2008年2月9日土曜日

テキーラツアーー これぞメキシカンタイム?

2008.2.4(月)午前
グアダラハラ2日目
メキシコは休日

ここグアダラハラに来た大きな理由にテキーラの作り方を見たいということがあった。

そういうわけで昨日(2/3)、フロントのスタッフに、テキーラツアーを申し込んでいた。この宿の壁にテキーラツアーの案内があって、往復の交通費とガイド代、昼食代、テキーラの試飲とテキーラのお土産付きで300ペソ(およそ3600円)とあった。ここの宿代が一泊125ペソだからおよそ3泊分の値段。だから、ちょっと高いけど、ここのメインなので、まぁ、いいかと。

目覚めたのは7時過ぎ。ツアーの始まる時間を聞いていなかったので、すぐにフロントに行って、ツアーが何時から始まるか聞いた。そしたら、答えは「わからないけど、ガイドが呼びに来るから、それを待って」とのことだった。

ツアーの開始時間を把握していないという時点で、これはダメかもなと思ったが、まぁ、急ぐ理由もないから朝食(コーンフレーク3種類とコーヒー:以上はホステル提供、自分で買ってきたプレーンヨーグルト)を、同じ部屋の日本人のおじさんと食べる。

そこへやはり同じ部屋のオーストラリア人(男、30代後半くらい?)ともう一人の日本人のおじさん、さらに別の日本人女性、韓国人(男、20代)×2人、昨晩から夜勤をしていた宿のスタッフ(メキシコ人、男、たぶん20代)が加わり、おしゃべりが始まる。

ぼくは宿のスタッフに昨晩、X-JAPANを聞いていただろうと話を降ると「はい、私はエックスジャパンが好きです。」と答え、続けて「倖田來未も好きです」と言った。昨夜、フロントの前を通ったとき、聞き覚えのある歌が流れていて、音源の方を見ると夜勤をしている彼のパソコンからだった。歌はX-JAPANの歌で、タイトルはわからないが、けっこうヒットした曲だった。

彼は去年(2007)の8月に東京に行ったそうで、それで東京をえらく気に入ってしまったようだった。「I love Tokyo」と彼は繰り返し言う。「アキハバラ」や「ゴハン」、「ヤメロ」といった知っている日本語の単語やフレーズを次々と言い、これは大事な言葉ですと言って「 ぼくの彼女になりませんか?」や「ぼくと付き合いませんか?」といった言葉も披露してくれた。

しかし、彼の話の中で一番驚いたのは、彼がプロレスラーをしているということだった。身長は170cm程度で腕も脚も、見た目ではそれほどごつくないのに、週に何回か覆面をしてリングに上がっているという。彼曰く、彼のスタイルはレスリングとムエタイと合気道をミックスしたものだそうで、ここでも日本の影響を受けているようだった。さらに左胸には「隼(と彼は日本語で言った)」の入れ墨をいれそれているといい、実物をちらっと見せてくれた。ちなみに彼はレスリングをずっとやっていたようで、国内の大会にも出ていたらしい。

一方、オーストラリア人の方も日本に何度か行ったことがあるらしく、その話になった。彼が「It's
amazing」と言って、切り出したのは次のような話だった。「日本を旅行したときに、日本人だけができるすごい技を見た。それは、片手で傘を持ったまま、自転車をこぐこと。あれはすごい。信じられない技術だ」なんてことを言った。そんなことを言われることの方が信じられないが、これは調べてみると面白いネタになるかもしれない。

それから彼の話で印象的だったのは、彼が「日本人旅行者は外国語をひとつも勉強せずに外国を旅行をしている。これもamazingだ」と言っていたこと。

ぼくもそれに近いものがあるが、ツアーならともかく、個人ででかけている人にも、確かにまるっきり外国語ができない人に会うことがある。以前、トルコで会った人(日本人、女性、20歳くらい)は完全にそのパターンだった。

こうしたときによく言われるのは、英語くらいはしゃべれるようにしろよ、ということ。確かに、出入国や宿をとるときには英語がしゃべれた方が、絶対に楽だ。ただし、英語圏ではない国の国境を飛行機ではなく陸路で越えるといった場合や、観光地でないところに行くとなると話は別だ。

ぼくが知っている範囲でいうと、旧ソ連圏の国々の国境を陸路で渡るときには、英語はほとんど使えなかったりする(ロシア語ならOK)。

結局は、その国の言葉を覚えていくのが、一番いいのだが、なかなかそれは難しい。だから、ぼくはキーになる言葉を一言でも二言でも覚え、会話集を持参し、あとは勘弁願うというのが、今のところのぼくのスタイル。

言葉が通じなくても、なんていう人もいるけど、それは例えば同じ時間を過ごすといった場合のことで、なんらかの具体的な手続き(道を聞くときや宿を探すとき、出入国の手続きなど)をしてもらうときなどには、やぱり最低限必要な言葉がわかっていないと、なんともならないときがある。

幸いなことに今の時代には文字があるから、たいていは文字(文章)を見せることで、発音が難しい言葉であっても伝えることができる。もちろん、識字率が低いところもあるから、それで万全ということではないが。

だいぶ脱線したので、話を戻す。

もう1つ、あがった話題で面白かったのが、メキシコにいる危険な動物について。メキシコには猛毒を持ったサソリがいて、あれはほんとにやばい、みたいなことをメキシコ人スタッフが言ったら、陽気なオーストラリア人が、アメリカ人よりも危険なアニマルがメキシコにいるのか? と返した。メキシコ人スタッフは、笑いながらあたりにアメリカ人の客がいないか確認しつつ、たしかにアメリカ人は危険だと冗談混じりに返していた。

