2008年3月13日木曜日

キングストンからハバナへ

2008.3.9(日)

ハバナへ行くフライトが朝の7時ということで、夜は寝ないまま飛行場に行くことにした。

一昨日、この宿の門番の若い男の人にタクシーを紹介され、その人には3時に宿を出ると伝えていた。空港までは宿から40分ほど。飛行機の出発予定時刻の3時間前に空港入りするように、クバーナ航空の人に言われていたので、こんな真夜中に移動することになった。

ちなみに空港までのタクシー代は、運転手の言い値で40USD。真夜中だし、キングストンだしといういことで、その言い値でOKした。

荷物の準備をしてから、1時からホテルのパソコンを使ってネットに写真をアップ。これまでフリッカーにアップしていたが、200枚を越えると使用料が発生するらしく、その旨の通知が来たのでGoogleのピカサに変更。こっちの方がアップロードが早いし、容量も大きい。

パソコンは受付があるロビーの片隅にあって、パソコンに向かって左手がホテルの受付になっている。ロビーにはコンポが置かれてあって、ずっとレゲエ風の音楽が流れている。受付には若い(?)女の人が1人。パソコンでフリーセル(ゲーム)をしている。

ヨーロッパ系の観光客がこの時間に何人か帰って来る。おそらくダンスかなんかのお店に行っていたのだろう。

3時前にチェックアウトの手続きをする。チェックアウトをするというと、受付の人はこの時間に?と聞き返してくる。夕方、別の人に今晩チェックアウトすると伝えていたのだが、どうも夜番の人には伝わっていなかったよう。

キーデポジットとして初日に払っていた500ジャマイカドルが戻ってきたが、それはそのまま2時間のインターネット代に消える。

荷物を持って表に出る。門番の男の人が、タクシーが必要かと聞いてくるので、予約しているというと門の外に泊まっている車か?と聞かれる。

車内の電気が付いていないので運転手の顔がわからなかったが、たぶんそうだと言うと、鉄柵の門の鍵を開け、車まで一緒に付いてきてくれる。そして、門番の人が運転席の窓をこつこつノックすると仮眠していた運転手が起きてきた。

確かに一昨日予約した人。白い乗用車で、左側のドアには悟空や悟飯のシールが貼られてある。ちなみに悟空のはスーパーサイヤ人状態のもの。

助手席に座るとこれまた悟飯などのシールが貼られている。"You have many Dragonball"とぼくが言うと"Ya-man(ヤーマン)、Ya-man"とジャマイカ式の"yes"を2回言う。

街灯の黄色い明かりの中を車は走り出す。空には星が見えるが、キューバに比べると圧倒的に少ない。

車は途中ガソリンスタンドに寄り、給油する。24時間やっているのか、スタンドには女性の店員がこの時間帯におり、給油作業もする。ちなみにガソリンの値段は、これまでみたところだいたい65ジャマイカドル=1USD。

車はアップタウンの西側のとおりを走る。左手の一段高いところは高級住宅街のビバリーヒルズ。ここからの夜景がきれいだと言われていたので、この時間に寄ってもらうように最初に伝えておけば良かったと思うが後の祭り。

ちなみに別の日本人の人から聞いた話では、その人も夜にビバリーヒルズに行こうかと思っていたらしいが、ジャマイカ人に、ここに住む金持ちを狙っているバットマンたちがいるというからやめたと言っていた。

さすがにこの時間帯だと人通りはない。途中、電信柱にもたれかかって寝ている男の人をみる。また、この時間に路上に止めた車を修理している人もいた。

車は発電所の脇を通り、次の交差点を右に曲がれば空港へ一直線というところまでくる。順調だなと思っていたら、左手に警察が2人立っており、止まれと合図をする。

運転手のおじさんはちゃんとタクシーの免許を持っているのかな、とふいに疑う。許可のないタクシーの取り締まりは厳しく、昨日もバスターミナル付近で無断で人を乗せていた運転手が警察に路上で事情聴取を受けていて、ひたすら運転手は謝っていた。

