2008年3月9日日曜日

LIFE AND DEBT(邦訳;ジャマイカ 楽園の真実)

日本でも3年ほど前に公開されたジャマイカを扱った映画です。舞台はキングストンではなく、モンテゴベイというぼくが行っていない観光リゾート地の方のようです。

以下のサイトで無料で全編見ることができます。英語ですが。そのほか、このサイトでは政治的な問題を扱った映画を無料で全編公開しています。


Freedocumentaries.org,

ハバナへ移動のお知らせ

今はキングストンは3月9日の1時a.m.です。

3時に宿を出て朝7時の飛行機に乗ってハバナに向かいます。

ジャマイカの残りの更新はまたハバナからの予定です。
では。

ジャマイカ決算

2008.3.8(土)

最終日ということでざっと使ったお金をまとめたところけっこうかかっている。当初の予算では1月10万の予定が、ジャマイカの1週間だけで、その予定をクリアしてしまってます。

他での予算を削るしかないですな。しかし、全体の印象としては物価は日本の6~7割。宿代は言うまでもなく、市内の交通費も果物の類もこれまで行った中では一番高い。

テレビの報道ではインフレーションのために、この1年で食べ物の価格が30%程度上がったらしい。

とにかくなんでも高いなというイメージの強い国でした。

※通貨名は支払い時に使った通貨に準ずる
※1USD=120円で換算

合計約10万円(往復航空券代含む)

以下、主な内訳
【ハバナ・キングストン往復航空券代】4万3200円程度
計360CUC(内訳:チケット代325CUC、税金35CUC)
1CUC=約120円

※
往路:CU6060 3/3 10:20Havana発 13時頃キングストン着
復路:CU6061 3/9 7:00キングストン発 10時頃ハバナ着

【宿代】約2万円
3/3 40USドル×1泊(シングル、キッチン、バス、トイレ付き)
3/4-5 20USドル×2泊(ジャマイカ人の家の一室、バス・トイレ共同)
3/6-8 2000ジャマイカドル(=約29ドル)×3泊(Sandurst Hotel シングル、シャワー・トイレ共同)

計 167USドル
※1ドル=70ジャマイカドルで計算

【交通費】約1万5000円
・空港と宿の間のタクシー代
空港から初日の宿まで 38USドル(払いすぎ)
最終日の宿から空港まで 40USドル(夜中3時の移動のためということで)

小計78USドル

・市内路線バス(スパニッシュタウン、ダウンタウン、ポートロイヤルなど)
小計700ジャマイカドル(1回50ジャマイカドル、スマートカード利用、約10USD)

・乗り合いワゴンタクシー
ブルーマウンテンのコーヒー工場まで 片道70ジャマイカドル×2
ブルーマウンテンのアイリッシュタウンまで 片道70ジャマイカドル
ポートアントニオ(北側の港町)まで 片道240ジャマイカドル

小計760ジャマイカドル(約10USD)

・個人タクシー
タイノ博物館に行くとき 300ジャマイカドル(5分も乗っていない。高い!言い値)
トレンチタウンに行くとき(宿から) 500ジャマイカドル(治安を考えたらこんなもんと思うが、地元の人からすると倍くらいと思われる。20分ほど)
トレンチタウンからダウンタウンまで 300ジャマイカドル(5分程度。高い!言い値)

小計1100ジャマイカドル(約18USD)

【博物館等入場料】約2400円
Bob Marley Museum 500ジャマイカドル
Peoples・・・Museum(スパニッシュタウン) 100ジャマイカドル
Taino Museum 100ジャマイカドル
コーヒー工場ツアー 1000ジャマイカドル(高すぎ)
Trench Town Culture Yard(No woman No cryに出てくるGoverment yard)ツアー 700ジャマイカドル

計1400ジャマイカドル(20USD)

【ご飯代】約8000円
・食堂
Acky(?)&Saltfish(ご当地物) 250ジャマイカドル
Curry Chicken 230ジャマイカドル
Jerk chicken弁当 270ジャマイカドル
Okla&Saltfish 210ジャマイカドル
魚のあんかけ(ホテルで) 500(高い!)ジャマイカドル
豆料理の弁当 300ジャマイカドル
Curry goat(山羊カレー) 220ジャマイカドル
Chili(ベジタリアンレストランで豆) 240ジャマイカドル
豆などのスープ(400mlくらい) 120ジャマイカドル
Liver(レバー定食) 220ジャマイカドル
Vegetable Chups(アイタル食堂=ベジタリアン) 150ジャマイカドル

計2710ジャマイカドル(約40USD)

・道ばたで買った食べ物
バナナ3本 60ジャマイカドル
マンゴー1個 100ジャマイカドル(たぶんふっかけている)
パイナップル切り身 50ジャマイカドル×5くらい
スイカ切り身 70ジャマイカドル
パパイヤ2個(切ってくれる) 70ジャマイカドル×2
椰子の実1個 50ジャマイカドル
バナナ1本(上記とは違う人から) 25ジャマイカドル
June Plum2個 20ジャマイカドル
ジャークポーク(300gくらい) 400ジャマイカドル(たぶんふっかけている)
ジャークチキン(首部分) 50ジャマイカドル
道ばたで売ってた魚のスープ(200mlくらい) 70ジャマイカドル
赤い魚の唐揚げ 50ジャマイカドル
よくわからない練り物のようなもの 50ジャマイカドル
バナナチップス(お菓子) 50ジャマイカドル
ココナツクッキー 35ジャマイカドル
など

小計1420ジャマイカドル(約20USD)

飲み物は割愛

【インターネット代】約2000円
計1125ジャマイカドル(1時間250ジャマイカドル=400円くらい)
最後の宿でのみ有料で利用。他は宿のが無料。まちのネットカフェの相場は利用していないため不明。

