眺める。あとはあたりをふらふら。
20分ほどそこにいて、また車に乗り込む。喜望峰へ。
くねくねした登り坂を車はあがっていく。一帯は火山の噴火跡のような様相を呈していて、樹木や草もたいして生えていない。
しばらく坂をのぼってやっと喜望峰がある国立公園だかの入り口に到着。車でそのまま入っていき、そこからさらに10分ほどまた坂道を上る。右手には大西洋がちらちらと見える。
16時。喜望峰の灯台下のところにある駐車場に車は停車。ガイドのおじさんは他に人に20分後、ここに集合するように言ってから、改めてぼくだけ呼びつけ同じことを言う。ぼくの英語がダメだということを悟ったようで、最初からこのおじさんはこの調子だ。
灯台まではケーブルカーまたは徒歩で行ける。直線距離で200mもないくらいか。ケーブルカーは高いので却下。歩道を歩く。ただ歩道はくねくね曲がっているから意外と時間がかかる。早足で坂道を上り、灯台から海を眺める。ただでさえ狭いところなのに、他にも観光客が10人ほど来ており、写真をパシャパシャ撮っているから邪魔でしょうがない。もっと端っこに寄りなさいよ。フェンスなどには落書き多数。
時間に追われていてはマゼランなどに思いを馳せている余裕もなく、5分程度でその場を去る。戻りの下り坂は駆け足で降りる。それにしてもメインの喜望峰がたった20分なんてダメじゃんと思うのだが、また雨もぱらつき始めたので滞在時間が長かったとしてもこの天気では結局は同じことになったかもしれない。
帰りはインド洋側を通って帰る。途中、通り過ぎたなんとかという町は町並みがきれいだった。
17時にもなると暗くなり始める。
ケープタウンは帰宅の車のためか、渋滞。17時半頃、ケープタウンの中心部に戻ってくる。
スーパーの近くで下車し、ケープタウンでの最後の晩餐用にとダチョウ肉のソーセージを買って帰る。500gで600円程度。
晩飯は宿でソーセージスープを作る。やっぱり500gもあるとけっこうきつい。ソーセージだけならともかくスープも飲むから水腹になってすぐに腹が膨れる。なので、食堂にいた他の日本人旅行者たちにちょっと手伝ってもらう。
食後は重たい腹を抱えて荷造りなど、部屋で過ごす。
Fin
[速報]再びイスタンブール(トルコ)入り
現在、イスタンブールです。夜の8時です。今朝ストックホルムを出て、ラビアのリガを経由し、15時ごろ着きました。
前回シリアからイスタンブールに来た時は、けっこう物価高いなと思いましたが、今回は逆ですね。スウェーデンもアイスランドも日本並みに高かったので(特に外食では安い選択肢がマクドナルドしかない。マクドナルドのハンバーガーは120円くらいだった)、あれよあれよと金がなくなってしまいましたが、イスタンブールでは宿代別で1000円もあれば3食いけるのでうれしい限りですね。
ここには2泊ほどしてまた移動します。移動先はまた後ほど。
では。
2008.12.15 20:00
Istanbul,Turky
前回シリアからイスタンブールに来た時は、けっこう物価高いなと思いましたが、今回は逆ですね。スウェーデンもアイスランドも日本並みに高かったので(特に外食では安い選択肢がマクドナルドしかない。マクドナルドのハンバーガーは120円くらいだった)、あれよあれよと金がなくなってしまいましたが、イスタンブールでは宿代別で1000円もあれば3食いけるのでうれしい限りですね。
ここには2泊ほどしてまた移動します。移動先はまた後ほど。
では。
2008.12.15 20:00
Istanbul,Turky
2008年12月9日火曜日
[速報]レイキャビク(アイスランド)\いり
昨日、ストックホルムからアイスランドのレイキャビクに来ました。
現在、12月8日の夕方18時20分。外の気温はだいたい0度です。もちろん外は雪化粧で真っ白です。かつスウェーデンよりも日が短く、夜明けは10時前くらい。日暮れは16時前という感じです。
ぼくがアイスランドに興味をもったのは、もう10年近く前に見たアイスランドの映画邦題「精霊の島」というものでした。米軍基地がある町を舞台にした映画でなんだか鬱屈したものを感じたのがずっと残って、いつかいってみたいと思っていたところ、今年の金融危機。アイスランドの通貨が暴落したのでこの機会に行ってみようかとなったわけです。
金融危機なので、いざ来てみてもどこが以前と変わったかなどはわかりませんね。物価はスウェーデンや日本と同程度です。
アイスランドのことについていろいろ知ると面白いことがいっぱいあります。まずその言葉は古いゲルマン語のようなもので、バイキング時代の文書でも現代の人は読めるほど。英語やドイツ語もアイスランド語と同じ系統のようですが、古い英語やドイツ語はいまとはだいぶ違うものらしいです。その点、アイスランド語は言葉が数百年もの間ほとんど変化していないため、古文書が古文書でない、つまり誰でも読める文書でしかないということのようです。
その他、軍備をいっさい持たないという点も興味深いですが、2006年までは米軍がいました。ただ人口が30万人しかいないので軍隊を持つ必要もないというか、それだけのお金もないというような見方もする人がいるようです。
また、アイスランドの男性は世界で唯一日本人男性よりも長生きしている男性だそうです。
ネット上にあれこれ情報があるようなので、もし関心を持たれたらぜひあれこれ調べてみてください。では。
http://c-cross.cside2.com/html/a10se001.htm
現在、12月8日の夕方18時20分。外の気温はだいたい0度です。もちろん外は雪化粧で真っ白です。かつスウェーデンよりも日が短く、夜明けは10時前くらい。日暮れは16時前という感じです。
ぼくがアイスランドに興味をもったのは、もう10年近く前に見たアイスランドの映画邦題「精霊の島」というものでした。米軍基地がある町を舞台にした映画でなんだか鬱屈したものを感じたのがずっと残って、いつかいってみたいと思っていたところ、今年の金融危機。アイスランドの通貨が暴落したのでこの機会に行ってみようかとなったわけです。
金融危機なので、いざ来てみてもどこが以前と変わったかなどはわかりませんね。物価はスウェーデンや日本と同程度です。
アイスランドのことについていろいろ知ると面白いことがいっぱいあります。まずその言葉は古いゲルマン語のようなもので、バイキング時代の文書でも現代の人は読めるほど。英語やドイツ語もアイスランド語と同じ系統のようですが、古い英語やドイツ語はいまとはだいぶ違うものらしいです。その点、アイスランド語は言葉が数百年もの間ほとんど変化していないため、古文書が古文書でない、つまり誰でも読める文書でしかないということのようです。
その他、軍備をいっさい持たないという点も興味深いですが、2006年までは米軍がいました。ただ人口が30万人しかいないので軍隊を持つ必要もないというか、それだけのお金もないというような見方もする人がいるようです。
また、アイスランドの男性は世界で唯一日本人男性よりも長生きしている男性だそうです。
ネット上にあれこれ情報があるようなので、もし関心を持たれたらぜひあれこれ調べてみてください。では。
http://c-cross.cside2.com/html/a10se001.htm
2008年12月4日木曜日
[速報]ストックホルム(スウェーデン)いり
一気に北上して今日、スウェーデンの首都ストックホルムに来ました。
イスタンブールから飛行機に乗ってラトビアの首都リガを経由して、一時間ほど前に到着。20時時点の気温は3度でした。1週間ほど前には雪も降ったらしいですが、街には残っていないですね。
ぼくの先入観もあるかもしれませんが、やっぱりここは雰囲気が違いますね。空港のカフェからなんからデザインなんかもけっこう落ち着いたものが多くて、これまで行った国とはまたぜんぜん違うところに来たなという印象です。
ちなみにここに来たのはアイスランドに行くためとキューバで同じ宿だったスウェーデン人家族に会うためです。明日はアイスランド行きのチケットを探し回る予定です。
というわけでちょっとアジアは休憩して北欧というか極北に寄り道します。10日後くらいにはイスタンブールに戻り、またアジアです。
では。
2008.12.4 21:30
Stockholm,Sweden
大きな地図で見る
イスタンブールから飛行機に乗ってラトビアの首都リガを経由して、一時間ほど前に到着。20時時点の気温は3度でした。1週間ほど前には雪も降ったらしいですが、街には残っていないですね。
ぼくの先入観もあるかもしれませんが、やっぱりここは雰囲気が違いますね。空港のカフェからなんからデザインなんかもけっこう落ち着いたものが多くて、これまで行った国とはまたぜんぜん違うところに来たなという印象です。
ちなみにここに来たのはアイスランドに行くためとキューバで同じ宿だったスウェーデン人家族に会うためです。明日はアイスランド行きのチケットを探し回る予定です。
というわけでちょっとアジアは休憩して北欧というか極北に寄り道します。10日後くらいにはイスタンブールに戻り、またアジアです。
では。
2008.12.4 21:30
Stockholm,Sweden
大きな地図で見る
2008年12月1日月曜日
[速報]イスタンブール(トルコ)いり
先ほどイスタンブールに着きました。
昨日の13時にシリアのアレッポを出てトルコの入国に2時間半ほどかかり、アンタキヤで乗換えで1時間待ちをして、ようやく今日の11時過ぎにイスタンブールのバスターミナルに到着したところです。
シリアのダマスカスなども大きな街だと感じましたが、やはりイスタンブールの比じゃないですね。町並みや家の色などもヨーロッパ色が強くなっている気がします。
ここには中央アジアのガイドブックを入手するために来たのですが、予定通り入手できそうでほっとしています。
数日ここで過ごしてまた次のところに移動する予定です。
では。
2008.12.1 13;40
Istanbul,Turky
昨日の13時にシリアのアレッポを出てトルコの入国に2時間半ほどかかり、アンタキヤで乗換えで1時間待ちをして、ようやく今日の11時過ぎにイスタンブールのバスターミナルに到着したところです。
シリアのダマスカスなども大きな街だと感じましたが、やはりイスタンブールの比じゃないですね。町並みや家の色などもヨーロッパ色が強くなっている気がします。
ここには中央アジアのガイドブックを入手するために来たのですが、予定通り入手できそうでほっとしています。
数日ここで過ごしてまた次のところに移動する予定です。
では。
2008.12.1 13;40
Istanbul,Turky
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