車は止まり、運転手はゆっくりと降りる。ぼくは車内で待っていればいいかと思っていたら、運転手が助手席のドアを開け、出てというような合図をする。

景観は1人は若くせいぜい20歳前半、もう1人は40歳くらいに見える。長い銃を脇に抱え、腹部には防弾チョッキを付けている。いつでも戦闘可能といういでたちだ。

彼らはジャマイカ英語のパトワ語で、かつ早口でワーっとなにやら聞いてくる。が、よく聞き取れない。

聞き取れたのはマリファナ(発音としてはマリワナ)とイリーガルと、あと少々。マリファナを持っているか、とか、吸ったかなどと聞かれるので”No”と否定する。それから、持っていたウェストバックの中を見せろと言われる。警官の1人が、ぼくのバックの中をごちゃごちゃと手でかき回しながら探る。

外務省の安全情報にも載っていたが、日本人がここで大麻を手に入れ、日本に持っていこうとしたり、またジャマイカ人に頼まれてそれと知らず、預かっていたりするようなことが数多くあるらしい。たぶん、その影響もあるのだろう、警官は執拗にマリファナについて聞いてくる。

さっきからマリファナはやっていないというのに、信じられないと言った具合で、何度も聞かれる。それから日本での仕事を聞かれ、靴屋の店員と答えると、じゃあ、ビジネスで来たのか、と今度は別の路線で疑われる。

そして、いつからジャマイカにいるのかと言うから、3月3日からと伝えると、ちょっとパスポートを見せてと言われる。パスポートを見せると、これから空港に行くのかというので、そうだと伝えると、今度は航空券を見せろと言う。

その間も早口でほかにも聞かれるのだが、よくわからない。すでにID等を見せ、警官からのチェックを済ませた運転手は脇で、”彼は(警官の言葉を)理解できていない”と警官に言う。運転手は落ち着いているふうだったので、まぁ大丈夫かと思っていたが、とにかく警官はしつこい。

ジャマイカにガールフレンドがいるのかなどとまで聞かれる。最後の方になると、なにもないとわかったのか、だんだん向こうもにこにこ笑いながら質問してくるので、半分遊んでいるかのようだった。

時間にしたら10分ほどだったろうか、無事に解放され、車に戻る。

運転手にこうしたチェックはけっこうあるのか聞くと、”Ya-man"と答える。さっきの警官はいい奴だみたいなことも言うので、やはり途中からは遊んでいたようだ。ただ、でかい銃を持って武装しているので、そういうのに慣れてない身としては、それを使って何かされたらと疑ってしまうので、なんとも気分が悪い。

運転手は”ジャマイカはいいところだろ”と言う。そして、次はいつもどってくるのかとも。ぼくは”いいところだろ”と運転手が言ったのを意外に感じた。と言うのも、最初に泊まった宿で買った本には、キングストンのあまりに悲惨な出来事ばかり書かれていたから。それらのことは主に1970~1980年代に起きたことなので、当時からすれば今はずいぶん安定しているようには思う。

でも、未だにキングストンでは殺人事件は多いし、アップタウンとダウンタウンは見事に隔てられているように見えた。そんなだから、他のまちに住んでいるならまだしもキングストンにいて、いいところだろ、と言ったのがぼくには意外に思えたのだ。

本心から言えば、いろいろ問題(特に暴力の問題)が多いな、というのがこの国の印象だったが、運転手からの質問には”もちろん”と答え、飯もうまいし、人は親切だし、なんたって音楽がいい(ほとんど聞いたことがないのに)と、ありきたりなことを言う。

運転手は”Ya-man!"を繰り返す。3時45分頃空港にタクシーは到着。40USDを払い、ジャマイカ式の握手(握手をした後に、握った拳を軽くコツンとぶつけ、さらにお互いの親指を合わせ互いに右方向に向けて1回強く擦る)をして運転手と別れる。

空港は夜は完全に閉まってしまうと聞いていたが、確かにそのとおりで中に入れない。路上に車を停めて開くのを待っている人もいる。

対岸にはキングストンのまちの明かりが見え、耳をすませば波の音が聞こえる。風が眠るにはちょうどいい具合にぬるく、一気に眠気がきてあくびが次々とでる。

空港の職員が次々とやってきて、職員用の入り口から入っていく。その職員の1人にいつドアが開くか聞いたら、もう開いていると言って客用の自動ドアの前に立ってみせるのだが開かず、やはり職員用のドアから入っていった。

ロータリーに次々と車が入ってきて、ドアが開くのを待っている。

結局、空港のドアが開いたのは4時20分すぎ。30分以上も入り口で待っていた。

空港内の椅子にはヨーロッパ系の女性が1人寝ていた。夜中には完全に閉まると聞いていたので、前日から空港で寝るのは無理かと思っていたが、前日でも早く着ていれば眠ることができそう。

電光掲示板に出発便の時刻等が映り、チェックインカウンターが開く。電光掲示板でぼくのフライトを探すが、それらしきものが見あたらない。フライトはクバーナ航空だったのだが、行きと同じくエアジャマイカと共同便なのかと思い、エアジャマイカのチェックインカウンターに行く。

準備をしているところにそのチケットを持っていくと、すぐにそこで受け付けてくれる。やはりエアジャマイカのよう。チケットとパスポート、そしてツーリストカードの提示を求められる。それから、リュックの中から壊れやすいものなど手荷物で持ち込むものを取り出し、リュックを預けてチェックイン。

次に手荷物検査場に行くが、まだ準備ができていないと言われ、10分ほど待つ。持っていたペットボトルの水を没収された以外は何もなく、通過。

出国審査も1つの質問もなく通過。待合いロビーに出る。てっきりモンテゴベイのように豪華に店が立ち並んでいるだろうと思っていたら、お土産屋など6店舗ほどがあるだけ。やはり首都よりもリゾートがある空港の方が豪華だった。もちろん、店はまだ閉まっている。

搭乗時刻の6時20分まで2時間近くあるので、椅子に座って寝ることにする。天井から吊られているテレビでは、ボディビルの大会の映像が流れている。どうもカリブ海一帯の大会のよう。やっている人には悪いが、なかなか気持ち悪い。

しばらくして目が覚める。気づいたら閉まっていた店は開き、待合室には多くの白人があふれていた。時刻も6時をまわっている。1人だけ若い女の人がマックのノートパソコンでネットをやっていた。

そろそろ搭乗の時間だなと思い、搭乗ゲートの入り口(搭乗ゲートに入るための入り口が1つあり、そこから各搭乗ゲートに行く作りになっている)に行き、入り口に立っている女性の担当者にチケットを見せて、入れるか聞くが”まだダメ”と言われる。

しばらくして搭乗の案内が館内に流れる。何を言っているのかよくわからなかったが、人がその入り口に並び始めたので、ぼくも並ぶことにする。入り口に立っている女性の担当者が1人1人のチケットとパスポートをチェックする。チェックするのはその人1人なので、すぐに50人くらいの列になる。

ぼくがチケットを見せると、ぼくのフライトではないと言われる。それで、列から離れ、椅子に座っていると5分もしないうちにまた案内放送があった。今度は、ハバナという言葉が聞き取れたので間違いなさそう。

列に並び、チケットとパスポートを見せる。担当者はチケットの名前とパスポートの名前を見比べ確認し、すぐに返してくれる。

搭乗ゲートは1番。19Aの窓側の席。チェックインするときに窓側を希望していたが、席は翼の付け根。これでは海を眺めることができないなと思うが、しょうがない。

機内はがらがら。来たときよりももっと少ない。各列(横6席)に1人程度しか座っていない。ぼくはさっさと寝てしまい、気づいたら着陸体勢に入っていた。

行きと同じくモンテゴベイ経由。モンテゴベイの空港に8時頃到着。ここでまた乗り換えるのかと思っていたが、機内の放送でハバナ行きの人はそのまま乗っておくよう案内が流れる。

ほどなくして、乗務員がハバナ行きの人たちのチケットをチェックしに来る。チェックはチケットを見るだけ。その人に続いて今度は空港の職員らしき男性がまわってきて荷物の確認がある。天井下の荷物棚にある荷物の持ち主を確認したいので、自分のものかどうかを教えてくれと言う。もし、持ち主がいない荷物があれば忘れ物として機外に持っていくらしい。

しばらくしたらモンテゴベイからの乗客が乗ってくる。席ががらがらだったし、他の人もしていたので、ぼくは外がよく見えそうな座席に移動する。

モンテゴベイに着いてから30分後の8時50分ごろ、機体は離陸する。機内ではすぐに朝食の準備が始まる。女性の添乗員がまわってきてエッグとなんとかのどっちにするか聞いてくる。”なんとか”の方が聞き取れなかったので、エッグにすると卵焼きに葉っぱの炒め物が入った機内食を持ってくる。味はまぁまぁ。まずくはない。