【新聞】約240円
The Gleaner 30ジャマイカドル×3
Observer 25ジャマイカドル×2
計 140ジャマイカドル(2USD)

【本・地図代】約4000円
『ボーン・フィ・デッド』 1200ジャマイカドル
ジャマイカロードマップ 325ジャマイカドル
ジャマイカ語簡易辞典 190ジャマイカドル
英語・フランス語辞典 567ジャマイカドル

計2282ジャマイカドル(約33ドル)

ボブ・マーリィ語録集から

2008.3.8(土)

イアン・マッカン編『ボブ・マーリィ語録集』1995、アップリンク発行

24
「誰もがルーツに根ざし続けなければならない。アストン・バレットやカールトン・バレットみたいにな。ルーツに戻るんじゃなく、ルーツそのものになるんだ。葉っぱになってもいつか根っこ(ルーツ)に戻れると思ってる奴がいるが、葉っぱが枯れておちたら、一体どうやって戻るんだ? 俺たちはルーツそのものでなけりゃならない。」

38
「いったいいつまで同じことを訴え続けなければならないんだ? ずっと"Get Up,Stand Up"と歌い続けているのに、人々はいまだに立ち上がらない。俺はこれから先まだ’Get Up,Stand Up’を歌い続けなければならいないのか? もう同じ歌はこれ以上歌いたくはない・・・・・・この歌に縛られる囚人にはなりたくないんだ。俺は人々が苦しむのを見たくない。そして、人々が苦しむのを見ながら喜んでいるかのように歌い、そうすることによって報酬を受け取ることに耐えられない。俺は人々に豊かに満ち足りた人生を生きて欲しいんだ。」

47
「レゲエは政治的である必要も、恐れる音楽じゃなきゃだめだということもない。どんなことを歌ってもいんだ。この世には、歌にするだけの価値のあるものが多くあるんだからね。」

52
「好きなのは、スティーヴィ・ワンダー、カーティス・メイフィールド、マーヴィン、ゲイ・・・・・・」

68
「俺の音楽は、人の生き様と死に様にまで指図するシステムに闘いを挑んでいる。」

69
「子供たちは大きくなって、父親が仕事に出かけ、苦しみながら死んでいくのを見守る。母親はデカい腹を抱えて病院に行き、手術を受ける。彼らの家族構成は崩れ、みんなで何とか立て直しを計ろうとする。子供たちがそれをやり遂げなければならないのだ。家族の苦しみを本当に知りつくしているのは彼らなのだから。」

81
「教会の連中が唯一語るのは死についてさーー奴らはきまって言う、この全ての苦しみの後は誰もが死んで天国に行くってね。そんなことのためにこんな苦しい思いをしなきゃならないのかい! それじゃまるで病気になったから医者に行くようなもんじゃないか。そういうことじゃない。何よりも大切なのは生きることだ。」

92
「偏見というやつは鎖のようなものだ。そいつにずっと縛られるからな。もし、おまえが偏見を持っていたとしたら、ずっと何年も動けなくなるんだ。それがある限り、どこにも道はないからな。」

108
「俺は一時アメリカに居たことがある。お袋が住んでいたからな。だが、生活のペースが速すぎる。物事が敏速に進んでいくんだ。アメリカでは物事を成し遂げられるが、ジャマイカは気分がゆったりとしていろいろな物質欲を捨てられるところが違う。アメリカじゃ何でも手に入れなきゃならない、何でも買わされるからな。だからアメリカ人たちが俺たちの国にやって来ると、連中に助言してやるのさ、「そんなにあわてるな、よく聞けよ、頼むからそんなにあせらないでくれ」ってな。アメリカじゃ、すべてがパチン!とこの調子だ。若い娘が言うには、「何てことなの! ジャマイカには電話線が1本しかないんですって! 私の家には電話が20台もあるというのに、ジャマイカには電話線がたったの1本ですって!」

115
「ジャマイカっていう国は、簡単に競争意識の生まれるところだ。この国の人々は、おまえが俺に闘いを仕掛けるなら、俺もおまえに闘いを挑んでやるって、誰もがそんな気持ちでいるのさ。学校教育を受けたことがない奴が、俺が教育を受けていたというだけの理由で、歌を歌って払いのけようとしたり、あるいは俺も同じようにするべきだと思う奴もいる。それは、ねたみ、疑い、怒り、貧困、競争心によって起こるんだ。俺たちは、みんなで心をひとつにして音楽をつくり上げていかなきゃならないのに、とにかくみんな貧しすぎてボロボロになっているんだ。」

142
「多くの人間は、金持ちになると引退してばかになっちまうらしい。金は俺を豊かにはしない。俺の考える豊かさとは、この地球上を生きて、はだしで自由に歩き回ることさ。」

155
「人々は、自分たちの知性を活かすような余裕すらない。時々、俺はもっとも知性的な人々は、もっとも貧しい連中じゃないかと思うことがある--食べること以外は望まないから。」

ポートアントニオに行く

2008.3.7(金)

2008.3.7(金)

今朝は早起きしてポートアントニオに向かう。ポートアントニオはジャマイカのバナナの積み荷港として栄えたまちということで、どんなところか見に行くことにしたのだ。

ポートアントニオは島の北東部。キングストンからは山を越えて島の反対側になる。2つ目の宿で聞いたところ、ハーフウェイツリーのバスターミナル沿いのバーガーキング前からミニバスが出ており、速ければ2時間半ほどで行けるらしい。

3時間と見ても7時くらいに行けば10時過ぎには現地に着くだろうと見込み、宿を7時前に出る。

ミニバスもすぐ見つかり、7時過ぎには乗り込む。が、しばらく座席が埋まりそうにない。お菓子を売り歩いている人が、窓越しに”Banana chips,coco ???(クッキー)”と言ってお菓子を売り込んでくる。朝飯代わりにバナナチップとココナッツクッキーを買う。それぞれ50ジャマイカドルと25ジャマイカドル。

