2008年7月6日日曜日

コロニアイグアスで沈滞

08/06/05

6時過ぎに朝日で目覚める。イグアス移住地の30年記念誌を読みながらバナナの朝食。

午前中は、本読み。

宿にあった日本語学校の文集『はばたき』の13号(1998年度)と18号(2003年度)を読む。中学2年生が書いた「私の願い」という文章は、パラグアイの問題点とパラグアイが今後いい国になっていくためのいくつかの提案をしていた。それによるとパラグアイの失業率は15%。仕事を増やすために工場を造ればいいと思うが、その時に問題になるのが国の税金。工場を造るのに多額のお金が必要で、それがネックになっていると指摘し「パラグアイの政治をする人が、自分のもうけることだけを考えるので、パラグアイの国は全然よくなりません」と言い切っているのがすごい。

もう一つ17歳の子が書いた「もっと政治に関心を」でも、同じように政治が悪いことを指摘している。(以上、18号)

13号で印象に残ったのは、15歳の男の子が書いた「僕について」という文章。文頭に引用している言葉はエヴァンゲリオンのシンジの言葉。「僕って何だろう?」など。特に気になったのが次の部分。友達同士で話をしている時に、「パラグアイだからしょうがないよ。」という言葉をよく使うらしい。「パラグアイで生まれた僕達にとって、この言葉は、ごく当たり前のような口振りで話されています。きっと、頭のどこかであきらめのようなものがあるかもしれません」と彼は書いている。

「パラグアイだからしょうがないよ」という言葉は、明確にパラグアイ以外の国を想定して言っているように思える。’子どもが’日常的にこうした物言いをすると言うことは、パラグアイと他の国々とを比較し、パラグアイの悪い点について日常的に聞かされているからなのではないか。そして、その比較の対象となっているのはおそらく日本なのだろう。日系以外のパラグアイの子等がこうした言葉を使うのかどうかが気になるところだ。

昼前に宿を出て、散歩。昨日とはうってかわって爽快な青空。昨日と同じように長袖シャツを着て外に出たが、歩いていたらすぐに暑くなってしまったので、薄着に着替えに帰る。昨日見てなかった道路の南側をちらっと歩く。食料品店が3軒ほど、やっているのかわからないカジノ、ディスコ、自動車屋、農業機械屋などの他は家と農地のみ。

人通りも少なく、畑仕事はもっと奥地でやっているのか、近くの畑には人気もない。

地面は多少乾いたために、昨日のように靴底に土がへばりつくようなことはない。ただ、土質を考えると乾燥したら乾燥したで、風が吹けば簡単に飛んでいきそうな感じだ。

昼飯をガソリンスタンドに併設されていた食料雑貨店兼レストラン(と看板にあったが、イメージは食堂)でとる。店内に日系1世らしいおじいさんが一人でビールを飲んでいた。こんにちはと挨拶すると、こんにちはと返してくれるが、会話は特にせず。

隣の席の人と同じものを注文。白米、蒸かしたキャッサバ、レタスとトマトのサラダ、目玉焼き、牛のステーキ、炊いた黒豆などが出る。味付けは基本的に塩のみという感じで、さらに塩気がきつい。毎日、汗を流しているわけではない自分のようなものにとっては、ちときつい。

その後、宿に帰る。午前中、移民資料館などの案内を頼んだところ、16時頃すぎになるというので、それまで宿で過ごす。テレビ、マンガ、持ってきた本などで時間が過ぎる。

テレビで見たのは、NHKの社会シミュレーション学とかいうのをやっている学者と爆笑問題がやりとりする番組と”そのとき歴史が動いたー後藤新平編”。

社会シミュレーション学というのは、異なる専門の人たちが一緒に問題を考えられる材料を提供するという役割を目指しているらしい。この番組で例に挙げられていたのは、感染症のシミュレーションで、感染症のデータや都市計画のデータなどをパソコンに覚えさせ、ある政策を取ったときにどういう結果になりえるのかをシミュレーションし、その結果を材料にしてよりよい解決策を考えていく。そういうようなことが主旨だった。

結局、18時になってもお呼びがかからず、資料館行きはなしに。後でわかったが、こちらが宿の受付までいかないといけなかったよう。宿にいれば呼びに来てくれると勝手に思っていたのが、まずかった。

宿には大挙して新たな客が来た。どっかで出会った7人で来たという。男女7人でだいたい20代っぽい。

18時頃、宿のオーナーらしきおじさんが彼らにちょろっと話をしていたのを途中から聞く。入植当時は、蛍を捕まえてその明かりで勉強していたという人もいたらしい。移住資料館についての説明でJICAの名前が出る。話を聞いていた8人ほどの旅行者にJICAを知っているかと聞く。知らなかったのは1~2人のみ。

パラグアイにいる利点としては、パラグアイでは移住した当時は別として食べ物に困ったことがないし、困ることもこれからなさそうとのこと。日本の食料自給率の低さ、また農業従事者の高齢化を考えると、確かにその点では何かあったとき日本よりもパラグアイの方が安心だろう。またパラグアイには石油がやウランが埋まっているという話もあるらしく、これからのエネルギー争奪戦の中にパラグアイが供給国として入る可能性もあるというようなことを言う。

そんな話を最後に、旅行ばかりしてないでもう少しそういった世界の動向にも関心を持った方がいい、というようなことを言う。

話の後、旅行者の間で若干、JICAの噂話になる。マラウイでは会う日本人はほとんどJICAの人らしかったという話やずいぶん無駄なことをしているらしいという話が出る。

夜は昨日と同じレストランで食べる。今日はpor Kgというバイキング形式の量り売りの方を食べる。バイキングのように20種類ほど料理が並び、それを適当に皿に盛りつけ、種類に関わらずとにかく皿に盛った分量×単価という仕組み。

料理は白米、炊いた黒豆、チャーハン、焼きそば、鶏の唐揚げ、牛肉とじゃがいもの炒め物、キュウリの浅漬け、白菜の漬け物、キャッサバ、味噌汁、パンなど。

その後は、宿に帰ってまじめに日記書きなど。

Fin

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