そんなふうにおしゃべりをしているうちに9時になり、10時になった。その頃には11時すぎくらいにはガイドが迎えに来るという話になっていた。おしゃべりが一段落ついたところで、日本好きのそのメキシコ人スタッフが、外に連れていくというので、やっとこれからかと思い、ついていく。一緒についていったのは、日本人2人に、韓国人2人、スイス人とオーストラリア人が各1人。

一行はメルカド(市場)に向かう。途中、ぼくはカメラを忘れたことに気づき、取りに帰る。

先導していたホテルのスタッフに10分で戻ってきてと言われたので、かるく走り出すが、50mも走らないうちに息が切れ、下半身にも力が入りにくいような感覚を覚える。ここ数年はまともに運動していないので、体力が落ちていることは確かだが、出発前に体を動かしていたときでもこんなではなかった。

それでふと、もしや標高のせいかと思い、ガイドブックで確認すると、この地は標高1540mだった。これが原因に違いないということにして、返りの道はあまり走らずに戻った。

合流したらホテルのスタッフが、市場の中を案内してくれ、その際に、ぼくはポンチョを買う。いかにも土産品という感じで、おそらくメキシコ人はもはや着ていないであろうと思われるものだ。今後も何度か長距離バスがあるので、その寒さ対策として買ったが、230ペソ(3000円)は高かったかな。

それから食堂が居並ぶ2階に行き、そこでここグアダラハラ特有のタコスを食べる。ホテルのスタッフがぜひと勧められたのだ。外国人ばかりが席を陣取り一緒にもぐもぐする。このタコスはシンプルなもので、円形のトルティージャに炒めた挽き肉などを入れ、二つ折りにし、その状態でまずは鉄板で焼く。焦げ目がややつくらいになったら、それが一枚の皿に一枚ずつ盛られる。食べるときには、焼いてことで閉じてしまったトルティージャを開き、すでに入っていた肉などの上にみじん切りにされた生のタマネギや小さくスライスされたラディッシュを乗せ、最後にチリソースを好みでかけ、自分の手で閉じてから食べる。

正直言って、味はたいして他のと変わらないのだが、ホテルのスタッフは、やっぱりグアダラハラの人間にとってはこれが一番という。




この時点で11時を過ぎ、一度、みんな宿に戻る。なんてことはない、ツアーとは関係なく、ホテルのスタッフが時間つぶしに案内してくれただけのことだった。

そして、11時半が来て、さすがにこれはもうないかなと観念し、一緒にツアーに参加する予定だった韓国人ともどもみんなキャンセルする。

韓国人は、これから自分でバスに乗ってテキーラに行くと言い、一緒に行くかと聞くので、まぁ、せっかくなので話に乗った。彼は明日には別の場所に行くと言うし、だいたい明日にツアーを延期しても同じ調子かもしれないし。

そんなわけで、韓国人1人と日本人2人で、自力でテキーラに行くことになった。市場に一緒に行った他の人は、そもそもテキーラのツアーに参加する予定ではなく、ただスタッフに誘われて行っただけのだけのようだった。

テキーラまでは、バスで約2時間(約50km)。宿があるグアダラハラの中心部から10分ほど南に歩いたところにあるバスターミナルからバスが出ている。韓国人が持っていた『ロンリープラネット』を頼りにバスターミナルまで行った。途中、何人かに道を尋ねるが、それぞれがそれぞれ違うことを言って(いるように聞こえた)、結局、合っていたのは道ばたで商売をしていたおじさんだけだった。

バスターミナルは、円形上の壁で仕切られており、バスが出入りする道以外は、基本的に中に入れないようになっている。ぼくはバスの後に着いて入ろうとしたら、韓国人がこっちだと言って、大きな文字で「Salida(入り口)」と書かれている入り口を指さす。なので、しぶしぶそこから入ると、ちょうど遊園地などの入り口のように入場料を徴収する窓口があって、0.5ペソ支払うことになった。いろんなバス会社がここのターミナルを使っているから、建物の維持費にでも使うのだろうか。

その入り口のおばちゃんにテキーラに行きたい旨を告げると、指を指してバス会社を教えてくれ、そのバス会社の窓口でチケットを買った。片道50ペソ(約600円)。

この時点で12時になっており、これから行っても片道2時間で大して見ることができないかなと思いつつ、15分のバスの発車を待つ。

待合室にはパンやお菓子を売っている店やコインゲーム機もあった。そのゲーム機では2人の男の子が遊んでおり、後ろからのぞくと一番はじめのスーパーマリオだった。

バスに乗ると、すぐにおじさんがまわってきて手作りらしいクッキーをひとかけらくれた。これはバスのサービスかと思いきや、口に入れた後、そのクッキーが10枚ほど入った袋を取り出し、買わないかと聞いてきた。この後もテキーラが近くなったときにギターを持った白髪交じりのおじさんが乗ってきて4曲ほど歌った。良い声をしてるなと思いながら聞いていただけだったが、おじさんがバスを降りる際に乗客の一人がお金を渡しているのを見て、これもまた商売だったかと気づく。そして、感心したのだからいくらかでも渡せば良かったと後悔。まだまだメキシカンスタイルがわかっていない。



こうして朝から待つこと6時間、目的地のテキーラに到着。14時のことだった。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

おまんがテキーラち25年はえんぞ?!
とりあえず腹筋せねばあの。