バスの中でまつこと1時間。こんなこともあろうと待ち時間のための本を持参し、さらに新聞を買ってきていた。新聞を見ると、またもやスパニッシュタウンでの銃による殺人事件があったと伝えている。記事を読むと白昼に健康診査(みたい)の会場に2人の男が乗り込んできて19歳と20歳の男を銃で殺し、逃げていったという。会場には他にも人がいたが、その人たちには被害はなかったよう。

外務省の安全情報にスパニッシュタウンの一部の地域で銃撃事件が起きてるので注意とあったが、真っ昼間からやっているとは。

8時過ぎに満席になったところで、ようやくバスは出発。左となりにはスーツを着たビジネスマンふうの人がいるほかは、みんなラフな格好の人ばかり。

椅子はすべているのに、途中でまた乗客をひろい、バスの入り口のステップのところに立たせる。ハーフウェイツリーから北に向かう。地図を見ると道路の中では一番いいAクラスの道路のよう。くねくねと曲がりくねった道をバスは走る。しばらくすると道路沿いに川が見え、河川敷で洗濯をしている人が2人ほど見える。運転手は知っている人が見えるとクラクションを鳴らし、指で合図をする。

昨日、行ったブルーマウンテンよりも山に緑は多い。特に目立つのが竹。道路沿いや山の斜面に竹藪がごろごろある。

いくつもの村を通り、1時間半ほどでようやく遠くまで見通せる景色になったところで海が近いことがわかる。道路の両脇には突然バナナ農園が現れ、バナナ畑を歩くツアーの看板も見える。

バナナ畑は広大で、どのくらいの広さがあるかもよくわからないくらい。10haや20haといった程度の規模ではない。

バナナ農園を抜けるとバスはすぐに海辺の道に出る。舗装されている道路の左側は砂浜で、白い波が打ち寄せている。幸いなことに天気がいいから、海の色もいい。

Annotto BayやBuff Bay、Hope Bayといった小さなまち・集落を抜け、11時過ぎにポートアントニオに到着。観光案内所もあるまちといういことで、これまで通ってきたまちの中では一番大きい。旅行客も何人か見える。

大きいと言っても市街地は500m四方ほどで3時間もあれば中心部はほとんどみれるくらいの大きさ。バスをおりて政府の観光案内所に行き、まちの地図をもらう。

ふらふらと歩いていたら建物の2階にベジタリアン料理の文字が見えたので、そこで昼飯を食うことにする。Chilliと書いてあった240ジャマイカドル(約400円)の料理を頼む。客はぼくの他に1人のみ。出てきたのは、ご飯と豆を煮込みみたいなもの。それから冷たい水も出してくれる。他と同じように飯の量が多い。

食べていると女性用の下着などを抱えたお兄さんが、店員にそれらを売り込みに来る。が、不発だったよう。早々に店から出ていく。

店を後にしてまた外を歩く。マーケットがあったので、そこに入る。ここもブルーシートを屋根代わりにした店が多い。野菜の品ぞろえはキングストンと同じくらい。黄色の大きなバナナがあったので、おやつ代わりに買おうとしたが、これは炊いて食べるものだからすぐには食べられないよ、と店のおばさんが教えてくれる。結局、マーケットでは何も買わず。

また中心街に戻る。ジャークチキンとジャークポークを売っているところがあったので、ポークの方を買う。焼いている金網の上では赤身よりも内臓の方が多く焼かれている。店の若いにいちゃんは、適当にミックスしてくれ、アルミホイルに包んでくれる。それで値段を聞くと800ジャマイカドルなどと言う。見た目は300~400gくらい。でも、店で飯を食べるのに200~300なのに800なんてあるか、と思うが、ちょっと怖そうなお兄さんだったので、多すぎるから400ジャマイカドルぶんにしてくれと頼む。するとお兄さんは3切れほど網に戻す。はっきり言ってあまり量は変わっていない。やっぱり相当ふっかけてきていたよう。

近くのケンタッキーの店の外にテーブルと椅子があったので、そこでそれを食う。めちゃくちゃ塩辛い。味見をしていないのか、こうした味なのかわからないが、3切れも食べるときつくなる。が、もったいないので完食。

お陰でのどが乾き、またふらふら歩き始める。歩いていたらちょうど椰子の実屋さんがリヤカーを止めていたので、そこで椰子の実を1個を注文。50ジャマイカドル(約80円)。鉈でうまく皮を削って飲み口を作ってくれる。通りがかった車の中から白人のおばちゃんがこちらにカメラを向けて写真を撮っていく。

椰子の実ジュースは今回の旅では初めて。前回飲んだのは98年に行ったインドネシア以来だから10年ぶり。ぼくの味覚からすると、うまいとも何とも言えない相変わらずの味。しかし、量はけっこうある。一口では飲みきれかったので、400mlくらいは入っていた感じ。

内側についている果肉も食べようかと思って、おじさんに言うと真っ二つに切ってくれるが、まだ若い実だったのか果肉はほとんどなく、スプーンで一口程度しか食えず。

腹はいっぱいだったものの、通りがかった店で地元の人が食べているスープが気になって、その店でスープを頼む。スープは大きいのと小さいのがあって、大きいのは1リットルくらいある。

ぼくは小さいスープを頼む。120ジャマイカドル(約200円)。豆を煮込んだような薄小豆色のとろみのついたスープが出てくる。スプーンでかき混ぜると中から豆の他に、キャッサバの固まりと大分県の団子汁に入っているような団子、牛スジらしき肉などが出てくる。店内には5人ほどのお客が飯を食っており、このスープだけ食べている人も3人ほどいる。その中にはデカい方のスープを食べている人もいるが、ボールみたいな皿で食っている。体は細身なのによくあれだけ食べられるな、と感心する。

