2008年7月30日水曜日

サンパウロからフロリアノポリスへ

08/06/21(土)

・フェイジョアーダの日
・ブラジル話
・5か国語をあやつる(?)日系おじさん


今日は移動日。起床後、リビングでニッケイ新聞とサンパウロ新聞を読む。すっかりここでの習慣となった。

これから移動する先はサンパウロから南に数時間いったフロリアノポリス。新聞を読んだ後、ベッドを空けるため荷造りをしてリビングの端に置かせてもらう。バスは夜なので、夕方までここで荷物を預かってもらうのだ。

土曜日は近くの路上で市をやっているというので、ふらふらと行ってみる。テントが張られ、野菜や果物を売っている。売っている人は日系の人が多い。朝飯にパステルを食べる。名前の響きとは違って揚げ物。春巻き系統の食べ物で、20cm四方程度の薄い生地の中に鶏肉や牛肉、エビなどの具が入っている。ブラジルではけっこうあちこちで売っているものだが、食べるのは初めてだった。パステルの露店は3店舗ほどあるが、客は一つの店に集中していて、そこには10人ほどいた。

ぼくは客のいない見た目日系の人の店でエビ入りのを頼む。2.5ヘアル(約200円)。それから客の多い店で牛肉のを頼む。値段同じ。店にはレモン汁のようなものやチリソースが用意されているので、それを好みでかけて食べる。味はどれもよし。

昼にサンパウロ在住の人と会えることになったので、その後昼まで宿で待機。

昼過ぎに待ち合わせの場所である近くの交差点に行き、しばらく待つ。今日は雨模様で、ときおり強く雨が降り出し、しばらくしてあがり、また降り出すといったことを繰り返す。

交差点にあるレストランの軒先で雨宿りをしながら待っていたところ、日本語を話すおばさんたちが続々と集まってくる。例の100周年に関係している人たちらしく、みなお揃いのTシャツを着ている。日本語で挨拶を交わしながら、互いに抱き合って相手の頬の近くで”チュッ”と鳴らす。まったくブラジル式(というかメキシコなどでも同様)の挨拶。見た目はみなまったくの日本人だから、こうして見ていると不思議な感じを覚える。

車の故障でしばらく遅れて待ち人はやってきた。相手方は3人。

車に乗せてもらい、ブラジルの料理が食べられる店に連れていってもらう。

着いた店は食べ放題形式の店で、30種類ほど料理が並んでいる。ブラジル料理もあれば揚げ物やスパゲッティもあり。今日、土曜日はフェジョアーダの日ということで、牛(だったと思う)のテールや何やら臓物系の肉と黒豆を煮込んだ料理が3種類ほどあった。

フェジョアーダは、黒人奴隷たちが肉の余った部分を使って作った料理として知られており、ブラジルの代表的な料理らしい。食べたいと思いつつ、今日まで食べていなかったので3種類とも試してみる。どれもなかなか塩気がきつく、味はとろとろするまで煮込んだ黒豆の味がメイン。白米と併せて食べるとなかなかいける。

ある伝があって会うことになったこの人は、2000年にブラジルに移住してきたという。今は日本企業とブラジルとをつなぐような仕事をしているらしい。

食事をしながらおしゃべり。いろいろおもしろい。たとえばブラジルに駐在している日本人が日本に帰るとき、日本にいる家族には会いたいけど、会社には戻りたくないといったことを言う人がけっこういて、ブラジルの方が居心地がいい=気疲れしないと感じる人は多いといった話。リオではカーニバルが終わった後も数日ほど工場が止まってしまう(二日酔いなどを理由に工場に行かないらしい)ことがけっこうあるといった話。また、ブラジル人は叱って奮起するようなことはまずない(怒るとプイと本当に出ていってしまうらしい)ため、誉めて機嫌よく働いてもらったほうがいいという話。

例の地下鉄の乗り方(けっこう空いているのに、ギュウギュウになるまで乗り込むようなことをしない)については、あれは一人一人が詰めないからだと言う。つまり、まだスペースがあっても誰も動こうとしないため、乗り込もうとする人もどうせ詰めてくれないからと乗るのをあきらめると言う。

3時頃、宿まで送ってもらい別れる。雨はあがっている。バスは20時だったため夕方まで宿で過ごす。あいにく宿にはマンガがいくつかあったため、他にやることがあるだろ、と思いつつ、マンガの魅力に負けて夕方まで読書。マンガを読んでいるとあっと言う間に日本にいる感覚になってしまうから不思議だ。

18時頃、宿を出てチエテのバスターミナルに向かう。地下鉄で1本。心配していた雨は降っていなかったので、濡れずに宿から地下鉄の駅まで移動できる。

ターミナル到着後、ソフトクリームを頬張り息抜き。このソフトがなんとも濃厚でなかなかよろし。ただ値段は150円程度と高い。

ターミナル内のベンチに腰掛け、本でも読むかとしていると背中合わせになっている後ろのベンチに座っていた日系らしいおじさんが話しかけてくる。隣に移動。

おじさんは100周年の細長い風船を持っていた。聞いたらやはり100周年の記念祭に参加してきたとのこと。御年68歳。日系2世らしく、日本語はややたどたどしい。おじさんはポルトガル語は当然として、それ以外に英語、ドイツ語、スペイン語も話せるらしく、それらしい旅行者を見るとこうして話しかけおしゃべりしているらしい。ぼくの旅程を聞いてきて、ブラジルは危ないから気をつけるよう言われる。30分ほどであわただしく、自分のバスが来るからと去っていく。その間際、おじさんの住所を書いた紙をぼくに渡し、手紙を書いてくれと言う。ただ、日本語は読めないから英語で書いてくれと言われる。

ぼくのバスは予定よりやや遅れて出発。晩飯は出ないが、昼にだいぶ食ったため晩飯抜き。外はすでに暗い。

寒さ対策のために今回はブランケットを持ち込んだが、今回のバスはそれほど寒くなかった。

Fin

0 件のコメント: