ナスカに着いたのは、2008年4月24日の夕方。リマから乗ってきたバスを降りて、宿があるまちの中心部に向かって歩き始めたとき、トラベルエージェントやなんともなしにすれ違った人たちからかけられた言葉に、めちゃくくちゃな違和感を感じる。
彼ら(基本的に声をかけてくるのは男ばかり)は、ぼくに向かってなんと言ったか。この旅も3ヶ月目を終わろうとし、その間、各地で”チーノ”だとか”チャイナマン”とか”ミスターチン”とかと声をかけられてきたが、ここでかけられた言葉は、それのどれでもなく初めて聞く言葉だった。
”トモダーチ!”というのがそれである。
例えば、トラベルエージェントの店の前を通れば、”トモダーチ、ココ、ニホンノガイドブック二ノッテル”と地上絵を見るためのチケットを買わそうと声をかけてきたり、路上でアクセサリーを売っているラスタ系の格好をした白人系の人もぼくを見るなり”トモダーチ!”と言ってきたり、車ですれ違いざまに若いあんちゃんがやはり”トモダーチ!”と言ってきたり、さらには子ども(女の子)を自転車のハンドルに乗せて家に帰る途中のお父さんが正面からこちらを見て、”トモダーチ”と言ったり・・・。
ちゃんと数えてはいないが、1日と半日しかナスカにいなかったのに、おそらく10人以上にそうやって声をかけられたのである。こんなに声をかけられるのは、キューバでの”チーノ”以来。
ここでの”トモダーチ”もただ気づいてもらいたい、というか、日本人を見たらつい言いたくなって言ってしまうというキューバと同じタイプのようだが、これが気持ち悪くてしょうがない。よって、無視したこともしばしば(う~ん、心が狭い)。
なぜ”トモダーチ”と言ってくるのか? 単純に考えれば、こちらの人たちが日常的に使っているアミーゴの日本語訳版として、使っているというのが適当な解釈だろう。ただ、なぜナスカでこれほど”トモダーチ”が普及しているかは謎だ。これも妥当なところで言えば、ただ単に日本人観光客が多いからということになるのだろうが、他のスペイン語圏でそんなことを言っているところは、これまでなかったから、もしかしたらナスカには”トモダーチ”の火付け役がいるのかもしれない。
もし、その火付け役がいたとして、それが日本人だとすれば、その人は大いなる間違いを犯したと言うべきだろう。なぜなら、日本では”トモダーチ”なんて呼びかけはしないから。
”トモダーチ”と声をかけられるくらいなら、ぼくは”こんにちは”と言われた方がいい。だって、これならこちらも”こんにちは”と返せるから。
”トモダーチ”と言われて違和感というか、居心地の悪さを感じるのは、そういう言い方をしないということだけでなく、言われてこちらはなんと返していいものか、いちいち思案してしまうから。こっちもそれに習って”トモダーチ”とすぐに返せるほど、ノリがよければいいのだが、あいにくつい、考え込んでしまう質(たち)のぼくは、そこで立ち止まり苦笑いをしてしまう。
そしてふと映画の字幕翻訳や小説等の翻訳では、この問題をどうしているのだろうと思うのです。
ある言葉を別の言語で言い表したいとき、その言葉にまったく対応した言葉が、その別の言語にあるとは限らない。
スペイン語のアミーゴという言葉も、確かに”友達”という意味を持ってはいるが、例えば、こちらの人がバスの運転手に”アミーゴ”と声をかけるときの”アミーゴ”は、日本語で言う”友達”ではまったくない。こうした場合のアミーゴを日本語にするとすれば、”すみません”とか”ちょっといいですか”といった言葉に置き換えた方が、日本語としては適切だろう。
アミーゴと同じく、中南米のスペイン語圏では、呼びかけの言葉としてセニョールやセニョーラ、セニョリータという言葉が使われる。ハイチではムッシュなどと呼びかけたりする。
これらについても、現在日本で使われている言葉の中には、それに相当する適当な言葉はないと言っていいだろう。落語の世界であれば、”旦那”や”奥さん”、”お嬢さん”がそれに相当するのだろうが、今やそういう言葉は、業界用語(例えばテレビショッピングなど)でしか使われなくなっている。
この他にもスペイン語には(まともに勉強したわけではないけれど)、日本語でいう”ない”という言葉がない。それに対応する言葉は”No hay(ノーアイ)”という言葉であり、文字通り”hay(アイ:ある)"という言葉を打ち消す形でしか表現方法がない(よう)。だから、日本語で例えていうと、”ありません”という言葉はあるが、”ないです”という言葉はないのだ(と言い切っていいのかはわからないけど)。
元の話に戻すと、”トモダーチ”と言われても、スペイン語でアミーゴと言われるほどには親近感はもちえない。それどころか、その言い方なんとかしてくれん?、と言いたくなるのです。
要はそれほどまでに言葉は多面体であるということで、それを無視して直訳的に言葉を置き換えると、まったく気持ちの悪いことになるということ。
以下は蛇足だが、英語を勉強し始めたときに、こんなことを知っていれば、もっと英語の言葉と日本語の言葉の違いを楽しめたのに、なんてことも思うのです。
※参考文献
西江雅之『言葉の課外授業』
6 件のコメント:
うーん、おもしろい。
アミーゴと同じように
トモダーチと延ばすところが同じなんだ。
アミーゴと友達と使われ方が
違うのに加えて日本人観光客が多いのも
一因なのでは?
言語を習得する際、言葉同士のギャップを
楽しむのもひとつだよね。
やはり、「トモダーチ!」と言うのが正しいんだと思うよ。日本語は主語を省略しても全く平気な言語なので、呼びかける言葉も省略されてしまい、結果として曖昧な表現が発達したのだと思います。
ペルーの人が「アミーゴ」と呼びかけるのは、ものすごく相手を意識した言い方だと思うんですね。それに対し、日本語の「すいません」は、相手への意識が希薄。だから無視されても傷つかないというメリットもある。やっぱり違うんですよ。
それより私は、鈴木あみ(現:鈴木亜美)のことを「アミーゴ」と言うことに違和感あり!アミーゴは男性名詞。アミーガというべきなんですよね。
トモダーチ!!!
ねぇねぇ~ナスカのこともっと書いてよーー!
くりも7月に行きます!!
年々日本人観光客増えてるげなねー。
うちもいったら
「トモダーチ!!」
と両手を振って答えたいと思います!
わくわく♪
▼リマでデモです。お気をつけ下さい。
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-31602220080501
April さん
トモダーチと伸ばすのは、スペイン語のアクセントの規則によるものですね。つまり、単語の後ろが母音続きだと後ろから二番目の母音にアクセントがつくことになっています。だから、日本人の名前を呼ぶ時もこちらの人たちは後ろから二番目にアクセントを付けていいます。例えばフジモーリなど。日本人観光客が多いってのは確かにそうだろうね。なすかの方言として定着したら面白そうだけどね。
kaw-kaw さま
コメントありがとうございます。主語の省略であれば、スペイン語も日本語同様、主語を省いてもわかる言葉です。そのかわり動詞の形で主語を判断するというのはご存じの通りです。ですが、聞く限りでは日本語ほどには省いてはいないようです。 ですので、あいまいかどうかという問題ではないと思います。日本語の言葉としての友達を基準にして考えるか、それともスペイン語のアミーゴを基準にして考えるかで議論が変わると思いますが、この場合、日本語としての友達という言葉を取り上げていますので、やはりこの点ではスペイン語で呼び掛け時に使うアミーゴにあたる日本語は今は一般に使われていないというのが適当だと思います。
たとえば、運転手が客に向かって、また逆の場合、日本語では運転手さんとか お客さん といった職業名などにサンをつけて呼びます。これが一部のアミーゴには対応していると思います。また、一部の地域や場面によってはおまえさんとかそちらの方とかという言い方もするので、それも一部のアミーゴに対応していると思います。が、道端で初対面の人にアミーゴというのは今の日本語はにないといっていいと思います。
アミーゴという言い方が相手を意識しているかどうかは、ぼくはよくわかりません。アミーゴということが当たり前の世界に生きている人にとっては相手を意識しているかどうかというのは、意識にないとぼくは思います。3歳くらいの子確が運転手のおじさんにアミーゴと言っているのを見ると、そう思います。
たしかにスペイン語には"オイガ"という日本語の「すいません」にあたる言葉がありますが、これはほとんど聞くことはありません。そもそもこの言葉は使わないような習慣になっているのかもしれませんが、もし、オイガを使う場面でアミーゴと言っているのなら、それは相手を意識しているのかもしれません。でも、「すいません」も無視されるとちょっとイタイと思うのですが。
鈴木あみの件は、ぼくも大学でスペイン語を齧った時に思いました。スペイン語に則るならアミーガですが、ナスカのトモダーチと同じような感覚で使っていると言ってしまえないこともないかと。
あとでもの情報ありがとうございました。ぼくがリマにいる時も2度ほどデモをやっていました。今日もクスコでデモをしていました。ちなみにデモとは関係ないですが、タクシーの運転手や市場の人などにもとにかく気をつけろとよくいわれます。
くりこさま
ナスカの件は、別途アップしますので、お待ちあれ。
Hi there! I started reading your diary from the begining! "Chino" means Chinese! So whomever they sees you, you look like just a chinese man. So many people calls me "China", a chinese girl in california. All asian looks and included as Chinese....
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