ポートアントニオを歩いていて思うのが、イギリス系の人との混血らしき人が多いなということ。ボブ・マーリーもそうだが、細面でスラッとした顔の人が目に付く。スープ屋のおばさんたちもそうだった。

まちの中には中国系の人がやっている食堂もあり、そこは満杯だった。

マーケットの裏側の海に面したところはヨットハーバー兼公園として整備されており、カリブ海をクルージングしていると思われるヨットが5艇ほど停まっていた。いずれも持ち主らしき人はヨーロッパ系の人。

その公園を歩いてると制服を着た地元の子らが学校の帰りか10人くらいで固まっておしゃべりしており、その脇を通りがかったときに声をかけられる。

女の子が10人くらいと男の子が2人。聞くとみな16歳だと言う。女の子はだいたい160cmくらいあったので、そのくらいかと思ったが、男の子は小さかったのでまだ12歳くらいかと思っていた。

そのグループのボスらしき女の子がどこから来たのか、名前は何というのか、持っているカバンの中には何が入っているのか、電話番号は? といったことを聞いてくる。ただ、周りの子たちもなんだかんだと一斉に聞いてくるからうまく聞き取れないこともしばしば。

ぼくのカメラを見つけて、写した写真を見せてくれと言うので見せる。

男の子の方は、明らかに下ネタらしきことをこちらに言ってきて、それに乗って女の子もお互いにこの子は50ドルとかこの子は10ドルなどと言う。そして、この中の誰かと付き合わないかなんてことも。ふざけていることは、その様子からわかるが、16歳でそんなふうなことを言うんだと内心驚く。

20分ほどしゃべって、彼女らもバスの時間があるからと別れる。

公園内にキングストンで衝撃を受けたデボンハウスのアイス屋があったので、そこでアイスを買う。こっちの方が安く、ダブルコーンが190ジャマイカドル(約300円)。キングストンのは250ジャマイカドルだったので、1ドル近く安いが、味は変わらずうまい。

14時をまっていたので、帰りのバスを探しにバスターミナルに行く。ここもターミナルというよりも、ただごちゃごちゃとミニバスやタクシーが停まっているだけのところ。乗り場周辺は学校帰りの子ども達でいっぱい。バスが到着すると子ども達は我先にと乗り込んでいく。

運転手らしき人に適当に聞いて回ると、なんとかというまちまでこのミニバスで行って、そこからキングストン行きのバスに乗り換えろと言う。だが、それは面倒だし、カネも余計にかかりそうなので、ジャマイカに直で行くバスに乗りたいというと、指さしあっちの方で探せというようなことを言う。

バス乗り場付近には小さな露天が並んでおり、お菓子やジュースを売っている。バスはしばらく出そうになかったので、500mlの紙パックのジュースを買って飲んでいたら、サングラスをかけたおにいさんが話しかけてくる。

その人は、ジャマイカに何を見に来たのかとか、どれくらい滞在するのかといったことを聞いてくる。とりあえずボブ・マーリーの博物館に行くことが目的だと言うと、3曲くらいボブ・マーリーの歌を歌ってくれる(サビの部分だけ)。そして、自分はDJをしていてバハマかどっかのカリブ海の国にコンサートをしに行ったりするのだと言う。そして、ジャマイカのDJで知っている人はいるかと聞いてくる。

その他ポートアントニオは海がきれいで、自然も多く、他の観光地のようにカネ、カネ言う人もいない良いところだ、と言う。

たしかにそれはそのとおりっぽい。3時間くらいしかいないが、まちの雰囲気はいい。

14時半ごろ、キングストン行きのバスに乗り込む。例のごとく、満席になるまで出発はしない。

15時すぎにバスは発車。ドアが閉まらないほど人を乗せ、バスは走り出す。

行きと同じ道をバスは走る。山に入る前に乗客はだいぶ減り、ゆったり座れるようになる。

キングストンには6時過ぎに到着。ショッピングセンターで晩飯を食って宿に帰る。


おわり

ブルーマウンテンへコーヒー工場を訪ねて

2008.3.6(木)

2008.3.6(木)

日が射し始めた6時前に目が覚める。宿を出る準備をする。外では庭掃除に来ているおじいさんが、レゲエの歌を歌いながら葉っぱをかき集めている。

7時半過ぎに寝ている家の人を起こし、宿を出る。ここは安いから泊まるのはいいが、朝早く出ていこうと思うと家の人を起こしたりしないといけないので、気を使う。なので、ポートアントニオに行くことことにして、今日、宿を替えることにした。

荷物を背負ってハーフウェイツリーのバス乗り場に行く。宿の近くまでバスで行こうと思ったが、あいにくこの時間は通学・通勤時間のようで、宿の方面に行くバスはステップのところまで満杯。

しょうがないので、途中まで歩いていくが、宿まで5km近くあるので、途中のバス停でバス待ちをする。タクシーでもいいかとタクシーも探すがどれもいっぱい。20分ほど待って、普通のバスより豪華なバス(日本で言えば長距離バスのようなバス)が来て、それは乗れそうだったので、それに乗る。

宿に近いバス停でおり、歩く。バス停から新しい宿までは1~2kmほど。人気のない道ぞいを歩き、20分ほどで新たなホテルに到着。

昨日、予約していたのでその旨を伝える。キーデポジット代500ジャマイカドル、と宿泊費1泊ぶんの2000ジャマイカドル(約3500円)を払う。飯はついていないが、施設はとてもきれいでプールもあり(ぼくは使わないけど)、部屋にはテレビもある。ぼくからすれば高級ホテルに入る部類が30USD程度だから安い。

ここには白人系の旅行者が多い。まちではぜんぜん見ないので何をしているのか謎だ。

荷物を置き、外に出る。今日はあまり天気がよくない。

予定では今日、ポートアントニオに行く予定だったが、すでに9時を過ぎていたので、これから行くには遅すぎると思い、予定を変更。ブルーマウンテンに行く交通機関の下見に行くことに。

ロンリープラネットに載っていたとおりに、ハーフウェイツリーからPapineというところまでは路線バスで行く(50ジャマイカドル)。そこでブルーマウンテンの村々に行くミニバスを探す。停まっているミニバス(15人乗りのトヨタのワゴン)に乗っているおばさんにコーヒー工場に行きたいというと、このワゴンで行けるという。今日は、交通機関の確認だけと思っていたが、ここまで来たのでコーヒー工場まで行くことにする。
ワゴンに乗り込み、発車を待つ。

30分ほど待って、客がいっぱいになったところで車は発車。すぐに曲がりくねった山道に入る。窓から外を見ると山の斜面に張り付くように家が建っているのが見える。ブルーマウンテンとは言うものの、思ったほど森は深くなく、山肌がすっかり見えてしまっている山もある。

1時間ほど登り続け、そして下りの道に変わる。ポツンポツンと家が数軒。道の両サイドは山で谷間を車を走る。家が立っているところの斜面には何か作物が植えられている。ほんとに人里離れた山奥の地域という感じ。

1時間ほどするとCoffee Factoryという看板を道沿いに発見。一緒に乗っていたおばちゃんが1人降りたので、ぼくもそこで降りる。料金は70ジャマイカドル。1時間以上乗ってこの値段とは安い。そのおばちゃんはコーヒー工場の看板にある矢印のほうに歩いていく。

ぼくは周りの景色を少し見て、おばさんが歩いていった道をたどる。その道を歩いていくと香ばしい香りがして、正面に小さな工場が見えてきた。

ちょうど12時すぎで、お昼時だったので働いている人たちは手に弁当などを持ち、昼ご飯を食べようとしているところだった。工場の門の入り口には工場に勤めている人を狙って飲み物などを売りに来ているおばさんが1人いる。

入り口の門をくぐって、適当に中をみれるか聞くとあっちの事務所の方に行ってと言われる。ツアー客用のショップ兼待合室みたいなところがあり、そこにいた女の人に聞くと、中は見れるがこれから昼飯なので、食事が終わるまで待っていてと言われる。

そのショップ兼待合室には、この工場の創設者について書かれたポスターや商品ができるまでの行程を写真入りで説明したポスターがある。そして、ここで作っている商品の見本も。また日本語で書かれたUCCの商品の見本もある。

喉が乾いたので、何か飲み物がないかと聞くと、コーヒーでいいならここで出せると言われる。せっかく工場に来たのでコーヒーを一杯いただく。ツアーに参加するなら料金はいらないとのこと。コーヒーの味はわからないので、何とも言えないが苦みは少なく、うまいことはうまい。

30分ほど待って、案内してくれるおばさんがやってくる。そのおばさんは同じミニバスに乗って来た人だった。ツアーの値段を聞くと1000ジャマイカドル(約1500円)と言う。ボブ・マーリーでも500ジャマイカドルだったので、その程度を想定していたのだが、予想外の料金。しかも今日、持ってきた現金は2000程度。

お金が足りるかわからないと有り金を手元に出すと、おばさんはぼくの手元から800ジャマイカドルほどとって、これでいいからと案内を始めた。

工場で働いている人は女の人が多かった。年齢は20代くらいの人から50代位の人までいる。工場と言っても建物は倉庫みたいに簡単なものばかり。

まずは豆を選別している人たちのところで、選別作業を見せてくれる。みんな手作業で豆の選別をしている30%ほどがボツになるらしい。

それから豆を地面に広げて乾燥しているところとどでかい乾燥機を見せてくれる。また、ツアー客用に植えているコーヒーの木も見せてくれる。ベトナムで見た木よりも小さく、雑木かと見間違えるほど。

その後、豆を麻袋に入れて保管しているところやコーヒーを煎って、粉にしているところを見せてくれる。

乾燥機の担当らしき人など、2人くらいは椅子に座って完全に寝ていたのだが、案内しているおばさんも何も言わず、そのまま。また、選別作業をしている人たちもおしゃべりしながらの作業。けっこうのんびりしている。

ここでパック詰めされたコーヒーの7割ほどは日本に行き、残りはアメリカやヨーロッパに行くらしい。

ツアーは1時間もかからず終了。帰りにもう1杯コーヒーを飲んで帰る。

しばらく山道をキングストンの方面に向けて歩く。かなり不便なところなのに、けっこうな豪邸が建っていたりもする。谷間には川が流れており、風景はとてもいい。

適当に通りがかったミニバスを停めてPapineに戻る。PapineからIrish townと行き先を書いたミニバスがあり、それがどんなところか気になったのでIrish town行きのバスに乗り込む。

これも30分ほど待って客がいっぱいになったところで出発。

こちらもすぐに登りの山道に入る。40分ほどするとキングストンのまちと湾を一望できる道に出る。また、こちらにもコーヒー工場があり、アイリッシュタウンに入ったところで、コーヒー工場の看板の前を通り過ぎる。こっちは地球の歩き方にも出ているUCCの工場のよう。さっき行ったところよりも入り口が立派だ。

とりあえずミニバスの終点まで行く。終点は道端に小さなお店が3軒ほど並んでいるところで、斜面にコーヒーやバナナなどが植わっており、家も斜面に数軒建っている。

バスを降りると、その店の前でおしゃべりしていた人たちがこちらに注目する。そして、ラスタの格好をしたおじさんが、親しげに話しかけてきて握手をしてくる。なにやらおじさんは言うのだが、やはり発音がよくわからず聞き取れない。2~3度握手を繰り返し、ようやくおじさんは解放してくれる。