眼下は雲だらけ。行きに見えたきれいな海は見ることができない。なので、ジャマイカで買った本の続きを読む。『ボーン フィ デッド』は、なかなかの力作だ。1970~1980年代のキングストンのギャングと政治家の関係や、ゲットーの人々がどういう環境で生きていたかががよくわかる。

モンテゴベイを出てから2時間たらずでハバナに着陸。曇っている。

前回の経験から若い審査官よりも年輩の審査官の方がいろいろ知っていてすんなり入れそうだったので、入国審査では、少し年輩の女性のところに入る。

パスポートとツーリストカードを見せると、何日間滞在するかを聞かれ、答えるとハバナを出るチケットを見せろと言うので、チケットを見せる。すると、やや考え込み、ハバナに住んでいるのかと聞かれる。日本に住んでいるというと、ちょっとそこで待っててと言われ、またもや止められる。女性の審査官は別の職員を呼ぶ。

男性の職員が来て、2人でなにやら相談。その男性の職員がぼくのところに来て、英語はできるかと聞くので、とりあえずハイと答える。そしたら日本での職業を聞かれる。オフィスワーカーだと言うと、バケーションかと聞くので、そうだと言う。そしたら、女性の審査官の方を向いて、OKというような仕草をする。

それで女性の審査官にまた呼ばれる。今度は、ツーリストカードの入国の部分にスタンプが押され、"Welcom to cuba"と言って、通してくれる。

荷物をピックアップし、外に出る。またタクシーの強引な客引きがいるだろうなと想像していたら、今度は誰もいない。客引きに1人も会わなかった。

今回はバスで市内に行こうと思い、道路沿いに歩き出す。外は寒い。1週間前はハバナは天気がよく30℃近くあったのに、今日は20℃台前半くらいに感じる。途中、通りがかりのタクシーが声をかけてくるが、断る。

しばらく歩いたところで、すれ違う人に乗り場を聞く。するとここからは出ていなく、乗り場はもっと向こうと指し示す。グラシアスと言って、しばらく歩き、またおばちゃんに聞く。すると隣がガソリンスタンドで、そこにタクシーが止まっていた。

それで乗っていけという。値段は15CUC。最初の日は25CUCだったので、ずいぶん安くなったが、それでもキューバの予算が厳しくなっているので、断るとさかんに引き留める。そしたら、タクシーの横にいたクバーナ航空の車の人が10CUCでというので、それで妥協する。

タクシーではないので、もちろんクバーナ航空の人は裏仕事になる。乗ったらすぐにお金を払ってくれというので、10CUCを渡す。車は新品のプジョーの小型車。静かで速い。

運転手はキューバは初めてかと聞いてくるので、2回目と答える。それからキューバに彼女がいるのかと聞いてくるので、NOと言う。

久しぶりのハバナは落ち着いているように見える。キングストンで感じていた緊張がすっかり解ける。キングストンに比べると歩いている人が多い。人が安心して出歩けるまちという点ではキングストンよりもハバナの方が上だ。

すんなり宿近くのカピトリオ(旧国会議事堂)に着き、宿に行く。チェックインし、昼飯を食べに外に出る。

5ペソ(15円程度)のタマーレ(トウモロコシの粉で作ったあくまきのようなもの)を食べ、やはり5ペソのパンを買う。

カピトリオ近くの路上では野菜の市をやっていて多くの人であふれていた。サルサのようなレゲエのような音楽が流れ、野菜を売っている人の中には踊りながら売っている人もいる。買いに来ている人の中にも踊っている人がいる。さすがキューバだ。

その市でワイン(22.8ペソ=約110円)とバナナ(8ペソ)、見た目はようかんのようなお菓子(3ペソ)などを買う。

両替をしに行き、しばらく中華街などを歩く。相変わらず路地やちょっと広場では野球をしている。そう言えばキングストンではまったく野球は見なかった。寒いこともあり、みんな長袖を着てる。

昼過ぎに宿に戻り、昼寝。夕方にちょっとまた散歩して、6時前に宿に戻る。

今日もこの宿は日本人がいっぱい。8人くらい泊まっている。夜は同部屋の学生が持ってきていたキューバの医療に関する本を借りて読む。

夕食時に買ってきたワインを飲んだが、どうもアルコール発酵というよりも酢酸発酵しているようで、味は黒酢に近い。ワインという感じではなかった。

おわり

2008.3.12(水)ハバナよりアップ

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