店のうち1軒では野菜を売っていたので、それを撮影。隣に立っていた若いお兄さんに農業に興味があるんだというと、それならと道ばたに植わっていたバナナやココナッツ、コーヒーの木などを案内してくれ、写真を撮ったらどうだとすすめてくれる。

キングストンのまちが一望できたポイントまで歩いて下ることにする。途中、10代後半から20台前半くらいのにいちゃんたち6人ほどが道ばたでおしゃべりしており、何人かはマリファナを吸っているようで、それらしきにおいがする。

ぼくを見つけ、”チャイナマン?””ジャパニ?”と聞いてくる。ジャパニーズと答えると空手はやっているかと、聞いてくる。メキシコやキューバでは空手については聞かれなかったが、どうもここでは空手はけっこう広まっているよう。

にいちゃんのうち1人が空手のまねしてアチョーなどと言っている。最初は、変にからんでくるかと思ったが、杞憂だった。

20分ほど歩くと、例のUCCのコーヒー園の入り口に着く。入り口のところがバス停になっていることもあり、5人くらいの男の人がバス待ちをしていた。ぼくを見つけるとまたもや1人の人が声をかけてきて、どこに行くのかと聞いてくる。それでまちが一望できるところまで歩いて行っているというと、ここはUCCのコーヒー園だが、知っているかと聞いてくる。そして、中を見たいかと聞いてくるので、遠回しに看板に予約しないと入れないと書いてあるし、16時まで(この時点で15時50分だった)とあるからいいよ、と言うと、自分が案内するから大丈夫と言われる。

ただ、日が暮れる前に一望できるポイントに行きたかったので、また時計に目をやると、その様子から察してか、別のおじさんが彼(=ぼく)は、まちが見えるポイントに早く行きたいようだというようなことを、コーヒー園に誘ってくれた人に言ってくれる。

そのおじさんの助け船にのっかり、ぼくはおじさんたちと別れ、また歩き出す。

雲が多い空だったため、まちを一望できるポイントに来てもそれほどきれいには見えなかったが、まぁ、しょうがない。

適当なところでバスに乗り、キングストンに帰る。

宿に戻る前にデボンハウスで今日もダブルコーンのアイスを食べる。

暗くなっていたので、宿で飯を頼むが、これが500ジャマイカドル(約900円)もした。普通の食堂で食えば半値なのに。この晩は魚の料理を頼むと、ぶっとい骨付きの魚の唐揚げが出てくる。やっぱりまちで食べた方がいいと反省。

夜は、テレビを見る。7時過ぎからはニュースをやっている。昨日行ったスパニッシュタウンで警察に8ヶ月の子どもが撃たれて死亡したというニュースが流れる。なんでも無許可らしいタクシーを警察が追っかけていて、そのときに発砲した弾が子どもに当たったよう。テレビには泣き崩れる親と段ボールに"Police is baby killer"などと書いて抗議している人たちの様子が映し出されている。タクシーを追っかけるくらいで発砲してしまうその感覚にキングストンの歴史を感じる。

スポーツのコーナーでは高校生のバスケットボールの決勝戦の結果やクリケット、ユースの陸上大会の結果などが流れる。キューバではあれほどあった野球についてはまったくない。

また、キングストンでは街角で野球している姿もまったく見ることはない。そもそも子どもが道ばたで遊んでいるのをあまり見ないので、まちの造りが違うといった理由だけではなく、治安の面の問題もありそう。

ニュース番組の後は、BBCのドラマみたいものを放送する。別のチャンネルではDJのコンテスト番組をやっている。これはジャマイカらしい番組だ。

ちなみに画面の右下にはRoad to Beijingというロゴがずっと映っていた。それだけ国としてオリンピックに力を入れていることか? 

おわり

宿の移動、両替と本屋、ダウンタウンを少々

2008.3.4(火)

昨晩はわりと早くに寝たので5時には起きる。しばらく日記などの整理。

昨日、一緒に行動した人が朝一で両替に行くというので、一緒に行く。宿から歩くこと15分ほど。中心街のショッピングセンター内にある両替所に行く。9時すぎなのにすでに行列ができている。

行列が消えるまで他の店を見てまわる。ナイキやリーボック、プーマなどブランドシューズを扱う店や服屋、貴金属店、インターネットのプロバイダー業者、パソコン屋、本屋などがある。

本屋の前を通るとショーウィンドーにはジャマイカに関する本がまず並べられている。奴隷貿易の話やジャマイカに生きてきた人の抵抗の話、マーカスガーベイ(黒人奴隷解放運動の先駆者)、マーチン・ルーサーキングやマルコムXなどの本がずらり。さっそく店内に入ると入り口に近いところにジャマイカに関する棚があり、そこに奴隷貿易や砂糖プランテーションに関する専門書などがある。値段を見ると2000ジャマイカドル代(約3000円)。あまり日本と変わらない。もっともほとんどがアメリカなどで出版されたものを輸入してるよう。

また、キューバのフィデル・カストロのインタビュー本もある。これはロスの古本屋で40ドルで売っていたものと同じ。買うかどうか迷う。3~4cmくらいあり重そうなので、とりあえず最終日まで判断は保留。辞書はオックスフォードばかり。その他学校で使う教科書やノートもある。

しばらく本屋を見て、本題の両替。キューバではIDのいらない両替所ばかり使っていたので、ここでも同じ感覚でパスポートを持たずにやってきたが、両替するにはIDが必要だと言われる。

今は持っていないと言うと、しょうがないなぁ、というような顔をして、白紙の紙をこちらによこし、名前と滞在先を書いてと言われる。ぼくが泊まっている宿の名前を窓口の人は知っていて、その影響力もあってか今回は両替してくれる。

両替のレートは1USD=70.10JMD(ジャマイカンドル)。昨日替えた空港でのレートは1USD=63.3JMDだったから断然こっちの方がいい。

それから今日から2泊する宿の位置を歩いて確認しに行く。日本人宿と聞いていたので、日本人がやっているところかと思いきや日本語が多少できるジャマイカ人がやっている宿で、彼らの家の一室を民宿のように提供しているようだった。

宿の人に夕方に来ることを伝えてから、しばらくツーリストインフォメーションを探す。またミニバスに乗るが、降りたときには目的地をだいぶ過ぎていて、道を歩いていたおばさんに聞いてもだいたいの方角は教えてくれたが、わからなかった。30分ほど歩き回ってもわからなかったので(地図を持っていなかったし)、宿に戻ることにする。

チェックアウトの時間が昼の12時なので、荷物を部屋から出さないといけない。宿に戻って荷造りをして、ロビーで荷物を預かってもらう。その際、宿で売っていた『ボーン・フィ・デッド ジャマイカの裏社会を旅して』(ローリー・ガンスト著、森本幸代訳、MIGHTY MULES' BOOKSTORE、2006)を買う。1200ジャマイカドル。

午後はボブ・マーリーミュージアムに行こうかとも思っていたが、やっぱりとりあえずバスに乗ってみようと思い、バスターミナルに行く。ターミナルではレゲエ(?)がかかっている。同じ音楽が何度もかかっているので、どうもターミナルのテーマ曲のよう。

まずはダウンタウンに行ってみようとダウンタウン行きのバスを探す。柱にずらっとバスの番号と行き先、乗り場が書かれており、簡単な路線図もある。電光掲示板には発射が近いバスから順に行き先と乗り場が書いてあるので、人に聞かなくてもわかるようになっている。

それを見てダウンタウン行きのバスがわかったので、さっそくそのバス乗り場に行ってバスに乗り込む。ほとんどのバスが後ろのドアから乗って前のドアから降りるスタイル。車体にはベルギー製とある。わりとバスはきれいで外見がたまにボロなものもあるが、中は日本の普通のバスと遜色ない。

後ろのドアから乗り込むとそこで料金を払う仕組みになっている。ドアのステップを上がるとそこに乗務員がいて、みんなのチケットを見ている。ぼくはその場でカネを払えばいいのだろうと思い、チケットを持たずに乗り込んだのだが、その乗務員のおばちゃんにあそこでチケットを買ってきてといわれる。

乗務員のおばちゃんがあそこと指さした先にはチケットの窓口があって、人がずらっと並んでいる。その様子はバスに乗る前にも見ていて、あそこでチケットを買うのだろうなと思ってはいたが、待ち時間が長そうなので先に乗り込んでみたんだけど、結局、こうなった。

これじゃあ、何本かバスを逃すなと思っていたところ、最初はなにをしているかわからなかった人たちがバス専用のプリペイドカードを売っていることに気づく。

チケットの窓口がある通路の横に長机を出して、レジが3台とそれぞれにパソコンとスタッフが1人ずつついている。なにやらカードを売っているなというのはターミナルに入ったときにわかったのだが、クレジットカードのキャンペーンかと思っていた。

それがよく見るとバス専用のプリペイドカードで、カードの価格の10%ぶんがサービスされるとある。ただし、購入金額は300ジャマイカドル(約500円)から。午前中にインフォメーションを探すときに道ばたのバス停から一度バスに乗っていたので、バス代が1回50ジャマイカドルというのはわかっていた。

300とすると6回ぶんなので、それくらいは乗るかとこちらを買うことにする。レジの人に300ジャマイカドルぶんくださいというと、名前と電話番号を紙に書いてと言われる。名前は書いたが、電話番号はないというと、それはそれで大丈夫だった。

新品のカードを機械の上に載せ、その機械とつながっているパソコンを使い、カードに情報を入力する。手続きはスムーズで5分もかからずに完成。テレフォンカードと同じ大きさだが、分厚い。表には"Smart Card"と書かれ、カードの下部には失くしたり、盗まれたしたときの連絡先も書かれている。

これをもって、さっきのバスに行く。幸いまだバスは出ていない。これを乗務員に渡すと、読みとり機械の上にカードを乗せ(日本のように差し込んで読みとるタイプではない。日本の仕組みと比べると、いわゆる”改札でつまる”ことがないぶんこっちの方がシンプルなように思う。ただ数秒余計にかかるけど)、乗務員がなにやらボタンをピッポッパと押す。そしたらレシートのようなチケットが出てくる。長い。20cm以上ある。

バスは時間通りに発車。大きな通りをバスは南=海に向かって進む。繁華街以外はやはり人通りは少ない。

30分ほどでダウンタウンに着く。これまでいたアップタウンとはまた違う雰囲気。バスを降りたところの一帯がマーケットになっているようで、雑多に商品を並べた、と言うよりも積み上げた店がずらっと並んでいる。そして人がいっぱいいる。

昨日、今日とアップタウンしか見ておらず、人が少ないなという印象だったが、ここに人がいた。

バスを降りて店が集まっている通りに向かう。道路をわたろうとしたらPoliceと書いたワゴンが、目の前を走っていく。そのワゴンを見て、路上にスリッパなどの商品を並べていた人たちが商品を撤収して引き上げようとする。だが、ワゴンは止まることなく、過ぎていったので、また商品を並べなおして商売を再開している。

しばらく付近をふらつく。服屋や薬屋、生活用品などの店が多い。ここも量は豊富。

道ばたにはごみがずらっと落ちている。あちこちから大音量のレゲエやラップのような音楽が聞こえてくる。

しばらく歩くと野菜市場の一画に出る。でかいカボチャにキャベツ、いんげん、じゃがいも2種類、人参、豆類など日本でもおなじみのものからヤムイモやアキーと呼ばれる見た目は果物(だが、炒めて食べる)のようなもの、それからサトウキビや椰子の実なども売られている。

歩いていると”ジャパニー”とか”チャイナマン”とかと声をかけられ、野菜を買ってかないかと言われる。みんなブルーシートを屋根代わりにした簡易店舗。メキシコのように建物の中にはない。直線にすると200mくらいにわたって店が並んでいるが、どこの店も品ぞろえはほぼ同じ。

その野菜の市の隣に大きな建物があるが、魚市場なのかすでに片づけられて、人影もない。

歩いているとたくさん店が並んでいる通りに武装した警官(軍?)を発見。3~4人だがでかい銃を抱え、ヘルメットに防弾チョッキといつでも戦闘ができるような格好をしている。メキシコシティでも武装した軍人らしき人が車に乗ってパトロールしていたが、こんなに人がたくさんいるところに、こうして武装している人がうろうろしているのを見るのは初めて。

人と店でごった返している一画を離れて屋根のあるアーケードの通りを歩く。貴金属兼電気店が10軒近く点々とある。日本でも電気屋で時計を売っていたりするが、この組み合わせが面白い。店に入ってみると、ショーケースの中は時計やアクセサリーが展示されており、壁沿いの棚に電化製品が並べられている。

パソコンはあまり見ないが、コンポなど音楽を聴くための製品が多い。1つの店にはiPodクラシックもあった。値段は600ドルほど。あとデジタルオーディオはMP4プレイヤーがhとんど。USBのメモリスティックなども売っている。

歩いていたら前方に海が見えたので、海まで行く。海岸沿いには10階はある近代的なビルが建っている。

近くにあるクラフトマーケットに行ってみる。どんなところかと思っていったら、平屋のコンクリートの建物の中にたくさんのお土産屋が入っているところで、ぼくがその建物の中に入ったときは他に誰も客はいなかった。ボブ・マーリーなどジャマイカらしい柄のTシャツやカバン、小物などの他少しだけ竹製らしいかごなども売っている。

他に客がいないからぼくにみんなの視線が集まり、次々と店を見ていけというような声がかかる。特に買いたいようなもののなかったし、どこかの店に寄ったら買うまで話してくれないだろうなと思い、すらっと歩き抜ける。あまりめぼしい物はなし。

新しい宿に明るいうちに歩いて移動したかったので、16時頃にはダウンタウンを出る。またバスに乗り、ハーフウェイツリーに移動。そこから荷物を置いている宿まで歩き、荷物をピックアップ。

それを背負って新しい宿に向かう。

午前中確認したところ、歩いて20分ほどだったが、見事に道を間違う。だんだんと日が傾き、薄暗くなってくる。完全に日が落ちたらわからなくなるだろうなと思い、焦る。しかも、全財産を持っての移動なので狙われたら一発でアウト。

マズイマズイと思いながら、表にいた人がいる家で道を聞く。だいたいの方向はその身振りなどからわかるのだが、はっきりとどこをどうと言っているのかがわからない。

とりあえずわかった範囲で動き、そこでまた人に聞くが、歩いている人は、ぼくが行きたい通りの名前を知らない。どうしようかと思っていると、事務所のようなところがあり、そこに門番みたいな人がいたので、その男性に聞く。するとだいぶ近くまでは来ていたようで、まっすぐ行けばその道と交差するという。

そんなこんなでやっとこさ宿に到着。日が落ちた6時半くらいだった。

公式の宿ではないのか、普通の宿であれば必ずあるチェックインの手続きはなし。部屋を案内され、南京錠を渡される。

その部屋はどうもここに住んでいる家族の子どもが使っている部屋のようで、部屋にはいるとその男の子が来てここは触ってはダメとタンスを指さす。かまって欲しいのか、その子は部屋の中をうろちょろして、いろいろ質問してきたりする。ぼくの時計を見て、日本人が来ると自分はいつも時計を見せてもらってるという。

彼はパトワ語を使い話すので、自分をさす一人称が"I"ではなくすべて"Mi"。話しているときに何か用事をおもいだしたのか、親がいる部屋に行くときには"Mi soon come(ミ スーン コム"と言って出ていったりする。ちなみにこちらでは”来る”のcomeを”カム”とは発音せず”コム”と発音する。

部屋は8畳くらいで広い。ベッドが1つにソファがあり、別の部屋から扇風機が持ち込まれる。扇風機はカバーが外れていて羽が向きだし。首を振らせて使うのはあまりよくないと言われる。

だいぶ汗をかいたのでシャワーを浴びる。彼らの部屋を横切り奥に行ったところにシャワーはある。昨晩泊まった宿では問題なくお湯が出たが、ここは水量が少なく、ぼたぼたって感じでシャワーからお湯のような水が出る。普通の家はこの程度なのか。

シャワーを浴びて部屋に戻る。すると男の子がいて、ぼくの時計を手首に巻いている。シャワーに行く前に貸してというので渡していたのだが、彼には大きくて手首にうまく巻けなかったのが、今、見てみるときちんと巻けている。どうやって巻いているのか聞くと、勝手に„自分の手首に合うようにバンドに穴を開けて巻いていた。

明日の朝には返すから借りていてもいいかと聞くので、OKする。しばらく彼は部屋にいる。それで今日、買った地図を見せて、あちこち行ったことがあるか聞いたが、キングストン近郊のまちにも行ったことはないよう。

年齢は9歳(だったと思う)。給食を食べて、14時半には学校が終わるらしいが、15時すぎには帰っていないと母親から怒られるという。彼の兄弟はほとんどがカナダにいるというので、なぜか聞くと自分はカナダ人だという。なぜカナダ人なのかは聞かなかったが、何がどうなっているのか不思議だ。

そのうち親に呼ばれて彼は部屋を出ていく。ぼくは部屋で買った本を読む。

蚊に数カ所くわれる。ジャマイカでは去年だったかにマラリアが久しぶりに発生したらしいので、それでなければいいのだが。

おわり